第2話1-2.校内戦は竜の顔

「おぉビューティフォー!お美しいお二人さん。昨日ぶりっす」


ややロン毛に近い茶髪をかき上げて歯をキラっとさせながら、1-Aの教室になぜか緑川尊がいる。今日は首からグレーの魔晶石を下げ登場した。お二人とは如月葵と秋元未来のことである。4限目の授業が終わった瞬間、教員と入れ替えでいきなり教室に乱入してきたのだ。

「ふふ!ふふふ!如月の姐さん、愛してるっす。そしてカワイクルシイ秋元未来ちゃん。こんにちはっす。今日も愛しています。二人ともガチ愛していますっす」

左手を自分の胸に当てつつ右手を2人へ差し出し、頭を反らし目を閉じてはなす緑川は激烈浮いている。まわりの生徒たちは普通に引いている。


あまりにも登場が唐突でなれなれしく周囲の1-Aの生徒は唖然としたあとで遠巻きにヒソヒソ話し出した。

「あの。これから私たちランチなの。葵ちゃん行こ。・・・わたしあとカワイクルシくないのなの」

「大抵の変な奴は見てきたけど。おまえも大概だよな。身構える時間くらいよこせよな」

如月葵はメンドそうに首を傾けつつ邪魔だとばかりにシッシッと右手で緑川にジェスチャーをする。




―――結局、幸せいっぱいの緑川尊が葵と未来というやや人目を惹くタイプの違う美人二人から離れず三人で第3高校大食堂でランチスタートとなった。


「―――降魔六学園で一番多い780人19クラスっすよ・・・ああ、第3高校の新入生の数っす。女子は343人って悲しいかな・・・。男子よりも少ないんすね。大問題っす・・・」

「よくしゃべるの。食べるか喋るかどっちかにするのなの」


「今日は午後からようやく体育っす、始まるっすよ!ようやくっす!お二人の体操着姿が目に浮かぶようっす・・・」

食べながらしゃべり続ける緑川はソーセージをフォークで刺しつつ決め顔で流し目で二人を交互に見た。ふつうにチョット面白い画ずらだ。


「意味わからないのなの」

食べるのが遅い秋元未来は頭をフルフル振っているが、まだ全然お皿の上のパスタが減っていない。サラダもほとんど残っている。既に緑川尊と如月葵はほとんど食べ終わっている。

「少しだまれよ。緑川だっけ。しっかし、ここは・・・でもメシは旨いな」

「そうなんすよ、如月の姐さん。各学園とも有名シェフを雇っているらしいっすよ。リッチすね。ランチも6種類から選べましたっす。でも第1高校と第2高校はもっとすごいらしいっすよ、ランチも待遇も。・・・如月の姐さんは将来は第1高校編入を目指すんすか?まあ憧れますよね第1高校編入は。第1高校は授業は自主的にとか言って全く出席とらないらしいっす、サボり放題っす。ほかにもいろいろ・・・各学年100人ずつの特権階級っすよね。超エリートっす」


「葵ちゃんは編入なんてしないの。あと、もっとゆっくり食べて欲しいの。葵ちゃん」

「結局・・・緑川。てめえは何が言いたい?第1高校に入りたかったのか?なら入ればいいだろ。あたしは興味ないぜ」

「あれ知らないんすか?姐さん?校内戦でA級ランカーまで上がると、各学期末に例えば夏休み前に第1高校のランクCと組み換え戦ができるんすよ・・・もちろん希望すればっすけど。3戦して2勝すれば第1高校編入おめでとうってなるっす。んで代わりに一番成績の悪かった第1高校ランクCの人が第1高校からバイバイすることになるっす」


「てめえ、よくしゃべるなあ」

まったく緑川はよくしゃべっている・・・。

「・・・第1高校から転校させられると1高落ちって呼ばれるんすけど、でも1高落ちは1高落ちで今度は別の学園で校内戦でブイブイいわせまして。再度第1高校に再編入する人もいるみたいっす。まあでも一度落ちると1高への再編入は難しいみたいっすね。弱肉強食ってやつっす」どこで情報収集しているのかこの手の話しには精通している。


―――緑川の真後ろの席の男子生徒がガタガタと音を立てて席を立った。ジロッと緑川を一人が睨み憮然ぶぜんとしながら食事をしていた他の数人と去っていく。


そして、ほんの数秒後に目はグリーン、ロングの金髪美女が3人にすっと近づいてきた。身長は170くらいだろうかスタイルも非常に良い。・・・しかし足音はほとんどしない、武術の達人が見ればただものでない身のこなしは看過できるかもしれない・・・だが緑川君は全く気付いていないようだ。金髪美女は突然話しかけてくる。

「あんたたち新入生っしょ!」

「はい???!うっっっ!!」

時が止まったように緑川君は金髪美女の胸当たり・・・一点を見つめて衝撃を受けている。お構いなしに金髪美女はネコのようにニヤニヤっと笑っている。


「あんたたち、新入生っしょ。見れば分かるわけ。あんたたちの席さ、今立ち去って行った奴らがさあ。いつも昼時に陣取って座ってる席なわけ。感じワル~イあいつらは3年生二人2年生二人のカルテットなんだけどね。あぁ面白かったわけ」

「そうなの?それでこっちをじろじろみていたの?怖かったのなの」

肩を竦めながら秋元未来は困った顔をしている、まだまだパスタは無くなりそうにない。


「あたしは気づいてたぜ。少々殺気もれてたしな・・・あいつら。ケンカふっかけて来ないかなって、ずっと臨戦態勢だったんだけど。残念残念」こちらもネコ科っぽい如月葵は悪そうにニヤッと歯を出しながら物騒なことを言う。妙な衝突は避けてください・・・ややこしい。


・・・だが葵の言葉は金髪3年生女子のツボに入ったようでお腹をかかえて笑っている。ブレザーの上からでもかなりスタイルがいいのが分かる。

「―――あはは、あぁはは。・・・OK!OK!・・・ぁあ面白い1回生だね、気に入ったわけ。わたしはDD-starsの大津留おおつるジェニファー。よろしくね。1回生たち」

「1年A組の秋元未来っていいます。よろしくなの。大津留せんぱい」

丁寧なあいさつをした未来に「よろしくね」と言いつつ、大津留ジェニファーは如月葵に右手を差し出した。その時軽く大津留先輩の胸がプルンと緑川君に接触した。


「ああ、よろしくなジェニちゃん」

ハイハイと葵は軽く先輩と握手したが予想外の握力で大津留ジェニファーは握ってくる。常人なら骨折する程度の握力で。少し目を見開いた葵だが表情はほとんど変わっていない。

「せめてジェニファー先輩と呼んでほしいわけ!1回生。名前は?」

笑っているが語気は強い、しかし今度想定外だったのは大津留ジェニファーの方だった。ほぼ同じ程度の握力で握り返されたのだ。膂力りょりょくではこの学園トップクラスのジェニファーにとっては驚き以外の何物でもなかっただろう。ジェニファーは軽く笑いつつ下唇を噛んだ。葵は視線を全く動かさない、そのまま二人とも握力をさらに急速に上げている。・・・互いの力量を垣間見つつ握手は唐突に終わった。


「名乗る名なんてないが、如月葵だ」やっぱり名乗るんだな。

「OK!本当に気に入ったわ、驚いた。如月葵ね、覚えておくわ。・・・ところでさっき出ていったカルテットは四人とも1高落ちよ。一応、気を付けなさい。1高落ち同士でつるんでも強くはなれないけれども、ま!言葉に気を付けましょうね?僕?・・・ん?僕?・・・大丈夫なわけ?この子?」ジェニファーは緑川君の顔の前で手を振ってみる。


魂が抜けたような緑川君は1点を凝視し上の空だ。どうも大津留先輩の胸のあたりを見ているようだ、何か言っている。

「・・・ふふふ、犯罪、犯罪レベルのけしからんおっぱいが。僕のこんな近くに。ふふふ・・・犯罪おっぱい」

「あの、ごめんなさいなの。大津留せんぱい。このおかしな人は緑川尊っていいます。あたしたちとはあんまり関係ないのなの」

「あとで殴っとくから許してな、ジェニちゃん」

「・・・あのね。せめてあたしのことはジェニファー先輩と呼びなさい」


チーム“DD-stars”とこんなに早く葵が会うとは予想外だったが・・・同じ高校だしまあ遅かれ早かれといったところだろう・・・葵がDD-starsに入部する可能性もあるかもしれない。




―――そして五限目、1年生にとってはこの学園での最初の体育が始まった。


この第3高校・帝斉学園だけで10個の体育館があり、そのうちの一つに葵たちは集合となった。10個も体育館があるのかと一般の人は言うそうだが、10個でも下手をすると足りないのだ。召喚士の練習や召喚戦闘にはかなりのスペースを要する。さらに第3高校は生徒が最も多く全部で2200人もいる、その生徒のほぼ全てが召喚戦闘部いずれかのチームに属し放課後は練習や校内ランク戦等でしのぎを削るのだ。体育館1個1個も普通の高等学校の体育館よりかなり広く頑丈な構造となっている。


教官は体育館のステージよりのところに1列で10人並んでいる、全員同じ模様の身体にフィットする青と白のバトルスーツを着ている、胸にはそれぞれ色の異なるクリスタルが時折ライトに反射して光る。また白衣を着ている校医のような教官も別に六人いる。


ベリーショートの赤い髪、年は50歳くらい、頬はコケている、厳しそうな女性教官が生徒たちの前に出て話し始めた。

「魔法攻撃系コーチの安藤です。それでは体育の授業を始めますと同時にいくつか注意点と説明事項がございます。最初はかん違いする生徒が多いですが、当然、召喚士としての体育教育となります、通常の体育ではございません。それにつきまして、まず召喚士の理念でございますが―――」もうすでに眠そうな葵は全然聞いていない・・・。

「―――コーチにも特徴がありまして、総合コーチ、召喚コーチ、攻撃系コーチ、魔術系コーチ、魔装構築系コーチ、補助コーチ等があり、さらに細分化され―――」

「―――この1年A,B,C,D,E,Fの6クラスの総合コーチ、責任者は向かって一番右の権藤先生となります。練習中は権藤総合コーチもしくは権藤教官と呼んでください。続きまして―――」

赤髪の安藤教官の説明は長く、眠りかけている如月葵はほとんど聞いていない。呼ばれた権藤先生は男性教師で黒髪で適当を絵にかいたような締まらない顔でどこを見ているかよくわからない。身体も力が抜けておりダラッとした印象だ。ちなみに1年生はほとんど知らないはずだがサマナーズハイ所属のクラスAサマナーだ。ようはこの国のトップクラスの召喚士である。要注意なのだ・・・この男は。


「それでは能力に応じて組み分けをいたします。まずこの6クラスは全員が召喚士でございます、感覚合一前のものはおりません。感覚合一前の召喚士の卵たちは別のクラスで特別授業を受けています。あなたがたは―――」

説明はさらにさらに続いている、結構大事なこと話しているが。


「ふぁあああ」

生徒たちの一番前にいる如月葵は教官を目の前にして大あくびを連発しておりかろうじてまだ起きている状況だ。

「ぁぁぁ、怒られるの。葵ちゃん」

隣にいる秋元未来が葵の口を押えている。その光景を緑川がガン見している。

「あくびまで美人っす。如月の姐さん。しびれるっす!しかもこの角度だと未来ちゃんも入りますっす。一石二鳥っす」そう緑川は小声でいいつつ、体育館に持ち込み禁止の携帯端末で葵の横顔を写真に撮りだした。

