【18】それぞれの局面(後編)
大魔王VSパーティ追放者の勝負がそろそろ決着に差し掛かった頃、バトルフィールドの縁を歩いていたミラは、それを発見する。
「あれは……」
縁のぎりぎりの場所に、ミラの身長くらいはありそうな岩があり、そこに剣が突き刺さっていた。
きらびやかな装飾で、如何にも魔法の武器といった感じだった。
「やった……剣だ!」
子供らしい無邪気さで、ミラはその岩に飛び乗り、剣をあっさりと引っこ抜いた。
ミラの体格だと少し刀身が長めだが、棒切れの様に軽く片手で振るえた。
「切れ味は……っと」
ミラはぴょんと飛び降りて、そのまま岩に剣を振るった。
すると、その瞬間、岩がまるでプティングの様に真っ二つになる。
「すご……」
ミラは口元に手を当てたまま目を見開き、剣を掲げて満面の笑顔で言い放つ。
「やったー!! これで、あいつを殺せるー!!」
その光景をモノリス越しに見ていた神様は、目を細めて繰り返し頷く。
「……その剣は、カリューケリオンと同じく、
そう言って神様は、椅子を回転させ、その大魔王とパーティ追放者の戦いの様子を映したモノリスへと目線を向けた。
闇の流星群によって行われた破壊は広範囲に及んだ。
かつて坑道の入り口のあった塚は完全に崩れさって、わずかに土くれが盛り上がっているだけだった。
坑道の入り口も埋まってしまっている。
そして、その周辺の土地にあった物は、すべてが消しとんでいた。
ギーガーの“炎の息ファイアブレス”で燃え広がりつつあった森林火災も収まっている。
すべては暗黒の力である。
ギーガーはゆっくりと、かつて塚のあった場所に降り立つ。
「……さしものカイン・オーコナーも、これではひとたまりもあるまい」
ようやく、勇者パーティの凶刃に倒れた配下達を弔う事が出来た……。
ようやく自らは強き主君であると、証明する事が出来た……。
ギーガーは感慨深げに空を見上げた。
その瞬間だった。
「勝手に終わった気でいるんじゃねえよ」
大魔王の背後の地面が盛り上がる。
そこから勢い良く飛び出して来たのは、もちろんカイン・オーコナーである。
彼は流星群を剣で対処しきれなくなったあと、あらかじめ調合してあった魔法防御を極限にまで高めるポーションを飲んで凌いだのだ。
彼ほどの“
ギーガーが振り向くより早く間合いを詰めて、肩からはえた翼をカネサダM892と、祓闇ふつやみの剣で切り裂く。
「くっ 貴様……」
「これでもう、蝶々みてーにヒラヒラ舞えねーぞ? ……いひひひっ」
ギーガーは何とか飛び退いて距離を取ろうとする。
しかし、すぐにカインが武器を握りしめた両手を翼の様に拡げて間合いを詰める。
「殺処分の時間だぜぇ、大魔王ッ!」
カインはカネサダM892で、ギーガーの胴を横に斬りつけながら発砲。
魔剣カネサダがギーガーの硬い外殻を切り裂き、そこに44―40マレキフィウム弾がぶちこまれる。
「うごぉッ!!」
さしもの魔王も苦痛に顔を歪める。そして、カインは駒の様に回転しながらスピンコッキング。更に左手の祓闇の剣で再びギーガーの胴を横に薙ぐ。
そして、左右の刃で魔王の両腕を肩口から斬り落とした。
「貴様ぁあああああ!!」
ギーガーがたたらを踏んで大きく息を吸い込もうとした。
“炎の
「させねえよッ!」
カインはカネサダM892でギーガーの喉を突いた。そして発砲。
カネサダの刃を抜きながら、入れ替わりに祓闇の剣で腹を突き刺す。
「いひひひッ……死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇッ!!!」
その後も黒コートをなびかせて、華麗に舞い踊るかの様に、刃と銃弾をギーガーへと叩き込んでゆく。
十四の斬撃と刺突。
銃撃も合わせれば、その数は十八連撃――。
「くたばれッ!」
十九連撃目の銃弾を至近距離で眉間にぶちこまれ、ギーガーは吹っ飛んで、背中を地面に打ちつけた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
カインも息を荒げて右膝を地面に突く。
彼もまた、あの“全てを喰らう
祓闇の剣を地面に突き刺しながら立ち上がり、ふらふらとおぼつかない足取りで倒れたままの大魔王の元へ向かう。
「まさか……これほど……とは、カイン・オーコナー……“
ギーガーは虚ろな眼差しで自らの顔を覗き込むカインの事を見上げながら呟く。
「お前のその角、もらうぜ」
カインはそう言って、カネサダを振り下ろす。ギーガーの角を一本叩き折り、コートのポケットに突っ込んだ。
代わりに懐から爆弾を取り出す。
そこでギーガーが口を開いた。
「……わ……我が消えても……この世界から……争いはなくならぬ……我を……倒したとて……人の世に真の平穏など……」
「そんな事はわかっている。オレ様もバカじゃあないんでね……ぎひひひ」
「では、なぜ……」
ギーガーは、その問いを最後まで発する事が出来なかった。
カインが彼の口に爆弾を突っ込んでふさいだからだ。
ギーガーは爆弾を吐き出そうとする。
