【32】イレギュラーズ


 海神の庭が噴煙と炎をあげながら、ばらばらに砕け海上に落下する……。


 そこで、映像が終わった。

 劇場の舞台天井から吊るされていた白い布に“END”の文字が浮かぶ。

 その瞬間、拍手喝采が沸き起こった。

 それが落ち着いて来た時に、舞台の右袖から神様が現れる。

「……と、言う訳で本日の公演は終わりじゃ」

 うやうやしく礼をする。

 再び拍手喝采。

 そこは、ある大きな町の地下にある会員制の劇場だった。観客席には身なりの良い男女がひしめきあっている。

 全員が何らかの仮面や頭巾で顔を覆っており、その人相は窺えない。

 彼らは秘密結社ドラマツルギィの中核をなす“プレミアム会員”であった。

 彼らは暇と金をもて余した貴族や商人達である。中には一国の王族までいる。

 物語を紡げば誰かに披露したくなるのは当然の事だ。

 ここにいる面々は神様が時間をかけてゆっくりと選別した自分のための観客たちである。

 もちろん、彼らは単なる観客というだけではなく、権力や財力を駆使して、物語の成立に大きな貢献を果たしている。

 そうして世界情勢を裏から操っていたのだ。

「今回もエキサイティングだったわね」

 観客席一階の中段で、赤いドレス姿で蝶のマスクを被った女が笑った。

「何時見ても、神様の紡ぐ運命の物語は素晴らしいわ……」

 蝶マスクの右隣に座ったベールの女が、彼女の言葉に応じる。

 蝶マスクの左隣では、黒いフード付きマントがじっと舞台上を見ていた。

 その視線の先には舞台上で神様が気持ち良さそうに何かを語っている。

 しかし観客は誰も興味がないらしく、聞いている者はほとんどいなかった。

 誰もが素晴らしい物語の余韻に浸り、感想を隣の席の者と語り合っている。

 何時もの光景であった。

「次はどんな物語かしら……。私は甘い恋物語が観たいけど」

 ベール女がうっとりした調子で言った。

 蝶マスクは、その希望に異を唱える。

「あら。私は調子に乗ったクソ野郎が、ギッタンギッタンのメッタメタに復讐される奴がいいわ」

「いわゆる、ざまぁものね?」

 ベール女の言葉に蝶マスクは頷く。

「その調子に乗ったクソは人生の絶頂で地獄に叩き落とされるの。社会的信頼も富も名誉も愛も何もかも失って、苦悶のうちに憤死して死んだ後も未来永劫、辱しめを受け続ける……それこそ至高よ!」

「そ、そうなんだ……」

 ベール女は、どん引きした様子で言った。

 何かひとりで盛り上がってしまった様子の蝶マスクは、ベール女のノリがいまいち悪いと見るやいなや、反対側に座っていたフード姿に話を振る。

「ねえ、あなたもそう思うでしょ? 複数人から性的な暴行を受けながら麻酔なしで腸はらわたをかっさばかれて切り取られた生殖器を喉に詰めこまれて、それで窒息死するぐらいは最低限やるべきよね? そうじゃなきゃ本物の狂気とは呼べないわ……」

