【17】それぞれの局面(前編)
「それにしても……壮絶な殺し合いじゃったの。ワシが見たかったのは、まさにこれなんじゃよ」
神様は魔王VS婚約破棄ヒロイン&悪役令嬢の戦いを思いだしながら、赤ら顔でだらしなく笑った。
そして、大魔王とパーティ追放者が対峙するモノリスを見つめて苦笑する。
「しかし、賢者があっけなく死に、ここでもまた本命同士の潰し合いとは……これは、まだまだわからんの。実力では一枚劣るおっさんの娘にも充分に勝機はある」
そのミラはというと、今、北東の区域にいた。
そこは一面、低木と野草が生い茂る原っぱだった。
彼女はその原っぱを北東へ北東へと歩いて行く。もう少しで、この空間の縁に辿り着く事だろう。
「そこには、このゲームでワシが用意した最強の武器の入手ポイントがあるの……それがあれば、おっさんの娘も魔王とパーティ追放者に匹敵する力を得られる……ふぉっふぉっふぉっふぉ」
更に神様は、アレックスを映したモノリスへと目線を向けた。
するとアレックスは、墓地の東に連なる台地の岩壁に空いた坑道の入り口を見つける。
彼は坑道が台地の上と繋がっている事を知らない。
ゆえに坑道の中で身を潜めるつもりだったのかもしれない。
キョロキョロと周囲を見渡して、坑道の入り口へと入って行った。
それを見た神様は「うぷぷ」と吹き出す。
「その坑道には……うぷぷぷぷ」
そうして、ワインをひと口飲んで悪魔の様に微笑む。
「……こいつ死んだな」
「……そろそろ、水と食料を確保しないと」
アレックスはカリューケリオンを突きながら、坂になった坑道を登る。
そうして、しばらくすると、緩やかに坑道は右へと曲がり始める。
そのカーブの先だった。
床に転がるそれが目に映る。
「うっ……」
襤褸布ぼろきれの塊の様に見えたそれは、婚約破棄ヒロインであるフランティーヌ・イッテンバッハの死体だった。
右腕がちぎれ、腹に大きな穴が空いていた。
そして、ところどころにまるで野生の動物か何かの噛み痕の様な傷があった。
「酷いな……」
アレックスは彼女の死体の傍らに立って、口元を押さえながら呟く。
そして、メルクリアに語りかける。
(メルクリアさん……ひとり死んでる。あの囚人服の女の人)
しばらく立って返事が来た。
(死後、どれくらい経ってるか教えて……)
(わからないよ、そんな事……。いや。でも、それほど、経っていない気がする……まだ血が乾ききってなくて生々しい)
そこでアレックスはオエと、嘔吐えずいたあと、メルクリアに問うた。
(ねえ)
(何? アレックス君)
(あと二十四時間経ったら、この女の人は復活出来なくなるんだよね?)
(そうね……)
メルクリアが答える。
因みに死者を蘇生させる“死者の
アレックスにはスキルがあったとしても使えない。
ともあれ、考えるまでもなく彼女もまた、このゲームの理不尽な犠牲者なのだ。
そう思うと胸が少し傷んだ。
常人とは少しずれた感性を持つメルクリアも、そんな心情を流石に察したらしい。
(大丈夫よ。アレックス君)
(メルクリアさん……)
(大天才の私が何とかするから)
(……うん)
迷ったのちに、そう返事を返したアレックスであったが、同時にこのまま彼女に任せっぱなしで良いのだろうか、という罪悪感も込み上げて来る。
(……さてと。死人が出てるとなると、少しだけ急がないとね。なるべくなら全員を救いたい)
そのメルクリアからの言葉が表示された瞬間だった。
突然、坑道全体が大きく揺れた。
台地の上で既に始まっていた魔王とパーティ追放者の戦いの余波である。
「おおっと……」
アレックスが右側によろめいた。
同時に真上で銃声がして彼の左肩すれすれを7,62㎜魔導弾が通過し地面を貫く。
それは殺意もなければ気配もない。
まさに必殺必中の一撃のはずだった。幸運な偶然がなければ、アレックスの命はここで尽きていた事だろう。
アレックスは驚いて天井を見上げた。
すると、天井のわずかな凹凸に左手の指をかけてぶら下がりながら、ヘルダーMSR94を片手で構えるアンナ・ブットケライトの姿があった。
「なっ……何だ?!」
彼女の両目は赤くぼんやりと輝いていた。
そして口の回りは、まるで生肉でも貪ったかの様に血塗れになっている。
彼女はまるで、野獣の様に犬歯をむき出しにして唸り声を上げたあと、人間の様に不敵な笑みを浮かべた。
その少し前――。
台地の上にある、森に囲まれた円形の土地では魔王VSパーティ追放者が戦闘開始した。
「いひひひひ……」
カイン・オーコナーが狂笑と共に駆け出した。
そのままスピンコッキングを繰り返し、カネサダM892を乱射しながら、塚の斜面に空いた坑道の入り口前で佇む大魔王へと突撃する。
「そのような豆鉄砲など効かぬぞ!」
ギーガーは飛来する弾丸を次々と叩き落としてゆく。
「……ならば、こいつはどうだ?」
それはカインが大魔王のすぐ目の前まで迫ったのと同時だった。
何を思ったのか突然、右手のカネサダM892を高々と放り投げた。
「おらっ!」
ほぼ同時に左手に持った片手剣――祓闇の剣を横に薙ぎ、大魔王の首を狙う。
