【14】光と闇


 油紙に包まれた保存食を一気に頬張ったあと、アンナは革の水袋を手渡され、それで喉を潤す。

「……いや、しかし、知ってる顔がいるだなんてびっくりしたー!」

 フランティーヌがトロッコに背をもたれたまま膝を立て屈託なく笑う。アンナは、そんな彼女を眺めて、すぐに納得する。

 自分が婚約破棄騒動の黒幕である事を彼女はまだ知らないのだと……。

 だから、こうして親しげな態度でいられる。

「……ああ。あなた、まだ知らないのね……」

「あ? 何が」

「……いいえ。何でも」

 ここで自分がすべての黒幕だと明かして、彼女がどんな顔をするのか見てみたいという猛烈な欲求にかられたが、もう少し我慢する事にした。

 彼女に向かって自分の正体をばらすのはここではない。

 この、あらがい難い欲求に耐えて、耐えて、耐えて、我慢できなくて気が狂いそうになった最後の瞬間にぶちまける。

 それこそが至高の快楽……。

 そのときフランティーヌが、どんな顔になるのだろうと想像するだけで、アンナの脊髄せきずいに甘い痺れが走る。

 彼女は、ドSが一周回ってMになりかけていた。

「……それより、あなた凄い返り血だけれども」

「これか?」 

 それはゾンビの群れと戦ったときの

汚れだった。

「……怪我とかはない?」

「ああ……大丈夫。あたしの血じゃないから」

 それから、ゾンビ軍団を素手でぶちのめした話を聞かされたアンナは顔を大きく引きつらせる。

「すっごく、怖かったんだから」

「そ……そう」

 怖かったといいつつも、腐った死体を返り血まみれになりながらぶちのめすあなたが怖い……と、思ったアンナだった。

 その微妙な表情を勘違いしたらしいフランティーヌが、

「ああ。心配してくれて、ありがとな……」

「ええ。その、まあ……」

 素直に礼を言われて少し戸惑うアンナだった。

「そういえば、他の連中には会ったのか?」

「ええ。あのガンブレードの黒コートと木刀の女の子が外の森で戦ってたわ。どっちも、相当な使い手よ……要注意ね」

 そう言って、悪魔の石像ガーゴイルの群れが飛来した顛末をフランティーヌに聞かせた。

「……そうか。戦ってたって事は、少なくとも、その二人はこのクソゲーに参加する気があるのかもな……」

「そうかもね」

「お前は、どうなんだ……?」

 探る様な眼差しでアンナを見上げるフランティーヌ。

「……もちろん」

 アンナは虚空のラエルに銃口を向け、スコープを覗き見ながら質問に答える。

「わたしの成すべき事は決まっているわ」

 神殺し。

 いきなり神様へと銃弾をぶちこんだ彼女の所業を思い出し、フランティーヌは何となくではあるがその意図を悟った。

「へへっ。だよなぁ……よっ、と」

 フランティーヌは立ち上がる。

 そうして、麻のバックパックをアンナに手渡す。

「これ、お前が背負ってくれ。あたしは両手がこのザマ・・・・だから、担ぐ事ができねーし」

「わかったわ」

 アンナはバックパックを受けとる。

「そういや、その中に銃弾が入っていたけど……二種類」

「本当? それは僥倖ぎょうこうね」

 アンナが確認すると、ひとつは彼女の愛銃であるヘルダーMSR94でも使用している7,62㎜魔導弾が十発。

 もうひとつは魔導騎兵銃でよく使用されている44―40マレキフィウム弾が十四発であった。

「……使えそうね。今、弾を弾倉に補充するからちょっと待ってて頂戴ちょうだい」

「そりゃ、良かった……へへっ」

 と、まるで少年の様に笑うフランティーヌだった。

 そこでアンナがふと笑う。

「何?」

 そのフランティーヌの問いに、アンナは手を動かしながら答える。

「あなたが、こんな男の子みたいな喋り方をする人だなんて思わなかったから……」

「そっか……でも、こっちがあたしの素なんだ」

 そう言って、フランティーヌは無邪気に笑った。

 その直後、坑道内がわずかに震動した。

