【11】ジャイアントキリング


 二体のラエルが、アレックスとメルクリアの元に羽ばたいて飛んでくる。

 ラエルは二人の頭上まで来ると停止する。今度は爆発に巻き込まれない様にか、前より少しだけ距離が遠い。

「……わかったよ。どうせ俺ひとりじゃ何もできないし、君に従うよ」

「よろしい」

 メルクリアが満面の笑みを浮かべている。

 しかし、アレックス・モッターは不安げな表情で呟いた。

「でも、君があらゆる意味で凄いのは良くわかったけど、それでも神様の意思で行われているこのゲームから逃れられるのかな? 本当に……」

 メルクリアもラエルを見上げて「ふん」と鼻を鳴らした。

「それじゃあ、教えてあげるけど、あのクソみたいな爺さんは全知全能の神様なんかじゃないわ」

「どういう事?」

 首を傾げるアレックス。

「まず、もうなくなっちゃったけど、さっきの遺跡……あれは、私が眠る前の時代に作られたものね。ついでに、この監視用権天使ラエルも、何の事はない。私達の時代では良く使われていた偵察用の人工魔導生物よ。挙動からするに標的の生命に反応して動くタイプね」

 ラエルを眺めながら、少しだけ思案したあとアレックスは何かに気がついたらしく、はっとしてメルクリアの顔に目線を移す。

「……もしかして、神様は君と同じ五千年前の人間……って事? 俺のスキルの発動条件を『ワシが設定した』とか言っていたけど、あれも嘘?」

「多分ね。そして、ある程度は、自分の正体が私に感づかれる事を想定している」

「あいついったい、何なんだよ……」

 アレックスのその問いにメルクリアは答えてくれなかった。

「そして、この空間も五千年前の魔導技術で現世から隔絶されているみたい。転移魔法や召喚魔法など一部の魔法の使用もゲーム開始直後に禁じられている」

「なら、君の力で何とかこの空間を……」

「それは今の状態では流石の大天才のこの私でも無理ね……この時空結界を展開しているシステムを魔導コンソールから直接いじらない限りはちょっと不可能かな」

「なるほど……さっぱり、わからん」

 そこでメルクリアは人差し指をヨーゼフに突き付けて言い放つ。

「だから、重要になってくるのよ」

 アレックスはごくりと唾を飲んだ。

 緊張と恐怖感はあったが、それよりも、人生で始めて誰かに必要とされた事が何よりも嬉しかった。

「それじゃあ、行くわよ」

「う、うん……」

 こうして二人は遺跡あとから台地の南側へと向かって歩き始めた。




 アレックスとメルクリアは台地の南側にある森の中の小道を行く。

 それから、しばらく経って二人は台地の西側に到着した。

 周囲に広がっていた森がひらけて、

目の前には大きな墓地が拡がっていた。

 墓石はやはり五千年前の物らしく、今とは随分と形が変わっていた。

 その墓地の東側にはゆるやかな弧を描きながら北へと伸びる台地の岸壁が見えた。

 墓地の北側には、五つの尖塔を持つ

荘厳そうごんな大聖堂があった。

 ギーガーがゾンビやガーゴイルなどを作り出した場所である。

 そのモンスター達はすでに他の参加者を求めて、墓地の周辺へと出払ったあとだった。

 魔王も墓地の東に連なる台地の岩壁に空いた坑道の奥へ向かったため、今は人っこひとりいない。

「全部、墓地が掘り返されている……」

「掘り返されたんじゃなくて、中の死体が這い出したのよ」

 そんな会話をかわしながら、二人は荒れ果てた墓地の中をあてどなく歩く。

 すると不意にメルクリアが隣を歩くアレックスの事をチラチラと見ながら唐突に言った。

「とっ、ところでアレックス君……」

「何?」

 さりげない調子で返事を返すアレックス。

 メルクリアは、頬を少し赤らめ、もじもじとしながら言う。

「その……あの。あなたは、わっ、私の、お……おっぱいを触りたくならないのかしら?」

 その瞬間、アレックスは心の底から嫌そうな顔になり、溜め息を吐く。

「……うわー、何で自分で言い出した事なのに、照れてるの? この人……」

「あ? 何か言った?!」

 何故かキレ気味のメルクリア。

 アレックスは咳払いをひとつして、ごく自然な調子で、肩をすくめる。

「……いや、別に。そんな事より、そろそろ、必勝法っていうのを教えてよ。このゲームの……君のおっぱいより凄く気になるよ」

「そ、それはね……」

 メルクリアはまるで初恋の人に自らの想いを告白する時の様な顔で言う。


「……死んで?」


「は?」

 アレックスは意外そうな顔で目を見開く。

「だから、死んでよ。みんなが死んで、私が勝者になって、ゲームが終わった後に全員生き返らせてあげる。魔法で」

 メルクリアの言葉は棒読みであったが、その手に握られていたカリューケリオンが何時の間にか大鉈に形体変化していた。

「そっ、そんな……話の流れで……」

 アレックスは驚愕の表情を浮かべて後ずさる。

「良いから死んで?」

 メルクリアが大鉈を掲げて、アレックスに近づく。

 彼は更に後ずさる。

 その踵に斜めに傾いだ墓石がこつりと当たった。

「大天才の大賢者の私を信用して?」

「信用できるかぁー!! いくらなんでも無茶苦茶過ぎるわっ!!」

「五月蝿い五月蝿い、死ねえ」

 メルクリアが棒読みで叫びながら、アレックスに襲いかかる。鉈を大上段に掲げて振り下ろすが、かわされて刃が墓石に当たった。がつんという音がなる。

「おっとっと」

 その瞬間、メルクリアはよろける。

「ふざけんな……馬鹿にしやがって」

 その言葉を発したアレックスは、まるで本物の殺人者の様だった。

 アレックスがメルクリアに体当たりをした。

「お前が死ねよ」

「あれー!」

 メルクリアは吹っ飛んで、近くにあった墓石に頭をぶつけて地面に倒れ込む。

 ぴくりとも動かない。

「……め、メルクリアさん?」

 アレックスが恐る恐る、倒れたままの彼女に近づく。

 屈んで左手を取って脈を見た。

 その直後、まるで穢れた者にでも触れたかの様に勢い良く飛び退き、青ざめた表情で震える唇から言葉を漏らす。

「し……死んでる……」




「何じゃこれ……」

 モノリス越しに一連の茶番を見ていた神様は唖然とする。

 どうにも、小芝居臭い。

 特にメルクリアの言葉はすべて棒読みだった。

 しかし……。

「外れスキル男の方は、とても演技には思えなかったの。美少女に馬鹿にされて逆上し、やらかした根暗クソ雑魚童貞そのものじゃった……。賢者の方も妙にぎこちない表情で言葉は棒読みであったが、それが逆にサイコパスっぽいといえばそうじゃが」

 何よりメルクリアを映しているモノリスには赤い文字で“Dead”と表示されている。

 これは、ラエルの生体感知機能で、そのゲームプレイヤーの死亡が確認された事を指す。

「どれ……」

 神様は“Dead”の赤文字の浮かんだモノリスに右手をかざして呪文を唱えた。

 するとメルクリアを担当していたラエルの瞳から青白い光線がほとばしり、彼女の右のふくらはぎを撃ち抜いた。

 近くで唖然としながらメルクリアを見下ろしていたアレックスが『おわっ、びっくりした!』と言って飛び退いた。

 メルクリアのふくらはぎに小指の先程度の穴が空いたが、彼女はぴくりとも動かない。血もあまり流れ出ていない。

「魔法を使った形跡も見られない。つまり幻術の類いではないの。これは、本当に死んでおる」

 神様はモノリスを見詰めながら、自分の白い顎髭を擦った。

「……もしかして、大金星という奴か? クソ雑魚の外れスキル男が優勝大本命を殺やりおった。少々、呆気ない気もするが、こういった番狂わせもまた、この手のデスゲームものにはつきものかの」

 神様はほくそ笑む。

 するとメルクリアの遺体を映していたモノリスの表面が真っ暗になる。

 役割を終えたメルクリア担当のラエルが帰還をし始めたのだ。

 神様は、アレックスのラエルの映像を映し出したモノリスへと視線を移した

 その中ではアレックスが、地面に転がっていたカリューケリオンを拾ったところだった。大鉈だったカリューケリオンは、何時の間にか元の長杖に戻っている。

 彼はその神具を、しげしげと眺めたあと、メルクリアの死体に手を伸ばす。

「やはり、胸でも揉むつもりか? 興味が無さそうなふりして、これだから……」

 しかし、神様の期待とは裏腹にアレックスは何故かメルクリアの眼鏡をはずして自分でかけた。

「何じゃ。何でわざわざ眼鏡を? トロフィーとして持ち帰るつもりか? キモいのお……本当にキモい」

 因みに、ここで言うトロフィーとは、サイコキラーが己の犯行の記憶を反芻はんすうするために事件現場から持ち帰る記念品の事を指す。

 アレックスはというと、そのままメルクリアの元から駆け出した。

 彼の表情には罪悪感がありありと浮かんでいる。

「本当に、とことんクズじゃのぉー。これだからクソ雑魚の根暗サイコ野郎は……ふぉっふぉっふぉっ……」

 神様は、そう言って逃げるアレックスを見ながら嘲り笑った。




 アレックスの姿が随分と小さくなった頃だった。

 突然、ぴくりとも動かなかったメルクリアが上半身を起こす。

 そして、右足のふくらはぎの傷を見て溜め息をひとつ。

「やっぱり、あの神様はクソね」

 そう言って、神聖術第八級位“大いなる癒し《フルヒール》”を使った。

 みるみるうちに傷が塞がる。

 そうして立ち上がると、魔術第七級位“変化メタモルフォーゼ”で鷹に化けると大空に飛び立つ。

 旋回しながら猛禽の視力で周囲を見渡し、かなり遠くの空に羽ばたくラエルを見つける。

 それは、さっきまで彼女を担当していた個体だった。どうやら役目を終えて帰還する様だ。

 メルクリアは、そのラエルのあと猛スピードを追った。




 時間は少しだけ戻る――。


 それはメルクリア・ユピテリオが、ゾンビ軍団もろとも遺跡を吹き飛ばしたあとだった。

「……とりあえず、あのラエルとかいう目玉の新しいのが来る前に、話を終わらせましょ」 

「話?」

「そう。作戦会議よ」

 メルクリアが鹿爪らしく眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げた。

「もしかして、君はそのために、あんな大がかりな魔法を……」

 道化を演じていたのも、神様の油断を誘うためなのか……アレックスは彼女の認識を改める事にした。

 やはり彼女は本来の意味での賢い人、すなわち賢者だ、と。

 すると、メルクリアが唐突に眼鏡を外した。

「まず、これをあなたに貸してあげる」

「何で……」

「まず、かけてみて」

 アレックスは言われた通り眼鏡をかけた。すると、視界の左端に、


 (はろー。見えてる?)


 と、いうピンクの文字が浮かんでいる。

 驚いてメルクリアの顔を見ると、彼女が笑顔でひらひらと手を振っていた。

「これは……」

「とりあえず、いったん返して」

 そう言って右手を差し出して来たのでアレックスは、メルクリアに眼鏡を返却した。

「それは、眼鏡に偽装した魔導端末ね。私と念話で会話ができる様に設定してある。あなたも私の名前を念じれば、私に返信できるわ。あと保存してある様々な記録の閲覧もできる」

「すごいアイテムだね。それ……」

「ま、私達の時代じゃ、魔導端末自体は、そこまで珍しい物でもないんだけど……とりあえず、これの詳しい使い方の説明は後にする。それより、あなたにお願いがあるの」

「お願い?」

「そう。私が合図をしたら、あなた、私に体当たりをして欲しいの。仲間割れした演技をして」

「何で、そんな……」

「そうしたら、私は転んで頭を打った振りをして、死んだ振りをするわ。それで、この眼鏡とカリューケリオンを奪って、私から離れて欲しいの。後の事は、この眼鏡越しに説明するから」

「別に構わないけど……」

「それじゃあ、『あなた、私のおっぱい触りたくない?』ていう言葉が合図ね。そしたら、あなたは『君のおっぱいよりもこのゲームの必勝法に興味があるよ』って返して。後は適当にアドリブで、なるべく自然な形で仲間割れまで持って行きましょう」

「何でそんな、アホな会話を……」

 アレックスは考えを改める。

 やっぱり、こいつバカだ。

 だが、メルクリアは真面目な顔で言った。

「あら。自然な会話でしょ? あなたくらいの年頃なら、異性の胸部に興味を示すのは当然の事だわ」

「不自然過ぎるよ!」

 どうやら彼女がマジらしいと悟り、アレックスはうんざりする。

 因みに、このときの彼女には、特に照れた様子は見られなかった。

「ていうか、その会話からどうやって自然な形で仲間割れに持って行けばいいんだよ……」

「それは私に任せて。私に調子を合わせてくれればいいから。もしも上手くいったらあなたのスキルの使い方を教えてあげる」

「え。それは、さっき知らないって……」

「あれは嘘よ。神様を油断させるためのね」

 そこで、どこぞから新しいラエルが飛んでくる。

「あの目玉が来た……兎に角、後で全部、説明するから」

「わかったよ。どうせ俺ひとりじゃ何もできないし、君に従うよ」

「よろしい」

 と、満面の笑顔を浮かべるメルクリアだった。

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