【07】正当な追放理由


「カイン。君をこのパーティから追放する」

 それは魔王城目前の魔の森でのキャンプを終え、世界を救う旅を再開しようとした矢先だった。

 突然パーティのリーダーである勇者のマイク・ノーベンバーが錬金術師のカイン・オーコナーに向かって言った言葉がこれだった。

「……おい、マイク。お前それはいったいどういう事だ? 冗談だよな?」

 突然の宣告に、呆気に取られた顔をするカイン。

「だから、君はクビだよ。昨日の夜、みんなで話し合って決めた」

 マイクの顔は真剣だった。

 他の四人の仲間達――戦士のケベック、聖女のジュリエット、魔導師のシエラも黙り込んだままだ。

「そうか……そういう事か、お前ら……」

「そういう事だ。金輪際、君は僕達と関わらないでくれたまえ」

 毅然と言い放つマイク。

 しかし、カインはこのパーティの最強戦力である。

 ダントツに強く『もうこいつひとりいれば良いんじゃないかな』と巷で言われている事は、全員がわかっていた。

 このまま彼を追放してしまえば、確実にパーティは上手く回らなくなるだろう。

 にも関わらず、彼らは何故カインを追放しようというのか……。

「なあ、マイク……せめて理由を教えてくれよ? 何でオレ様が追放なんだ? これまでオレ様は、パーティのために尽くして来ただろ……?」

 どこか芝居がかった、わざとらしい調子で懇願するカイン。

「ああ。確かにそうだな……」

 勇者マイクは、自らが身にまとうオリハルコンの胸当ての前で両腕を組み合わせて頷く。

「お前がいなければ、魔王軍四天王を倒す事もままならなかった……それどころか、お前には何回も命を救われた」

「そうだろ? だったら何でだ?」

 きょとんとした表情で首を傾げるカイン。

 その顔を見て彼が本気で理解していないと知り、マイクは苛立ちのあまり歯噛みする。

「……お前は、手段を選らばな過ぎなんだよ……」

 カインは確かに優秀な男だ。

 しかし彼は目的のためならば他人の命をまったく返りみない。

 そんな彼のやり方にマイク達はついていけなくなったのだ。

「確かにお前は結果を出している」

「なら別にいいじゃねえか」

 カインは鼻を鳴らす。

「でも、それじゃあ駄目なんだよ! 俺達は正義の勇者パーティなんだ!!」

 少し前にあった大きな戦いでも、カインは毒の剣で手強い敵の身体を、人質にされた男ごと貫いた。

 その一撃が決定打となり、手強かった敵をどうにか討つ事ができた。

 しかし人質の男は、聖女の回復魔法で一命こそとりとめたが、毒のせいで魔法でも癒せない重い後遺症を負ってしまった。

「いひひひ……あれか。あの時の事をまだ言ってんのか、テメーら」

 カインは額を右手に当てながら、肩を揺すって笑う。

 まったく悪びれない彼の態度にマイク達四人は軽い恐怖を覚えた。

「お前のやり方に批判的な意見も多い。このままでは我々の名声が……」

「人の顔色を気にして世界が救えんのか?」

「う、五月蝿い! 何にせよ、死んだら終わりなんだ。人を駒の様にしか考えていない、お前のやり方は危な過ぎる」

 この世界にも一応、死者を蘇生させる魔法は存在する。

 しかし、その魔法を使う事が出来るのは、およそ五千年前に存在した伝説の大賢者メルクリア・ユピテリオただひとりであった。

「今回のあの冒険者の男は、ジュリエットのお陰で一命を取りとめたが、もしも、死なせていたら正義の勇者パーティとしての沽券こけんに関わるんだぞ?」

「ひひひ……正義の勇者パーティねぇ……くっくっく……」

 嘲あざけるカインの態度に、マイクは怒りを露にする。

「何がおかしいんだッ!!」

「てめーらの馬鹿さ加減が笑えるんだよ」

「な……」

 マイクは絶句する。

 カインは肩をすくめた。

「いいか? 正義だなんてものはクソだ。なぜなら己が正義だと思い込んだ瞬間に、それと対立する概念と敵が必ず生まれる……つまり、この世界で起きているすべての闘争の原因は、貴様みてーに何も考えずに正義という言葉を振りかざす馬鹿共のせいなんだよ……いひひひ」