「ぁぁぁ、やめてなの。緑川君。私達までまた怒られるの」困り顔の未来の受難はまだまだ続きそうだ。


「―――それではみなさん組み分けでございます。まず召喚獣を使役できる魔力があるかをラプラスの魔光器で計測いたします。権藤教官お願いいたします。・・・あれ?権藤先生?」

背筋が曲がっているのでよくわからないが身長170センチくらい、年齢は30歳くらいに見える権藤先生は器用に立ったままスヤスヤ寝ている。赤髪の安藤教官は一足で数メートルを縮め権藤先生の真横に立ち、少し息を貯めてから「ワ――――!!!!」と叫んだ。

権藤先生は「はっ」と我に返った瞬間、奇妙な天秤のようなアイテムを取り出して発動させた。

何事もなかったように赤髪の安藤教官は元の位置に戻り話しを続ける。

「ラプラスの魔光器に照らされ体が赤く光った人は、向かって左側、あちらの男性教官、手を挙げている教官の方に立ち上がって移動してください」


「あれ?あたしの身体赤く光っているの」

身体が赤く光り出した未来はあわてて自分の両手と身体を見ている。


「体が青く光っている人は権藤先生のいる方に移動してください。全く光らない人はそのままで結構です。さあ!早く移動です!」早く早くと急かしている。


「おや、身体が青いっす。それよりも。いや、つか?如月の姐さんそれは?」

青く光る緑川の隣で、如月葵の身体は赤くなり青くなりまた赤くなり、赤青赤青と交互に光っている。首を傾けて見ている未来も気付いている。

「葵ちゃん。どういうつもりなの。多分赤いからあたしといっしょなの。いこ?」

「どういうもこういうつもりも知るわけねえよ」

「やっぱり如月の姐さん。俺とおんなじ青なんです。もう付き合うしかないっす、俺たち。とりあえず愛してるっす」

「てめえの言ってることは意味わかんね」そういう葵はまんざらでもなさそうだ。


いつの間にか安藤教官が葵の前にいる。少し前かがみになり穴が開くほどジッと葵の顔を見ている。

「・・・ふ。赤と青が交互に光っていますね。・・・あなた。・・・あちらの権藤先生の方に移動してください」

「え~葵ちゃんと離れ離れはいやなの」

「それではご一緒しましょう。如月の姐さん」

「姐さんての、やめろよな」


未来たち赤のグループは40人、葵の青のグループ55人、光らなかったグループ155人に分けられた。光はすでに消えている。

「どうも権藤です。ざっと説明すると、みなさん青のグループは魔装鎧可能な魔力の強いグループです」

誰かが挙手して質問している、「赤はなんですか?権藤センセ?」

「えーあー、赤ですか。あれは召喚獣のコントロールが難しいグループです。必ずしも魔力が弱いわけではありません。えー召喚士の練習は召喚獣を召喚している状態でやるのがレベルアップに効率的ですので召喚後にコントロールできないと、つまり暴走するとまずいわけです」

眠そうな権藤先生よりひとまわり大きい他の教官が補足する。

「いいか、つまりコントロールできない召喚獣どうしが勝手に戦い、どちらかの召喚獣が死ぬまで戦うと大事故につながるわけだ。知っているとは思うが召喚獣が死んだ場合、復活させる魔法も方法も・・・無い。召喚獣は一生に一回だけ、一体しか感覚合一できない。つまり大問題が起こるのだ。ゾンビとして復活させるしかなくなるが、ゾンビ化は基本的に召喚獣の弱体化を示す。その後、一切召喚獣はレベルアップしなくなるのだ」なんかところどころ間違っている・・・大丈夫かこの教官。

「えーまー基本的に弱体化するとは限りませんが死なないに越したことはありません」今度は権藤先生がだるそうにフォローしている。これで切れ者だからな・・・。


―――その後、さらに青のグループは既に魔装鎧ができるグループとそうでないグループに分けられた。如月葵と緑川尊を含め、魔装鎧ができるグループは14人である。つまり合同6クラスでいつでも召喚士として戦闘可能と判定されたのが14人ということだ。まあ夏休み前にはかなりの数の1年生が戦闘可能となるだろうが、現時点ではこの程度の数だ。


「―――えーというわけで基本的には各自、体育の授業中は召喚獣は召喚したまま、魔力を消費している状態で訓練を行っていきます。ではみなさん、十分に広がって召喚を行ってください。召喚後はさらに魔装鎧も纏ってください」

ずっと眠そうな権藤先生は一度も14人の生徒を見ることなく話している。

「緊張するっすね、如月の姐さん」

「大変に・・・ねみい」


14人は影から連続する形で魔方陣を生成してそれぞれの召喚獣をサモンする。二人ほど魔方陣の生成にとまどったが全員が召喚できたようだ。14体のクリーチャーと魔装鎧を着た14人の召喚士はなかなか見ごたえがある。半分ほどが竜族だ、竜族の割合は全召喚士の2%前後ということを考えればこのグループの竜族の割合は非常に多い。各地区から優秀な召喚士が入学してきているのだ。中学の時点で魔装化できる召喚士は大概、公式戦の経験があるわけでほとんど魔装化にコーチ達の助けを必要としない。


如月葵が見渡すと赤く光った40人を除く、他のグループでも召喚が行われ始めている、なかなかスムーズにいかないようだ・・・どこかしこで軽い悲鳴が起きている。

「姐さんの魔装鎧、まじカッコいいっす、すごいっす。全身真っ赤で金の縁取りなんすね。赤い鱗みたいのが強そうっす。名前とかあるんすか?」

「すごいってこの鎧か?ああ紅龍の鎧っていうらしいぜ」そういう葵は自分の鎧を見て珍しく口元を緩め笑っている。

「ちょ、超絶かわいいっす・・・。あ、いや、俺の鎧は普通のチェーンメイルっす。たいしたことないっす」

「謙遜すんなよな。いいアーマーじゃね?」

「あと、あの姐さんの後ろの竜ですけど、なんて言ったらいいかわかんないっすけど。すげえ怖いっすね・・・王様みたいっす。火竜っすよね?」


ほとんどの召喚獣は宿主である生徒が落ち着いてないせいかキョロキョロしたりやや浮足立った感じだが葵の竜だけは座っており前足を組み赤と黒を基調とした外骨格は威厳があり、確かに王者の風格をかもし出いている。

「てめえも竜を召喚してるじゃねえか」

「いやなんかレベルが違う感じがするっす、おれの竜は“セプター”って名前の風竜っす。姐さんの竜はなんて名前―――」


「はい、注目。他のグループは他のグループです。基本的に体育の授業中は召喚獣を召喚し、魔装鎧を着装した状態で負荷をかけて行います、50分維持するのは最初は難しいですが、まあ慣れましょう」

淡々と話しながら権藤先生がラプラスの魔光器を取り出して何らかの魔術を施行している。


「みなさんは召喚獣を操ることができ、魔装鎧を着装できます。召喚戦闘における基本事項は完了しています。まあ魔装鎧は必ずしもいりませんが。あとは研鑽を積み召喚獣と魔装鎧を育てていって下さい」

召喚獣のレベルが上がれば召喚士も同時にレベルアップし能力は強くなる。ただし魔術を含める戦闘技術を取得するのはまた別物である。ついでに忘れている召喚士は多いが、魔晶石によって契約し構築する魔装鎧もレベルアップがあるのだ。ずっと使っている魔装鎧の方が初めて使う上級魔装鎧より強くなっていることはしばしばある。


「ケンサンってなんすかね?そういえば姐さんは魔晶石を二つ持ってましたよね?両方とも魔装鎧化して鍛えるんすか?」

「ん?あぁ緑の石のほうは魔力を失っててな、ただのお守りだぜ」

「ああ、お守りなんすね。喪失石って言うやつっすね」緑川はお守りなんて持ちそうもないのにという表情だ。


そこそこ眠そうな権藤先生は私語をしまくっている葵と緑川をジッと見ている。表情から何か読み取るのは難しい。

「そこの二人?ちょっと前に来てください」

自分を指さしながら緑川はバツが悪そうに「すいません姐さん、すいません」と葵にあやまった。


「基本的な訓練です。公式戦や校内戦での召喚獣の召喚および使用は禁止されていますが、召喚獣の使役は重要です」権藤先生は2人に背を向けて円柱状の結界を二つ同時に作成している。

「えっと名前は如月さんと緑川くんですね、二人の召喚獣をそれぞれ結界の中へ。サンドゴーレムが出現しますので倒してください。二人は結界の外から召喚獣を使役してください。まあ結界はかなり強力ですのでおもいきりで、どうぞ。制限時間は3分です」

右手を振って権藤先生はそれぞれの結界に魔晶石を投げ入れた。魔晶石をコアとして砂が大量に出現し形作っていく。体長3m程の手足の異様に太い砂の鬼がそれぞれの結界に2体出現した。


―――如月葵の火竜と2本角の青鬼、緑川の風竜“セプター”と1本角の赤鬼のバトル開始だ。

「こういうのがやりたかったんだよ、眠くてしょうがなかったからなぁ」ふぁああと葵は背伸びしている。

「姐さん、どっちが早く倒すか勝負っす!勝ったらデートしてもらうっす!」

「あぁいいぜぇ!」

「ではいきますよ~。制限時間2分。結界内鬼退治~開始~!」

権藤先生が手を挙げると鬼たちが動き出した。


―――14人の新入生召喚士が結界内鬼退治をトライし、制限時間内に倒せたのは如月葵と三守沙羅という名前の女子生徒だけだった。砂の鬼はほとんど物理攻撃は効かず遠距離攻撃も防御もしくはさっと崩れて回避したのだ。ほとんどの生徒はダメージすら与えられなかった。


初めての体育授業が終わって生徒たちは体育館から去っていく。いつもの調子の緑川尊は相変わらず喋っている。

「いやあ、こんなに強いなんて聞いてないっす。他のグループはもっと緩い課題みたいだったっすね、選ばれしもの達はつらいっす。しかし姐さんは一瞬でしたっす、恐ろしい火炎ブレスっすね、鬼が蒸発したっす。その火竜ヤバいっすね」

しばらく体育中は組むことになった仲間たちからも如月葵は一目置かれたようだ。代わる代わる挨拶が飛んでくる。

「めちゃくちゃ強いですね。ぼ、ぼくは埼玉出身の―――」

「如月さん、新人王とるんじゃないんですか?」

「どこのチームはいるんですか?」

「鎧からして違いますもんねー」

「体育は毎日あるんで楽しみでっす」

複雑な表情の葵は歩きながら男子生徒たちに囲まれている。ちやほやされるのは葵は慣れていないようだ、やや困惑・・・といったところか。


「ま、まあ大したことないぜ」

「えーい、俺の姐さんに気易く声をかけるんじゃないっす」という緑川の声はかき消されている。

突然、葵は立ち止まった、日本人形のような黒髪の女生徒が目の前に現れておじぎをしたのだ。身長は160㎝ほど、葵より少し大きいかもしれない。

「はじめまして。うちB組の三守沙羅と申します。お見知りおきを」鬼を撃破したもう一人の生徒だ、静かに喋る子だ。サンドゴーレム戦では戦闘が開始して・・・少しして葵と違い鬼は突然崩れ動かなくなったのだ。魔力の消費で言えばこの三守沙羅に軍配があがるだろう。

