【12】最強の魔法使い


 アレックスはとりあえず、メルクリアの指示を守る事にした。

 しかし彼女のふくらはぎに穴が空いた瞬間はかなり動揺した。

 思わず「メルクリアさん、大丈夫?」と声をかけそうになる。

 しかし、脈を取って死亡を確認したのに、その台詞はおかしいと、咄嗟に思いとどまった。

 そもそも、彼女には本当に脈がなかった。何かの手違いで死んでしまったのかもしれないという不安もあった。

 だが、メルクリアが死んでいようが生きていようが、もう後戻りはできないと腹をくくり、アレックスはヤケクソで演技に徹したのだった。

 例え後戻り出来たとしても、そこに待ち受けているのは便所の蛞蝓の様な人生しかないからだ。その事実が彼の肝を座らせた。

 ともあれアレックスは墓地で倒れたままのメルクリアを放置して、東の方へと走った。

 しばらくして、疲れてきたので立ち止まり荒い息を吐きながら、メルクリアから奪った眼鏡をかけた。

 彼女が念じれば会話が出来ると、言っていた事を思いだし、頭の中で彼女の名前を呼び掛ける。

 すると、視界の左端に――


 (何よ?)


 と、ピンク色の文字が浮かんだ。

 メルクリアはやっぱり生きていたらしいと知り、ほっとするアレックス。

 思わず「何よ? じゃねーよ!」と頭の中で突っ込むと、すぐに、


 (何よ、じゃねーよ!)


 という青い文字が、ピンク文字の下に浮かぶ。

 何となく要領が掴めたアレックスは、そのまま墓石の影にしゃがみ込んで腰をおろし、念話を試みる。


 (俺はどうすれば良いの? これから)


 (適当に逃げ回って)


 (はぁ?!)


 因みに古い文字は視界の上へと順に消えてゆく仕様である。


 (私が神様をぶっ殺してこのゲームを終わらせるまで、適当に逃げ回ってて)


 (そんな事が出来るの?)


 (出来る。私、言ったよね。この空間は時空結界で現世から隔絶されているって)


 アレックスは、確かに彼女が、そんな話をしていた事を思い出した。


 (それがどうかしたの?)


 (隔絶された空間内にいるラエルの映像を、外側から見る事は不可能だからよ。そして、この手の結界は効果が強すぎて、内側からじゃないと維持できない。魔力が遮断されちゃうからね。だから、あの神様も必ず結界の内側にいる)


 (なるほど、さっぱり、わからん)


 (兎に角、そういうものだと思って)


 この人、本当にバカなのか何なのか良くわからない。アレックスは、しみじみと嘆息する。


 (ところで大丈夫だったの?)


 (何が?)


 (脈なかったし、足……)


 (ああ。大丈夫。私は【安眠level8】持ちだから)


 (は?)


 (スキルのお陰で、ほぼ死んでいると変わらない安眠状態に一瞬にして入れるの。伝説レベルの超爆睡よ)


 (つまり寝ていただけ?) 


 (そうね)


 (そうねて……)


 もういちいち驚くのが面倒臭くなってくるアレックスだった。


 (あと、足の傷は魔法で癒したから)


 (それは良かった……)


 (今は、その墓地から台地を挟んで北にある湖の中にいるわ)


 (湖の中……?)


 (湖の北側の湖底に地下空間への入り口があった。多分、やつがいるのもここね)


 (良く見つけられたね)


 (この空間では転移魔法自体が禁じられている。だから、あの目玉も、私が死んで役割を終えたら自力で飛んで帰らなきゃならないって訳。それをつけたの)


 (なるほど……)


 (そのあとを尾行するためにも、死んだふりは必要だったって事よ)


 本当にバカだけど凄い。心の底から思うアレックスだった。


 (……だから、あなたは、私が神様を倒すまで適当に逃げ回ってて。後で私が魔法で生き返らせてあげるから、死んでも別に良いけど)


 (本当に蘇生魔法を使えるんだ……)


 (もちろん、私は大天才だからね。ただ、この空間内では、アンデッド化以外の蘇生は禁じられている。実はあなたと会う前に少し試したの……)


 蜘蛛の巣に引っかかっていた死んで間もない蛾の死体を見つけたので、それで試したらしい。


 (確かに敗者が復活できたらデスゲームは成立しないしね)


 (あと、気をつけて欲しいのは、死亡から二十四時間経ったら、そのときはタイムアウト。魂は肉体のくびきを解き放たれ、天に召される。蘇生魔法でも生き返る事が出来なくなるから、なるべくなら死なないで逃げ回ってて)


 (他の参加者は? この事を伝えれば……)


 無駄な殺し合いをしなくて済むかもしれない。

 しかし、メルクリアは、彼のその考えをあっさりと否定する。


 (それは、おすすめはしないわね。高確率で失敗する。私の動きが神様にバレる危険性も高くなる。それは、なるべく避けたい)


 (やるなというならやらないけど、何で高確率で失敗すると思うの?)