「そこまで行くと、ちょっともう良くわからないです」

 フード姿が苦笑しながら蝶マスクへと顔を向ける。

 次の瞬間、蝶マスクはぎょっとして息を飲んだ。

「あなた……」

 そのフードの奥にあった顔は、赤い斑点の浮き出た髑髏であった。

 もちろん仮面なのだが、数年前に猛威を振るった恐ろしい赤死病の患者を思わせるデザインだ。かなり不気味である。

 赤死病の仮面は更に言葉を続ける。

「俺はそんな恐ろしい話より、もっと優しい物語が好みですよ」

「そうよねぇ! やっぱりラブストーリーよぉ!」

 と、ベール姿が同意する。

 すると赤死病の仮面は足元に寝かせてあった長杖を手に取り、立ち上がる。

「……だから、苦しまずに殺してあげるよ。一瞬でね」

 その言葉と同時に杖がマスケット魔導銃に変化した。

 悲鳴をあげる間もなく、銃声と共に

蝶マスクの頭部が砕け散る。

 脳漿のうしょうと血肉のシャワーを浴びたベール女が絶叫した。

 場内が騒然となる。

 舞台上から神様が叫んだ。

「何じゃ、お主はッ!!」

 赤死病の仮面が外される。

 隠されていたその顔は……。

 神様は大きく目を見開いて唇を震わせた。

「久し振りだな」

 そう言って彼は銃口を神様に向ける。

 外れスキル男のアレックス・モッターだった。




「あの爆発を生き延びるなど……」

 あれは彼の得意な“無敵のアイギスシールド”でも、とても凌げるものではない。

 アレックスは鼻を鳴らして神様の疑問に答える。

「生き延びちゃいない。一度は死んださ」

「我が甦らせた……」

 そう言って二階席で立ち上がったのは、正装の大魔王ギーガーであった。

「何だと……」

 神様は目を向いて二階席を見上げる。

「貴様は忘れていたらしいな。我は死んでもエクストラスキルで復活できる」

「……何と」

 もしも、神様が、ギーガーとアレックスの戦いをちゃんと見ていれば警戒できたかもしれない。

 “若返り《リバースエイジング》”でスキルの発動回数がリセットされていると……。

 しかし、あのときは、何か魔王の姿が戻ってるぐらいにしか思わなかった。そこで考えるのをやめていた。

 ギーガーは更に言葉を続ける。

「……我が“邪悪なる復活ダークリヴァイブ”で甦らせたのだ。髪の毛一本あれば、どんな死体でも甦る」

「くっ……」

 神様はもう一度、アレックスの顔を見る。

「だが、そのキモ根暗はどう見ても人間にしか見えんぞ?!」

 “邪悪なる復活ダークリヴァイブ”はアンデッドとして死者を復活させる魔法だ。

 しかし、今のアレックスは人間だった。

「……“若返り《リバースエイジング》”よッ!!」

 そう言って舞台の右袖から現れたのは、きらびやかな水色のドレスを着た、どや顔の賢者メルクリア・ユピテリオだった。

「“若返り《リバースエイジング》”でアンデッド化した肉体を半年前に戻した。これでまず私が人間として甦った!! 後は私がみんなを“甦生リ《ヴァイブ》”で蘇えらせたの」

