【20】蛇頭竜尾
アレックスは引き金をひくと共にカリューケリオンを盾形態にする。
今度は大盾が7,62㎜魔導弾を防ぎ、金属音と共に盛大な火花を散らした。
アンナがひらりとマスケット魔導銃の魔弾をかわし、ヘルダーMSR94を投げ捨てる。
そのままアレックスに向かって飛びかかった。
「うわああああぁッ!!」
アレックスはバカみたいに叫んで大盾を前方に掲げ、その後ろにうずくまる。
情けない姿だった。
そんな彼の醜態を目の当たりにしたアンナは嗜虐しぎゃくの笑みを浮かべる。
そして地面を蹴って、彼の頭上を飛び越えようとした。盾の背後から攻撃を仕掛けるつもりだった。
その瞬間だった。
空中に飛び上がったアンナの腹部を槍の穂先が貫いた。
アレックスがタイミングを見計らい、盾形態を槍形態へと変化させたのだ。
形態変化は一瞬で行われる。
つまり、もっともリーチの長い槍形態に変化させれば、その尖端は一瞬で伸びる。
それはアレックスが槍を突くよりも、銃弾よりも、ずっと速い。
そして、流石のレヴナントでも、一瞬の速さで伸びる槍の穂先をかわす事は出来なかった。
形態変化の後に穂先がどの位置に来るかは、最初に膝を撃たれ、盾形態から長槍にした時に何となくではあるが掴んでいた。半分は賭けの様な物であったが……。
「うごごごごォ……」
貫かれたアンナが、地面に腰を落としながら両手両足で槍を支えるアレックス目がけて、ずり落ちて来る。
「う、上手くいったけど……し……しぶといッ!!」
「フリャアアアァァアアンティイーヌゥウウウーッ!!」
凄絶な形相で血を吐きこぼしながら槍の柄を伝い、落下するアンナ。
アレックスはカリューケリオンを盾形態へと変化させ素早く頭上に掲げる。
アンナが大盾の上に落下した。
アレックスは彼女を振り落とし立ち上がる。
カリューケリオンをマスケット魔導銃にして、起き上がろうとしていたアンナの額にその銃口をつける。
彼女の動きが止まった。
「ごめん。後で生き返らせてもらうから」
「へ?」
アンナがきょとんとした表情で首を傾げる。
その瞬間、銃声が轟き、彼女の頭部が粉々に砕けた。
悪役令嬢のレヴナントは、動かなくなった。
アレックスは、そのまま力なくへたり込み天井を見上げる。
「勝てた……」
人生で何かに勝利出来たのは、これが初めての事かもしれない。
己の行為の残酷さは自覚していたが、嫌悪感や罪悪感は薄かった。
アレックスはしばしの間、勝利の余韻に浸った。
モノリスの中で、アンナの頭が粉々に砕けた瞬間、神様は「よしッ!」と言って握り拳を振るった。
そして、ご満悦な顔で干しぶどうを摘まみ、赤ワインで喉を潤す。
すると、その瞬間だった。
正面のモノリスの映像が切り替わる。
それは、この神様の潜む施設内を映し出したものだった。
そこには、死んだはずのメルクリア・ユピテリオの姿があった。
彼女は何処かの通路の途中にある部屋の前にいた。扉口に転がる奇怪な姿の死体を部屋の中に蹴り入れようとしている。
それを見た神様は、楽しそうに……そして、獰猛な微笑を浮かべながら呟く。
「やはり、あれは茶番じゃったのか……」
すると、床の上の椅子に座った彼の影が泡立ち、不気味に脈動した。
時間は少しだけ遡る――。
ラエルがバトルフィールドの北にある湖に潜った。
メルクリアも鷹からイルカに化けて、ラエルの後を追いかけた。
そして湖の湖底にあったトンネルを潜り抜ける。水面が見えて来たので顔を出すと、そこは天井の高い地下洞であった。
天井と壁は凹凸のある天然の岩であったが、床は金属と石を混ぜた様な材質の不思議な黒いブロックだった。
ラエルはその先へと飛んで行って、奥にあった十字路を右に曲がった。
メルクリアは元の姿に戻り、湖底のトンネルに繋がった水場から黒いブロックの上にあがる。
そして、その場で一回転すると、ずぶ濡れだったパジャマやナイトキャップが消え失せ、一瞬で灰色のマントと白いローブ姿に変化する。
裸足だった足元も膝丈のブーツで覆われていた。
「……おっと、眼鏡の再構成を忘れていた」
そう言って左手をこめかみにそえながら呪文を唱えると、銀縁の眼鏡が出現する。
因みにこの眼鏡は普通の眼鏡である。
