第3話1-3.結成!1年生だけのチーム
第3高校1-Aの教室に今日もカッコつけている緑川尊が来ている、ついでに何故か和風美人の三守沙羅も来ている。つまり頬杖を付いている如月葵の机の周りには他のクラスの緑川尊と三守沙羅と、同じクラスの金髪ショートの秋元未来がいるのだ。
冷静なイメージのある
「驚異的、驚異的です。如月葵さん。あの戦い信じられない・・・もう、うちのクラスでも・・・多分学校中で評判」腕組みをしつつ緑川はウンウンと相槌をうつ。
「まあそうでしょう、そうでしょう。うちの姐さんはすげえんすよ。沙羅ちゃん」お前がすごいわけじゃないけどね。
2人と対照的に不満そうなのが秋元未来だ。
「でも心配したのなの。・・・相手の人にひどい怪我させたらどうしようって思ってたのなの」そして今日の如月葵はかな~りご機嫌斜めなようだ、目が座っている。
「頼むぜ、おまえら。あたしの机はたまり場じゃねえんだよ、最近は全くよ。いろいろ来やがって休む暇もねえぜ」本当に機嫌悪そうだな、噛みつきそうだ。
学園最強クラスの3年生である纐纈守人を倒してから葵は一躍時の人となりひっきりなしに人が来たり、写真を撮られたりサインをねだられたり結構迷惑しているのである。
「それなんすよね。姐さん、すっかり有名になっちゃったから」
「すっかりじゃねえぜ、まじうぜー」
「休み時間の度に人が来るのなの。葵ちゃんを助けないと周りも危険なのなの」
「それはよくないっすね。このままじゃ姐さんのプライバシーが丸見えになってしまうっす。なにか策を練るっす・・・まあうれしい悲鳴なんでしょうけどね」
「安心立命です、そのうち落ち着くでしょうけど。何か対策を」古風な風格の三守沙羅は熟語をよく使う。本人は気持ちよく語っているのだが・・・ただし周囲はあまり理解していない。
「アンシンリツメイってなんすか?沙羅ちゃん」こうして緑川が聞き返すと会話は段々ずれていく。
「些細な事は気にしないような意味です」
「へえ沙羅ちゃんって賢いんすね。その上かわいいし」
「そんなかわいいとか無い無い・・・」
「三守さん博学なのなの、こないだも思ったの」
機嫌悪い葵以外はわいわい楽しそうだ。
「―――大丈夫っす。未来たまもめっちゃ可愛いっすよ」
「たまって付けるのやめてなの」
「・・・結局、なんの話になってんだ?おまえらなあ」ひとりだけ葵は目が座っている。
一向に話が進展しないが緑川はまじめに考えているようだ。
「そうそう、話をもどすっす。確かに人が多いっすね。まあ纐纈先輩を倒すような戦士は一度は見たいっすよね、あとスカウトも多いっすよね」
「葵ちゃんが迷惑しているのなの。緑川君、助けてあげてなの」
「でも緑川さんも強かった。うちが負けるなんて・・・」三守沙羅は自分を“うち”と呼んでいる・・・どこの出身か今度調べておかないと。
「いやあ。あれはたまたまっすよ、沙羅ちゃん」
「緑川君もびっくりするくらい強かったのなの」
「未来ちゃんまでなんなんすか」緑川は褒められてまんざらでもない。
今日はしかし何があったのか如月葵は終始ぶすっとしている。
―――葵が初ランク戦で纐纈君を倒して大歓声に包まれた後で、ほかの1年生は権藤先生たちの命令で隣の体育館でランク戦を開始したのだが・・・三守沙羅は最初の相手に緑川尊を指名したのだった。水竜使いの三守と風竜使いの緑川はなかなか見ごたえあるランク戦を展開したのだ。枕詞に新入生としては・・・という言葉をつけたとしてもなかなか熱戦だった。
まだまだ葵が纐纈君を倒した興奮覚めやらぬ中、両者は闘技場へ進み一礼し、戦闘が開始された。
すぐに緑川尊はサードアビリティである自己強化魔法を使用して戦闘を開始したのだ。そしてフットワークは明らかに軽い、機動力は高そうだ。
“風生風滅”!
得意魔法なのだろう、術も早いし隙も少ない。魔装している緑川尊の身体は薄くなり時々完全に消えている。視認しにくくなる術だ。
対する三守沙羅は巫女のような装束の魔装鎧だが遅れて魔法を唱えている。
“反鏡群現”!
巫女姿の三守を守るように水属性の魔法が展開していく、ランク3魔法だ。周囲に4枚の鏡が出現し宙に浮きつつ三守を守るように設置されていく。おそらく攻撃魔法を反射する・・・物理ガードはそこまで高くないようだ。
次の攻撃は二人ともほぼ同時だ。
“風輪一現”!
“流水一現”!
常に動いている緑川は詠唱する一瞬だけ動きが止まったが隙は少ない、大して三守沙羅は全く動く気配がない。
三守の攻撃魔法である“流水”はいわゆる水鉄砲だが避けられ、緑川の“風輪”、風の刃は三守周囲の鏡の一枚に跳ね返され、さらに緑川本体を襲うがこれもすでに避けている。
“念装疾風”!
“水衝体現”!
今度の術もほぼ同時だが緑川がやや早い。緑川は7%ほどの移動スピードアップがしばらく継続、もちろん時々姿が消えている。三守は攻撃をされた時用に水属性のカウンターマジックだ。入学したばかりの1年生としては十分ハイレベルな試合だ。先ほどの如月葵の戦闘がなければもっと観客もエグい奴らが同級生にいると盛り上がっただろう。
緑川尊は攻撃寄りスピード型といったところ、三守沙羅は防御カウンター型だ。
―――しばらく膠着状態が続いたが三守沙羅に衝撃が走った。
それは緑川の魔法攻撃だ・・・三守は鏡で跳ね返したはずの風輪を真後ろからくらったのだ。
反鏡魔法で跳ね返された風輪は弧を描きもう一枚の鏡に跳ね返り三守の背部に当たったのだ・・・だが水衝体現のカウンターマジックが発動し相殺したためダメージはない。
ただ本来は直接攻撃を防ぐための水衝体現は消えてしまった。
やや緑川が有利、三守の方は精神的ショックがうかがえる。
“風輪群現”!!
そこに緑川の攻撃だ。
風輪を複数飛ばす強力な遠隔攻撃・・・ただ弾速はかなり遅い・・・これは緑川の策だろう。風属性の刃、風輪は遅いだけでなく弾道も低い・・・三守の足を狙っている。
三守の4枚の鏡は足元の風輪を跳ね返すためオートで足元を守っている・・・。
風輪の弾道予測をしていた三守沙羅が気づいたた時はもう遅かった。一瞬消えた緑川が現れたときは極間近まで接近を許していたのだ、そして余裕で鏡を飛び越えられて。ミドルシールドからの連続技を食らって三守は敗れたのである―――。戦闘が長引けば三守有利かと思ったが緑川尊・・・なかなか強い。
そして二人はそこそこの歓声に包まれた。
「―――短時間で、まさかうちの鏡の反射角を読んで利用されるなんて」
「ふだんはあれなのに・・・緑川君も強かったのなの」まあふだんはなあ。
「いやあそんなことないっすよ」如月葵の机の前で3人は楽しく談笑している。
「・・・てめえらなんの話を・・・」
そう話す如月葵の目は黒板の方に移った、もちろん黒板には落書き程度しかなくそんなものは見ていない。
――ハァアアアア!