 頭のいいバカ《メルクリア》の放った大量破壊魔法が炸裂したのだ。




 フランティーヌはアンナと共に、坑道を来た方向へ戻る事にした。

 フランティーヌ的にはゾンビかガーゴイルのどちらがマシかといえば後者であるが、アンナが強弁に台地へと出るべきではないと主張したからだ。

 それは何故か。

「……黒コートの強さは本物よ。あの女の子も相当ね。二人がガーゴイルに気を取られているうちに距離を取るべき」

 と、言うのは、半分建て前であり、本当はゾンビに怯えるフランティーヌの顔が見たいだけだった。

 自らの悪事で彼女の表情が歪むその瞬間こそが、己が悪であると最も強く実感できる瞬間であるからだ。

 アンナの思惑通り、フランティーヌは良い感じに怯えた表情で、渋々と彼女の提案を受け入れた。

 そんな訳で二人は坑道を台地とは反対方向に降り始めた。

「それにしても、あのゾンビや、そのガーゴイルは、いったい何なんだ……」

「恐らく参加者の誰かが魔法で作り上げた存在ね」

 アンナがフランティーヌの疑問に答える。

「七人で勝負すんのに、味方を造るなんて。ルール違反じゃないのかよ……そういうのって」

 フランティーヌは飽きれ顔をする。

 露骨にうんざりした様子の彼女の表情を見て、内心ではゾクゾクしながらもアンナは淡々と自分の見解を述べる。

「さぁ。……そもそも、あの神様、いい加減そうだから、そこまで厳密にルールを取り締まるつもりもないんじゃないかしら」

 そんな会話があってしばらく経ったあとだった。それは右回りのカーブを下った直後。

 二人は同時に立ち止まり、目線を合わせた。

「アンナ!」

「……ええ」

 誰かが坑道を上って二人の方へとやって来る。

 それは闇色の衣をまといし者。魔王ギーガーだった。

 彼も二人に気がつくと立ち止まり、離れた距離から傾斜の上にいるフランティーヌとアンナを見上げる。

「これは……一気に二人も始末できるとはな……」

「てことは、あんたは、このクソゲーには乗り気って事かい?」

「如何にも。死んでもらうぞ」

 魔王ギーガーはフランティーヌの問いにそう答えた瞬間に、アンナが発砲する。

 ギーガーは右手を振るい、飛来する7,62㎜魔導弾を叩き落とす。

「魔王に銃は通用しない」

 しかし、銃声と共に駆け出していたフランティーヌが一気に間合いを詰めていた。

「うおおおおおおおおお……!」

 飛び蹴り一閃。

 ギーガーは投げ槍の様なフランティーヌの右足をかわしながら、彼女の足首を鷲掴みにする。

 そのまま、坑道の壁面に叩きつけようとするが……。

「甘いんだよッ!!」

 彼女の左足が跳ねて、ギーガーの顎を蹴り上げる。

「ぬおっ!」

 思ったよりもずっと強烈な蹴りを受けて魔王は仰け反る。拍子に掴んでいた右足首を手放してしまう。

 フランティーヌはそのまま空中で後方に宙返り。ギーガーのすぐ正面に着地すると、枷で拘束された両手を突きだす。

「おらぁッ!!」

 凶悪な掌打が魔王の胸板を叩く。まるで落雷の様な音が響き渡った。

 そのままギーガーは吹っ飛ばされ、坂道を転げ落ちる。

 普通の人間ならば確実に死んでいただろう。しかし彼は魔王だった。

「……女だからといって、手心を加えるつもりはなかったが……」

 ギーガーは起き上がり両手を組んで指を鳴らした。

「どうやら……本気を出さざるを得ないようだな」

「言ってろッ!!」

 フランティーヌが駆け出す。

 その背後で、アンナがボルトを素早く前後させ排莢と装填。

 スコープ越しに決定的なチャンスを窺う。

「アンナ! チャンスがあったらあたしに構わず撃て!」

「それは、もちろん……」

 悪役令嬢は舌舐めずりをする。


 かくして、魔王VS婚約破棄ヒロイン&悪役令嬢の戦いが幕を開けたのだった。

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