【33】お仕置き
こうして悪の秘密結社ドラマツルギィは滅び、七人の“テンプレ
アレックス・モッターは約束通り、魔王軍へと就職した。
散々、断ろうかと迷ったのだが何か待遇がすごく良かったからだ。
そして彼の他にも魔王軍の傘下に入った者がいた。
婚約破棄ヒロインのフランティーヌ・イッテンバッハと悪役令嬢のアンナ・ブットケライトである。
アンナは元々フランティーヌの蘇生と引き換えに魔王へと忠誠を誓っていた。
だが、もうフランティーヌがなし崩し的に蘇った今、魔王への義理を果たす必要はない。
しかし、彼女は、ルドルフと女給一名を殺害した罪でおたずね者である。
フランティーヌもまたルドルフの暴行と脱獄容疑で指名手配中である。
元の生活には戻れない。
そんな訳で魔王の元で厄介になる事にしたのだった。
そこは南方の海上に浮かぶ魔大陸にあるフランティーヌの城館だった。
その二階のバルコニーで婚約破棄ヒロインと悪役令嬢の二人は肩を寄りそわせて、雲間に冴えざえと輝く三日月を眺めていた。
「……これで世界は少しは平和になってしまうのかしら?」
「さあ、どうだか」
フランティーヌがアンナの言葉に答える。
あの狂ったゲーム以来、すっかり世界を闇に包む気力をなくした魔王は、戦争をやめて各国と停戦交渉に乗り出した。
空に浮かび上がっていた魔大陸も南方の海上に落ち着き、現在は至るところで再開発が始まっている。
冒険者に強いたげられたモンスターの移民受け入れも始まったらしい。
これから魔大陸は、もっと賑わい、発展してゆく事だろう。
「……落ち着いてきたら、また良い人を探さないとね。フランティーヌ」
アンナは何気ない調子で言った。
彼女はフランティーヌが良縁に恵まれる事を望んでいた。
そのときはあの手この手で邪魔しつつ、最後は再び婚約破棄にまで持っていこうと密かにたくらんでいた。
それこそが悪役令嬢の存在理由なのだから。
しかし……。
「あー、あたしさ、今回の件で思ったんだけど……」
フランティーヌが月を見上げたまま言った。
「何がですの?」
アンナは小首を傾げて、そんなフランティーヌの顔を見詰める。
すると彼女は照れくさそうにはにかんだ。
「もう、そういうのは良いかなって……」
「え……」
アンナの目が点になる。
フランティーヌは月を見上げたまま、更に言葉を連ねた。
「あたし、ずっと、男と結婚して、子供を産んで、育てて……そういうのが女として一人前になる事だと思ってたけど……」
そこでフランティーヌは、アンナの顔に視線を移して微笑む。
「もう、男はいいかなって。婚約はもうこりごりだよ」
「そう……」
アンナは思った。
それならそれで構わない。
別に男でなくとも、何でも良いのだ。彼女から奪える物ならば……。
食べ物でも金貨でも何でもいい。
ドレスでも宝石でも、石ころでも名誉だって構わない。
フランティーヌの邪魔をして奪う。それこそがアンナに至高の悦楽をもたらしてくれるのだから。
「……それじゃあ、しばらくは仕事にでも精を出すのかしら」
一応フランティーヌもアンナも、それぞれ魔王軍ではそれなりの地位にあり、まあまあ忙しい。
「……それとも才能があるのだから武術の修行?」
フランティーヌは、あれ以来、めきめきと戦闘能力をあげていた。
つい先日は、領内で泥酔したサイクロプスを素手でボコボコにしたらしい。
しかし、フランティーヌは、そのどちらでもないと首を振る。
そして、少しだけ困った様な顔で言う。
「……違うよ。そういう、もう恋なんてしない的な意味じゃなくて男はもういいかなって……」
「は?」
アンナが首を傾げた瞬間だった。
フランティーヌの長い指が彼女の細い顎をすくった。
「あの……フランティーヌ……さん……? ちょっと……」
戸惑うアンナの瞳を覗き込みながら、フランティーヌは続ける。
「……照れるなって。あたしの事、好きなんだろ? あのときの愛の告白……」
『あなたを失いたくない……フランティーヌ……あなたは、わたしのヒロインなの……お願い』
かあっ、とアンナの頬が一気に赤くなる。
「えっ……え? あれは、そういう事じゃなくって……フランティーヌさん?! いやまあ、すすす好きな事は好きですけれども……」
