【31】そして誰もいなくなった


「貴様も、この私に歯向かおうというのじゃな……?」

 ラエルから怒気の滲んだ神様の声が響き渡る。

 魔王は自らの頭上に浮かぶ目玉を見上げて問う。

「この男の言っていた事は本当か? お前は神様などではなく、五千年前の人間なのか?」

「ワシは|人間などではなーいッ!!」

 そこで“大いなる癒し《フルヒール》”で回復したメルクリアが起き上がる。

「ええ。確かにあなたは人間じゃない」

「そうじゃ。ワシは神様じゃ……」

 メルクリアは、その神様の言葉を無視して続ける。

「こいつは、五千年前に私が倒し損ねた異世界の邪神の生き残り……そして、この世界を自らの描いた脚本テンプレ通りに操ろうとする秘密結社ドラマツルギィの残党でもある」

「ドラマツルギィだと……何だそれは?!」

 魔王が目を見開いてメルクリアの顔を見る。

「こいつは自分が全知全能の神様だと、勘違いしてるみたいだけど……多分、妄想し過ぎて頭がおかしくなってしまったのね」

 そこで神様が喚いた。

「神様は頭がおかしくなったりせんッ!! 貴様らこそ、廃棄処分にしてやるところをお目こぼしでデスゲームに参加させてやったというのに……デスゲームすらろくにこなせないとは、本当の出来損ないじゃッ!」

 アレックスが吠える。

「そもそも、こんなクソゲー最初から破綻してんだよ! 勝利に特にメリットがなければ主催者を殺そうって思考に至るのは当然だろうがッ!! 理由も特になく殺し会いをし始めるバカが何処にいるッ!!」

