【19】死んでも治らない


 それは大魔王がアンナ・ブットケライトを倒した直後の事だった。

「このまま殺すのは、惜しいな……」

 ギーガーはそのまま死霊術第八級位“邪悪なる蘇生ダークリヴァイブ”の呪文を唱えた。

 この魔法は、死者を上位アンデッドとして蘇らせる。

 呪文を唱え終わり魔法が効果を発揮すると、アンナは両手を突いて上半身を起こした。

 殺意の籠った目でギーガーを見上げる。

「あなた……何で……わたし……」

 一回、死ぬ事によって少しだけ正気に戻っていた。

 ギーガーは、そんな彼女に告げる。

「お前は死んだ。我に殺され、そして蘇った。永遠の生命を持つレヴナントに……」

「レヴナント……永遠の命……」

 地面に座り込んだまま、自らの両手をしげしげと見詰めるアンナ。

「もしも、我が軍門に下るのならば、お前の想い人も生き返らせてやろう。永遠の命を持ったレヴナントとして……」

「想い人……フランティーヌ」

 アンナは大魔王を見上げて問う。

「フランティーヌは本当に蘇るの?」

「ああ。髪の毛一本あれば、我の魔力で容易くな」

 その答えを耳にした途端、アンナは即答する。

「ええ。このアンナ・ブットケライト、あなた様の軍門に下りましょう……」

 ひざまずき、深々と頭こうべを垂れる悪役令嬢。

 しかし、その面おもては、だらしなく弛緩しきっていた。

 またフランティーヌの嫌がる顔が見れる……また彼女に嫌がらせが出来る。

 そう思うと身震いがした。

 神様への報復は一応、忘れてはいなかった。だがそれはフランティーヌが復活したあとでも充分だ。

「ところで、訊きたい事があるのだが……」

「は、何でしょう」

 アンナはまるで十年来の忠臣の様な顔で大魔王を見上げた。

 どうやらすっかり、悪の配下にクラスチェンジしたらしい。

 内心でギーガーは、こいつ変わり身が早いなと若干引いていた。しかし魔王なので、そんな事は表情に出さない。

 とりあえず咳払いをひとつする。

「……あのガンブレードの男を何処かで見なかったか?」

「それなら、この先の台地の上で見ました」

「ふむ。ならば、これからそいつを討ちに行く」

「奴はかなりの手練れ。お供いたしましょうか?」

 ギーガーは首を振る。

「いや。お前は、この坑道に張って、通りかかる奴を討て。我の戦いを誰にも邪魔させるな」

「御意」

 アンナは愛銃を拾い動作を確認する。弾は残り四発。

「……では、ここの守りは任せたぞ」

「行ってらっしゃいませ。御主人様」

 その言葉を背に大魔王は悠然とその場を後にした。


 その姿を見送ったあと、レヴナントのアンナは……。

「うふふふ……」

 フランティーヌの死体に近づく。

 死に顔を眺めてうっとりとする。

 そして……。

「髪の毛一本あれば復活出来るなら、ちょっとぐらい良いよねぇ……?」

 トロけきった顔で、犬の様に這いつくばり、ちょっとだけをし始めた。

「あぁ……美味しい……美味しいぃい、フランティーヌ……ヒロインって、味も最高なのね」

 変態は死んでも治らない。いや、もっと悪化していた――




 ――銃声が轟く。

「カリューケリオン! 戻れえええええっ!」

 長杖がぐるぐる回転しながら舞う。

 そして彼と弾道を結ぶ直線上で風車の様に回転し、7,62㎜魔導弾を弾き返す。続いてアレックスの手の中に戻った。

 アンナが突っ込んで来る。

「糞っ、ここで死んでたまるかッ!」

 カリューケリオンが、今度は燧発すいはつ式マスケット魔導銃に変化する。

 ただし、このマスケット魔導銃は通常のものとは違い弾込めの必要がない。魔力の塊を直接射出できる特殊な物だ。

 アレックスは咄嗟に引き金をひいた。

 すると、魔石のついた撃鉄が当り金を叩き押し倒す。同時に火蓋が開き、薬室内で爆発が起こった。

 銃口から青白い魔力の光弾がアンナに向かって飛んで行く。

 しかし……。

「嘘?!」

 アンナの姿が消える。

