【34】二人は親友
そのささやかな食卓には、ところ狭しと様々な料理が並んでいた。
ポテトサラダやキノコのオイル煮、焼きたてのパン……何よりも目を引くのは、見事な赤身のローストドラゴンであった。
「……今日もまた豪華だな」
おっさんのルーク・レブナンは、テーブルを見渡した。
最凶最悪の毒物“石炭の燃えさし《コールブランド》”の重い後遺症に苦しんでいた彼だったが、メルクリアのお陰であっさりと全快した。
五千年前の超古代文明の技術と大賢者の力は流石であった。
そんな訳で彼の元にオーブンで焼き上がったばかりのミートパイを運びながら、おっさんの娘ミラ・レブナンは満面の微笑みを浮かべながら言った。
「いっぱい食べて早く元気になってね! ルーク」
「いや、もう充分に元気になったんだが……」
と、ルークは苦笑する。
しかし、それでも全部、しっかりと味わって食べようと思っていた。
なぜなら、もう少しでミラの手料理が味わえなくなってしまうのだから……。
「なあ、ミラ……俺と離れても達者でやれよ?」
ローストドラゴンを噛み締め、娘の成長を実感しながらルークは言った。
ちょっと、やっぱり、ミラと離れ離れになるのは寂しい複雑なおっさん心であった。
ミラはというと呆れ顔で頬を膨らませる。
「もう……。夏休みには帰って来るんだから、そんな顔しないで」
そう。
ミラはこの度、冒険者養成学校に入学する事になった。
彼女はあの狂ったゲームを経て、色々と思うところがあった様だ。考えた結果、ルークの様な冒険者になると将来の目標を定めたらしい。
ルークはというと、不安もあったが前々からミラにもっと広い世界を見せてやりたいと考えていたので、これを了承した。
因みにミラのカインに対しての憎悪は、すでにどうでもよくなっていた。
とは言っても仲良しになった訳ではなく、どちらかというとカインの事は嫌いなままであったが……。
一方のルークは、初めからカインを恨んでなどいなかった。
捕まって人質になったのは自分のミスだし、むしろ己の犠牲によって強敵ゴワルクを倒せたのは誇らしい事であった。
ただ身体が不自由になった事で、ミラに迷惑をかけるかもしれないと思うと悲しかっただけだ。
ともあれ平穏な日常を取り戻したおっさんと、その娘の毎日は、新たな局面を迎える事となった。
ミラはミートパイを頬張ったあとで元気良く言った。
「ルーク」
「何だ?」
「ミラは絶対に、悪い奴をぶっ殺す正義の冒険者になってみせるね!」
ルークは溜め息を吐いた。
「ミラ……ちょっと勘違いしているみたいだが、冒険者というのは、そういう正義の味方みたいなやつじゃないからな?」
「えー、違うの?」
「それから、“ぶっ殺す”はやめなさい。それは悪い言葉だ」
ミラは少し思案してから言った。
「じゃあ、“ぶっ殺した”なら使っても良い?」
「ミラ……」
ルークは娘の将来を案じて再び盛大な溜め息を吐いた。
ちょうど同じ頃だった。
そこは山深い森の中だった。周囲には大宮殿の石柱の様な針葉樹が林立している。
地面は苔むした岩と根が覆っていた。そして、梢の隙間から射し込む無数の光の帯が、その薄暗い空間に斑模様を描いている。
とても神秘的な光景で、それを目にしたシルヴィア・オーコナーの疲れは一気に吹き飛んでしまっていた。
「きれい……」
幼い頃よりずっと病床についていたシルヴィアにとって、世界のすべてが物珍しく、何もかもが宝石の様に輝いて見えた。
そんな妹を背負ったままカイン・オーコナーは足場の悪い地面をひょいひょいと進み、森の奥へ奥へと向かう。
シルヴィアの病気は、魔王の角を調合して薬を精製するまでもなく、あっさりとメルクリアが治してしまった。
流石は五千年前の超古代文明の技術と大賢者の力である。
カイン自身は、魔王を討伐する理由がなくなったので、以前の様に冒険者として様々な依頼をこなす毎日を送っている。
訳がわからないほどの強さと手段を選ばない残虐性は健在だが、ほんのちょっとだけ丸くなったともっぱらの噂だった。
この日は妹に駄々をこねられ、彼女と一緒に遠出していた。
カインは面倒臭いだ何だと、口では文句をたれていたが、内心ではシルヴィアの手作り弁当が少しだけ楽しみだった。
そんな訳で二人は森を抜け、切り立った断崖の縁に辿り着く。
遠くの果てまで折り重なる山々の稜線と白い雲。
汗ばんだ頬をそっと撫でる涼やかな風。