 (私がクソ神様なら、殺し合いを成立させるために、戦いに積極的なプレイヤーを用意する。ひとり、もしくはふたり……何かの特別な報酬を用意してね)


 実際に彼女の読み通りだった。

 アレックスも、あの性格の悪い神様ならそれぐらいはやりそうだと思った。


 (……だから、なるべくこっちも二十四時間以内に終わらせるつもりだし、他の参加者も出来る限りは生き返らせるけど、間に合わなかったら仕方がないって事で勘弁してもらうわ)


 (でも俺、生き残る事なんか本当に出来るのかな……)


 (大丈夫よ。まず、その杖。カリューケリオンは超使えるから、後で使い方見ておいて。眼鏡に入ってるから)


 (超使える? まあ、言う通りにするけど……)


 メルクリアの言い方が軽かったので、いまいち半信半疑だった。


 (それにあなたには、【exコピー八級level1】がある)


 (あっ……。そうだよ。スキルの使い方教えてよ。そういう約束だよね?)


 正直、それが知りたくて、彼女の作戦に乗ったところはある。


 (実はもう、使い方も何も、あなたは魔法をコピー出来るわ。第八級位の魔法をその目で見ればね)


 アレックスは首を傾げる。


 (は? 何で?)


 アレックスは困惑顔で首を捻る。


 (その【exコピー八級】は、|第八級位まで・・の魔法をコピー出来るんじゃなくて、第八級位の魔法しか・・コピー出来ないのよ)


 (な……)


 アレックスは絶句する。

 何で、そんなクソ仕様に……。

 訳がわからない。

 それと同時に理解する。

 アレックスは様々な魔法をコピー出来ているかどうか試してきた。しかし第八級位の魔法は当然の事ながら一度も試せていない。

 当たり前である。

 今の時代では、第六級位の魔法ですら、使用出来る者は希なのだから。


 (文句は神様に言いなさい。あのクソ神様じゃなくて本物の神様にね)


 (あ……ああ)


 そんなくだらない勘違いで、長年の間、悩んできたなんて……人生で最高に死にたくなったアレックスだった。

 そして、彼はすぐに気がつく。


 (……でも、やっぱり、これって外れスキルじゃん)


 第八級位の魔法をコピーしようにも、そのコピー元がなければどうしようもない。

 とんだ“死にスキル”である。

 それを指摘するとメルクリアからすぐに反論があった。


 (それが死にスキルだなんて、とんでもない)


 (何でだよ……)


 (そのスキルの恐ろしいところはね……コピーするに当たって、実際に魔法を見る必要がないってところなの。記録映像の魔法からでもコピーが出来る。そして、その眼鏡は、様々な記録が保存されており閲覧可能。これがどういう事かおわかり?)


 アレックスは、はっとする。


 (つまり、記録映像を繰り返し見続ければ、第八級位の魔法を何度でも使える……)


 第九級位がメルクリアしか使えないとなると、実質的に最強の魔法は第八級位となる。それを繰り返し使えるという事が如何に凄まじい事か……。


 (そういう事ね。どんな魔法でも、行使するには魔力を消費しなくてはならない。この私でもね。でも、そのスキルでは魔力は消費されない。ほぼ最強魔法が無制限)


 (すごい……) 


 初めて自分のスキルが凄いものに思えたアレックスであった。


 (つまりあなたは、その眼鏡がある限り、最強の魔法使い《スペルキャスター》って事よ)


 (俺が最強の魔法使い《スペルキャスター》……)


 それは、これまで便所の蛞蝓の様な人生を送って来た彼にとって信じがたい言葉であった。


 (あ、最強は私だから、あなたは二番目だわ)


 (どうでもいいよ! そんな事より……)


 (わかってる。その眼鏡には、呪文と一緒に魔法を使用したときの映像がいくつか入っているんだけど……今から記録の閲覧方法を教えるわ)


 ごくり、と唾を飲み込むアレックス。すると……。


 (エッチな映像は入っていないんだからねっ!)


 アレックスが何と返そうか迷っていると……。


 (……あ、嘘、ごめん、これなし。今のなしだから)


 (だから、照れるぐらいなら、そういう冗談を挟むのやめればいいだろ……)


 こうして、アレックス・モッターはようやくその才能を開花させたのだった。

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