見慣れない奴がやってきていきなり拳法の型のようなものをやり出したのだ。10個ほどの技を披露して最後にビシッと構えた・・・。身長180㎝くらい体重74㎏ほどで1年生男子のようだ。1年生にしては体格はいい。髪は短めだ、スポーツやっていますみたいな感じの生徒だった、そして拳法の型が終わるとそのまま教室から去っていった「なんだったんすかね?」「うちに聞かれても・・・」「ちょっと怖かったの」
その後、他のクラスの女子が数人入れ替わりで来て葵と写真を撮りたいといい、なぜか緑川は幸せそうに他のクラスの女子たちと一緒に写真を撮っていた。
今日は機嫌の悪い如月葵は足を組んでプンスカしている。
「まったくうぜえったらありゃしねえ。拳法使いはすこし面白かったけどよ」
「姐さん、ひょっとしてあの日っすか?」危険なことは言わない方がいいと思うが。
「・・・ちげーよ!緑川!てめー」ギロッと緑川はにらまれている。
「姐さん俺を信用してくださいっす。なんかあるんすか?姐さんの為ならなんでも協力するっす」
「・・・実はな・・・」そう言って葵は少し渋ったが緑川に携帯端末の画面を見せた・・・。
纐纈くんと如月葵のランク戦についてかかれた記事のようだ。
「なんすかこの記事は?」「うちも見ていいですか?」「あたしも見たいなの」
端末の画面には葵がドアップで写っている・・・纐纈君との迫力の戦闘のシーンの写真だ。葵の極大火焔粒子咆を今撃つかという臨場感あふれる写真だ。構図もいい、迫力のあるいい写真だが・・・写真の下にデカデカと真っ赤な文字で“両乳ボンバーで十傑5位纐纈を破る1-A如月葵‼”と書いてある。火焔粒子咆の最中は葵の魔装鎧の前面は剥がれ落ちているため下着姿がモロに見えているのだ。ようは見ようによっては如月葵の下着姿のドアップ写真というわけだ。下の記事にも何度も“おそるべし両乳ボンバー”という言葉が出てくる。
「葵さんのランク戦の時の記事・・・」三守は呟くように言ったが葵が何に怒っているか察したようだ。緑川はなぜかそこまで興味ない様子だが。
「いやあ緊迫感のあるいい写真じゃないっすか」
「ひどいなの。葵ちゃんの裸の写真をこんな風にばらまかれているの」なんでやねん、裸ではないでしょうが・・・。
「いやあ未来、裸じゃねえだろ!人聞きの悪い!・・・まあ写真は百歩譲ってしょうがねえとして・・・この両乳ボンバーって・・・どいつか知らねえけど名付けた奴にはヤキ入れてやらねえと・・・」野獣のような葵の怒りは収まりそうにない。
「まあまあ如月の姐さん。あのすっげえ炎熱砲のような技の名前が分からないから“両乳ボンバー”ってネーミングは仕方なくだと思うっす。それに如月の姐さん。超々々々魅力的なボディの姐さんががこんな格好すれば話題になるのは仕方ないっす。めっちゃくちゃ強えーのにこんな脱ぎっぷりのいい肉体美じゃ気になる男子生徒はわんさかいるっすよ?」両手を小さく振りながら緑川は妙に説得力のある事を言う・・・。
「そ、そうか?いやあ・・・いやまて!脱ぎっぷりってなんだ?テメ―」顔を赤らめつつ少し笑った葵だったがまだまだ機嫌はイマイチのようだ。
「それに人のうわさなんて気にするのは姐さんらしくないっすよ。今後もっと活躍すればこんな反響じゃすまないっす。今のうちに慣れた方がいいっす」強引に説得工作するな。
「まあ、そうだけどよ」やや機嫌は落ち着いたか。
そしてやや大げさに緑川は両手をポンと叩く。
「それよりもいいこと考えたっす、姐さん」
「なんだよ」
「姐さんに会いに来る先輩の多くはチームに入ってくれってスカウトっす。だからみんなでどっかに入っちゃいますか?姐さんならいきなりレギュラーになれるっす」弱小チームだけはやめとけよ・・・いろいろ困るからな・・・いろいろ。
「どっか?あたしはどこにも入るは気ねえよ」
「入らないのなの?」「如月さんて不可思議」うーん。
「えー、いやいや姐さん?校則で強制的に入らされます」「あたしは一人で十分なんだよ」困る緑川はヤレヤレという感じで説明している。
「いやいや姐さん。チームに入らないと公式戦出場できないっすよ」いつまでも入らないと強制的に少ないチームに配属されてしまうのだ。
校則なんてそもそも気にするわけがない葵は全くどこかのチームに入る気は毛頭ないようだ。振り回されっぱなしの3人もとっくに気付いているが葵は学園の規則なんて知ったことではないと本気で思っているのだ。
「まあでも葵ちゃん、どこに入ってもケンカしそうなのなの」それは思う・・・DD-starsならまだしも。
「確かにっすね」「それは理解の範疇」2人は困ったように言う。
「個人戦に出れればいいんだよ、あたしはね」自分勝手の塊だな・・・コイツは。
「だから姐さんどこかチームに入らないと個人戦も出場できないんすよ」もう少し頑張れ緑川、お前がちゃんとしないと暴走する・・・。
――緑川と三守はそれぞれ自分の端末で校則を調べている。
何か思いついて少しヤル気になった葵がすっくと立ちあがる。
「じゃああたしがチームつくるぜ!」ん?なんだって?
「えええー!姐さん!調べるからちょっと、ちょっと待って下さいっす」
「さ、さすが発想が只者ではない・・・」まあ確かに普通以上か普通以下かは不明だが「えええできるのなの?」未来も頭良さそうなのだが・・・。こういうキャラなのか?作っているのか?