二人はその断崖の縁に腰をかけて弁当を膝の上で開く。
中身はサンドウィッチである。
「うわー、素敵な眺め!」
シルヴィアは興奮した様子で崖から出した足をぶらぶらと揺らす。
「オメー、あんまり騒ぐと危ねーぞ? そんぐらいにしとけ」
カインはシルヴィアをたしなめてから、サンドウィッチをひと口食べた。
すると、その味は……。
「うっ……」
何か毒物の味がした。
「お、オメー、これ何なんだよ?! 何なんだ?!」
「イカの内臓とにしんの内臓と羊の内臓と牛の内臓を蒸したのを兄さんの大好きなチョコレートソースで合えたの」
「お、おう……味見はしたのか?」
「してないよ。何で?」
シルヴィアは首を傾げる。
「……いや」
「変な兄さんね」
そして、シルヴィアもサンドウィッチをひと口。
その瞬間、彼女の顔が凍り付く。
「う……不味い」
「だよなぁ……ひひひひ」
「なら、先に言って。もう……兄さんの意地悪」
と、唇を尖らせるシルヴィアの顔を見てカインは、腹が痛くなるほど笑った。
不機嫌そうだったシルヴィアも、やがて声を出して笑う。
誰もいない山奥で、幸せな兄妹の笑い声が響き渡った。
そして、ひとしきり笑って落ち着くと……。
「……ワタシも頑張って、いっぱい勉強して兄さんみたいな立派な冒険者になるの」
「そうか」
「そうなったら、兄さんみたいに悪い奴らをいっぱい殺処分にしてやるんだ!」
無邪気に良い放つシルヴィア。
一方のカインは渋面で妹の顔を見る。
「オメーさぁ……」
「何、兄さん?」
きょとんと首を傾げるシルヴィアに溜め息ひとつ。
「まず、オメーは絶対に冒険者を何か別な物と勘違いしてる。それから“殺処分”なんて言葉は使うんじゃねえ。悪い言葉だ」
「えー……」
不満そうなシルヴィアだった。
「まったく、そんな言葉、何時の間にどこで覚えやがったんだか……」
と、苦々しそうな顔をする兄を、シルヴィアは無言で指差す。
それを見たカインは何も言えなくなった。
そして数日後だった。
桜の花が舞い散る中、うららかな春の日差し照りつけるある日の事……。
由緒ある歴史を持った冒険者養成学校の女子寮の廊下を歩くのは、制服に身を包んだミラ・レブナンであった。
「……えーと、B棟の221号室は……」
それが、この春から彼女が新しく生活を始める寮の部屋番号だった。
その部屋番号が記された寮の見取り図に目線を落としながら、ミラはまだ見ぬルームメイトの同級生に思いを馳せた。
「一緒の部屋の子、優しい子だと良いな……」
人里離れた場所で暮らし、ルークにべったりだったミラには、同年代の友達がほとんどいなかった。
どんな事を話して、どうやって仲良くなれば良いのだろう……。
そんな事ばかり、朝からずっと考え続けていた。
正直、不安だ。部屋が近づくにつれて、足取りも重くなる。しかし……。
「……でも、こんなところでつまずいていたら、立派な冒険者になんかなれないよね!」
ミラは心をふるい立たせ、再びB棟の221号室を目指した。
そうして、ついに部屋の前に辿り着く。
「ここか……」
部屋番号のプレートを確認して扉を開ける。
すると正面の窓際に佇んでいた少女がミラの方へと振り向いた。
色白で少し痩せていて、前髪を切り揃えた綺麗な長い黒髪の女の子だった。
「あら。あなたがミラ・レブナンさんね?」
「え、うん。もうミラの名前、覚えてくれてたんだ」
少しだけ嬉しい。ミラは、ほっとして部屋の中へと足を踏み入れる。
「だって、あなた有名だし。実技の試験、凄かったらしいじゃない……」
「えへへへ。でも学科はぎりぎりだったみたいだけど」
ミラは照れくさそうに笑う。
すると黒髪の少女は、右手を差し出し名乗りを上げる。
「ワタシはシルヴィア・オーコナー。よろしくね。レブナンさん」
“オーコナー”という姓を聞いて、ミラの眉がぴくりと動く。
しかし、あのいけすかないガンブレード野郎の妹がこんなに可愛いはずがないと、すぐに思い直す。
「あー、レブナンじゃなくて、ミラで別に良いよ」
と、ミラはシルヴィアの右手を握り返す。
「じゃあ、ワタシもシルヴィアって呼んで? ミラ」
「わかった。シルヴィアちゃん。よろしくね!」
このあと二人は、紆余曲折を経て無二の親友となってゆくのだが、それはまた別の物語である。
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