「なら、良いじゃん。あたしもアンナの事、好き」
フランティーヌの長いまつげが、暖かな吐息が迫る。
「ちょっ、ちょっと……」
「アンナ、愛してる」
「……ちょっと、待ってくださいましッ!」
アンナは寸前でフランティーヌの胸元を手で突いて、身を離して後退りする。
やばかった。あと一歩で堕ちるところだった。
これは、何か違う。そうじゃない。何か違う……。
そう判断したアンナは、ついにそれをぶちまける事にした。
「あっ、あの……フランティーヌさん。ちょっと聞いて欲しい事があるのだけれど……」
もじもじとしながら上目遣いをするアンナ。
「何? アンナ……照れちゃって可愛い」
「じっ、実はルドルフの事で……」
「良いよ、もうあんな奴」
フランティーヌはつまらなそうに言った。
そして、次の瞬間、この顔が怒りに歪むのかと思うと、背筋に甘い痺れが走った。
アンナは、その爆弾を口から解き放つ。
「実は、ルドルフがあなたを婚約破棄をする様に仕向けたのは……このわたしなのよッ! わたしが全ての元凶にして黒幕ッ!! どうかしら? フランティーヌさん! わたしの悪巧みによって、あなたのささやかで幸せな未来はズタズタになってしまったのよッ!! どうなのかしら? フランティーヌさんッ!! しかも、まだ言ってなかったけど、わたしルドルフを殺しちゃったのッ!! おっほっほっほ……」
アンナは曇天の夜空を見上げながら両手を広げ、実に悪役らしく高笑う。
「……流石のあなたでも、これには怒り心頭よね? わたしを滅茶苦茶にしてしまいたいわよねぇえええええええっ!」
しかし、フランティーヌは、そんなアンナの右手首を掴み彼女の身体を抱き寄せる。
「きゃっ……ちょっと……フランティーヌさん」
「それは、あたしの事が好きだったからだろ? あたしの事が好きだったからルドルフとの仲を邪魔した。ルドルフに嫉妬したから、彼を殺した……そうなんだろ?」
じっとアンナを見詰めるフランティーヌ。
アンナはそんな彼女の視線を受けきれなくなり、目をそらしてうつ向いた。
「……そっ、そういう事じゃなくって……そうだけど違うっていうか……」
口の中でモゴモゴと言葉をさ迷わせる。
「なら良いじゃん」
再びフランティーヌのしなやかな指がアンナの顎をなでる様にすくう。
「でっ、でも……その他にも、わたし、あなたにいっぱい嫌がらせばかりして来たわ。全然、気がつかれてなかったけど……」
そこでアンナは、フランティーヌに対してこれまで行った悪行の数々を全部ぶちまけた。
フランティーヌは真顔で、それを黙って聞いていた。
常人なら超至近距離で被害者に見詰められながら己の罪を告白するなど、精神的にとても耐えきれないであろう。
しかし、アンナはもうそれだけで、彼方まで飛んでいってしまいそうなほどの脳汁を頭蓋の内側でぶちまけた。大洪水である。
そして、長いアンナの罪の告白が終わる……。
「アンナ……」
「はい……何でしょうか?」
トロリとした目付きで……ああ、これは流石に殴られる。もう絶対に怒鳴り付けられて嫌われる……とか、想像しながら恍惚としていると、フランティーヌは変わらぬ表情で言った。
「……それは、あたしに構ってもらいたかっただけなんだろ? 好きな子には悪戯をする的な……違う?」
まったく動じる気配を見せない。
アンナは思った。
フランティーヌって、けっこう人の話を聞かないタイプなんだな、と……。
「……だから、そうじゃなくって……えっと」
フランティーヌが、ふっと鼻を鳴らして笑う。
「悪い子だ」
「そう。わたしは悪い子なのよ……だから、もっと本気で怒って?」
「そうだな。そんな悪い子には、お仕置きしないと……お望み通り無茶苦茶にしてあげる」
「……ああ、もう、だから、そうじゃなくってさぁ!!」
「好きだよ、アンナ……愛してる」
月光で浮かび上がった二人の影がゆっくりと重なる。
何かもう面倒くさくなったアンナは、
……もう、これはこれで良いか。
諦めて、ゆっくりと目を閉じた。
こうして悪役令嬢はヒロインに敗北したのだった。
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