昼休みが終わったが話が片付かないので放課後もう一度4人は集まることになった。そうでなくてもいつも集まっているけどね。
―――放課後。教室は葵目当ての来訪者が絶えないために中庭の人目につきにくいところで場所を変えて4人は集まった。緑川が切り出す。
「いろいろ調べたんすけど1年生だけでチームは組めるっす。ただ一つ問題があるんす。どうしてもメンバーが5人いるっす、最低5人っす」
あれっと三守沙羅が驚いている。
「うちもすでにメンバーに数えられている?」そりゃそうだ。
「わたしもなのなの?」そりゃそうだろう。
「もちろんっす。これも人助けっす。如月の姐さんがもしどこかの既存のチームに入ったら大変なことになるっす。ちなみに5人いれば申請できるんで個人戦は出れるんすけど、団体戦は最低8人メンバーがいないと出れないっす。あと担当教官が最低一人いるっす」それは各学園全部いっしょだ。
「ん?」
葵が何かの気配に気づいている。
「どうかしたんすか?」
3人とも緑川尊を見ている・・・わけではない・・緑川の真後ろに紅いブレザーの女生徒が現れたのだ。
正確には空中から結構なスピードで降りてきたのだ。まわりの生徒も何人か気付いている。
気配に気付いた緑川尊も上体を反らして見上げる。
「どわぁあああ」緑川は思ったより驚いている。
「あちゃあ。1年生だけでチームを組むわけ?あんまりお勧めはしないけど・・・」赤いブレザーの1高の女子生徒だ。軽い感じで喋りながら降りてくる。
「ああ。あたしは第1高校3年の更科麗良っていいます。生徒会の仕事でちょっとね。今後何かと絡むでしょうから・・・まあよろしくね」三つ編みの更科はペコリと頭を下げている。
「よろしくなの。秋元未来っていいますなの」さらに深々と未来は頭を下げている。
「んん?1高3年の更科?聞いたことねえな」おいおい!先輩だし葵も挨拶くらいはしよう。そもそも有名人だが。
「もしかして更科さんって総生徒会の・・・」正解だが三守はなんとなく思い当たるっぽい。
ぷかぷか浮いていた更科だが地面に降り立った。身長はそれほど高くない156㎝ほどだ。
「如月葵1回生というのは?あなたね?」
「あたしだけどなんだ?」更科麗良は葵を少し見てすぐ様子のおかしい緑川に視線を移している。
「ん?この人大丈夫なの?ちょっと君?」そういう奴なんだ・・・。
「ふふふふ、黒・・うーふ。モロに黒でしたぁ」ほっぺを真っ赤にして緑川が違う世界に行ってしまっていた。
はっと気付き、更科はブレザーのスカートをさっと押えて少し照れている。
「あんたまさか・・見たわね・・・」まあスカートで空飛んでれば見られるのは仕方ない気もするが。
ズガッ!!!
超スピードの葵の右ストレートが幸せ絶頂の緑川の顔面を変形させつつぶっ飛ばした。
気を取り直して更科が葵と話しを続けようとしている。
「纐纈守人3回生を倒した如月葵1回生で間違いないかしら?」
「ああ間違いないぜ、感じるんだ・・・あんた強いな・・・すごく・・・戦いに来たんだろ?」
「違うわ。だいたい他校生との戦闘は禁止なのよ。それより総生徒会からの伝達事項を言うわね」お互い相手のことを気遣う気はあまりなさそうだ。
「戦わねえの?じゃあなんっだよ」元気でいいのかもしれないが喧嘩っ早すぎるのもどうなのだろう。
「ぶっちゃけ今いる3高から早急に1高か2高に転校してほしいんだけど?お姫様」
「はあ?何言ってんだ?・・・お姫様だあ?・・・あたしは転校しねえよ。ここが気に入ってるんでな」
「そう。では転校はキャンセルっと」端末を操作しつつ更科は全く予想通りとでも言わんばかりでサラっとしている。肩透かしを食った葵の方が驚いている。
「おいおい!あっさりしてんな。更科だっけ」
「無理強いしても仕方ないでしょう、お姫様。ご自由に」
「お姫様ってなんだよ」口をとがらせて葵はボヤいている。
「もう一つ伝えることがあります。正式なご尊名は
「はあああああ!いきなり来て何!何言ってやがる!更科麗良!!!戦いたいなら戦ってやるぜ!!!!」ああ。やっぱり怒ったな。瞬間湯沸かし器のようだ。
葵は超スピードで他校の先輩、更科麗羅に後ろから殴りかかっている・・・が捕らえたのは残像で・・・すでに更科麗良ははるか上空まで上昇している。
三守と秋元は予想外のことに驚いて固まっており緑川はまだ殴られた顔面を押えて倒れている。
「降りてこいてめえ!!」上空を睨みつけガルルルルと野獣のような葵は怒鳴り散らしているがすでに肉眼で見えないくらい上昇している。
―――上空では下に目線を落としつつ「あの人の妹君ねえ、あんまり似てないけど・・・やっかいごとはただでさえ・・・」ぶつぶつ言いながら更科麗良はかったるそうに・・・だが高速で飛んでいく。
地上では右ストレートのダメージから復活した緑川が驚いている。
「神明(じんめ)って竜王家の、竜王家のお姫様だったんすか?姐さん?姐さん世が世ならお姫様?いや。強えーはずっすね」「陰陽道の開祖・・・召喚士の長・・・竜神明王の血脈?」「葵ちゃんお姫様・・・なの?なのなの?」
「そうだよ。うっせえな!」切れながら恥ずかしがるという珍しい状態だ葵は。
「そ、そう言われると姐さんって美人だし、ど、どことなく気品が・・・気品?」
「気品は・・なの」
「気品?」
緑川尊、秋元未来、三守沙羅は気品という言葉に何か引っかかるらしく腕組みして3人とも少し考えている。・・・数秒沈黙が続いた。
「んだよ!てめえら!なんの間だ!まとめてぶっとばしてやるからな」葵はどうもお姫様と呼ばれて照れまくっている様子だ。習うより慣れろとは言うが。
まあ気品は・・・無い!