「馬鹿が! 動作が大き過ぎるわッ!!」
ギーガーは最小限の動きで半歩後ろに下がり、上半身を反らせてその攻撃をかわす。
同時に息を吸い込み、上体を戻すと共に、
「喰らえッ!!」
“炎の
業火がうねり、駆け抜け、カインの姿が灼熱の中に消える。
炎は扇型に広がり、円形の土地の周囲に生えた森の木々を燃やす。
かなり広範囲に燃え移り、大規模な森林火災になりそうだった。
しかし、カインの姿は何処にも見当たらない。
「何?!」
「ここだよ、ひひっ」
ギーガーは空を仰いだ。
すると、カインは高々とジャンプしていて大魔王の頭上を飛び越えるところだった。
そしてコートの内側に右手を突っ込み、何かを掴み出して、それを大魔王の足元に落とした。
それは、青白く光る呪文が刻まれた林檎ほどの黒い球体であった。
カインは黒いコートを翼の様にはためかせ、そのまま大魔王の背後にある塚の頂上に着地する。
そして、右手を上げて落下してきたカネサダM892をキャッチした。
ギーガーはカインの方を振り向いて問うた。
「何だこれは?」
「爆弾だ」
そう言ってカインは塚の裏手へと滑り降りる。その瞬間、彼が落とした黒い球体から青白い閃光がほとばしり、爆風が巻き起こる。
それは彼が錬金術で精製した手投げ式の爆弾だった。
カインほどの使い手となると、錬金術で適当なアイテムを適当に合成し、爆弾を作れる様になる。
一流の剣術、射撃のみならず、そんなどうでもいい感じのノリで威力のある爆弾を精製できてしまう彼の強さを、人は“
「ひひひっ……」
カインは再び塚の頂上に登る。
南から吹く風が爆煙を押し流す。
坑道の入り口は爆発で崩れていた。
そして……。
「今のは、けっこう効いたぞ?」
今度はカインが見上げる番だった。
塚の遥か上空には、大魔王ギーガーが浮いていた。
着ていた闇の衣は爆発でズタボロになり、全身を包む甲冑の様な外殻がむき出しになたていた。
両肩から突き出ていた角が翼に変化しており、それをはためかせながら、悠然とカインを見下ろしている。
全身に爆発で受けた傷はあったが、まだ致命傷には遠い様だ。
カインは舌を打つ。
「てめえ……気に食わねえ。見下ろしてんじゃあねえよ」
カネサダM892を乱射する。
しかし、ギーガーはヒラヒラとその銃弾をかわしながらほくそ笑む。
「次は此方から行くぞ!」
ギーガーが両手を振り上げ、呪文を詠唱し始める。
その両手に膨大な暗黒のエネルギーが集積してゆく。やがて、それは巨大な暗黒の球体となった。
「畜生。あれは流石に不味い」
ここに来て初めてカインの顔に焦りの色が浮かぶ。
「喰らえ! 闇術第八級位“全てを喰らう
ギーガーが地面に両腕を叩きつける様に振り下ろした。
その瞬間、膨れ上がった闇色の球体は空中ではぜて、幾千、幾万もの黒き流星群となった。
カインは落下してくる黒き流星を剣ではじき返そうとする。
「クソッ! クソッ! クソッ!」
一発、二発、三発、四発……カインは超高速で二刀を振り回し、受けて、はじき、黒い流星を切り伏せ続ける。
やがて、彼の姿が舞い上がる土埃の中に消える。
闇の流星はそのまま大地を穿ち、塚の周囲に広がる森の木々をへし折り薙ぎ倒してゆく。
轟音と共に台地全体が揺れ動いた。
丁度その頃、おっさんの娘ミラ・レブナンは草原を北東へと向かっていた。
武器を探すという目的もあったが、この自分が今いる場所は何なのか、何処かにある孤島なのか、こうして真っ直ぐ進めば、町や村があるのか……それが知りたくなったのだ。
こういった彼女の探求心の強さは、養父であるルークからの影響が強い。
ともあれ、その途中、小さな小屋があり、そこにバックパックを見つけた。中はミラには必要のない銃弾と水と食料だった。
小屋でひと休みした後で、再び北東を目指してひたすらに人外の速度で駆け続ける。
そうして、ミラはついに、このバトルフィールドの縁に辿り着く。
そこは切り立った断崖だった。
見下ろすと遥か下方には波間が見えた。豆粒より小さく見える海鳥の群れが飛んでいる。
どうやら、この場所は何処かの海洋に浮かぶ飛行島らしい。
「ふわーっ……」
このゲームに参加してから、ずっとささくれていた心が少しだけ洗われた気がした。
しばらく、その絶景を眺めていると正面から巨大なロック鳥が彼女へと真っ直ぐ近づいて来るではないか。
どうやら、ミラを餌だと認定したらしい。
「むっ!」
ミラは身構え、きっ、とロック鳥を見据えて拳を構える。
ロック鳥はみるみる近づいて来る。
そうして、ミラのいる飛行島まであと少しという所で……。
がつん。
鈍い音がして、ロック鳥は突然、真下の海へと落っこちていった。
まるで透明な壁にぶつかったかの様に……。
見れば、縁から手を伸ばして指先が触れるくらいの場所にロック鳥のものと思われる血痕が浮いていた。
「透明な、壁?」
ミラは首を傾げ、しばらく唖然とした後に、東周りに縁を歩き始めた。
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