「如月様は驚異的攻撃力。今後とも良しなに」そう言って再び歩き出した。


そして緑川尊の美女レーダーが働き出す。

「1年C組の緑川尊っす、三守沙羅ちゃんて言うんすね、美しい響きっす。沙羅ちゃん、おしとやかで美人っすね。あの?聞いてもいいすっか。あの砂のバケモノどうやって倒したんすか?」

「一目瞭然・・・」歩きながら三守沙羅は軽く会釈しつつ一言だけ答えた。「三守沙羅ちゃん、あのID交換しませんか・・・」

華麗にスルーされたようだ。



―――広い体育館にはコーチ二人だけ残っている。赤髪ベリーショートの安藤教官と権藤先生だ。

「権藤先生?見てましたけれど、ふ。いきなりサンドゴーレムとは1年生向けではありませんね、あれは砂の身体の中に隠れている流動的に動くコアを探知して破壊させるのが目的で高度な魔法探知型訓練です。新入生が二人もクリアしたのは驚きましたが。まあ一人はすべて焼き尽くすというみたことない別解答でしたが」

「えーまあ、ですね」


「なにかをお試しになりましたか?ふ、まあ予想はつきます。あの新入生、如月葵さんが気になりますか。あの子の火竜。 “紅蓮返し”でしょうか、初めて見ました。史上最強の火竜。それだけでも・・・。・・・それに赤と青が交互に光るとは、あの竜は自分の意思で影から自由に出て来ますよ。非常に危険な兆候です」

「まあですね」何やら権藤先生は考えこんでおり適当に返事をしているように見える。


「450年前の関ヶ原の聖魔大戦・・・ご存知でしょうが予想外に魔族側に寝返った召喚士が多く、劣勢であったところ。確かに“紅蓮返し”の働きは歴史上重要なのでしょう、その強大なブレスは魔族を短時間で退けられたのに一役かっているでしょう。しかし同時に“紅蓮返し”は敵味方合わせて約3万人もの人の命も奪ったと言います。・・・来年は450年ぶりの聖魔大戦の年です。取り越し苦労と思われますか?何もなければいいですが」

「まあそうですね」


赤髪の安藤先生は直立不動で後ろに手を組み続け、目だけで権藤先生を見ている。目線と表情からは権藤先生への信頼が厚いことを示している。

「権藤先生。わざと“紅蓮返し”がサンドゴーレムにブレスを吐くように仕向けましたね。ふ、“紅蓮返し”の入っている間だけ結界の火炎耐性強度を50倍ほどにまで上げて、生徒は気づかないでしょうけれど。ふ、そこまでする必要・あるのですか。・・・やや危険すぎますかと」

「よく見てますね。安藤先生、ほぼ正解ですがまだいくつか気になることがありまして」

「なんですか?それは?」

「あのところどころ青い髪から紡ぎ出される血統と・・・」

「あぁ!ノーブルブルー!なるほど如月さんは竜王家の血筋?とお考えですか。ふ、そうかもしれませんね、少し調べておきましょう」

そして権藤先生は意味深に体育館の壁から天井へ視線をゆっくり移していく。


「あと、これは取り越し苦労でしょうが紅蓮返しの気配なのか不明ですが、どうも他に妙な気配が如月葵にはついて回っているような気がします。・・・まあとにかく今後とも要注意かと」

まじか・・・要注意はそっちだ!




「―――葵ちゃんがいないのなの」

やや取り乱した秋元未来が珍しく1-C組に来ている。


「どういうことっすか?めずらっしいっすね、カワイクルシイ秋元未来たま。愛してるっすよ」緑川はウインクしている。未来は完全に無視しつつ慌てっぱなしで話し続ける。

「緑川君と一緒にいたはずなの、同じグループだったの。あとカワイクルシくないの」

どうしても緑川を責めないと気が済まないようだ。


「どうして責任もって連れ来てくれないのなの」

「1年A組にって意味っすか?いやあ如月の姐さんとはずっと一緒にいたかったんすけど、取り巻きで近寄れなくてですね、はぐれてしまったっす」

「葵ちゃんきっと迷子になってるのなの」さすがにそんな心配いるか?

「まっさかーっす。・・・如月の姐さんってもしかして方向音痴なんてことはないっすよね?」

「重病なの。方向音痴。しかも自分がどこにいるかもゼンゼン気にしていないから帰ってこれないのなの」


「それは帰れないんじゃなくって帰ってこないだけなんじゃ。ま、まあでもそんな迷子の子猫じゃないんすから、そのうち帰ってこれるっすよ。あの姐さんが道に迷う位で泣いたりしないっすよ」

「ちがうのなの。まわりの人がアブナイのなの。子猫じゃなくってライヨンなの」

「・・・うん?ライオンっすか」

「・・・なの」ライヨンか・・・まあいい得て妙・・・。確かにまわりの方が現在危ないだろう。二人は段々といやな予感がしてきている。



―――おい!3年の校舎で乱闘だってよ、すげえ窓ガラスが割れて・・・―――


二人は声のする廊下を少し見てそしてお互い顔を見て笑いあった。

「3年生の校舎って建物が違うっすよね、まさかっす」

「こっちとわ・・・逆方向なのなの」

・・・アハハハハ。

・・・ぅふっ。


―――おいおい1年女子と3年女子で乱闘だってよ!見に行こうぜ―――


身を乗り出した緑川と未来の額には汗が出ている・・・嫌な予感が強くなっているのだろう。

「無いとは思うっすけど、確認がいるっすね。未来たま」

「わたしは何が起きているか想像できるのなの。未来・・・たまって付けるのやめてなの」

無いと言いつつ緑川は“念装疾風”で加速してダッシュした。


「まってなの!もう~なの」血相変えて未来も走り出した・・・歩いている人とそんなに変わらないスピードで・・・。



―――数分前、3年生校舎3階にて。

「おまえ、なんだよ・・・一年か」全員が黒いマスクをして髪を脱色しているガラの悪そうな女生徒の集団の一人に如月葵は呼び止められていた。葵はブレザーのポケットに両手をいれたままで「ああ、まあな。通してもらうぜ・・・」


葵に声をかけたのは黒いマスクに紅いマジックで唇を描いている身長165㎝くらいの女生徒だ、髪の毛は脱色していて白から銀色にちかい。

「いやおまえ、行き止まりだよこっちは。ど、どこに行くつもりなんだい?」

「教室に決まってるだろ」

「教室って、次?な、何の授業なんさ?」

「いや普通の授業だろ?1年A組だよ」


アハハハハ!


集団全員から笑われている葵だが特に表情に何の変化もない・・・平常心といったところだろう。


次々と上級生からツッコミを入れられている。

「まじかよ、一年。おまえ、1-Aって隣の校舎のしかも一階だよ」

「ダイジョーブかよ!一年!」

「んん?あ、ああ、そうか邪魔したな」

もと来た道を引き返そうとする葵の肩を一人のガラの悪い女生徒に掴まれた。銀髪で肩まで、ウェーブがかかっている、身長は葵より少し大きく165㎝位だ。


「せっかく来たんだ。少し遊んでいきなよ!あたいは3年のレオナって言うのよ。女子だけのチーム“紅爆轟”の総長よ。1-Aなら感覚合一終わってんだろ?」総長じゃなくって部長だよな・・・。なんやねん総長って。

「あぁん?」葵は右手で自分の頬をかいている。まさかケンカする気じゃ。

「レオナさんの話し聞けよ!コラ!1年」えーい挑発するな・・・。

「髪も青く染めてるしケッコ気合はいってんじゃん!感覚合一終わってんだろ?」

「多分終わってるね」ハイハイと適当に葵は相槌をうちさらに絡まれる・・・わざとかな?つまり・・・。

「なめんなよ!コラ!1年」

「いちお、あたし如月葵っつうんだ、よろしくな先輩方」

ああ・・・そもそもケンカしたいのか。


迷子の如月葵は3人のガラの悪い女生徒に絡まれた。残り数名は遠巻きに見ている。

中央は銀髪のレオナ、レオナの右隣りは身長160㎝体重110㎏程の体格のいい女生徒。左隣は顔色の悪い長身180㎝体重50㎏ほどのやせた女生徒だ、頬もコケている。全員黒いマスクしている。3人とも3年生でチーム“紅爆轟”のメンバーだ。


「じゃあ如月葵だっけ。“紅爆轟”の入部テストしてやるよ!・・・根性焼きだよ!耐えたら入部させてやんよ!」

「たまんねえなこういう感じ・・・いや入部しねえし・・・」楽しそうだな葵、心配は全くいらないだろう。


「怖気づいてんじゃないよ!如月葵!おまえら押さえつけな。」デブとノッポの女性に押さえつけられて葵の左手の甲をレオナに握られた。火属性の魔力の高まりを感じる。レオナに触れられている葵の左手は100°以上になっているだろう。

「どうだい熱いだろ?詫び入れんなら止めてやるよ!」


「すぅすぅするけど、熱くねえなぁ」

「はあ?スース―する?やせ我慢かい?焦げても知らないよ!」少し魔力の出力を上げたようだ。

「・・・結局、全然熱くねえけど」まあ火属性に火で攻撃してもなあ。

デブとノッポのコンビは顔を見合わせている、マジかよという顔だ。


「なるほどねぇ!如月葵!なかなかやるじゃないか!あたいの術にこんなに耐えるなんて。抗術ができるのかい?見損なったよ!」

軽く汗ばんだノッポがマスク越しにボソッと言う。

「それを言うなら見くびっていたよ・・・だと思いますケド、レオナさん」

「うるさいんだよ!エミ!」


「痕が残っても知らないよ!」「てめえら面白れぇな。なんだかよくわからねえけど、いいぜ」「あたいをその他大勢扱いする気かい?本当に火傷するからね!」「もっかい言うけど、いいぜ!えっとレオナだっけ」全く建設的でない会話だ・・・。


「レオナさんだろ!呼び捨てにするとはいい度胸だね1年!あたいの炎はまだまだこんな熱さじゃねえんだよ!」全然レオナって3年生は名前も知らなかったが、葵と絡んだせいでこれから不幸の坂を転がり落ちていくのだろう・・・。まあ仕方ない。


丸っこいマリコが驚いている・・・。

「あのレオナさん、こいつ抗術使ってないみたいです・・・」

「なんだってマリコ!んなわけないでしょうが!」だから本当に効いてないんだって。


まったく効いていないのは葵、本人が一番分かっているだろう。

「・・・な。なら本気でいくよ!」

「そりゃまずいですってレオナさん」


一気にレオナと葵の手の周囲の温度が跳ね上がり上昇する・・・700°を超えて葵の手は発火している。

「ど、どうだい!如月葵!」そう言ってレオナは手をどけた。

「うーん?なんともないけど・・・」

「スゲーケド、なんで?火傷してないですよコイツ、レオナさん」

エリーと呼ばれたノッポが驚いている。能力探知できる奴いないのか?