そこに今度はひょろっとした男子生徒がおもむろに端末を片手に4人の前に現れた「おお!探したよ。緑川君!・・・って本当は空飛ぶ女生徒をスクープしに来たんだが。ああどうもどうも3年の三浦です。イベント部のブチョーですんでいつでも遊びに来てください。いやあ皆さん美人ですね。美人は特に歓迎です。冗談です。もちろん男子でもどんな人でも全員歓迎です」
「チューッス三浦さん」緑川が調子よく挨拶している。
「あの写真すごいいいよ~。大反響だよ~。いいニュースだよ。さすがセンスあるね緑川君。イベント部は安泰だよ。・・・おおお!君がうわさの如月葵さんか。いやすばらしい被写体だ!野性味のある健康的美人・・・写真より実物の方が迫力あるね」葵は大げさに喜んでいる三浦先輩をジーっと見ている。
「なんなんすか先輩?」不安そうな緑川の額に汗が噴き出ている。
「いやあ緑川君。別角度の両乳ボンバーの写真もう何枚かない?他の写真も見たいって問い合わせが多くってね、“両乳ボンバー炸裂”っていう号外を出したいんだよ」人差し指を自分の口に押し当て緑川はなにかヤバそうな顔でジェスチャーをしている。
「あっははははは!両乳ボンバーってネーミングセンスも最高だよ。緑川君!やっぱこういうのは勢いが肝心だからねえ。・・・さて一つ・・・一つ大事なことを教えておこう。緑川君。お願いはメールやチャットや電話ではダメだね。直接お願いしないとね。・・・つまり・・・頼む緑川さん!もう何枚か両乳ボンバーの写真を譲ってくれ。頼みます・・・この通りだ!」3年生の三浦君は1年生の緑川に土下座して祈るような仕草をしている。なるほど両乳ボンバーの犯人は・・・。
「ぉ~ぉ~?ほぉ~~~?お~ま~え~ら~かぁ?」うーん、危ないな。如月葵の身体から良くない負の魔力が漏れていて増大している。
何かを察知して秋元未来はもう逃げている。“反鏡群現”三守沙羅も防御魔術を展開している。
あまりの迫力に3年の三浦君と緑川尊は顔面蒼白になり恐怖で身動きできなくなている。周囲は赤く染まり、空は暗く、稲妻が飛び交う・・・二人にはまるで葵が3倍くらいに大きくなったように見えている。
―――数秒後、緑川尊と三浦3年生は服はボロボロになり焦げて煙がでている。仲良く地面に半分くらいずつ埋まっていた。周囲には爆発したような―――実際爆発していた―――跡がいくつか残っていた。
「ふんっ!」すっきりした顔でさっそうと如月葵は去っていった。
なるほど・・・写真を撮ったのも・・・イベント部に持ち込んだのも・・・両乳ボンバーの名付け親も緑川尊だったのか・・・。うーん・・・。
―――次の日・・・。
如月葵はさらに有名人になっていた。降魔六学園十傑の纐纈守人を倒しただけではない。竜王家の第二王女であることが六学園中に知れ渡ったのだ。
4000年前のフランヴィーネ王朝は“聖魔審判の日”に突然、最上位魔族8体が王都上空に現れ事実上瓦解、消滅した。強大すぎる魔族を封印するため王城も王都も周辺の土地も200以上の切片に引き裂かれてそれぞれが別々の次元環に封印された。巨大な王都はこの世から姿を消したわけだ。180万人がこの日帰らぬ人となった。伝え聞くことが事実なら強力な最上位魔族は今でも次元環に封印されているはずなのだ。
今でも・・・4000年たった今でも本当に何が起きたのか謎だらけだ。次元環の多くは現在ではみつかっており、ある程度の行き来が可能だ。もし次元環に入り内部で封印されている魔族たちと戦い殺しても魔族は復活し4000年前の一日を繰り返すのだ。なかなかシュールだ。そして封印されているだけあって次元環内の魔族たちの力は大きく削がれており召喚戦士の修練の場にもなりうる。それどころか一人前の召喚戦士になるために強力な魔族が封印されていると言われる次元環内での魔族戦という命がけの実地訓練が80数年前までは義務付けられていたのだ、“神納ノ儀式”である。非常に過酷で120年ほど前に最後の合格者が出てたきりで、80年前に実地訓練が無くなるまで40年の間に挑戦者は少なくない数全滅している。ちなみに現在も非常に簡略化された“神納ノ儀式”がある、“全国召喚士総会実地セミナー”と名前を変えて戦闘訓練はなく安全で全くの別物である。大学卒業後に召喚士国家資格をとるのに受講が必要なのである。
そして王朝は竜王族の生き残りたちによって4つの王朝に分かれる。そのうち第一王朝の生き残りが神明(じんめ)家である。ただし近代において竜王家の王としての特権や権限などはとっくにない。神明家は竜神明王と崇められこの国では陰陽道の王家として細々と永らえてきたのだ。
しかし竜王家は代々、強力な遺物や宝物、禁呪が伝わっている。次元環のほとんどは世界遺産であり国連が所有しているがこの国が固有の所有権を持っているものもある。その内さらに数ヵ所の次元環はいまだに神明家に所有権がある。
前竜王は12年前に亡くなり来年には新たな竜王が誕生するだろうとされているのだ。
そういう意味で次期竜王は第2高校3年の神明帝が最有力候補であるが、突然ここへ来て如月葵の名前が出てきたわけだ。葵の存在は歴史学者じゃなくても話題になるわけだ。来年誰が竜王になるのか不透明になりつつある。
―――5限目6限目ぶっ通しの合同体育が終わって1-Aの教室では葵と緑川のミニコントが繰り広げられている。グループが違うため授業の場所も内容も違うため秋元未来はまだ戻ってきていない。
「ニヤニヤしてんじゃねえよ緑川」いつも通り葵は自分の席に座り緑川尊は葵の机の前に立っている。
「いやあ・・・お姫様。この緑川。おそばにお仕えできるだけで幸せっす」
「いやあじゃねえだろ。気持ち悪いからやめろって。しつけーんだよ」
「葵姫様・・・いい響き・・っす」
「様とかな。ガラじゃねえんだよ、あたしは」ウザそうに答えているが満更でもなさそうだ。
「いやあ今後は姫さまって呼ばせてもらうっす、もう決めたっす」
「まだ勝手に決めんなよ!あたしは許してねえんだよ」
「しかも姫様って呼ぶとほんのり顔が赤くなってかわいいっす」
「てめーふざけんな、赤くなってねえよ」といいつつやや葵は赤面している。ポーカーフェイスは苦手かもしれない。
「いいじゃないっすか。本当にお姫様なんすから」髪をかきあげるな緑川。
「・・・気持ちわりいんだよ」葵と緑川のミニコントは終わらない。
クラスメイト達も葵に話しかけたそうにしているのだが全く入り込める隙が無かった。まあいいコンビなのかもしれない・・・今のところ。
「話は変わるんすけど如月の姐さん」緑川・・・呼び方もどすんかい。
「おぉ?もどったな。姐さんって呼び名もどうかと思うがな・・・あたしは」
「あの如月の姐さんを頭にしたチームを作る話しっすけどどうするんすか?もう一人最低入れないといけないっす。如月部長」1年で作っても大抵頓挫するけどな。
「はああ?なんであたしが部長って決まってんだ?」部長できるかな。
「お姫様っすから・・いいだしっぺですし」向いてないような気がするがリーダーには。
「・・・やだよ。いやだ。めんどくせー」まあ部長向きじゃないかもしれないが緑川が副部長やればいいか。
教室のドアが開いてやっと未来が体育から戻ってきたようだ。ほっぺたを膨らませて不満気だ。
「はあはあはあ・・なの。どうして二人とも待ってくれないのなの?」
「申し訳ないっすカワイクルシイ未来ちゃま。今後は待つようにするっす」
「・・・来るなりなんだよ。未来。子供じゃないんだから」諭すように葵は言う。
「違うのなの。葵ちゃんが心配なのなの」「あははは・・・気持ちは分かるっす」緑川が間髪入れずに返事をしている。今日の葵は機嫌がいいようだ。
その後、三守沙羅がやってきて数枚の用紙を持ってきていた、召喚戦闘部新チーム設立のための注意事項と規則と、チーム開設用の届け出用紙をだ。
「うち、担任に聞いてきました。チーム作成にやはり5名は必要とのこと」さすが・・・できるな。
「三守さん。やっぱそうっすよね。俺も聞いたんすけど。1年だけで作ると大概潰れるって言うんすよ。でもうちにはトンデモナイ戦力の葵姫様がいるっす」トンデモないトラブルメーカーだが。
「確かにね。緑川君。とにかく葵姫様は只者でないのは間違いありません」確かにタダモノではないのだが・・・退学になったりしないといいが。
「葵ちゃんは人に迷惑ばっかりかける名人なのなの」3人は葵の机の前で困った困ったと相談している。
「・・・おまえらなあ・・・」
―――4人が話していると今日もやってきた。
―――ハァァァァァア!