「何を屁理屈じみた……」

「屁理屈なんかじゃねえ。今度、魔王にでも会ったら聞いてみろよ。きっと魔王も自分が正しい、お前らが間違っているって言うぜぇ……魔王も自分自身の中では正義の味方なのさ。……ひひ」

 そこでアダマンタイトの甲冑に身を包んだ戦士のケベックが、背中に背負っていた両手斧を構えた。

「貴様……もう我慢できんっ!!」

 一触即発の空気が張り詰める。

 しかしカインはファーつきの黒いロングコートのポケットに両手を入れたまま、余裕の笑みを浮かべている。

「我慢できないだぁ? そのクソ暑苦しい甲冑の中で、おっ勃ててやがるのかぁ? ひひ……欲求不満の相手ならそこの二人に頼めよ? なぁ……?」

 蛇の様に舌舐めずりをして、二人の女……聖女のジュリエットと魔導師のシエラを睨ねめつける。

「下品!」

 シエラがそう言って両手で長杖を構える。

「……どっちが下品なのかねえ……オレ様は、知ってるぜ?」

「何を?」

 何時も氷の様に冷静沈着で表情の変わらないシエラの瞳孔が、ほんのわずかに開いた。

 カインはケラケラと笑いながら続ける。

「……うるわしの聖女様と大魔導師様が女の武器を使って、各国の王様や貴族から援助を引き出しているのを……オレ様が知らないと思ってたのか? いひひ……それを指示していたのが、そこで偉そうに正義だ何だとご高説を垂れる勇者様と来れば、こいつは傑作だよなァ?」

「何だと……本当なのか、マイク?」

 ひとり何も知らなかったらしいケベックが困惑の声をあげる。

「ば、馬鹿! そんなのデタラメだ!」

 マイクは即座に否定したが、不意を突かれた事により明らかに動揺していた。

「……それに、ケベック……てめーも、やらかしてるよなァ?」

「な……何を……」

 彼の声が裏返る。

「お前、この間、酔った勢いで若い娘を無理やり手込めにしたらしいじゃねえか。あ?」

「な、何を……証拠に……」

「……お前の被害にあった娘に聞いたんだよ。誘い文句は『勇者マイクに会わせてやるぜ』 んで、口説き文句は『勇者パーティの俺と遊んだって、お友達に自慢できるよ? だから、ちょっとの間、我慢しようね?』だっけな? ゲロ吐きそうなぐらい気持ち悪いぜお前……」

 そこで それを聞いた瞬間、ジュリエットの顔が青ざめる。シエラと共にケベックから距離を取る。

「ちょっ、待ってくれジュリエット、シエラ……何か誤解をしている様だが……」

「まだ私、何も言ってないでしょ!」

 ジュリエットは嫌悪感をあらわにして叫ぶ。マイクがそれに続いた。

「ケベック、お前、僕の名前を使って何をやってるんだ!」

「だから、違う……てか、お前らだって……」

 言い争いが始まる。

 そんな茶番劇を眺めながら、カインは呆れ顔で肩をすくめた。

「おやおや。正義……これが正義の勇者パーティねぇ……いひひひっ」

 そこでマイクが腰に提げていた聖剣を抜いた。

「貴様ァ!! もう許さん!! この世から追放してやるッ!!」

「やってみろよ。クソ蛆共が。こっちも、そろそろ我慢の限界だったから丁度良いぜ。正義を語る奴なんざ、おしなべてゴミクズだが、貴様らの正義には特に美学ってもんが足りねえ」