「ととと!と、特異体質ですかねぇ・・・レオナさん、なんか嫌な予感しかしないです。なんかヤバくないですか」うん正解・・・ヤバい。


不良たちの動揺が伝わってくる・・・能力差を考えればもう葵から逃げた方がいいのに・・・遅いか。

「ほ、ほう!あたいの火炎が通じないとはやるね!如月葵!」

「いや・・・なんかしてたの?」完全に舐めてるな葵・・・。

周囲はかなり関係ないギャラリーが増えてきている。


―――なんだ女子同士でケンカかよ―――

―――不良グループに1年が絡まれてんよ―――

―――“紅爆轟”なんかに目付けられるなんてヒサン―――



「っち!なめられてたまるかい!エリー、マリコ。こうなったら実力行使あるのみだよ!」

「やめたほうがいいですケド、レオナさん、この高校はたまに化け物がいますし・・・」

「今のも実力行使だったような気がしますけど・・・耐えたんだから入部なのでは・・・」

エリーとマリコの感性は普通だな・・・なんで不良してるんだろ。


「うるさい!見てな!」そう言ってレオナは魔力の回帰波を周囲にまき散らしつつ魔装鎧をまとった。レザーっぽい質感で棘がそこら中についている。

「なんだかよくわかんねえけど、この如月葵!売られたケンカは買うぜ!」

そういって如月葵は楽しそうに赤系で統一された魔装鎧をまとう。最初からケンカするつもりだよね?


「レオナさん、魔装できるってことはコイツ最低戦闘力1万はありますって!マリコに分析させた方がいいですケド?」

「うっさいんだよ!エリー!・・・いくよ!1年!骨は拾ってやんよ!」「それは敵に言わないです、フツー」わかった・・・レオナがボケで、エリーがツッコミか・・・。


レオナは分銅のようなものがついた鎖が鎧の両手首から出ておりフォンフォン音させながら妙に体を捻じりながら奇妙な掛け声で鎖を飛ばして葵に攻撃した!


アッヒャ!アッヒャリリラララ!!




―――緑川尊はスピードアップのサードアビリティを駆使しつつ駆け上がり3階に上がったときはもう遅かった―――


遅れて秋元未来も階段を上って来る。

「はあ、はあ緑川君。はやいの」

「いやあ未来ちゃん、もう遅かったみたいっす」

「え、遅いって・・・葵ちゃんは無事なのなの?」

「如月の姐さんは無事なんすけどね」背が低いため未来にはほとんど見えないのだ。

「はあはあ、人だかりで見えないのなの。・・・えええ!なんなのこの黒い線は・・・あああ何人も宙吊りなの・・・廊下がめちゃくちゃに壊れて窓ガラスが全部割れているのなの!」


如月葵の身体から、正確には魔装鎧の各部位から黒いワイヤーが四方八方にでておりレオナ、エリー、マリコそしてそれ以外の“紅爆轟”のメンバー4名、全員で7名に絡みつき縛り上げワイヤーの先端は壁や床や天井を貫いている、周囲の窓は全部割れ壁もヒビだらけだ。

・・・7名はそれぞれうめき声をあげている。

「にやけるのはお終いか?先輩方!さあ、かかってきな!」気持ちよさそうに葵が歯切れよくタンカを切っているが勝負はついている。

黒いワイヤーのようなものが体の自由を奪い、7人は全員が魔装しているがその魔装鎧を一部潰し食い込みつつギリギリと締め上げている。魔装武器もワイヤーに奪われていて完全に不良グループは戦闘を続行できる状態ではない。


「エリー!マリコ!お、おまえら、なんとかしな!こっちは動けないんだよ!」

逆さ向きに宙吊りになったレオナはまだ状況が分かってはいないようだ。

「ですからレオナさん、後ろ見えないみたいですケドこっちも動けないんですケド」

「だ、だから辞めようっていったのに・・・」


「まじかい!あんたたちも全員かい?この黒いロープみたいのに!も、燃やしてやるヨ!」

魔力を高め・・・レオナは発火し・・・周囲の味方から悲鳴が聞こえている。


「熱い!熱いですってレオナさん!炎で味方がやられていますケド」

「―――はぁはぁ、なんだい一体これは!なんの魔装具だい?・・・マリコ分析しな?」


「はいはい、いまから分析しても結果かわりませんよぉ」ボールのような形のマリコが空中に真横に固定されつつボヤいている。仕方なく魔力を集中して葵を観察し始めている。あまり得意な魔術ではなさそうだ、時間がかかっている。


「げえええっ!!ええええっっ!!!」マリコが一瞬で冷や汗をだらだらかいて恐怖にひきつっている。

「ど、どうしたんだい?マリコ?何が見える?」

「バケモノ!バケモノ!バケモノ!・・・いやバ、バケモノです!とんでもないバケモノです!・・・不知火玲麻しらぬいれまより・つよ、せ、戦闘力上です!」


「はぁぁ?えぇぇ・・・そりゃないでしょうが・・・見間違いだよ」

「レオナさん、マリコの分析は間違いませんよ?あの・・・謝ったほうがいいと思うんですケド?」うん、まともだなエリー。



「仕方ないね、如月葵だったかい?今日のところは引き分けだよ!」うーん・・・ダメだコイツ。緑川がそろそろなんとかしないと収拾がつかない・・・。

「元気そうだねレオナ先輩。んじゃ、もう少し続けようぜ!」


「いやあ、あの如月さん。いえ・・如月葵さま・・・どう見ても勝負はついていますので。これ以上は必要ないのではないでしょうか?レオナさん?あやまってくれますか?」そうそう顔色悪いエリーが交渉した方がいい。


「てめえら・・・あのな・・・ケンカ売ってきたのはそっちだろ?」

「あの如月葵さまのお怒りも最もですが。ちょっと頭弱いところあるケド。憎めないリーダーなんでして」エリーがボヤいている。よしよし、葵と交渉開始だ・・・。

「必殺技の掛け声が人前で“アッヒャリリラララ”ですよ?惜しい人材でしょう?」まわりのギャラリーから失笑が漏れている。レオナは少し照れているようだが、ふつうは恥ずかしくて登校拒否になるレベルだろう。

「・・・ううう!マ、マリコ!な、なにを言っているんだい!あたいはまだ負けてないっての!」そんな恰好でな・・・。ギャラリーがたくさんいるのだ・・・明日にはレオナの逆さづりのいい写真がSNSを駆け抜けるだろう。


「大丈夫だぜ!・・レオナ!気持ちは分かったぜ!安心しな・・・手加減するのも失礼だしな・・・全員仲良く燃やしてやるぜ!」

一瞬でまわりが、“紅爆轟”の7人も・・・ギャラリーも凍り付くほどの莫大な魔力を全身に漲らせている。葵はヤル気だ・・・・。さすがに鈍いレオナも葵の膨大な魔力回帰波を見てやっとヤバいと思ったようだ「ひっぃあっ!ちょっとまって!」



「だ――!如月の姐さん!」人込みから転がりながら緑川尊が無数のワイヤーをすり抜けて葵の前までやってきた、遅いよ。右手を葵に差し出している。

「ずっと前から好きでした!姐さん・・・付き合ってくださいっす!」

「!?・・・・・・・と、とんでもねえな・・み。みどり。緑川。何言ってんだ、てめえぇ!」

「・・・冗談っす。もう勝負はついているっす。姐さん」

息も絶え絶えの未来も人を押しのけてやっとやってきた。

「はぁはぁ葵ちゃん、もう帰ろうなの。体育館でレクリエーションがあるのなの」

「おお未来か。体育館ってなんだっけ?」

「すぐ行かないといけないのなの!葵ちゃん、おばあちゃん言ってたの。人様に迷惑かけちゃいけないのなの」おばあちゃんがまともな人でよかった。

「くそ!そうなのか?しょうがねえな・・・折角楽しかったのにな」

全く脈絡のない未来と強引な緑川の説得だが・・・葵は折れるようだ。


シュバッ!!


黒いワイヤーがスピーディに魔装鎧にしまわれていく、ぼたぼたと宙吊りになっていた不良女子たちが落ちてくうめき声をあげる。・・・が、レオナの鎧だけは深く食い込んでいるためワイヤーの回収がその数本だけストップしている。


心の底から秋元未来はすまなさそうに周囲に頭を何度も下げている「大騒ぎしてすみませんでしたなの。3年生の先輩のひとたち。すみませんでした。すみませんでしたなの」


周囲のやじ馬たちギャラリーががやがや騒いでいる。

―――かわいいな――1年か―――

―――なんて名前だ、あいつら―――

―――赤い鎧の1年もよくみれば美人じゃね―――

―――すげーすげー―――

―――あの“紅爆轟”を一人で潰しやがったぞ―――

―――ワイヤー使いの如月ってやつツエーぞ!ありゃ―――

―――白川さんに報告しないと・・・あいつらやっぱヤベー―――

―――未来だってよ、金髪のかわいいほう―――


ん?何してるんだ?緑川は・・・。

「ちょっとどこ触ってんだい、あんた!ちょっと・・・そこはあたいの・・・キャー!」

「落ち着いてくだいっす!レオナ先輩!この緑川尊がついています」うん・・おまえが・・・。

「ちがうちがう!触ってるって!ちょ!イヤッ!・・・アッ!・・・マリコ、エリーた、助け・・・」だから・・・緑川・・・おまえが・・・。あの・・・。

「いやあレオナさん。突然女出して助けてっつわれてもね」「レオナさん、頑張ってください。そいつそこそこイケメンだからタブン大丈夫です」ノッポとデブはヤレヤレと顔を見合わせている「たぶん大丈夫じゃないっての!触るんじゃない!ちょあああ!」

ほっぺを真っ赤にして幸せそうに緑川尊はレオナの身体に食い込んでいる黒いワイヤを外そうとしている。いっこうに外れていないが。うーん・・・。


「緑川君・・・一体なにをしているのなの?やめなさいなの!」

「へえ~女とみれば節操ねえな・・・緑川尊・・・。レオナ、ちょっと痛てえけどガマンな!」

葵と未来の冷たい視線にたじろぐ緑川ではない・・・さすがだ、まだレオナを触っている。


ジュバッッッ!!ガリバリッ!!


ワイヤーが強引に外されてレオナの魔装鎧は半壊して肌が露出している。

「っわ!!いったぁああああああ!」

レオナは痛みで転げまわる・・・緑川もだ。

「いってえええええええ!!いてえっす如月の姐さん!いってえ!なんで俺までいってえ!」それはおまえが悪い。


レオナと緑川はまだ痛いらしく廊下の上を転げまわっている。


「緑川君は自業自得だと思うのなの。レオナ先輩はすこしですけど回復するのなの」しかし緑川はすでにレオナの上半身を抱き起してカッコつけている「レオナ先輩!大丈夫っすか?」「だ、大丈夫だから大丈夫だからおまえはもう触らなくていい!」擦り傷だらけのレオナはなぜか顔が真っ赤だ。緑川・・・やるなあ。



―――レオナを中心にノッポのエリーとデブのマリコが左右に立ち、残り4人も後ろに立っている、対する葵の左右には未来と緑川がいる。ギャラリーはもう減っている。

「未来だったかい?回復魔法は上手だね、もう痛くないよ。一応礼を言っとくわ。それから如月葵・・・あんたマジ強いね、驚いたよ・・・あたいたちも如月の姉御って呼ぶことにするよ。・・・いいね!おまえら!」「はーい、レオナさん」「あいあい」ん?どういう感じだ?