1-Aの黒板前に来て突然拳法の型を始める知らない男子生徒、身体は緑川より一回り大きい。教室の生徒たちはもう慣れていてあまり気にしていない。
最近毎日来るのだ・・・一言もしゃべらないため・・・そもそも訳が分からない。
ビシっと10個くらいの技を決めて一礼して去っていった。
「いやいや待てよ!・・・お前だよ。・・そうそうお前」妙な男子生徒に葵が話しかけている。体格のいい男子生徒は1-Aの出口で葵の方を振り向き自分を指さしている。
「そう・・ちょっと来い」呼んでどうする?
自分の椅子に腰かけたまま葵はガタイのいい男子生徒を呼ぶ。男子生徒はノシノシやって来る。三守と緑川、秋元の3人は固唾をのんで見守っている。
「あたしは如月葵・・・おまえは?」
「わしは御堂路三男(みどうろみお)や。如月さんの事はよく知っとる。有名やからな」わしって・・・。
ロミオのところで少し三守と緑川と秋元は首を少し傾けた。まあ名前も珍しいもんな。
「ふーんロミオ、さっきのは拳法か何かか?」
葵にはロミオという名前は特に違和感ないようだ。
「そーや。空破拳や」知らん・・・。
「知らねえな。どういう拳法なんだ?特徴は?」
「極めれば魔力を帯びた手で触れたものをすべて破砕するんや」
「それでロミオは?極めてんのか?」
「極めるまではいってへん。でも師範代クラスやな」
「ふーん・・・」
「1年生っすよね?」葵よりは社交的な緑川尊が初めて口を開いた。
「1-Fや」
「その年で師範代クラスはすごいっすね」まあどうでもいいけど。
しかし葵は少し興味が出たようだ。
「その空破拳っての見せてくれ」
「葵ちゃん知らない人に絡んじゃダメなのなの、そうおばあちゃんも言っていたのなの」
「よっしゃ、いいやろ」いいのか・・・。
そういうと未来をスルーしロミオはその場で、葵の机の前で足を開き腰を落として合掌した。
ハァァァァァ!
徐々に合掌した両手を離していく・・・。
ロミオの両手の間には強力な攻撃魔力の回帰波が見えている・・・見たことない属性だがそこそこの攻撃力はありそうだ。
「へえ・・・すべてを破砕するって見せてもらおうか・・・」
そのヤバそうなロミオの両手の間にを突然葵は右手を差し出してさらにロミオの右手を握った。
エェェェェ!!
ロミオは驚いたのか声を上げている。
「なんともねえじゃねえか・・・ロミオこれは一体・・・」
そう言っているうちにロミオは白目をむいて後ろに倒れて気絶した。
「葵ちゃん。また酷いことしたのなの?」未来はこうなることを予測していたのかすでに倒れたロミオに駆け寄っている。
「え?え?あたし何もしてないぜ」さすがに困惑している。
「姐さん・・・善良な市民を・・・」
「如月さん、倒行逆施」
「トウコウギャクシってなんすか沙羅ちゃん?」
倒れたロミオは起きてこない・・・ダメージがあったように見えなかったが。
「そんなことどうでもいいのなの。回復するのなの」
「あたし。なんにもまだしてねえって・・・なんにもしてねえ!」3人はロミオを介抱している。
乱暴者の葵の言うことを全く3人は信用していない。実際何もしてなかったけどな。
ほんの30秒ほどでロミオは目を覚ました。そしてそばにいる未来を見て真っ赤になっている「な。なんや?一体?」「大人しくしてほしいの、回復しているのなの」
みんな口々に声をかけている。
「大丈夫っすか?」
「あたし何にもしてねえよ。なんなんだよ」
「軽症の様で安心・・・」
ロミオは身体を起こしながら自分を分析しているようだ。
「ああ、すんません。ああどうも・・女子と手つないだことないもんでのぼせたみたいや。気絶するんやな。ごめんな」・・・まじか・・・。
ズルッ!
葵達4人は全員で思い切り転びそうになった。
「まじかよ!てめえロミオ!ふざけんな」葵が切れるのも仕方ない。
「今時珍しいっすね、女子に免疫が無いんすかね」お前はあるんかい。
「あなたは・・人騒がせな・・・」そして三守はあきれ顔だ。
「怪我がないならよかったなの」
しかしこいつらの周りって、いっつも騒がしいな。
「っまあでも、魔力はけっこう強そうだったな・・・」葵はなにか考えている顔だ。
「そうっすね。TMPA11000くらいはありそうっす。しかも竜族っすよね?属性はなんすか?」ロミオの正確なTMPAは12100だ・・緑川君まだまだだな。
「ああっと?地竜や」
ポケットに手を入れて勇ましい顔で葵が立ち上がる。
「よし、5人揃ったな。登録しよう」
まじ?
「えええ!まじっすか。姐さん!いいんすか?」
「別にうちはいいけど・・・」鳩が豆鉄砲を食ったような三守沙羅と秋元未来は顔を見合わせている。「わたし回復くらいしかできないのなの。っていうかロミオ君にまず聞かないとなの、チームを新しく作るつもりなのなの。5人必要なの・・・」
「ああ。ええよ」「わ!即答!」「不幸になるのなの」「えええ!ちょっとくらい悩んだほうがいいっすよ」ロミオ・・・大丈夫か・・・。
その後もロミオは自分の発言を全く覆す気ないようだ・・・チーム成立・・・まじか。予想外だな、本当に作るのか・・・葵。
「よし緑川、さっきの用紙書いて出して来てくれ」でも人任せ・・・。
「・・・えええ。ええ?まあ姐さんが言うなら仕方ないっすね」お前もそれでいいんかい。
「それでなんて名前のチームなんや?ここは?」おまえも大概やな。
「チーム名はそういえば考えて無いっすね。姐さんなんにしますか?」
「まかせるぜ、そんなの」行き当たりばったりのくせに葵はいい決め顔だ。
本気か分からないがどうもチームを作る方向で行く様子だ。
一応5人そろったようだ・・・新チームの設立は可能だが・・・1年生だけだと・・・いろいろな決まり事もしらないし・・・エントリーシートの書き方どころか・・・存在すら知らないだろう。1年生だけでチームを作ると大抵空中分解するのだ。葵の言う通り個人戦だけ出るなら問題ないが・・・。
まあどこにも入らないと駄々こね続けるよりましか。
―――翌日の放課後。
1-Aの教室はそれほど生徒はもう多くない。
葵と未来の二人が葵の机の前で立って会話している。
「今日はめずらしく静かだな未来?この教室」
「そうなのなの。緑川君はイベント部ってところの歓迎会なんだって、他にもいろいろ忙しいって言ってたのなの。この肝心な時にいないの」なるほど緑川いないと静かだな。
「そうかそうか!イベント部の三浦とかあいつらのところか!・・・肝心な時ってなんだ?緑川がいないとさみしいのか?未来」葵はまだ“両乳ボンバー”の記事のことをすこし根に持っていた。
「そんなことないなの。緑川君がいないと問題が起きた時に困るのなの。それに葵ちゃん最近ニュース見てるの?・・・物騒なの。連続で誘拐犯が出るって聞いているのなの」
「ユーカイ犯なんて見付けたらあたしが潰してや・・・」
ん?廊下に変な気配。
ピーロロ!ピーロロ!ドンドンドンドン!