「貴様の様な戦闘狂が正義を語るんじゃあないッ!!」

 勇者が聖剣を大上段に掲げながら、大きく踏み込んだ。そのまま輝く軌跡を描きながら、カインの頭上に刃が吸い込まれる瞬間だった。

「おせぇよ」

 カインの腰に吊るされていたガンブレードが超光速で抜き放たれる。

 【魔導銃剣ガンブレードlevel8】の一閃。

 勇者マイクの振るった聖剣の切っ先が、つい一瞬前までカインが立っていた地面を叩く。

 同時に彼の首が転がり落ちた。

 鮮血が吹きあがる。

 すると何時の間にかマイクの背後に移動していたカインが発砲する。

 ガンブレードを片手でくるりと回転させてスピンコッキング。すかさず二発目。

 ジュリエットとシエラの顔面に銃弾を叩き込んだ。

 聖剣を握りしめたままの首のないマイクと同じタイミングで、二人の女は地面へと崩れ落ちる。

「悪党にもなりきれねえ中途半端な正義は、ゴブリンのションベン以下だ……」

 カインが地面に唾を吐く。

 あっという間にひとりになったケベックが呆然としながら呟く。

「何て事を……世界を救うはずの勇者パーティが……勇者パーティが……」

「世界もこんなゴミ共に救われたくはねーだろうなァ……ひひひ」

 そしてカインは三人の死体を悠然と見渡す。

「……どうせ、お前ら自分達が、ちょっと強くなって来たからって調子に乗ってたんだろ? だから何だかんだと理屈をつけて最強のオレ様をお払い箱にしようとした。ガキみてぇに誉めて欲しかったんだよなァ。『君達は、このカイン様に頼りきりの役立たずじゃありましぇん』ってよぉ……」

「なっ……何を」

 図星をつかれ、目を大きく見開くケベックだった。

 カインは左手の人差し指を立てて横に動かす。

「だがな。オレ様抜きでは、てめーらみてえな雑魚が百人いても、魔王には勝てやしねぇだろうよ」

 そう言って、再びガンブレードをスピンコッキングした。

 その銃口をケベックに向ける。

「だから、使えねえクソ雑魚のお前ら全員、勇者パーティから追放だァ! ……いひひひっ」

「うえあああああああっ! 助けてくれえぇえええ!!」

 ケベックが恐怖の叫び声を上げながら、カインに背を見せて逃亡する。


「殺処分の時間だ。豚野郎」


 その後頭部に銃弾が叩き込まれた。

 ケベックは脳漿をぶちまけて地面に倒れた。


「さてと。魔王の角でも軽くぶち折って来るか……」

 カインは再び魔王城を目指して魔の森の奥地へと歩き出そうとした。

 すると、周囲に濃い霧が漂い始め、気がつくと彼は見知らぬ白い部屋に立っていた。




 カインとミラの戦いは、一進一退の攻防から徐々に、カイン優勢に傾きつつあった。

 左の片手剣でミラの木刀をいなし、右のガンブレードで攻撃に転ずる。

 防御と切れ間のない連続攻撃は、芸術的とさえ言えた。

「ひひひ……。どうしたァ?!」

 ミラは胴体めがけて横に払われたガンブレードの斬撃をジャンプしてかわす。

「くっ……」

 次の瞬間、左足の回し蹴りを喰らって、ミラは吹っ飛ばされた。

 どうにか空中で猫の様にくるりと身をひるがえし、地面に着地しようとする。しかし、そこを狙っての銃撃。

 何とか身体を捻って銃弾をかわすミラ。

 いったん距離を置くために大きく飛び退く。

「距離を取ってもジリ貧だぜぇ?!」

 ガンブレードをリズミカルに回転させながらの連射。

 ミラは銃弾をかわしながら、たまらず大きな木の幹の陰に身を隠す。

「なんだァ?! かくれんぼかよ? やっぱ、ガキだな、テメーは……」

 カインは犬歯をむき出し、肉食獣の様に笑う。

「……因みに弾切れは期待すんなよ? 弾丸は錬金術で六六六六発まで精製して補充可能だ」

 ミラは木の幹に隠れながら首を傾げる。


 ……錬金術って、そういう術だっけ? 


 だが、多分、この男ならばその程度の事は簡単に出来そうな気がした。

 ミラは改めて思う。

 この男は規格外に強い。

 養父であり戦いの師であったルークよりも……。

 せめて、武器が木刀でなければ、もう少しマシに戦えたかもしれない。

 なぜ、このゲームに参加する前に準備を整える時間をくれなかったのか……。

「やっぱり、あの神様はクソ!」

 彼女が可愛らしい外見には似つかわしくない下品な悪態をついた瞬間だった。

 羽ばたきの音が近づいてくる。それも、たくさんの……。

「あ……何だァ?」

 カインもそれに気がついたらしい。

 空から何かの群れが、やって来る――。

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