しかし、カインが右足を振り上げ、爆弾を踵で踏みつけて押し込んだ。
「その質問の答えは、『お前がこの世から消えるのが、最善だから』だ。……いひっ」
カインはそう言い残して背を向けて立ち去る。
彼が遠ざかった頃、どうにか爆弾を吐き出したギーガーだったが、そこまでだった。
轟音が轟き爆風と閃光。
黒煙が立ち込める。
こうして、大魔王ギーガーは爆散した。
しかし……。
その粉々になった彼の肉片が蠢き、一ヶ所に集まり出す。
最後の
天井にぶらさがったまま、血塗れの口元を歪める悪役令嬢。
「うわあああああッ……!!」
大声を上げて来た道を駆け出すアレックス。
アンナが天井から飛び降りて、追ってくる。すぐに追いつかれそうだ。
アレックスの肩にアンナの左手が、かかろうとしたそのときだった。
「カリューケリオン!!」
アレックスが叫んだ。
するとカリューケリオンがするりと彼の右手から抜けて、一瞬で鮫のぬいぐるみとなる。
カリューケリオンは六つの姿に変形できる。鮫形態は自律行動オートモードして使用者を守護してくれる。
そのまま、鮫は鋭い牙をむき出しにして、アンナの左手に噛みついた。
アンナは立ち止まり、ヘルダーMSR94をくるりと回転させて、ストックで宙に浮かぶ鮫に殴りかかった。
鮫はぶん殴られて壁際までふっ飛ぶも、すぐに急旋回して再びアンナへと襲いかかる。
しばらく鮫VSアンナ・ブットケライトの攻防が繰り広げられる。
距離を取って、その様子を眺めながらアレックスは眼鏡越しにメルクリアへと呼びかける。
(メルクリアさん! メルクリアさん!)
(何、慌てて)
(ごめん。それより、あの魔導狙撃銃を持った女の人が天井に片手でぶらさがってて……それで、それで……あ、あの杖、やっぱり凄いね……あははは。鮫になって勝手に戦ってるよ。うはははっ、もう杖があれば俺、いらないんじゃないのかな……うひひひ)
取り乱し過ぎて一周回り、逆に笑い出すアレックス。
メルクリアは、ちょっと引きながら嘆息する。
(落ち着きなさい。笑ってないで情況を説明して! 女の人が天井にぶらさがっていたって何?)
アレックスは天井にぶらさがったアンナに狙撃された事や、その彼女の様子を出来る限り詳細に伝えた。
(それは多分、レヴナントね)
(レヴナント?!)
(上位のアンデッドよ。ゾンビとは違い生前の意思や記憶を持ち、圧倒的な身体能力を誇る。厄介なのは吸血鬼と違って日の光の下を歩けるって事ね)
(死んで蘇ったの?)
(多分、参加者の誰かが、彼女を殺した後で魔法で蘇らせたのね)
(どうしよう……これ)
返事がない。
(メルクリアさん?)
(ごめん。今、こっちも取り込み中)
と、返事があってからすぐに……。
(あ、取り込み中って、別にエッチな事じゃないんだからねっ?)
(苦手な上に脈絡のない下ネタをちょくちょく挟んでくるの本当に何なの?!)
(ごめん。苦手は克服しなきゃって、前々から思ってて……)
(真面目か! 今は良いよ、そんな事!)
(ごめん。本当に忙しくなって来たからまた後で)
(ちょっ、じゃあどうすれば……)
(スキルで何とかしなさい。じゃあ頑張ってね)
「スキルか……」
確かにこの眼鏡さえあれば、レブナントを倒せるかもしれない。
鮫が時間を稼いでいる隙に何とか……。
アレックスは、メルクリアに教えてもらった合い言葉を頭に思い浮かべて眼鏡に記録されている第八級位魔法の映像を検索する。
すると、視界の右端に映像記録の
「駄目だ。これも駄目だ……何だよ、これ?!」
何故なら、それらはすべて最初にメルクリアが見せた様な大量破壊魔法ばかりだった。
そんなものを使ったら、この坑道自体が崩れて生き埋めになってしまう。
「何で、こんなに、どっかーん、ばっきーん! みたいな魔法の映像しかないんだよ!」
しかし、えてして最強魔法とは、そういった物である。
しかも、映像記録の
中には使える魔法もあるのかもしれないが数が多く、しかも表示されている魔法の名前だけでは効果が良くわからない物も多くある。
幸いにも神聖術“大いなる癒し《フルヒール》” を見つけた。これで怪我をしても安心だが……。
とりあえず映像を再生する。映像の背景――つまり本来の風景が透けているため、視界は悪いが見えないというほどではなかった。
呪文は何時でも唱えられる様に、視界の左端に表示させておく。
と、そこで銃声が轟く。
アンナが正面から飛びかかって来た鮫の腹を銃口で突き上げて発砲したのだ。
鮫の背中がはぜて中身の綿が飛び散る。
「えぇ……」
アレックスが目を見開く。
鮫は地面に転がったまま動かない。
「おい! カリューケリオン! どうした?!」
鮫は動かない。
そして長杖形態に戻る。
アンナがげらげらと笑いながらヘルダーMSR94のボルトを前後させ、排莢と装填。
ストックを肩に当てて、アレックスに狙いを定める。
「カリューケリオン! 戻れえええええっ!」
その叫び声と同時に銃声が鳴り響いた。
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