なにやら廊下が騒がしい。この音楽?はあれか・・・。
「また変なのが来たんじゃねえだろな?」
「さすがにそれは無いなの」
多分二人は厄介ごとに巻き込まれるだろう。
ピーロロ!ピーロロ!ドンドンドンドン!!
しかし妙な音は、おそらく数人の楽隊は1-Aの教室前でとまった。
ガラガラー!
勢いよく1-Aの前方のドアが開いて・・・真っ赤な装飾だらけの上着に白いタイツのようなズボンをはいた男が現れた。髪は短髪で茶色だ。付き従っている数人の従者のような者たちはけたたましく音楽を鳴らして花びらのようなものを撒いて教室中に散らしている。えらい迷惑だな。従者が着ているのは第2高校の制服だ。
「だから言ったじゃねえか。変なのが来るんじゃって・・・」
「こんなの・・・わかんない展開なの」
そら分からんわな・・・。
来訪者はおもむろに話し出す・・・。
「我は
パチパチパチ・・・。男性4人女性2人の計6人の取り巻きだけが拍手している。
「・・・」
「・・・」
1-Aの教室の生徒は呆気にとられている・・・未来と葵も同様である。しかしどうもこの男は葵に用があるようだ。葵と目が合っているからだ。
「神明帝である・・・」もっかい繰り返してるで・・・。
神明帝と名乗った男の額が眉のあたりがぴくぴくしている。
「・・・未来の知り合いか?」
「・・・チンドン屋さんは知り合いにいないのなの」
全くコミュニケーションがとれていない・・・。
―――沈黙―――。
一番体格のいいおつきのもの一人が冷や汗を垂らしながら葵に近づいてきてこう耳打ちした。
「あの、如月葵殿でございますね?」
「あ、ああ」つられて葵も小声で答えている。
「兄上様でございます」そうきっぱり言った。
「えええ!兄さま?ど、どこに?」
一瞬で葵は教室の机をぶっとばしつつ目の前の神明帝ひきいるチンドン屋一団を置いて廊下にでてしまう。兄さま・・・とやらを探しに行ったようだ・・・。
「葵ちーゃん!・・・どう考えてもこの人がお兄さんって意味だと思うの・・・葵ちゃん?」教室の中から未来が困ったように呼んでいる。
「はあ?」
前後の文脈をもうちょっと考えような・・・。
もう一度従者っぽい人が葵のそばまで来てささやく。その間、神明帝は黒板の前で眉をぴくぴくさせながら待っているようだ。
「あのかたこそが第2高校3年A組。竜王位継承権第1位の神明帝さまであらせられます。如月葵殿の兄上様にあたります」小声だが活舌よくきっぱりそう言った。
葵は教室にもどり・・・ええっ?とまじまじと帝の顔を二度見している。
「えええ?・・えええ!・・・あ!?そう・・・ええ?ああ!」変な声で驚いている・・・仕方ない・・・いろいろと。
「葵ちゃんが戸惑っているのなの・・・でも生き別れのお兄さんと出会えるなんて・・・素敵なの」素敵かなあ・・・トラウマになりそうな出会いだがなあ・・・。
神明帝さまとやらは我慢できなくなったのだろう・・・まあ短気だし・・・。
「ええい、跪かんか。全く作法をしらんのか。葵姫よ・・・」短髪の帝は仕方なく話し始めている。
「あ・・あ・葵ひめ?って言われてもなあ?」
「そういえば葵ちゃん。お姫様だったのなの?」
まあ一応ね。
えらっそうに、神明帝さまはさらにお言葉を吐き出している。
「ここへ参ったのは他でもない・・・そなたの身を案じたのじゃ。とりま今週中に2高へ転校するように・・・以上である」
「はあ、なに言ってんだ?そんな簡単に転校できるわけねえだろ」
「ふむ、会話の仕方な!無礼千万。下賤のところで暮らしていたらしいな葵姫よ。相応の教育と躾が必要だ・・私は絶大な力があるのだ。その力にひれ伏すがよい。葵姫はわたしのいうことを聞いていればよいのである!」
「なんだ!それならそうと言ってくれよな」
さあ・・・不幸になるのはどっちかなあ・・・。
秋元未来の予感はいままで大抵当たっている、未来は背筋が寒くなるのを感じているのだ。
「・・・葵ちゃんなんか勘違いしている気がするのなの・・・」
ほんの30秒後・・・1-Aの廊下は大惨事になっていた。
第2高校の先輩たち――従者の6人、うち3人は魔装もしたようだが。6人ともボロボロのズッタズッタにされていた。もちろん葵に。
・・・もう一人の来訪者である神明帝は服はやぶれて顔面に血がにじんでいて両膝をついているが葵にその髪の毛を鷲づかみにされて強制的に葵を見上げている。
まだ意識はしっかりあるようだ神明帝さまは。
「ん・・がぁ・・んあ・・なん・・きさ・・きさま・・いきなり・・きさま」
「なんだよ。歯ごたえのねえ・・・鍛えてくれるんだろ?今日は調子悪いのか?とにかく全員起こして魔装してくれ・・・もう一回やろう」
うん、さすがだ・・・これをもう一回やる気なのか。
「が・・ああ。き、きさまこんなこと・・・こんなことをしてただですむと・・・」
「力でひれ伏させるっていったじゃねえか・・・とにかく帝だっけ・・・練習したい技とかあるし魔装してくれるか?今すぐ?」だめだね・・・人の話し聞かないモードだ。
「そそそそそ・・その力ではないわ・・バカモノ!・そ・・・お?」
「んん?聞こえねえよ?はっきり言えよ!なんだ!?」
どうしたのか葵はややイラついて語気がきつい。
「力というのはだな・・・富や権力や威厳や・・・次期竜王として」
「ああ、そっちか・・分かったぜ」ニヤッと笑う葵を見て未来はさらに嫌な予感が・・・背筋が凍る気がした・・・この感は大抵あたるのだ。
葵は窓ガラスを破って・・・神明帝の頭を持ったまま校舎の外へ飛んで行ってしまった。
6人の従者は廊下で全員失神している。
「―――どうしようなの。緑川君を探さないといけないのなの」はっと我に返り取り残され未来は一人オロオロした。
―――第3高校の裏手に1.2㎞ほど行ったところに広い原っぱがある。