 レヴナントとして強化された脅威的な身体能力と動体視力。そもそもアレックスは射撃の素人である。当たる訳がない。

 アンナは再び天井に左手一本でぶら下がる。

 そして、飛び降りながらボルトを前後させ排莢と装填。

 着地と共にアレックスの頭部に銃口を向けた。

「カリューケリオンッ!!」

 マスケット魔導銃が一瞬で大盾に変化する。アレックスは頭部を守った。

 銃声。

 その大盾は高い魔法防御と物理防御を誇り、7,62㎜クラスの弾丸ならば簡単に防げる……はずだった。

「うおぁあッ!!」

 苦痛と衝撃による悲鳴。

 アレックスは尻餅を突く。

 膝をぶち抜かれたのだ。目線と銃口の向きによるフェイントである。

「糞っ……」

 アンナがボルトを前後させた。排出された空薬莢が地面に跳ねる。

 そのまま銃を構え、ゆっくりとアレックスへと近づいて来る。

 アレックスは“大いなる癒しフルヒール”の魔法を唱えた。

 膝の傷が見る見るうちに完治する。

 しかし、アレックスは気がつく。

 魔法を使うには呪文を唱えなければならないのと、再び魔法を使うには記録映像を見なければならない。

 映像事態は数秒で終わるが、そこから更に呪文を唱えるとなると結構な時間を要する。

 おまけに映像を見ている間は、視界が悪くなるのも危険だ。

 このスキル、思ったよりも万能じゃない。

 考えて使う魔法を選んでいかなければならない。

 そしてアレックスは、次に致命傷を受けたらかなりやばい事に気がつき愕然とする。きっと敵は映像を見て、呪文を詠む隙を与えてはくれないだろう。

「やっぱり外れスキルだろこれ……」

 自嘲気味に笑いながら、もっともリーチのある槍形態にしたカリューケリオンの石突きを地面に突いて立ち上がる。

 アンナが少し離れた位置で立ち止まる。銃口は相変わらずアレックスに向いていた。

 ヘルダーMSR94の弾倉に残る弾数などアレックスには知るよしもない事だ。

 しかし、最低でもあと一発は撃てる。それは彼にもわかった。


 ……全部、弾を撃たせれば。


 そのとき、相手は銃を棄てて飛びかかって来るはずだ。それが恐らく唯一の勝機。

 しかし武器を振るったところでかわされてしまうだろう。

 何せアンナは銃弾すらかわしてしまうのだから……。

 だが、アレックスは腹をくくる。

 どうせ死ぬならやるだけやってみよう、と……。

 これまでの便所の蛞蝓の様な人生。

 そして、死んでも生き返るチャンスがあるという事実が、平凡な彼の精神を勇者のそれに変えた。

「こっ……来いよ、化け物」

 吐き気をもよおすほどの緊張感を堪えながら、精一杯に強がる。

 アレックスはカリューケリオンをマスケット魔導銃に変化させた。

 アレックスは引き金をひいた。

 同時にアンナの構えるヘルダーMSR94も銃声を轟かせた。



「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ……思ったより面白そうな勝負になっておるのぉ……しかし、こいつ、何時の間にスキルを……まあ、これで打ち止めじゃが」

 神様は、まだ眼鏡の効果を知らない。

 なのでメルクリアが遺跡を吹っ飛ばして、ラエルが来るまでの間に彼女から使用法を教えてもらい、“大いなる癒し《フルヒール》”をコピーさせてもらったのだろうと思い込んだ。

 この神様、アルコールにより判断力が低下しているのだ。

 神様はワイングラスを右手で回しながら、外れスキル男VS悪役令嬢レヴナントの様子を映し出すモノリスを注視する。

 戦いは佳境を向かえようとしていた。

「だが……ヘルダーMSR94の弾はあと一発。それを凌いだとて、お主の勝機は薄いぞい。クソ雑魚キモ根暗……さて、どうするかの?」


 そして、モノリスの中で向き合う、アレックスとアンナがほぼ同時に引き金をひいた。


















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