【21】人形遊び


 メルクリアは、その階段を上る。

 すると、そこはゲームが始まる前に参加者と神様が顔を合わせた奇妙な空間であった。

 足元と天井は遥か彼方の星空まで続く白い雲。

 階段から少し離れた場所には、円形に配置されたモノリスがあった。

 その中央で椅子に座り、ふんぞりかえっていた神様が立ち上がる。

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ……よくぞ来たの」

 神様はモノリスに囲まれた円の外に出るとメルクリアの方を向いて、目を細めて笑った。

「お主があれしきで死なぬ事は、わかっておったぞ?」

 嘘だった。ワインで酔っぱらって、良い感じに判断力の低下した彼には、そんな事を看破できるほどの理性は既になかった。

 自分を尊大に見せたいだけの強がりだった。

「……何せ、ワシは神様じゃからな」

 メルクリアは神様を、きっと睨みつけて言う。

「あなた、ドラマツルギィの生き残りね? 何が神様よ。ここだって天界なんかじゃない。単なる“幻影イリュージョン”でしょ」

「はて? ドラマツルギィ? 何の事やら……」

「惚けないで!」

 メルクリアは右手を掲げた。

 すると、周囲の風景が一瞬にして変化する。

 広大に見えた空間は大きな酒場のフロア程度になる。壁や床、天井を覆うのは金属と石材を交ぜた様な白いブロックだった。

 天井には蒼白い魔法灯の明かりが並んでおり室内を照らし上げている。

「無詠唱での魔術第六級位“魔法解除ディスペルマジック”で、あの幻影を解くか……流石は大賢者。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ……」

「この島を取り囲む結界に直接干渉できる魔導コンソールは何処にあるの?」

「それ……教える必要があるのかのぅ?」

 神様はゆっくりとメルクリアに向かって近づく。

「……しかし、不遜じゃのう。不遜じゃ……神に歯向かうなど、不遜の極みよ」

 神様は懐から取り出した回転式弾倉魔導銃マギリボルバーを取り出し、その銃口をメルクリアに向けた。

「……そんな豆鉄砲で私を殺やれるとでも?」

「神様のワシとは違って、お主は人間なんじゃから当たれば死ぬ」

 メルクリアは、鼻を鳴らして肩をすくめる。

「やれやれ。あの女の子も言ってたわよね?」

「何がじゃ?」

 神様はメルクリアの問い掛けにきょとんとした表情で首を傾げる。

「……神殿にいる訳でもないのに、突然、神様の話をし出すのは、頭がおかしいって」

「ワシは正気じゃが、はて……」

「狂人はみんなそう言うわっ!」

 メルクリアは、右手を神様へと突き出す。

 すると、その掌から紫色のもうもうとした煙が噴出する。

 無詠唱魔術第三級位“毒霧ポイズンミスト

「ふぉっふぉっ。児戯じゃな……如何に大賢者の魔法とはいえ、無詠唱では威力もこんなものかの……」

 神様は毒素を含んだ霧の中で、平然と佇んでいる。

 確かに神様に害をなせるほどではない。

 しかし、目眩ましには充分だった。

 煙に包まれた神様の周りを駆けながら、メルクリアは呪文を詠唱し始める。

 それは大量破壊魔法、魔術第八級位“鏖しの大爆発カルネージエスプロジオーネ”であった。詠唱が完了した瞬間に、この部屋もろとも消し飛ぶ様な大破壊が完遂される。

「馬鹿な! 部屋ごと吹っ飛ばしたら結界が解けなくなってしまうぞ?!」

 メルクリアは、その言葉で、この部屋の中に結界を構築する術に直接干渉できる魔導コンソールがある事を悟る。

 しかし、そのまま呪文を詠唱し続けた。

 神様は慌てて銃を乱射する。彼にとってもコンソールの破壊は致命的だからだ。

 だが、六発の弾は煙を突き破り、それぞれ明後日の方向へ飛んでゆく。

 拳銃はただでさえ、動いている標的に当てるのは難しい。更に視界が利かないとなれば、至近距離でもほとんど当たる可能性はない。

 しかし、その銃弾が壁や天井に着弾する寸前だった。

 突然、くるりと向きを変えて、メルクリアにめがけて飛んでゆく。

「間抜けめが! この“神銃シュレーディンガー”の弾は命中する可能性がゼロではない限り、必ず命中する様になっているのじゃッ!! 死ねぇえええ、賢者よッ!! これは神罰じゃあああああひゃっはッは!!」