「バカな……反則チートじゃ、そんなの」

 神様は悔しそうな表情で歯噛みする。

 メルクリアは神様の言葉を笑い飛ばした。

反則チート? 今更ね。そもそも主人公側の反則チートは、物語のお約束なんじゃなくて?」

「ぐぬぬ……」

 すると、今度は舞台の左袖からガスヴェルソードを構えたおっさんの娘ミラ・レブナンが現れる。

 彼女もまた可愛らしいドレス姿だった。

「爆破オチはクソだって、ルークが言ってた。だから、ミラ達がちゃんと物語を終わらせに来たの」

 すると、そこで事態を静観していた観客のひとりが声を張り上げて神様に問うた。

「神様! これって、演出よね? すごいわ。びっくりしちゃったけど、これも、あの物語の続きなのよね?!」

 別な観客が立ち上がる。

「そうだッ! 流石は神様だッ!! この臨場感……これが本物のリアルストーリー!」

 血塗れのベール女がゲラゲラと笑い出す。

「うふふふふ……そうなのね?! これは演出ッ!! これは物語の続きッ!!」

 突然、場内がざわつき始める。

 それを黙らせたのは、舞台正面中央の扉が勢い良く開く音だった。

「ひひひひっ……違うぜぇ? クソくだらねえお遊戯会の時間は、もう終わったんだよ」

 轟く銃声。

 近くにいた男の額が砕け散り、鮮血が跳ねる。

 ループレバーに指をかけて、ガンブレードを一回転。

「……ここからは、殺処分の時間だ。クソ蝿のウジ虫どもがッ!!」

 扉口の向こうから現れたのは、燕尾服を着たパーティ追放者のカイン・オーコナーである。

 静まり返っていた場内が、一気に悲鳴で満たされる。

 劇場にいくつかある出入口に観客が殺到する。

 押し合い、へし合い、突き飛ばし、飛ばされ、踏みつけられて踏みつけて……。

 まさに混乱の坩堝るつぼ。

 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 メルクリアが叫ぶ。

「上には町があるから、被害が出ない様に火力には気をつけて。それさえ守ってくれれば、好きにやって構わないわ」

 そして、後片付けが始まった。




「はぁ……はぁ……はぁ……」

 薄暗い地下道を息を切らせて走るのは、恰幅の良い中年の男だ。

 目元をマクスで覆い、つばの広い帽子を被っている。

 彼は武器の売買で財を成していた死の商人だった。

 彼はあの地獄の様な劇場から、どうにか逃げ延びて来たのだ。

 彼のうしろにも数十名の男女が、必死の形相で駆けて来ている。

 この直線を抜ければ、町外れの荒野に辿り着く。

 そこが地下劇場と地上を繋ぐ唯一の出入口だった。

 外から射し込む月明かりが、先頭を行く死の商人の両目に映り込む。

「ふひひ……あははっ。こんなところで……こんなところで、死んでたまるかああああッ!!」

 死の商人が外に飛び出した。

 すると、その瞬間だった。

 遠くで銃声が鳴り響き、死の商人の頭部が右に傾いだ。

 左のこめかみから鮮血を吹き出しながら、死の商人は地面に勢い良く倒れ込んだ。

「あなたっ! あなたっ!」

 彼の妻らしき女が倒れて動かない死の商人に駆け寄る。

 再び銃声。

 妻らしき女も左のこめかみを7,62㎜魔導弾で穿たれ、死の商人の上に折り重なる様に倒れる。

「出るなっ! 出ると撃たれるッ!」

 誰かが叫んだ。

 死の商人の後に続いていた者達が、出入口の中へと慌てて引っ込む。

 その様子を少し離れた岩影からスコープ越しに眺めていたのは、悪役令嬢のアンナ・ブットケライトであった。

「うふふふふっ。人の恐怖に歪んだ顔って、とっても、だぁーい好きぃー」

 彼女はボルトを前後させ、自らの唇をペロリと舐めた。

 空薬莢が地面にぽとりと落ちた。




「貴様ら……とことんワシを舐め腐りおって……」

 神様が舞台の両側から迫るミラとメルクリアを交互に見ながら言った。

「私達に勝てると思ってるの?」

「降参して死んでよ」

 二人が神様に迫る。

「ぐぬぬ……」

 神様は再び二人の顔を見渡し、悔しそうに歯噛みする。

 観客席に目を向けると、もはや観客のほとんどは魔王とパーティ追放者と外れスキル男によって始末されていた。

「さあ。大人しくしていれば、苦しまない様に殺してあげる」

 しかし、メルクリアのその言葉を聞いた神様の口元がにやりと歪む。

「ぶぁあああかぁあああめがぁああああッ!!!」

 その瞬間、神様の足元の床がすっぽりと抜けた。

「あっ、待って! 逃げないでよ!」

 ミラが叫ぶ。

 神様は奈落の底へと姿を消した。




「バカめが……恐らく地上にある町を気にして、火力のある魔法を使わなかったのじゃろうが、そこが貴様の限界じゃよ……クソ眼鏡」

 神様は舞台下から続く細い通路を駆ける。

 そして、突き当たりにあった扉を開けた。

 すると、その向こうには下りの螺旋階段があった。

「ここにも、もしもの時のために用意しておいた爆弾がある。海神の庭を吹き飛ばしたのと同規模のな……」

 神様は必死に螺旋階段を駆け降りる。

 すると、その底に広がる白い部屋へと辿り着いた。

 そこには、円形に配置されたモノリスと魔導コンソールがあった。

 この地下劇場の中枢である。

「再び爆殺してやる。殺処分されるのは貴様らだぁああああッ!! “テンプレ逸脱者イレギュラーズ”」

 と、魔導コンソールに向かう途中の神様の元に、モノリスの裏から飛び出した人影が迫る。

「なっ、何じゃッ!?!」

 その人物は神様の正面から思いきり、飛び蹴りをかました。

「うぎゃああああッ!! 眼がッ!! 眼がッ!!」

 神様はピンヒールの踵で穿たれた右目を手で押さえ、のたうち回りながら白い床に鮮血を撒き散らす。

「よお、逃げるんじゃねーよ。腰抜け!」

 婚約破棄ヒロインのフランティーヌ・イッテンバッハだった。

「ひいいい……」

 神様が尻を床についたまま、ゴキブリの様に後退りした。

 すると螺旋階段の途中から何時の間にか、その光景を見下ろしていたメルクリアが言った。

「ワンパターンなのよ。もう爆弾はあらかじめ解除してあるから」

 そのままメルクリアは、右手を突き出した。

 すると、その掌を中心に光の魔方陣が展開される。

 “究極終焉魔法デウスエクスマキナ”だ。

 この魔法を食らえば魂まで一瞬にして砕け散る。

「貴様! 貴様ぁああ……やめろ! やめてくれッ!!」

「今度はちゃんと殺してあげる」

 魔方陣の中心から、全てを穿つ究極の矛が現れる。

「ひぃいいいっ!!」

 神様は立ち上がって逃げようとする。

「逃げるんじゃねーよ」

 フランティーヌが素早く、神様の胸ぐらを左手で掴んだ。

「ひぃいいいッ!!」

「おらっ! クソ神っ!! あたしの拳で気合い注入してやるっ!!!」

 涙と鼻水を垂らす神様を無茶苦茶にぶん殴る。右拳でぶん殴る。殴りまくる。

「うひぃいいいいいいッ!!」

 殴って、殴って、殴りまくる。

 すると神様の影から触手が這い出てフランティーヌに巻き付こうとするが……。

「うぜえええええっ!! 引っ込んでろっ!!」

 ピンヒールでがしがしと踏みつける。

「うぎゃあああああああああああっ!」

 触手はすぐに影の中へと戻ってゆく。

「もう準備は良いわ」

 螺旋階段の上からメルクリアの声が聞こえた。

「よし。後は頼んだぜ! 大賢者さんよぉっ!」

「任せてッ!」

 フランティーヌが片手で神様を空中に放り投げる。

 メルクリアが“究極終焉魔法デウスエクスマキナ”を放つ。

「いやじゃああああああぁぁああぁああああっ!!」

 そして放たれた究極の矛が、神様の身体を貫いた。

 神様の身体は青白い粒子となって、バラバラになった。

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