「いや、姉御はおかしいだろ。あたしら後輩だし」

「もう決めたのさ。どこのチームに所属するかしてるか知らないけど、そっちが良ければ“紅爆轟”はいつでも同盟を組むよ。うちに入ってくれてもいいけど見ての通り問題児だらけでね。うちはやめときな。・・・・あと最後におまえ・・・おまえは緑川だっけ?」

「はいレオナ先輩!緑川尊っす!」よくそんなイケメン風の顔ができるな・・・。

「・・・うーん、そうか緑川尊かい・・・いい名前だね・・・おまえ・・・おまえ・・・覚えておくからね絶対!まあとにかく・・・気をつけな!まあ、まあいいわ・・・いくよ!おまえら!如月の姉御。失礼します。緑川・・クンもまた・・・ね」「しつれいしまーす」「如月の姉御。失礼しましたー」レオナは真っ赤な顔で緑川を指さしていたがくるっと振り向いて手下たちと帰っていった。



レオナたち“紅爆轟”は去っていった「・・・レオナさん、爽やか系のイケメンに弱いんすよね・・・」「・・・弱すぎるんだね。迷惑な話だわね・・・」「聞こえてるよ!おまえたち!」


3年生の校舎に残された3人はまだギャラリーに奇異の目で見られている。

「ちょっと葵ちゃんから目を離しただけで怖すぎるのなの」

「いやあびっくりしましたっすね、如月の姐さん」

一息もつけない未来と緑川の心痛は果てしない・・・。

「おめえらなぁ」そして葵は歩く地雷だ・・・避けようがない。

「ああそうなの。本当に遅刻するのなの。1年生は体育館に集合なの」


結局、葵は3年生の校舎で迷子になり不良に絡まれケンカした挙句に舎弟にしてしまったようだ。緑川と未来は大変だ、今後も心配の種は尽きないだろう。新入生にとんでもないのがいると如月葵の名前はすこしずつ広まっているようだ。


しかし・・・如月葵・・・大丈夫か・・・あっという間に退学にならないだろうな・・・。




―――如月葵たちが第3高校、第一大体育館に着いたころ、すでに新入生歓迎会は始まっていた。体育でのグループ分けが適用されているようで来場者は入り口で名簿を上級生にチェックされて、魔装できる如月葵と緑川尊は1年の集団の前方に誘導され魔装できない秋元未来は後ろの方に案内された。スライドを使って説明しているため体育館内部の照明は暗い。


壇上で1年生に演説しジェスチャーも使い熱弁をふるっているのは身長175㎝ほどでどっからみても好青年に見える男子生徒だった。名前は壇上の白い紙に黒で印刷されている―――風紀委員長・校内ランク戦統括部長、纐纈守人こうけつもりと―――だった。


1年生の集団で葵と緑川は一番前に座っている。

「おおおおお!如月の姐さん。あの纐纈守人こうけつもりとさんっすよこんな前の方でみれるとは幸せっす」

「身構える前に突然話しかけるな!で?・・・ああん?誰だよ?風紀委員とは気が合わねんでな」

「いやいやそうじゃなくってっすね。知らないんすね?纐纈守人さんけっこ全国的に有名人なんすけど?すげえ強いんっすよ」

「んん?あいつが?」本当かよって表情だが纐纈君は本当に強い・・・。


「いつか校内戦とか公式戦予選とかで試合することもあるかもしれないっすけど。まっず当たりたくない相手なんすよ。あたったら終わりっす」

「なんだよ勿体つけやがって。んなめちゃくちゃ強ええのか?あいつ?」

「強いなんてもんじゃないっすよ、チーム戦では全国2位なんすよ。個人戦でも全国大会常連なんす。チーム“DD-stars”は知ってるっすよね?」

「知らねえな?」うーん・・・大丈夫か・・・。


「あの犯罪おっぱいの大津留ジェニファー様の所属してるチームですよ。纐纈さんも第3高校最強チーム“DD-stars”に所属しているってわけっす、二人はチームメイトなんす」

「ぬぅう、あの金髪ねーちゃんも手ごわそうだったな確かに」葵はジェニファーと握手した右手をニッと笑ってみている、好戦的な猫科の獣のような顔だ。緑川はその顔に一瞬見とれている。

「・・・えーチーム“DD-stars”は結成してからすべての大会が団体戦準優勝なんすよ。阻んでるのは“ホーリーライト”なんすけどね。ちなみに個人戦もなんすよ」


「ニックネームか?誰かの?“ホーリーライト”っつうのは?」

「ホ、ホ、“ホーリーライト”も知らないんすか?全国最強チームじゃないっすか。今までどこで暮らしてたんすか姐さんは?ここ数年のすべての公式戦は個人戦も団体戦も“ホーリーライト”が全国優勝、で準優勝してるのはすべて纐纈さんたち“DD-stars”なんすよ。あ!“ホーリーライト”っていうのは第1高校のチームっす。つまりライバル関係ってわけっすよ」一番前で大声で私語って・・・怒られるんじゃ・・・。


「元気いいな、てめえは。まあなるほど、じゃああの纐纈ってやつを倒せばとりあえず全国2位ってわけだな?」・・・なんでやねん。

「いや、それは違うっす。“DD-stars”には纐纈さんより強い選手が2人もいるんすよ。纐纈さんは召喚士が8000人いる降魔六学園で5位、5番目に強いといわれてるっす」

「・・・てめえ詳しいな。でもまあ5位ならたいしたことねえな。上に4人もいるもんな」

「えええ!いやいや大したことあるっすよ、5位っすよ5位!8000人中5位っすよ。ここだけの話。実はっすね。纐纈さんはあの西園寺桔梗さまに、何とダメージを負わしたただ一人の召喚戦士なんすよ。なんとかって技で・・・えっと名前忘れたっすけど」急に葵は神妙な面持ちにになり口は何か呟いているが聞こえない、目だけは爛々と輝いている。口は・・・サイオンジ・・・と動いているようだ。まあ・・いいか・・・それでいい。


「・・・どうしたんすか?姐さんだまっちゃって。怖い顔っすね」

「・・・知己に富む緑川さん、こんにちは」唐突に隣に座っている女子に緑川尊は話しかけられている。黒髪で和風な感じの女子生徒だ。


「ええ!?」緑川は隣の女子をまじまじと見つめている。

「うち、盗み聞きする気ありませんでしたけれど聞こえてしまいました。緑川さんは博聞強記といったところ」ああ、サンドゴーレムを初日に倒した女子生徒だ。

「ああ!三守沙羅さんっすね」

「やっぱり博聞強記・・・」

「ハクブンなんとかってなんすか?」

「そんなことよりもお話しはお終い?うち、続きに興味津々」

「まあもちろんいいっすよ。何が知りたいっすか?」

「“DD-stars”のメンバーのことはご存知?」


「もちろんこの緑川尊。美人の願いと疑問には全て答えるっす、“DD-stars”はレギュラーがほとんど先鋒から大将までの順番も変わらないっす、団体戦の話しっすけっどいいっすか?控えの選手はよく知らないっす」

「どうぞ続けて」


「まず全員竜族、竜の召喚士っす!全員が召喚獣最強といわれる竜族を使役するんす。チームの不動の先鋒が今壇上にいる纐纈さん、オールレンジで強いっす。団体戦で先鋒戦は最近全勝らしいっす。次鋒はでっけえトンカチ使いのなんとかカンナさんっす、身長は低いらしいっすけど一撃の威力は六学園で最強らしいっす。中堅ダブルスは大津留・藤崎ペアっす、二人ともカンフーの達人らしくて素手では最強クラスらしいっす。副将は姫川樹奈さんっす、氷の女王って呼ばれててなんか特殊な技らしいんすけど要塞みたいな戦い方らしいっす。大将は雷神とか戦女神とか異名をとる不知火玲麻さんっす、その名の通り女神のように美人らしいっす。不知火先輩はすごいっす、あの西園寺桔梗さまのライバルなんすから。一回会ってみたいっす」動かなくなっていた葵の目が一瞬きらめく。

「・・・・・・・西園寺・・・・」「なんか言ったっすか?姐さん?」

「それでそんな強いのにどうして我らが先輩たちは2位?」

「それはっすね、大抵“DD-stars”と“ホーリーライト”が戦うとっすね―――あれっ?」


―――緑川が上を見上げている、会場が・・・体育館が明るくなったのだ。3人は話に夢中で纐纈君の話はほとんど聞いていなかったのだ。


しかしさらに壇上の纐纈守人の話は続いている。

「―――えー、それでは只今より1年生の校内ランク戦を解禁いたします―――」


―――エエエ―――!!

―――ジャージで来いってそういう意味か―――

―――いまからやんのか―――


「―――組み分けで一番前のグループはセンスユニフィケーション・・・つまり感覚合一が終わっておりすでにサマナーウォリアー・・・召喚戦士です。しかもマジックブーステッドアーマー・・・つまり魔装鎧まですでにまとうことができるグループなのです。魔装鎧は必ずしも必要ありませんができた方が良いでしょう。防御力に大幅なアドバンテージがつきます。もちろん抗術を極めれば魔装は必要ないという稀有な選手もいますがそれでも・・・」これからいきなり葵たちのグループはランク戦をすることになるようだ。


「まじっすか、レクチャーだけじゃなくっていきなり実戦っすか」

「そのようです。百聞は一見に如かず」

「三守さんはさすがっす。冷静沈着っすね」

「うち、冷静沈着は好きな熟語です。深くお礼を」微笑みつつ三守沙羅は軽く会釈している。


リア充の纐纈君は多少自分に酔いながらさらに説明を追加している。こいつはレマと恋人同士なのだ。

「―――本日は魔装できる1年生のみ、ランク戦が可能です。あとは随時ですね。担当のコーチや教官から校内ランク戦に参戦の許可をもらってください、みなさん持ち点は1500点です。これをお互いに奪い合い高めあうことになります。最初はC級ですが持ち点が上がればB級、A級へと上がります。もちろん点数の高い人を倒した方がたくさん点数が移動します、負けた方から勝った方へ移動するわけです。戦闘時間は公式戦と同じく5分です。ちなみに上限は一日5戦までで同じ人とは一日1戦だけ可能です、ただしみなさん、一日5戦までと言いましたが今日は1戦のみとします。まあ最初ですから気楽にエキシビションマッチとでも思って戦ってください。ほかの体育館ではもう今日も先輩方が楽しくランク戦をしています。あと来月からで構いませんが週に一回以上は必ずランク戦を行ってください、あんまりサボるとペナルティがあります。そうそう基礎事項ですが戦闘中は結界内では召喚獣は召喚できません。ダブルスや団体戦のランク戦はありませんが練習試合はもちろん推奨されています。教官やコーチが見ていない戦闘はランク戦として認められません。そして本日のみですね・・初戦のみ負けても持ち点は減りません。通常は勝利、優勢勝ち、引き分け、優勢負け、敗北により点数が移動していきます。さてご質問はありますか?ないようでしたら・・・あ、そこの女子生徒さん、どうぞ」

左手をポケットにいれて斜に構えてところどころ青い髪の如月葵が右手を軽く上げて立っている。おとなしくしていようよ・・・。


「相手はどうやって選ぶんだ?」先輩にタメ語だしな。

「そうですね、通常は希望を出して拒否されなければ・・・です。5戦しかできませんから人気のお相手とは戦えないことがあります。例えばあまり点数が開いていますと拒否されやすいです。面倒な方は自動登録アプリをお勧めします。今日何戦したい、自分より上位と戦いたい、だれでもいい、同じくらいのレベルの人と戦いたいなど選べれますが自分より下位の人と戦いたいという項目はありません。まあ希望された場合なるべく拒否しないのが上達への近道ではないでしょうか?今日は点数も減りませんし基本的にはよっぽど戦いたい相手がいない限り戦闘の希望は拒否しないでください」

「なるほどじゃあ戦闘希望したもん勝ちってわけだな」

「そうですね。まわりの戦闘可能な方を是非使命してくださ・・・」

「んじゃあ早速!指名させてもらっていいか?」なんか嫌な予感がする。

「おお、素晴らしい。例年だれも1年の最初は指名してくれないので自動登録アプリで対戦相手をそれぞれ選んで頂くのですが。積極的ですね。皆さん拍手を・・・・えーそれでは、クラスとお名前を教えてください」

「1年A組、如月葵」

「では勇気ある如月葵1回生。どなたを指名されますか?」


「・・・纐纈守人、あんたを指名するぜ!」そう言って葵は軽く上げていた右手で纐纈守人を指さした。ニッと笑っている。


オオオォォォ!?