メルクリアは、そのまま通路の奥へと進んだ。
そうして、しばらく迷路の様な地下空間をさ迷っていると、メルクリアはその扉の前に辿り着く。
そこは長い廊下の途中にあった。
聞き耳を立てて中に入る。本来なら感知系の魔法を使いたいところだ。
しかし、結界の解除にも大量の魔力を使うため、みだりに魔法を使う事ができない。
因みに扉に鍵はかかっていなかった。
中を慎重に覗き込むと、怪しい木箱や樽が並んでおり、今は使われていない部屋だった。
奥の壁にドラゴンを模した紋章のレリーフが飾られている。
ただし、その頭だけは普通の蛇である。
「“ドラマツルギィ”の紋章。やはり、奴らだったのね……」
“ドラマツルギィ”
それは自作自演で大衆を扇動、洗脳し、世界の歴史を裏から操ろうと試みる狂気の秘密結社であった。
当初の彼らは、様々な事象から副次的に利益を得る事だけが目的だった。
戦争や物価の操作、民俗や魔物の大移動など……。
時には高度な魔導知識を用いて疫病を振り撒き、自然災害や飢饉を人工的に造り上げたりもした。
しかし、次第に彼らは、その自作自演に作劇的なケレン味を求める様になっていった。
英雄の登場や奇跡の発現。偶然によって織り成される運命のいたずら……。
その傾向は、より過剰の方向に、どんどんとエスカレートしていった。
次第に利益は度外視され、彼らは世界の全てを自分達の思い描く“素晴らしい物語”の筋道に沿わせる事に腐心し始める。
その結果、五千年前、彼らが用意した勇者に倒されるためだけに異世界から呼び出された、邪神達により世界は一度だけ滅びかけた。
邪神達の力があまりにも強大だったため、ドラマツルギィが用意した勇者が敗北してしまったのだ。
その後始末をしたのが、かの大賢者メルクリア・ユピテリオであったという訳だった。
「……まだ生き残りがいたのね。邪神と共に殲滅させたと思っていたけれど……」
と、そこで彼女の脳裏にアレックスの声が聞こえて来た。
( 何よ?)
(何よ、じゃねーよ!)
彼の呆れ顔が目に浮かび、メルクリアは何だかおかしくて少しだけ笑ってしまった。
アレックスと念話をかわしながら部屋の外に出る。すると……。
(ごめん。本当に忙しくなって来たからまた後で)
(ちょっ、じゃあどうすれば……)
(スキルで何とかしなさい。じゃあ頑張ってね)
強引にアレックスとの念話を打ち切り、ぎこちなく微笑むメルクリア。
「あら、こんにちわ」
「じゅる……じゅる……」
部屋を出たところで頭足類と爬虫類を混ぜた様な二足歩行の生き物と遭遇する。
メルクリアが五千年前に倒した邪神の眷属であった。
扉口で鉢合わせた瞬間、口元から垂れた蛸足の様な触手が鞭の様にしなり、メルクリアを打ち付けた。
「きゃっ……」
再びメルクリアは室内の中へと吹っ飛ばされる。
「くっ……魔力ケチらないで猫か何かに化けとけばよかった」
「じゅる……じゅる……」
その邪神の眷属は、ぬらぬらとした足取りで室内に入って来ると、扉の左脇にあったレバーに水掻きのある手を伸ばす。
レバーには五千年前の古代語で“警報スイッチ”とあった。
「させないっ!」
メルクリアはすぐに起き上がり、片膝を立てて右手を伸ばす。
無詠唱で魔術第三級位“疾風の
すると、レバーを下ろす寸前だった邪神の眷属の腕が彼女の右手から放たれたカマイタチによって千切れ飛ぶ。
無詠唱なために威力はかなり減衰していたが、それでも充分であった。
「うじゅるうぅうーっ!」
邪神の眷属は粘液の吹き出る右手の断面を眺めながら触手を蠢かせ大きく目を見開いた。
メルクリアは素早く呪文を唱える。
魔術第一級位“
彼女の右手から、青白い光弾が発射される。
それは邪神の眷属の頭部を穿ち、破壊した。
「うじゅ……う、う……」
肉片と体液を撒き散らし、邪神の眷属は床に沈み込む。
メルクリアは扉口に転がる異形の死体を跨いで廊下に出る。それから、その死体を部屋の中に蹴り押して入れると、扉を閉めた。
「……やっぱり、五千年振りだと、ちょっと、まだ鈍っているわね」
そう独り言ちて慎重に廊下を進んだ。
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