 そのバカ(カイン・オーコナー)が、少し放れた砂地に転がっていようなどとは、アレックスには知るよしもない事であった。

 ともあれ、神様は反論する。

「バカもんが。神様に従うのは当然の事じゃろうがッ!! 何故、貴様らはワシの思った通りに動かない?!!」

「それは、俺達が人間だからだッ!! 意思を持った人間だからなんだッ!!」

 ギーガーは、アレックスのその言葉を聞きながら、いや我は魔族だけど……と冷静に思ったが黙っていた。

 メルクリアも、そこで寝ている女の子は天使だけど……と冷静に思ったが黙っていた。

 何とか形だけはシリアスなシーンは継続されていた。

 そして、神様は、諦感ていかんの籠った溜め息をひとつ吐き出す。

「……もういい。ゲームはおしまいじゃ。ゲームセット……」

「だったら、とっとと私達を帰しなさいよ!」

 メルクリアが右手を振り上げる。

 すると、神様が怒気の滲んだ声で言い放つ。

「すまんの。帰り道は通行止めなんじゃ」

 その言葉の直後に、ラエルが湖の方へと戻ってゆく。

 地響きがして、湖の水面が盛り上がる。


「貴様ら全員、死刑……」




 北の湖岸の辺りから盛大に水飛沫が舞い飛ぶ。

 神様の声が大轟音となって響き渡る。

「愚か者共よッ!! ワシの名を恐怖と共に刻め!! ワシの名は“神様”ッ!!」

 水中から何本もの黒い触手がうねり突き出し、その中心に頭足類の頭部じみた巨大な球体が浮かぶ。

「貴様ら、ここで廃棄処分じゃあああああああっ!」

 邪神の巨体が四人に向かって迫る。

 すると岸辺に津波が押し寄せる。

「危ない……もう少しさがるぞ!」

 魔王が眠れるミラを抱きかかえた。

「行こうッ!」

「う、うん……」

 アレックスはメルクリアの右手を引いた。

 四人は素早く岸辺から離れる。

 そして津波が引いたあとだった。

 水中から頭足類と爬虫類を合わせた様な異形の二足歩行がぞろぞろと姿を現し、次々と陸地に上陸し始める。

 邪神の眷族であった。

 その数は、百や二百といった数ではない。

「ふははははっ ……引き裂いてくれるッ!!」 

 巨大な頭足類も動き出す。

「どうする? 逃げる?」

 アレックスが問うた。するとメルクリアは首を横に振り、前に出る。

「いいえ。その必要はないわ……兎に角、火力のでかいのをぶちかまして!」

「わかった」

「了解」

 ギーガーとアレックスは返事をする。

 まずは、ギーガーの闇術第八級位“全てを喰らうラ・モート・ノワール”が炸裂する。

 湖の上空に黒い球体が脹れ上がり、それがはぜて闇の流星群となって降り注ぐ。

 岸辺から這い上がり、四人に迫りつつあった邪神の眷族達は次々に闇の流星に押し潰され、粘り気のある体液を撒き散らしながら果てて行く。

 次にアレックスの“鏖しの大爆発カルネージエスプロジオーネ”だ。

 その爆風と爆炎が晴れぬうちだった。

「終わりよッ!! クソ神!!」 

 メルクリアがとどめを刺しにいく。


 魔術第九級位“究極終焉魔法デスウスエクスマキナ


 メルクリアの突き出された右掌を中心に、光輝く魔方陣が展開される。

 それは如何なる攻撃をも防ぎきる究極の盾。

 更にその盾の中心から数式と呪文で構成された光の矛がゆっくりとせり出て来る。

 それこそが如何なる防御をも貫く究極の矛。

「行けぇぇええええええええッ!!!」

 メルクリアの掛け声と共に、究極の矛が螺旋を描きながら魔方陣の中心から発射される。

 当たれば必殺。

 そして完璧な防御。

 この二つを同時に行う最強の戦闘魔法アサルトスペル――。

 放たれた矛は、“鏖しの大爆発カルネージブラスト”の水蒸気立ち込める湖面を割って、一直線に神様へと迫る……。




「馬鹿めが……」

 その光景をモノリス越しに眺めていた白髭の老人――神様は椅子から立ち上がると、床からせり上がった魔導コンソールの元に向かって結界を解除した。

 ちょうど、そのとき、巨大な頭足類の怪物が、メルクリアの放った“究極終焉魔法デウスエクスマキナ”によって完全に消滅したところだった。

「それは、ワシではない。間抜けめ……今更、廃棄処分のゴミなど、まともに相手をすると思っておるのか……」

 そうほくそ笑んでから、魔導コンソールを更に操作する。

 そして島の最深部に眠る大型爆弾を起爆モードに設定した。

 コンソールの上部に『90:00』と表示され、それが減り始める。

「……最後は少しグダクダじゃったが、まあまあ楽しめた」

 神様は更に魔導コンソールを操作すると、彼の足元を中心に青白い光が渦巻き始める。

 転移ゲートである。

「……それはそうと、魔王のやつ、何で別な姿に戻っておったのかの?」

 途中から、外れスキル男VS魔王の戦いを一切見ていなかった神様にとっては、まったくの謎だった。

「……まあ、もうどうでも良いか」

 そして、すぐにそんな疑問を抱いた事すら忘れてしまう。

 しかし、神様はこのとき重要な事も忘れていた。

 酒の飲み過ぎである。

 ともあれ転移が始まり、神様の身体が青白く輝き粒子になって消える。


「さらばじゃ。“テンプレ逸脱者イレギュラーズ”よ……ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ……」


 その何もない空間に響き渡る神様の耳障りな高笑いをかき消したのは、全てを揺るがす巨大な爆音だった。




 この狂ったゲームの行われていた飛行島は、近隣の沿岸に住む者達からは“海神の庭”と呼ばれていた。

 一定の海域の上空をゆっくりとしたスピードでぐるぐると回るだけの古代

の遺物――。

 その海神の庭が天地を揺るがす轟音と共に海中へと沈んでいった。

 爆発の衝撃は津波となり、沿岸の町に多大な被害をもたらした。

 こうして、七人の“テンプレ逸脱イレギュラーズ”は海の藻屑と消えたのだった。


 そして一ヶ月後――。

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