オオオォォォォ――――!!!!

エエエエエ――――!!


会場中がどよめいたのは言うまでもない。

「いやいやいや姐さん、か、か、か、考えなおした方が!い、いい、いいっすよ!」葵のスカートの裾を引っ張りながら緑川がしゃべっているが周囲の音にかき消されている。「いくらなんでも驚愕」普段冷静そうな三守沙羅も身を乗り出して葵を見上げている。


目を丸くして驚いていた纐纈守人3回生は、少し顔を左右に振って目を閉じて両手で皆さん静かにのジェスチャーをしている。そして壇上のマイクに手を伸ばした。

「・・・いや本当に驚きましたが・・・いえいえ。素晴らしい。素晴らしいです。如月葵さん。これほどの積極性を・・・・チャレンジする精神は何物にも代えがたい・・・いいでしょう。ここで断るのは面白くないでしょうから皆さんも・・・では最初に我々がランク戦するとしましょうか」

ややしかし考えたあとで付け加えた。

「ええ~、ただし戦闘中の結界のなかの音声は外に拡声して流します、もちろん普段はしませんが。私の役目はみなさんにランク戦を説明することですから。そこは了承していただけますか?如月葵さん」纐纈守人は壇上から最前列の如月葵を見下ろしているがあくまで対等に接する気のようだ。もう少し先輩ぶるのが普通だろうが苦労しているのだろうか人間ができているようだ。如月葵はもちろん構わないと親指を立てている。



―――あっという間に闘技場のまわりはジャージを着た1年生で埋め尽くされた。すでに闘技場には纐纈守人と如月葵が立っている、そしてむさ苦しいおじさんにしかみえない権藤先生の姿もある、審判をするようだ。特に葵に向かってルールを説明している。纐纈君が「権藤先生なら心強い」と言っている、もちろん葵に怪我をさせないためだろう。


―――おいおい本気かよ―――

―――恐れ多いわ―――

―――身の程を知れ―――

―――嫌われるタイプじゃね?―――

―――怖いもの知らずだよな、こういう奴いるよな―――

―――ねぇ見てるだけで恥ずかしくなぃ?―――


「お止めした方が良かったのではない?」

「姐さん。勝てないとは思うんすけど。手も足も出ないとは思うんす。でもっす・・・多分びっくりしますよ。まわりの連中も。三守さんも。タ・ブ・ン・・・纐纈先輩も」


プンプン怒った秋元未来が緑川と三守沙羅のところへ寄ってきた。

「あのこんにちはなの。秋元未来って言いますのなの。それで・・・緑川君・・・葵ちゃんどうして止めないのなの?」頬を膨らませた未来は三守に挨拶もそぞろにすぐ緑川に向かって攻め立てている。

「うち、三守沙羅と申します。未来さんはずっとそういうしゃべりかたです?やや独特?」秋元未来の顔は少しさらにむっとしている、あなたも独特と言わんばかりだ。


「いやあ未来ちゃん、あのですね。止める間もなくといいますか」

「きっと怪我をさせてしまうのなの」

「熟考するまでもなく纐纈さまは経験豊富、心配はご無用」「そうそうそう」無責任に緑川は相槌を打っている。

「違うのなの。葵ちゃんが手加減する気なさそうなの。相手の人が危ないのなの」

「・・・それは杞憂」

「・・・杞憂だといいんすけどね」

「ええっ?緑川さんまで?」三守沙羅が聞き返すと同時に闘技場では二人が同時に魔装した。


―――闘技場では、権藤先生はすでに降りた後で如月葵と纐纈守人が二人で向かい合っている・・・お互い魔装鎧をまとっている・・・戦闘準備OKというわけだ。

纐纈君はベースは金色のフルアーマーで関節部分と胸は薄いグリーンである。第3高校では、あるいは全国大会でもこの鎧を見ただけで多くの選手はやる気を失う、それほど手ごわい相手なのだ。対する如月葵は明るめの赤い鎧だ、赤い鱗のようなもので全身おおわれている。やや古風だが威厳がある。纐纈君と違い顔部分は外にでている。


人のいい纐纈君はぶつぶつ言っている。

「うん、驚いたけどこれはいい手だね。実演するのは思いつかなかった、来年は卒業していないけど後輩には伝える必要があるかな・・・・。あ!失敬。如月葵さん。いい魔装だね。一目でわかるよ」

「なんでもいいけど始めようぜ」ずっとタメ語なんだな。

「うん、えっとそうだね。一応。権藤先生は待ってくれているみたいだから・・召喚戦士同士の戦いは展開が早いんですよ。だから魔装武器はもう出しておいた方がいいです。戦闘開始後に出すのは難しいかも。まあ相手に見せたくない理由があれば別にいいけどね」そういう纐纈君は右手に装飾のついたロングソード、左手には竜の紋章のついたミドルシールドを既に装備している。まだ構えてすらいないが鎧を纏うと歴戦の風格がある。


場外からアナウンスが聞こえる。

「ええこちら審判の権藤です、闘技場のほうは準備できましたか?」


「いいですか如月葵さん?こちらはいつでもいいですが魔装武器は出さなくていいんですね?」念を押すとはよくできた人だ。

「ああいいぜ」すでに戦闘準備済といわんばかりだ。

初めて見るランク戦が予想外の展開となり観客と化している周囲の新入生たちは騒いでいる割には闘技場に目が釘付けだ。


とぼけた権藤先生の声がマイクで響く。

「・・・では試合スタ――ト!といったらスタートです。きっちり10秒後です。カウントダウンしますので赤い電光掲示板を確認してください。3秒前からコールします。・・・・・・・・・3、2、1、始め!」


始ってしまった・・・ん?纐纈君が何か言おうと・・・。

「まず最初は相手が何をし・・」


ゴッス!!


言おうとしてたけど・・・やっぱこうなるのか。全身に魔力のエフェクトを帯びた如月葵の右こぶしはさらに強烈な魔力を帯び、しゃべり始めている纐纈君の兜の左顔面に既に炸裂している。左顔面が割れるのと同時に纐纈君はその場できりもみ状に一回転し、葵も振り向きざまに器用に前宙しつつ右踵落としを纐纈君の背中に決めている。早すぎて周囲からは赤い竜巻のように見えている。


ドッッッグワッシャー!!!!


フルアーマー姿の纐纈君が床にたたきつけられるのと同時に放射状に闘技場の床が砕けてはじけて噴煙が巻き起こる。そのまま空中に跳ね返っている纐纈君の身体に葵は空中でまたがって両手でパンチのラッシュをしつつ・・・もう一度纐纈君は殴られながら地上に叩きつけられる。


ドゴゴゴゴゴゴ!!


地上に落ちてからも馬乗りになった葵の突きのラッシュは止まらず纐纈君の顔面や胸部に一撃入れる度、すさまじい勢いで闘技場の床も砕けている。・・・纐纈君の上半身がすっぽり入るほどの穴ができたころ纐纈君は身をよじり腹ばいになりかけ床を蹴り脱出しようとしたところで背中側から葵にスリーパーホールドを決められている、右腕を纐纈君の頸部にまきつけて締め上げるのだ。


ギシギシギシィ!


楽しそうな顔の葵の右腕の手甲と纐纈君の鎧がすさまじい葵の腕力ででぎりぎり食い込んでいる。纐纈君の首がコンクリート程度の硬さであればすでにちぎれ飛んでいるほどの膂力だ。


「ンッグゥ!」


葵を背中にしょったまま纐纈君は立ち上がり器用に葵を投げ飛ばして距離を取った。

立ち上がりつつ纐纈君はまた話そうと・・・。


「お、お、お、おどろいたね、ジェニファーなみのスピー・・・」


ゴンッ!!!


話そうとしていたんだけど・・・葵の後ろ回し蹴りが纐纈君の左後頭部に決まっている―――一連の流れで巻き起こった粉塵に一瞬目を取られた隙に纐纈君は葵に後ろを取られている。

今度は蹴られた衝撃で纐纈君は前方に跳ね飛んでいくが姿勢を低くして振り向きつつ倒れない、纐纈君の踏ん張る足元は摩擦で火柱が出ている。

そして纐纈君はまた一言・・・。


「まさか・」


ドッス!!!


一言なにか言う感じだったけど・・・すでに葵に間合いを詰められ右ストレートを叩き込まれている・・・衝撃で大気まで揺れてはいるが竜紋のミドルシールドで右ストレートを受け止めている。

まだ喋ろうとする纐纈君は・・・。


「そう何度もな・・」


ズ・・・・ズガガガガ!!!!!!!


纐纈君はまた喋っている途中で攻撃をくらう・・・葵の鎧は全身に多くの赤い鱗が敷き詰められている、ドラゴンの鱗を彷彿とさせるが一片が長径3㎝ほどの楕円に近い形だが・・・葵は空中でストレートを撃った右こぶしををシールドに押し付けたまま右腕の紅鱗を文字通りショットガンのように射出したのだ。


凶悪な威力のストレートをガードした後で予想外の連続衝撃をくらい・・・纐纈君はシールドを構えたまま床を破壊しつつ背後にぶっ飛ばされている、ダウンしなかったのはよほど足腰を基礎的に鍛えているからだろう。


一片一片の紅鱗はまるで花びらのようだが、一つ一つに細く黒い鋼線がついている。そのまま追撃しようとした葵はその場で一時行動を止めている、そして。


シュッバッ!


鋼線が引き戻されて紅鱗がもとの右腕に再装着された。

葵が追撃しなかったのは理由がある。


戦い始めて数秒で纐纈君の鎧も盾も凹んでで何か所か割れているが、先ほどまでと纐纈君は別人のようになっているのだ。全国大会常連の召喚戦闘達人の魔力波動・・・・。

纐纈君を中心に強力な魔力の回帰波が肉眼でも見えている。


割れた兜から纐纈君の左目が見えている。これだけやられてまだ喋るんかい・・・。


「それでもしゃべらせてもらうよ。葵さん。いや驚いた。驚いたなんてもんじゃない。竜族で驚いたとかそんなレベルじゃない。いやとても失礼した。すべての戦いは相手を格上と思って臨むべき・・・忘れていたよ。戦闘の基礎だ」


今度はしゃべっても葵は攻撃しない、カウンターの可能性が高いと感じているのだ。


「うちのチームのジェニファーさんやレマなみのスピードだ。非礼を詫びよう。手加減できる相手じゃない」まあそうだろうね・・・鎧ボッコボコになってる。

「そーかい、うれしいよ。話しが長すぎて眠くなってたところなんだ」もうすっかり起きてるけどね。

「それは失礼。眠気がとれるよう全身全霊をもってお相手しよう」


2人は数メートルの距離でジリジリとにらみ合っている。声は出ていないが纐纈君の口は兜の中で動いている“全国大会上位クラス・・おそらく火竜使い。攻撃特化型じゃないと説明つかない魔法出力。スピードはS級・・しかしいくらなんでもレマを超えるはずは・・・ない!”!