そこに葵と帝の姿があった。二人っきりだ。
「その権力とか金とかの力で呼んでくれるんだろ?あたしの相手?」
「な、なん、ななな。こお、ここは・・・」帝は一人になったことがないのだろう。がたがた震えている。いや・・・失禁してる。
「ああ。広くていいだろ?ケンカするには持って来いだ。よし呼んでくれ?強い奴と戦わせてせてくれるんだろ?ここは戦士の地、降魔の地だぜ。オッサン」オッサンじゃなくて兄さんな・・・いや一応。
「た、貴いものは強くある必要は・・」
「先祖が強くなきゃ今頃あたしたち全滅してるぜ!さあ、さっさと呼んでくれ」
「こ、後悔するぞ!こんなまねを」
「硬く考えるなよ毎日5戦のランク戦やってるんだろ?勝ったり負けたりな」帝は仲間内で最低限のランク戦を回しており何年も真面目に戦ったことなどないのだ。TMPAは1万前後なのである。まあでも神明帝はまだ強がりが言えるんだから・・・余裕があると言えないこともない。
―――30分後、帝に端末でよばれて第2高校から数名の召喚士が現れた。・・・全部で5名か。
「万蛇木・・・お、遅いではないか」
「神明さま、このお怪我は・・・」
仲間が現れるととたんに強気の帝にもどったが・・・。
数秒後チーム“マインドブレイク”のレギュラー5名と葵がそれぞれ魔装し激突し・・・それを見ていた帝の顔には再び冷や汗が噴出していた。いやさっきより酷い・・・。
“サークルブレイク”
“エラスティックショット”!!
葵は超スピードでマインドブレイクの集団にわざと囲まれつつ全身の紅鱗を四方八方に射出したのだ。立っていられたのは万蛇木君だけ・・・。しかしあっという間に戦意喪失して逃げようとしているボロボロの万蛇木君の後頭部に踵落としを食らわせて勝敗はついた。
そしてまた二人きりになった・・・意識ある人は。
ニコっと笑う葵はさぞ怖いだろう。
「えっと。帝だっけ。まさかこれで終わりじゃねえんだろ?」
「き。きききき貴様・・・覚えておれ・・・おわ・・終わりではないぞ。始まりじゃ!貴様と私の戦争じゃ!」
そう言って後ろを向いて去っていく。背中には憤りと決意が見える・・・。
ガチ!
音も無く近づき葵はさらにニッコリ笑って帝の頭を握っている。
ここはだだっぴろい原っぱだ・・・逃げようがない。
「ななな、なんじゃ貴様、ここここれ以上狼藉は・・」
「だから終わりじゃねえんだろ!おかわりを頼むぜ」
「おか・・おか・・おかわり・・じゃと」
「これで権力と金は終わりじゃねえだろ?まさか?終わりじゃねえなら力を見せてくれ!」
「・・・ななんだと!聞いて、聞いて驚け!私はその気になれば、いつでも雇っているソードフィッシュのA級サマナーを端末から呼び出せるのだ!わかったらその手を放せ!」もともと人相は悪いが・・・怯えて強がって・・・プライドがあって・・・さらにそのプライドは壊れかけていて・・・いつもより50%増しでブ男だ。
「ほおおう!」
「わかったな。これで貴様は鷺藤家の敵じゃ・・・」余計なこと言わなくていいのに。
「よし!今から呼んでくれ!」
やっぱり完全に葵はやる気だ。そして帝は今ので完全に心が折れたような気がするが。
「・・・な・何を言っておる!聞いておったか?プロのA級サマナーじゃ!貴様なぞ相手になるものか!」この賭け・・・びびって降りろというわけだが・・・そんなもの葵に通用するか・・・。
「わかったって!楽しみだな!何分で来る?」葵は帝の頭を少し強めに握った。
「・・・・ぐ・・・・」絶望が顔からにじみ出ている・・・まあ散々弱いものイジメしてきたんだから・・・たまには逆転したほうがいい。情操教育?というやつだ・・・概してこういう奴は心貧しい。
―――意識を取り戻したマインドブレイクの5人は戦う気ないなら帰れと葵に諭され(脅され)帰っていった。そしてマインドブレイクが去って40分後、はるか上空の亜音速ヘリから一人の黒い影が飛び出した。
ヒュ―――――シュタ!
ほとんど音もせず帝の前に、魔力の波動も感じさせずに降り立った。髪の毛がもこもこしているが眼光はなかなか鋭い、身長190㎝、金竜。TMPAは読めない・・。なんらかの抗術でガードしているようだ。
すでに軽く葵は切れている。
「おせえよ!どんだけ待たせるんだよ!しかも一人って」
「なんですかな・・・急な用事とは・・坊ちゃん」黒服のエージェントは横目で葵を見つつ主人の帝と話している。一目で状況は見抜いたようだ。
「このものを倒せ!今すぐじゃ!」怖い時間が続いているのか声がかすれている。
「このA級エージェントは対サマナー用に訓練されているのだ。高校生のガキどもとは雑魚とは違うのだよ!・・・いけ!郷田!」あ、でも少し声が出てきた・・・味方がいるときだけなあ。
「やれやれ坊ちゃん、特別ボーナスをいただきますよ。坊ちゃんのお遊びも毎度困ったものです」
「いつ始めんだ?もこもこのおじさん?」完全に臨戦態勢だな・・・。
「いつでもどうぞお嬢さん、手加減しますから気楽にどうぞ」手加減できるかな。
郷田は黒っぽい魔装鎧に身に包み、魔装武器はラージシールドを両手に一つずつ出現させている。
戦闘開始だ・・・まあランクAエージェントがどこまでやるか見ものだ。
「んじゃいくぜ!」
“コンセントレーション”
“フレイムブーステッド”
“エラスティックショット”!!!
魔力波をまき散らしながら空中へ移動しつつ・・・葵の両腕が火を噴いた。
数十発のエラスティックショットが赤いシャワーのように郷田に降り注いだのだ。
“堅身体現”!!
反応は遅くない・・・防御型なんだろうな。郷田の防御力がアップしていく・・・。
ドッガガガガッガアガッガ!!!!!
ひぃ――――――!!
きーてない!き~てません!
ゴメンさない!まいりました!お嬢さん!