 螺旋の回転を帯びた六発の狂弾がメルクリアに向かって迫る。

 だが彼女は勝利を確信したかの様な、悠然とした態度でほくそ笑む。

「間抜けはお前よ」

 メルクリアは密やかに呪文の詠唱をキャンセルし、無詠唱で神聖術第六級位“射撃反射リフレクトショット”を無詠唱で使っていた。

 この魔法の効果は飛来する矢や銃弾を射手に向かって跳ね返す。

 六発の銃弾はメルクリアに当たる寸前で再びくるりと向きを変える。

 当然ながら“鏖しの大爆発カルネージエスプロジオーネ”はブラフだった。

 コンソールが巻き込まれて破壊される可能性を考慮して、初めから大きな威力の魔法など使うつもりなどなかった。

「なっ……何だとッ!!」

 弾丸が次々と神様の身体を穿つ。鮮血が跳ね上がり、神様の白い髭と衣を赤で濡らした。

 しかし、神様は、アンナの放った7,62㎜魔導弾を眉間に喰らっても平然としていたほどである。

 それより小さな拳銃の弾などではびくともしない。

「こんな、豆鉄砲でゴッドであるワシをキルする事はできんぞぉッ!!」

 血塗れの神様が吠える。

「なら、これはどうかしら?!」

 すでに消えかけた毒霧の向こうからメルクリアが突っ込んで来る。

 メルクリアは右手を伸ばし、神様の頭を鷲掴みにする。

「貴様、やめ……」

 そのまま膝蹴りをかましながら神様を押し倒す。

 床に頭を押し付けながら無詠唱の“魔弾マギバレット

 高い魔法防御を誇る神様であったが賢者の放つゼロ距離魔法は流石に受けきれない。

 完熟の果実の様に神様の頭は砕け散り、骨片と血肉が飛び散る。

 神様の頭部はバラバラになった。

「ふんっ」

 メルクリアは立ち上がり部屋を見渡す。そして、モノリスの輪の方へ向かう。

 その中央にあった椅子と、肘掛けの間にかけてあったテーブルの上に乗ったワインやつまみを見て顔をしかめる。

「本当にクソね。この神様」

 そういって、何も映っていないモノリスに右手をかざして呪文を唱える。

 すると、その表面におびただしい数字や魔導式が浮かびあがり、がこん、と音が鳴り響いた。

 モノリスの輪の左側の床に、腰丈程度の四角い石碑が浮かびあがった。

 天辺の面には、魔導文字ルーンの描かれたキーが並んでいる。

 それこそが、この結界に直接干渉できる魔導コンソールであった。

 メルクリアは、コンソールの元まで向かいキーを操作する。

 すると、コンソールの真上の虚空に数字と魔導式の羅列が浮かんでは消えて、最後に魔法陣が表れる。

 その魔法陣に向かって、結界の解除に必要な魔力を送り込む。

 それが終ると魔法陣は消え失せる。

 これで時空結界は消え失せ、転移魔法なども使用可能となった。

「ふう……流石の天才、私」

 メルクリアは額の汗を左手の甲でぬぐった。

 直後に彼女の背後で頭の砕け散った神様が音もなく起き上がった。

 すると、その首なしの影から太い触手がずるずると這い出る。

 触手はいったん天井すれすれまで伸びる。そのあと鞭の様にしなり、コンソールの前に立つメルクリアを薙ぎ払らう。

 不意を突かれたメルクリアは、壁際まで吹っ飛ばされて床に転がる。

「くっ……やっぱり、もう人間やめていたのね」

「それは違うぞい」

 どこからか、神様の声が聞こえた。

「ワシは最初から人間などではなく、なんじゃよ……ふぉっふぉっふぉっ」

 五千年前メルクリアによって壊滅に追い込まれた秘密結社ドラマツルギィ。

 空っぽになった組織を乗っ取り、彼らの活動を引き継いだのは異世界から召喚された邪神の生き残りであった。

「本当に鈍っているわね、私……」

 結界の解除に魔力を使ったために、もうあまり大きな魔法は使えなかった。

 しかし、彼女にはまだ必殺の奥の手が存在する。

「五千年前といい、お主は何時も我々の邪魔をしてくれる……それでも、ちゃんと眠ったお前が起きたときのために脚本テンプレを用意してやったというのに、それすら無視して二度寝をかますなど、呆れて物も言えん」

「人の運命をテンプレとやらに無理矢理当てはめようとする方がどうかしているわ」

 メルクリアは痛みを堪えてゆっくりと立ち上がる。

「……何を言っておる。波乱に満ちた人生よりも決められた筋書きにそって、決められた人生を歩んだ方がお主らも楽じゃろが」

「五月蝿い。そんなのは生きているって言わないッ! 私達は、お前らのくだらない物語の登場人物なんかじゃないッ!!」

「違うな。お主らは我々の人形なんじゃよ」

 触手がぬらりと動いた。

「良い歳して人形遊び?! 神様が聞いて呆れるッ!」

 メルクリアが右手を突きだす。奥の手を使おうとしたらしい。

 しかし、一瞬だけ遅かった。


「……そうじゃな。だから、お主にも、その人形遊びにつき合ってもらうぞい」




 (メルクリアさん、メルクリアさん)


 坑道内でレヴナント化したアンナ・ブットケライトを倒したアレックス・モッターは、眼鏡の魔導端末越しにメルクリアへと語りかける。

 しかし、返事はない。

 彼はアンナ戦のあと、しばらく休憩をとってメルクリアからの連絡を待った。

 しかし、いっこうに彼女からの返事がないので不安になり、自分の方から話かけてみた次第だった。

 坑道の壁に寄りかかりながら腰をおろし、アンナから奪い取った水筒に口をつけたその瞬間。

 頭上のラエルから神様の声が聞こえた。

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。さっきの戦い見事じゃったぞ? そして、ようやくスキルの使い方を理解したようじゃな……」

 アレックスは座ったままラエルを見上げる。

「ずいぶんと苦労したけど、ようやくね」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ……そうした探究もまた人生」

 アレックスの脳裏に何が一瞬だけ過る。

 それと同じ言葉をずっと昔に聞いた事があった様な気がしたからだ。

「……どうしたのじゃ?」

「いや、何も……」

 アレックスは、掴みそこねたその記憶の事を頭の片隅に置いておく事にした。

「……で、何の様だよ?」

 立ち上がり、銃形態のカリューケリオンをラエルに向けた。

 すると、再びラエル越しに神様の耳障りな笑い声が聞こえた。

 アレックスは訝りながら問う。

「何がおかしいんだよ?」

「いや、ずいぶんと勇ましくなったもんじゃな、と……」

「お陰様でね」

「人ひとり殺して肝が座ったか。……で、そんなお主に悪い知らせじゃよ」

「悪い知らせ?」

 アレックスは首を傾げる。

 すると神様はこう言った。


「先程、大賢者メルクリア・ユピテリオは、このゲームから退場した」


 アレックスの目が大きく見開かれる。

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