小刻みにステップしながら纐纈君が盾を構えて間合いを詰めてくる。・・・超スピードの練習相手はいる、紅鱗の撃ち出しは強力だが楯を貫通するほどではない。纐纈君はオールレンジで戦えるがどちらかといえば近接戦闘タイプだ。近接攻撃でダメージを稼ぎたいわけだ。


葵の紅鱗の撃ち出しは、本人は“エラスティックショット”と呼んでいるが雰囲気が変わってからの纐纈君には数回撃って掠らせるのがやっとだ。纐纈君は盾を上手く使いタイミングを外させてダメージを最低に抑えつつロングソードで攻撃してくる。余裕で攻撃をかわしていた葵だったが徐々に立場は逆転しつつあった。纐纈君は百戦錬磨、相手のスピードと攻撃に自分のリズムを合わせてきているのだ。


スッシャ!


葵は両前腕で纐纈君の斬撃をガードしたがバランスを崩しスピードは一時的に殺されている。そのまま纐纈君は勝負を決めたいのだろう、やや強引に葵に密着していく。無防備な腹部に横なぎの容赦ない斬撃を加える。


ズガガガガ!!!!!!!


バランスを崩した葵の腹部や胸部の鎧から紅鱗が撃ち出されてたのだ!

シールドで防御したものの纐纈君は後ろへ跳ね飛ばされる。そう、葵の“エラスティックショット”は全身を覆うどの鱗も射出できるのだ。そして紅鱗は鋼線によって引き戻され元通りの鎧にもどる。


“腕だけじゃないのか・・・非常に厄介・・・近接戦闘で勝つのは・・・困難・・・ワイヤーでウロコを引き戻すときも鞭のように・・・攻撃可能”纐纈君は戦闘継続には支障ない程度のダメージであることを瞬時に判断し少し今度は距離を取っている。


かなり距離をとって纐纈君は遠距離戦に持ち込むつもりだ。葵の“エラスティックショット”の攻撃範囲外から魔法攻撃を連射しはじめた。

“拡散雷球一現”・・・ワイドスプレッドサンダーボールだ。

どちらかというと防御寄りの術が多い金属性の纐纈君だがサブクリスタルで雷属性が付与されていて雷系の攻撃魔法は得意なのだ。雷球はマジックボールの一種でそこまでの弾速はないがワイドスプレッド系に格上げされており攻撃範囲が非常に広いのだ。余裕をもって雷球を避けつつ葵は間合いをとり纐纈君を追っていくがあまりの攻撃範囲の広さに何発も避けたはずの雷球を背中に食らっている。


「ぐっぁ!」感電して一瞬動きの止まった葵に纐纈君は襲い掛かる。“エラスティックショット”で迎撃するが纐纈君は身体半分だけ移動しつつ斬撃を繰り返している「見切った!」


・・・葵にダメージはない・・・が鋼線を8本ほど切断されたのだ。超高速の“エラスティックショット”を避けると同時に鋼線切断を狙っていた。



・・・ここへきて葵は窮地に立たされている。“エラスティックショット”は避けられる度に鋼線を数本ずつ切られ葵の鎧は鱗を失い穴だらけになり肌が露出している。加えて大ダメージではないが雷球は避けられない。葵のがスピードははるか上だが直線的で動きを読まれている。


・・・このまま続けても葵の負けは濃厚・・・そんな雰囲気だ。纐纈君はもう全く油断していない。同格かそれ以上の相手として戦闘に臨んでいる。


絶えず動いていた葵の動きが止まった。と同時に纐纈君の雷球の直撃を受けて沈黙した・・・そして葵の胸の鎧が縦に割れた。今の衝撃で魔装鎧の前面が大幅に破損した・・・ように見える。


ステップを踏みながら纐纈君は油断はしていないが相手に起こった変化を観察している。

“おかしい・・・そこまでの手ごたえはない・・・攻撃も防御もスピードも自分より上の相手だ余力があるはず・・・いやいや。しかし1年だぞ・やりすぎてしまったか?・・”


葵の破損した前胸部の鎧の破片は砕けたが重力に逆らい宙に浮いている・・・よくみればそれぞれが鋼線でつながっている。葵の前面に何かを形作り形成していく。紅鱗も上下に整然と交互に交錯して並んでいく。


「なんだこれは・・・術か・・・なにか・・・やばい・・・これはまるで」


結界の外から見ているものの方が形状に気づいている。


―――なんだあれは歯か―――

―――巨大な竜の顎だ―――

―――竜の頭?―――


そう葵の全胸部の鎧や紅鱗はすべて剥がれ落ちて下着が露になっているが・・・砕かれた鎧は竜の顔のように紅鱗は一回り大きくなり真っ赤な牙に見える。


・・・その竜のあぎとが口を開いていく・・・。


百戦錬磨の纐纈君をもってすら感じたことのない強力なエネルギーの奔流がはじけて葵の胸のあたりに集中しているのを感じ・・・気圧されている。

「なんだ・・・この魔力・・・なのか・・・どんな攻撃か分からない以上・・・極大防御呪文で乗り切れば・・・」葵の最後の賭けをガードしきれば勝機!

「 覚醒魔法だ!!・・・」


“清誓覚醒金剛陣”!!


纐纈君は身体の前面、竜紋のシールドを中心に最高クラスの防御結界を張る!

召喚獣で最も防御力が高いのが竜族、特に耐性は最強・・・そして竜族で最も高い防御力を誇るのが纐纈君の騎竜である金属性の竜だ。金竜の属性盾に覚醒魔法で飛躍的に上がった防御能力は今まで誰にも破られていない自負がある・・・。


“極大火焔粒子咆”!!!!


周囲の観客が目を閉じるほどの光が両者の間に炸裂した。いや炸裂し続けた。闘技場は輝きをどんどん増している。


葵の前面の竜の頭部は口を凶悪に開けて・・・そうまるでブレスのように光線を吐き出したのだ!しかし光線ではない・・・周囲には爆炎をまき散らしている。


巨大な竜の頭部は文字通り火炎ブレスを吐いたのだ・・・。それを纐纈君は覚醒魔法の金剛陣で防いでいる。金剛陣によってブレスは跳ね返り周囲はさらに炎熱に包まれる!


とてつもない威力の熱線・・・闘技場の床は木の葉のように燃えながら舞い上がり・・・その下のコンクリートは真っ赤になりドロドロと溶け出している・・・闘技場内は最低2000°を超えている!



覚醒魔法金剛陣の中すら自然発火が始まっている・・・纐纈君周辺も700°を超えている。

防御結界を張りつつ纐纈君が吠えている・・・。

「おおおお!おおおおおぉおお!!!!」

“・・こんな、こんな、こんな、こんなバカげた威力・・・長く撃てるわけがない・・”


熱線は、竜の咢から吐き出されるブレスは徐々に弱まりつつある。


“もう余力がない・・よし次で決める!”

纐纈君が次の展開を予想し始めた瞬間・・・。


ゴゴッゥ!!!


ブレスが再び輝きを増している・・・実際それは錯覚ではない・・・防御している纐纈君は肌で感じているようだ。


「ぐぅぅ!」“そんなバカな・・・こんな威力撃ち続けたら・・・脳に障害が・・・いやその前にこんな長く一つの技を撃てるわけがない・・・”


ミシシッ!!


あろうことか纐纈君のシールドが悲鳴を上げている、纐纈君の思いとは裏腹にさらにブレスの攻撃力があがっているようだ。


ミシッ!!


「そんな!!」

踏ん張る纐纈君の盾が真っ赤になって光り出している・・・・!

“この竜紋のシールドが溶けだすなんて・・・1万℃以上!?・・・だけじゃない・・・このまるでブレスのような圧力はなんなんだ!”


盾が・・金剛陣が砕けた瞬間・・・黒焦げになり即死する・・・。それが確実だと理解できるとてつもない圧力・・・。


そして纐纈君は見た、シールド越しに・・・葵の右目が赤く輝くのを・・・同時に葵の前面の竜の右目も赤く同期して光っている・・・。


“・・・これは・・・聞いたことがある・・・竜王の霊眼か・・・まさか!”


“二重奏”

“空間覚醒断層”

“疑似異空間覚醒結界”!!


・・・一瞬で闘技場の纐纈君側が真っ黒な闇になる!一瞬闘技場内に見えたもう一人の人影は権藤先生だろう・・・。介入したわけだ。


・・・戦う相手を失って竜の咢は閉じていく・・・。

溶岩のように闘技場の床は赤くドロドロになっている・・・。


“水渦群現”!


もう一人介入したようだ。闘技場内に大量の水が出現し・・・降り注いだのだ・・・今度は闘技場結界内は真っ白くなった・・。爆発するように出現した水蒸気だ。

権藤先生の姿は見えない・・・おそらく真っ黒いドームの中に纐纈君と二人でいるのだろう。もう一人、水属性の魔法を詠唱したのはベリーショートの赤髪、安藤教官だ。男っぽく見えるが女性教官だ。

負け濃厚だった纐纈君を二人の教官が助けに入ったわけだ。


・・・真っ黒いドームは消えて・・・やっぱり纐纈君のそばに権藤先生がいる・・・。


「勝者!如月葵!」はっきりと安藤先生がそう告げた。


一呼吸したくらいのタイミングで巨大な体育館はあっけにとらわれていた1年生たちの歓声に包まれた。


ウゥオオオオオオオオ――――!!!!!


すさまじい歓声の中で闘技結界が解かれ大量の水蒸気が晴れていく。


闘技場は見る影もなく変形して黒ずんでいる。すでに魔装を解いた如月葵が軽く右唇を上げて腕を組んでいる。


ウワ――――!!!!


金色のフルプレートは見る影もなくボロボロで両膝をついて動かない纐纈君は対照的で誰の目にも勝者は明らかだった。

なんと新入生が降魔六学園十傑5位を倒してしまったのだ、全日本強化選手でもある纐纈君はそもそも雲の上の人なのだが・・・。


―――興奮冷めやらぬ中・・・ゆっくり柳のようにゆらりと立ち上がった纐纈君が闘技場を降り「すばらしい!如月葵さんに拍手を!言い訳なんてしません!脱帽です!彼女は強い!彼女に盛大な拍手をお願いします!!」人間出来てるな纐纈君は。




―――闘技場は破損がひどかったが第一体育館は広い。その場所で新入生の初ランク戦を続けるかとその場の生徒は思ったようだが・・・葵の熱線でかなり深く焼けただれており念のため別の体育館でランク戦を継続することとなった。


熱戦を終えた二人とも闘技場を降りている。

「いやあ、纐纈先輩!強かったぜ!あたしの火炎をあんなに耐えた奴は初めてだぜ!」だが答えたのは権藤先生だ。

「如月君、きみは今日はもうランク戦はできません。隣の体育館で同級生のランク戦をみてもいいし帰宅しても結構です」ぼさぼさの頭をかきながら説明する。


「んじゃ。あたしは帰るかな・・・」帰るのか・・・葵の周りは人だかりになって称賛の声がやまない・・・だが少々迷惑そうだ・・・鬱陶しいのだろう・・・。こういうのは苦手というわけだ。


・・・葵は一人で去り・・・ほかの新入生は隣の体育館に数名のコーチに案内され移された。



―――新入生がいなくなると焦げた匂いのする体育館に教官二人と纐纈君が残った。

そして纐纈君がため息とともにゆっくり倒れていく・・・。すでに予見していたのか安藤教官が抱きかかえ、さらに回復魔術を発動している。

権藤先生はまたあらぬ方向をむいてきょろきょろしている。


“光子覚醒降誕”