「じょ、冗談だろ。はじまったばっかだぜ。おじさん」
既に郷田のラージシールドは二つともバラバラに消し飛んでいる。魔装鎧も破損部位が多い。郷田は顔面から流血して命乞いしている。
「坊ちゃん。自分が得意なのは探知とトラップですよ。前からご説明していますがね。こんなバケモノのような武闘派とは戦えませんよぉ」
「な・・・な・・・な・・・」
二人を見ている神明帝は両膝をついており焦点が合わず呆けている。あら壊れちゃったかな。
「帝だっけ・・・まさか終わりじゃねえんだろ!・・おかわり・・・だ!てめえのせいで今日ランク戦行けなかったじゃねえか!あと5戦させろ!」まだまだ満足しない・・・。
「き、きき貴様。は。はは!母上の私設部隊はこんなものではないぞ!こんなものではな!わかったな!わかったら・・・」今度はママが出てきたな。
「おお!すげえのいるなら呼んでくれよ!何分で来れる?」
「な、ななにを言っておる!ぶ、無礼者」
「じゃあこっちから行ってもいいぜ。おまえの母ちゃんとやらはどこにいんだ?」
「・・・は・・・はあ?・・・」あ・・・本日2度目の失禁・・・。
でも助けが来たようだ。
「―――葵ちゃーん!」
「姐さ――――ん!!」
あたりを観察しつつ緑川尊が近づいてきて、はあはあ言っている未来も後ろを着いてきている。
「良かったっす。何か所か探したっすけどまだ大ごとになってないっすね。煙が出てて分かったす」
「はあはあ。十分大ごとな気がするのなの」原っぱはかなり焼けただれ、どこそこ黒い煙が出ている。
完全に心が折れている帝を無視して3人は話している。
「んだよ。未来に緑川」
「如月の姐さん、弱いものイジメは良くないっすよ」
「弱いものイジメなんてしねーぜ。コイツが力を示してくれるって言うからよ、権力と金で強えー知り合いを紹介してもらってんだ、それだけだぜ」紹介するなんて言ってなかったけどねえ。
「なるほどっす。まあその派手な服の人・・・多分っすけど。俺の見立てだと飛竜使いでTMPA1万くらいっすよね。何年生なんすか?」帝は答えない。お?ちゃんと見えてるね緑川君。
「3年生って言ってたのなの」かわりに未来が答える「3年生でTMPA1万だとまあ戦闘力の偏差値でいうと、降魔六学園3年では偏差値30くらいっすよね。激弱レベルっす。第3高校だと1年生召喚戦士の真ん中くらいっす。そりゃ権力や財力に偏りたくなるのもわかるっすけど・・・。とにかく相手が悪いっす。うちの姐さんは殴ってどっちが強いかしか興味ないんで・・・それと飛竜も火竜の一種すけど姐さんの竜は“紅蓮返し”なんすよ。最強の火竜っす。財力をどれだけつんでも姐さんより強力なポテンシャルの火竜は連れてこれないっすよ。関わらないのが一番っす」うん正論だね、帝にもご機嫌伺うイエスマンばっかじゃなくってこういう部下がいればね。無理か・・・自分で遠ざけるからな。
「なるほど防御結界が役に立たないのは結界破りの火竜というわけですか・・コワいコワい」もこもこのおじさんがブツブツ喋っている。帝は地面につっぷして顔が見えなくなってしまった。
「いやでもまだ途中なんだけどよ」まだ足りないんかい。
「あ・・・葵ちゃん・・・お腹すかない・・・なの?」
グゥ・・・。
「いやあ・・・」お腹が鳴って葵は軽く赤面している。
「姐さん、この緑川がおごるっす。もう午後6時半っすよ。今日イベント企画部で面白い話があったんすよ。聞いてくださいっす」
「そうか、まあ腹も空いたな・・・じゃあ今日はここまでにすっか・・・帝だっけ。残りは明日連れてこい・・・」まあまあ。
「まあまあ葵ちゃん・・・どうもみなさんご迷惑おかけしました・・・すこしですけど回復しますなの」・・・未来にもまあまあ言われてるな。
未来は地面につっぷしている帝を回復し。もこもこおじさんも回復しようとする。
「ヒイイイ!いや・・わたしは結構・・・自分でできますから」そんなに怯えなくても。
「そうなのなの・・・ご迷惑おかけしましたなの」
丁寧に未来はお辞儀している。
―――葵と未来と緑川は去っていった・・・。
風が吹く焼け野原には寂しく二人が残されたが、もこもこのおじさんは黒服にもどって両手を後ろで組み目を細めて3人が去った方を観察している。
「坊ちゃん、相手が悪すぎますね。あいつらは危ないですよ。命を捨てる覚悟が無いなら、あの男子生徒が言っていた通り関わらない方が賢明です。・・・・ああ。それはそうと休日出撃ボーナスは頂きますのであしからず」
覚悟などあろうはずもない帝はまだ立ち上がれそうになかった。
3人は陽が落ちてやや薄暗くなった校舎を横切って歩いている。
「ところであれ誰なんすか?派手な服着て・・・」
「知らずにしゃべっていたのなの?葵ちゃん今日はいつもより酷かったなの。あの人は・・・」
「知らなくていいぜ!何でもいいんだな?何おごってもらおうかな」
なかなかの竜王家の兄妹の初会合だったが・・・帝クンは陰湿で執念深い・・・だから陰湿なジメジメした仕返しを考えるだろうが・・・基本的にチキンだから・・・表立って動くことはもうないだろう・・・自分から間違っても会いに来ないだろうな・・・二度と。
前竜王の子は全員が異母兄弟姉妹なわけだが・・・まあ軽く破綻してる・・・。現在竜王は空位で竜王位継承権争いも同時に勃発・・・しているわけだ。王位継承権は優先順位はまず召喚士であること、さらにできれば竜族であること、さらにTMPAが高いほうが良い・・・そこに各名家の政治力が絡む。同程度の能力と判断されれば年功序列になるが・・・。今年度中に葵が竜王位継承権第一位となると・・・帝クンの母・・・鷺藤家がだまってはいまい。
―――そしてもう一人、遠巻きに如月葵と神明帝たちのやり取りを見ていた女子がいる。見ていた・・・しかし実際に彼女の目で見たわけではない、超感覚で・・・おそらく遮蔽物を透視して遠隔視で観察したのだろう・・・。
多分、第3高の1年生であろうが、水着のようなバトルスーツを着て腰と両手には羽衣のような装飾がある。派手な服装だ。髪は長めで青い・・・ノーブルブルーではなくかなり濃い青だ、顔立ちはきりっとして整っている。胸の魔晶石のようなものを握りしめている。
なにか喋っている。全く通常なら聞こえない程度の声だ・・・独り言なのだろう。
「竜王位継承権を持つ二人が争うなんて。少し予想外であります・・・しかし二人には大きな差がある。何らかの作為があるのでしょうか?・・・この若さでこの能力・・・如月葵様か、あなたがそうなのでありますか?どちらにしても同じこと。この世に永遠の平和を。母様」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます