【09】ジョーカー
メルクリア・ユピテリオがこの狂ったゲームに呼ばれた理由はアレックスの指摘通りだった。
彼女のために書かれた
五千年後に目覚めた彼女は、もう眠るのにも飽きたので素性を隠しながら、この世界で生きて行こうとする。
しかし、魔法が衰退してしまったこの時代では、どう手加減しても彼女の能力は規格外のものとなってしまう。
平穏な日常を望む彼女だったが、結局、大賢者メルクリアの再来などと人々から騒がれてしまう事となる。本人なのに。
ともあれ彼女は、二度寝により物語の舞台上に立つ事もしようとしなかった。
それこそがメルクリア・ユピテリオが“テンプレ
「……で、結局、何でメルクリアさんは俺を探していたんですか?」
「ああ、そうそう。それなんだけどね。実は、このゲームには必勝法があるの」
「必勝法?」
メルクリアは頷き、右手の人差し指を立てる。
「このゲームを抜け出す方法よ。そのための協力者を探していたのだけれど……」
「それは……」
アレックスは微妙な表情で黙り込む。
このゲームから生還できたとして何なのか。
結局、自分は“能無し”のままなのだ。便所の蛞蝓なめくじの様な人生が待っているだけなのだ……。
その、まさに便所の蛞蝓の様な表情のアレックスを見てメルクリアは、ふう、と溜め息を吐く。
「……もしも、私に協力してくれるなら、あなたのスキルの発動条件、教えてあげる」
「え……!? それは……本当ですか?」
「本当よ。あなたのスキルの発動条件は知らないけど」
「やっぱ、知らないのかよ! てか大賢者でも知らないって、どんだけマイナーなスキルなんだよ……」
落胆するアレックス。しかしメルクリアは自信満々に言い放つ。
「でも安心して。私は天才大賢者。知ってる事だけじゃなくて知らない事も何でも知っているわ」
「……いや、知らない事はやっぱり知らないんじゃ……」
良く良く考えると、この大賢者は、かなり無茶苦茶な事を言っていた。
しかし、アレックスの瞳には希望の光が灯る。もしかして、大賢者ならば、謎だったスキルの発動条件を解き明かせるかもしれない、と。
ただし彼女が本当にあの伝説の大賢者メルクリア・ユピテリオだったとしたらの話だが。
その瞬間だった。
部屋の外から大勢の足音が聞こえて来る。
「あ゛ー……」
そして地の底から響き渡るかの様な呻き声。
「なっ……」
アレックスの顔が青ざめる。
「さがって……」
メルクリアが彼の前に立ち、部屋の唯一の入り口を見据える。
すると突然、異形の者達が室内に雪崩れ込んで来た。
それは生ける屍の軍隊だった。
ぼろぼろの衣装を見にまとい、その破れた切れ目からは腐った肉や骨がむき出しになっている。
全身、蛆と泥にまみれており、たった今、墓場から這い出して来たかの様だった。
「なっ、何なんだ……」
「これはゾンビね。誰かが死霊魔法ネクロマンシーで創造したみたい」
「あ゛ー……」
「ひぃいいいいッ!! 助けてぇ……」
半狂乱で叫び散らすアレックス。
ゾンビ達が見る見るうちに部屋の隅の二人を取り囲む。
さっきまでは死にたかったアレックスだったが今は違った。
少なくともスキルの発動方法を知るまでは死にたくない。現金なものである。壁の方を向いて、しゃがみ込んで頭を抱える。
するとメルクリアが叫んだ。
「ちょっとだけ、そこを動かないで!」
そう言って、足元に落としたままだった鮫のぬいぐるみを拾うと、くるりと、その場で一回転した。
すると鮫のぬいぐるみが、魔法の長杖に変化する。
それは唯一無二ユニーククラスの魔法具“カリューケリオン”であった。
「こんな雑魚なんて、寝起きの運動にもならないわ」
メルクリアは不敵に笑う。
どうやらアレックスが叫び散らしている間に、魔法の防御結界を張っていたらしい。ゾンビの群れは二人に近づく事すらできない。
「あ゛ー、お゛ー」と呻き声をあげ、魔法で出来た透明の壁を引っ掻いたり、体当たりしたりしている。
「口を開けて、耳を塞ぎなさい!」
「は? え……ちょっ……」
メルクリアがカリューケリオンを掲げて呪文を唱える。
すると、詠唱の完了と共に結界の外側が目映い光に満たされた。
その直後に訪れる轟音と大爆発。
二人についていたラエルが空高くへ避難しようとするが逃げ遅れ、高温を帯びた爆風に飲み込まれる。
結界の屋根に砂礫の豪雨が降りそそぐ。
やがて周囲に立ち込めていた白煙が晴れると、遺跡は跡形もなく吹っ飛んでかなりの広範囲が更地なっている。
そして遺跡の周囲にあったと思われる木立が、放射状に薙ぎ倒されていた。
メルクリアがアレックスの方を振り向く。
「魔術第九級位“全てを滅ぼす神の
「……ひとつよ、じゃあねえぇよ!」
ここまでやる必要があっただろうか。我慢できず声に出して突っ込んだアレックスだった。
しかし、この瞬間から彼のメルクリアに対する敬語が抜けた。
そしてスタイリッシュどや顔を決めたままのメルクリアを見上げながら、アレックスは思った。
この人、やっぱり本物の大賢者かもしれない、バカだけど、と……。
そこは台地の西側にある巨大な墓地の中心だった。
「……説明は以上じゃ……では、これよりゲームスタートとする。思う存分、殺し合うのじゃぞ?」
ラエルからのゲーム説明か終わった直後であった。
魔王ギーガーは、その気持ちの悪い目玉の塊を見上げ、両腕を拡げながら問うた。
「神よ!」
しばらく待ったが返事はない。
ラエルの浮かぶ後方には、崩れかかった大聖堂の、五つの巨大な尖塔が天空に向かってそびえていた。
魔王は言葉を続ける。
「……なぜ、私がこんなゲームに呼ばれなければならなかったのか。私のこれまでが魔王として失格だったというのか?! それとも、私は魔王という役割を負った存在ではなかったというのか?!」
実際、魔王ギーガーは、実に魔王らしい魔王だった。
世界を闇に包み込むという、ぶわっとした理由だけで世界制覇に乗り出し、圧倒的な力を持って多くの配下を従え、世界を蹂躙じゅうりんした。
「私はこんなところで油を売っている暇はない。魔王城にて、もうすぐ訪れる勇者達を迎え撃たなければならないのだから……」
彼はまだ、その勇者達がカイン・オーコナーによって殺害された事を知らない。
そして、そのカインも彼が魔王である事は知らない。
更に彼はカインの顔を記録映像で何度か見た事があった。それゆえに、凄いそっくりな奴がいる程度には気がついてはいた。
しかし、こんなところにまさかあのカイン・オーコナーがいる訳がないという先入観から半信半疑の状態であった。
「……選ばれた勇者を迎え撃ち、打ち砕く! それこそが私に与えられた役割ではないのか?!」
ギーガーはしばらく、音もなく羽ばたき続けるラエルを睨みつける。
すると不気味な目玉が瞬き、再び神様の声が聞こえた。
「……あー、魔王よ。あ、因みにこの声はお主にしか聞こえておらん……それでだ。実はお主に話がある」
「話だと……?」
「そう。まず、お主には何の落ち度もない、お主は実に魔王らしい魔王じゃぞ。ぞっとするぐらい完璧にな……」
「では、何故だ神よ! 何故、私がこんなゲームに!」
魔王ギーガーは思った。
やっぱり、この神様はクソだと……。
「それはじゃな。お主には是非とも、このゲームにおいての
「鬼札……?」
首を傾げる魔王ギーガー。
「そうじゃ。連中は“テンプレ
「他人の殺し合いが見たいとは、清々しいまでのクズだな……」
「何か言ったかの?」
「いや何にも」
流石の魔王もどん引きである。
「それにしても、抜け出す方法か……」