「・・・す、すみません・・・安藤きょうか・・・」

「ふ、しゃべらないで・・・魔装はしていなさい」


「安藤教官・・・光子降誕って・・・そんなに俺は重症ですか・・・」

「ふ、ほぼ全身に3度以上の熱傷・・・重症です」


「なんて技ですかあれは・・・如月さんの技はまるで・・・」重症のわりによくしゃべるなあコイツは。

「そう、竜のブレス攻撃ですな」そっぽを向きながら権藤先生は答えている。


「やっぱり・・・ブレス攻撃を召喚した?そんなことが可能なんですか?・・・ああでも権藤先生・・・ありがとうございました。結界に侵入して助けていただきまして・・・あと少しで金剛陣が破られ黒焦げになるところでした」

「当然のことをしたまでです。纐纈選手の金剛陣が敗れた瞬間、闘技結界も破れて周囲の新入生は全滅したでしょう」そうそう・・・介入せざるを得なかったわけだ。

「・・・・!!信じられない!!本当ですか!!!」


「纐纈選手は闘技場内に複数の結界があるのをご存知ですね。ひとつが攻撃のみを弱体化する結界ですね。選手が大けがしないようにですが。それがブレスの途中で破られました。一旦ブレスが弱くなった時です。抗魔法結界も発動してダメージを抑えようとしたのですが結界を食い破られましたね」

「・・・そう。そうなんですよ。金剛陣の中で陣が破られていないのに発火していたんです。通常の攻撃ではありえません」

「彼女の火竜はおそらく有名な変異種“紅蓮返し”です」

「それは・・・それはおとぎ話ですね・・・まさか紅蓮返しですか・・・関ヶ原の聖魔大戦で蜃気楼の塔の内部の魔族まで焼き払ったとかいう伝説の火竜・・・?」


回復に専念していた安藤先生が頭を上げる。

「お話し中すみませんね。纐纈君。皮膚はほぼ再生できましたが・・・いいにくいんですが全身の毛がすべて焼き落ちています」

「えええええ!!あ、安藤教官!そ、それは困りますよ。髪の毛もですよね?今日も一緒に彼女と帰るんですから」なんやねん。このリア充は。

「ですのでとりあえず頭だけ。つまり髪の毛、眉毛、まつげだけは再生させましょうか?これは回復魔法ではないので纐纈君自身が疲れますが・・・どうします?」

「おおお、お願いいたします。安藤教官。レマに会わせる顔がありませんから髪の毛だけでもお願いします」そうか纐纈君は戦女神と呼ばれるレマさんとできてたんだっけ。うらやましい話だ。

「ふ、承知しました」


しかし纐纈君はよくしゃべる。

「あとは権藤先生。お気づきになられましたか?如月葵の右目はまさか竜王の霊眼ではないですか?」

「優秀ですね、よく勉強していますね。その通り・・・・竜神明王聖霊眼でしょうね。彼女は前竜王の次女になります」

「・・・なるほど王女・・・竜王女さま・・・はは。ははは。なるほど。驚くことばかりだ。俺は今日伝説と戦ったわけですか・・・」

「狂神憑依を最初から使えばあるいはといったところでしょうか?」

「狂神というのはあれなんで“武神モード”って呼んでるんですけど。力の加減ができなくなるもので格上にしか使わないことにしています・・・・でもいや格上でしたね。TMPA4万近いのではとすら思います」

「魔光器で測定すると4万は超えていますね」

「まじですか!!!・・・し、新入生ですよ!強すぎる!!つまりそんな小さなころから紅蓮返しと感覚合一をして鍛錬していた!?」

「・・・それがね纐纈選手。14歳のときに感覚合一したようです」

「えーっと、如月葵は召喚士になって2年未満?それはどう計算しても無理ですよ!常識の範囲内では・・・いやえっと葵姫・・・か」


術式が終わったようだ、安藤先生が再び頭を上げる。

「ふ、纐纈君、魔装解いていいですよ。3㎝くらい髪の毛が生えたはずです・・・しかし権藤先生。まさか通常の700倍に強化した耐火結界が役に立たないとは」きょろきょろと権藤先生は天井を見ている。

ふうっと魔装を解くとやや短髪になりススだらけの纐纈君本体が鎧の中から現れた。

「ふうっ。ありがとうございました安藤教官。髪の毛3㎝なんですね、床屋でそろえるか。しかし如月葵か。しばらく戦いたくないな・・・髪は・・・レマになんて言おう。あと・・・あの権藤先生はなにか気になることでもあるんですか?さっきからこの体育館に?」

「いやあ。何かね気配が・・・」


“空間覚醒断層”


いきなり3人はもう見えない。真っ暗になってしまった、権藤先生は要注意だな。やっぱ。


まさかいきなり降魔六学園十傑と戦うとは思わなかったが・・・結構余裕で勝ってしまったな。あっと言う間に第3高校で名前が売れて・・・いや降魔六学園すべてにうわさが明日には流れるだろう・・・マグレか実力か真偽も含めて・・・。各チームへのスカウトも増えるだろう・・・なかなか明日から面倒なことが増えるだろう。




―――散歩には丁度いい道を悠々自適に葵は寮とは真逆に歩いていく。ランク戦の続きをしているはずの秋元未来や緑川尊のことなど特に気にしていない様子だ。また迷子になるのでは・・・。


真上の木から突如気配がした。

「ちぇっ。見たかったな。バトルはもう終わっちゃったわけかぁ」葵より一回り背が高くスタイルのいい金髪美女がラフな格好で飛び降りてきた。音もなく着地する。

「おっ、よお。ジェニちゃん」

「ジェニファー先輩とよべ!如月葵1回生。まあそれにしても守人を倒すとは・・・戦闘の気配を感じて飛んできたんだけどぉ。ザンネン!終わってたわ」同じチームのメンバーが負けたのに嬉しそうだ。

「守人・・・って纐纈のことか。あぁ。手ごわかったぜ」

「・・・戦闘のいい匂いがするな・・・如月葵。この学園には退屈しないバケモノがほかにもいる・・・あと守人も多分本気じゃない・・・」途中からは本気だったけどね。

「ああ。わかってんぜ。纐纈は最初手を抜いてた。また今度戦いてえな・・・・・・・一つ聞きてえ。西園寺って奴がいるんだろ?纐纈と比べてどれくらい強えーんだ?ジェニちゃん」すこし驚いたがやはり嬉しそうだジェニファーは・・・。

「ふーん。もう聞いたか。否が応でもいずれ立ちふさがるだろう。それまで腕を磨け如月葵。そいつははるか遠くにいる」




―――第1高校総生徒会執務室―――。


コンコン。コンコン。

返事が無いなと思いつつ、1高のブレザーを着ている更科麗良はぷかぷか浮きつつ派手な執務室のドアを恐る恐る開ける。麗良以外は恐ろしくて返事があるまで執行部メンバーですら勝手には開けないだろう。

「失礼しま~す。・・・更科です・・っていないし」


総生徒会執務室はだだっ広く赤いじゅうたんが敷き詰められて、壁には剥製が掛けられている。総生徒会長の西園寺桔梗の机は巨大だがやはり仕事中のようだ、書類が山積みになっている。更科は耳を澄まし気配を探る・・・。「なるほど・・」そう言って豪勢な長椅子に腰かけ待つことに決めた。


総生徒会室は何パートにも分かれており仮眠どころか豪華なベッドがあるし、調理し茶会なども開くことができる。さらに奥の方からかすかに音がするのだ。西園寺桔梗はバスルームでシャワー中の様だ・・・。麗良は総生徒会長っていい身分だな・・・とか思っているようだが、バスローブをまとい頭をタオルで巻いた西園寺桔梗が出てきた。胸には黒い魔晶石が輝いている。魔晶石を肌身離さずは召喚士のたしなみとでも言わんばかりだ。

しかしこうしてみると身長は175㎝、スタイルはいい。モデルでも十分やっていけそうな気がするがタオルと髪の毛の間から見える目は力があり過ぎる。


長椅子から立ち上がり麗良は直立不動になり「失礼とは思いましたが西園寺桔梗様、入らせて・・・」「当然だ、入ってよい。・・・それから二人の時は呼び捨てで構わん。友人なのだから」


バスローブのまま西園寺桔梗は麗良の対側の椅子に腰かける。

「掛けてくれ麗良。・・・少し汗をかいたのでな。シャワーを浴びていたのだ」

「はい」そう言って再び麗良は腰かけ説明事項を話し出した。

「書記長としてまいりましたので少し連絡事項がございます。桔梗様。・・・まず4高と5高の小競り合いですが・・といっても軽いですが負傷者は多数おります。どうも例の城嶋由良が後ろで糸を引いているようでございます」

「だろうな。聞いている。続けてくれ」

「2高は際立ったトラブルはありません。神明帝さまもご機嫌は良いそうです。・・・3高はトラブルというほどではありませんが・・・新入生にトラブルメーカーがいるようで・・・少しこの件に関しては調べてくる所存でございます。というわけで麗良は午後はお近くにはおりません」

「来年は聖魔大戦の年だ。浮足立つ輩は内外に多かろう。気を付けてくれ麗良。・・・あと明日は第1回総生徒会の開催である・・・遅れないようにと通達しておいてくれ」そう言って西園寺桔梗は立ち上がり、執務中の机の方へもどりバスローブを脱いで着替え始めた。

「あの。桔梗さま・・・見られますよ・・・鍵かかってないんですから」

「問題ない。2人きりではないか。それより6高はどうなっている?」

「6高はですね。すぐに報告できるほど問題が少なくありません。例えばまた退学者が・・・」


ガチャ!!

勢いよくドアが開き第1高校副生徒会長の高成弟が飛び込んできた・。

「桔梗様、た、大変で・・・ぐっ!!!」

ブッハ・・・・。勢いよく高成弟は鼻血が出ている。桔梗はまだ下着姿なのだ。すぐに高成弟はくるっと後ろを執務室のドアの方向を向く。

「何事だ。高成」

「あんたね。ノックくらいしなさいよ高成君!」

「す、す、すみませんでした・き、桔梗様。出直してきます!」

高成は鼻血をハンカチで拭いて止めている。麗良は不審人物を見るような目つきで高成弟の背中を見ている。

「いやよい・・・用事は何だ?」

「また4高と5高が私闘を繰り広げているとのことです。この高成崋山!行って止めてきます!」

「高成君。それはもう終わったわ。情報が劣化してるわね、劣化」

「そ、それは本当か更科書記長!うそではないだろうな!ああ!あともう一つございまして六道記念大会のことでございますが・・・」

ダメダメと麗良は振り向こうとする高成弟を制止させつつ。

「うそついてどうするのよ。では桔梗様。麗良は諜報活動してまいります」

「うむ。まかせる」

「あんたも出るのよ。高成君・・・」「まだ六道記念大会のご説明が・・・」「いいから出なさい」麗良はぷかぷか浮いて高成弟のブレザーの襟を握って退室していく。高成弟はなかなか間抜けな格好だ。


鏡の前でバスローブを脱ぎ捨て・・・ブレザーに着替え終わり・・・1人残った桔梗は机に座り似つかわしくないピンク色の便せんに何やら書いている・・・お茶会の案内状のようだ・・・見なかったことにしよう。

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