そんなものが本当にあるなら、それに乗っても構わない。
ギーガーはそう思った。
彼の思惑など露知らず、神様は更に話を続ける。
「……で、お主は誰とも共闘などせずに、そうしたゲームの枠組みをぶち壊そうとする愚か者を排除して欲しい。奴らが共闘し、ゲームを放棄するのを止めて欲しい」
「ふむ……」
ギーガーはしばし思案したのち、神様に問うた。
「もしも、その申し出を私が受けたとして、何かの得はあるのか?」
神様の嫌らしい笑い声が響き渡る。
「もちろん。お主がワシの申し出を受け入れ、なおかつ、このゲームの唯一の勝者となったあかつきには、今のお主が一番に望む褒美ほうびを与えよう」
「一番に望む褒美……だと?」
ギーガーにはまったく思いあたらなかった。
ラエルの向こうでほくそ笑む神様の息づかいが微かに聞こえた。
「魔王軍の再建じゃよ」
「な……?!」
ギーガーは目を大きく見開く。
「今、魔王軍は追い詰められておる。重要な拠点であった骸骨砦は落とされ、ゴワルクを始めとした腹心達は討ち死にを果たした……お主がワシの申し出を飲むのならば、かつての……いや、未だかつてないほど精強な力を持った魔王軍を復活させてやろう」
「そんな事が……本当に……」
「出来る。ワシは神様じゃぞ?」
再びラエルの向こうで高笑う神様だった。
もう、魔王ギーガーには考える余地はなかった。
勇者達に無残にも討ち取られていった忠実な配下達。
自分を敬い、何を言っても「いいえ」とは言わず、自分がミスをしても慰めてくれるか、優しくスルーしてくれた。
端から見れば、それは操り人形と人形使いの様な
しかし、それでも彼は、そんな配下達を愛していた。
彼らともう一度、一緒に闇の覇道を
瞳を閉じて、自らのために命を賭して、勇者パーティの犠牲になった者達の顔を思い浮かべる。
「良かろう。神よ……そちらの要望に答えよう」
「それでこそ魔王の中の魔王じゃ。お主を召喚して良かったぞよ……ふぉっふぉっふぉっふぉっ」
魔王ギーガーは天を見上げて誓う。
このクソみたいなゲームを勝ち抜き、再び愛すべき忠実なる配下と共に勇者を討つ。
そして魔王としての役割をまっとうし闇の覇道を突き進まんと……。
しかし、彼は勘違いしていた。
つまり、彼がこのまま脚本通りに己の役割をまっとうした先に待ち受けるのは破滅以外にあり得ないのである。
「ふむ。召喚魔法は使えないのか……」
魔王ギーガーは、まず召喚魔法で魔王城にいる自分の秘書官であるルーミナを呼び出そうとしたが上手くいかなかった。
どうやら召喚魔法で他所から誰かを呼ぶのは禁止されているらしい。
「しかし、“
この二つの魔法は不死者や魔導人形を召喚するのではなく、素材から産み出す魔法である。
ギーガーは周囲を見渡す。
周囲に広がるのは古びた墓石群。
そびえる大聖堂の屋根には無数の悪魔の石像。
「やってみるか……」
まずは、“
魔力を多く込めて、効果範囲を墓地全体に拡大する。
呪文を唱え終わると、墓石の下の盛り土が呪われた不気味な光に包まれる。
やがて墓石を押し退けて地中から不浄なる者達が姿を現す。
「よし。ならば、こちらも……」
大聖堂に向かって右手をかざし、“
詠唱が終わると、大聖堂の屋根や庇にあった無数の悪魔の石像達が、まるで生きているかの様に一斉に羽ばたく。
その数は百に届きそうなほどであった。
「ふはははははっ。我がしもべ達よ! 六騎すべての敵の臓腑ぞうふを我と、新たな魔王軍への供物として捧げよ! なぶり、壊し、蹂躙し、殲滅し、ひとつも残す事なく、くびり殺せッ!!」
ギーガーは、何とも魔王らしく両腕を拡げて天を仰いだ。
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