【05】ファーストエンカウント


 川蝉かわせみの鳴き声とせせらぎの音が耳をついた。

 おっさんの娘であるミラ・レブナンは何時の間にか、左側の切り立った崖と、右側を流れる小川の間にある水辺に立っていた。

 小川を挟んで反対側には森があり、その向こうには古い遺跡の様な建造物が見えた。

 ミラは慎重に辺りを見渡して、頭上に浮かんだ監視用権天使ラエルの存在に気がついて、びくっ、とする。

「ふええ……怖いよぉ……」

 するとラエルから、あの神様の声が聞こえてきた。

「はろー。ワシじゃ。ゲーム開始の前にいくつかレギュレーションの説明をしようかの……。まず……」

 と、何か急に語り始めた。

 しかし、ミラにとっては、そんな事はどうでもいい事だった。

 何故なら彼女は、他の“テンプレ逸脱者イレギュラーズ”とは違い、この狂ったゲームに明確な目的を持って参加していた。

 それは、“ルークに酷い事をした奴に復讐する”

 ルークとは、彼女の養父のおっさんの事である。

 その彼に酷い事をした者が、あの六人の中にいるというのだ。

 そして、ミラは小柄な身体と短めの赤髪で二つのおさげを結んだあどけない容姿とは裏腹に、案外したたかだった。

 あの白い空間での彼女の言葉。


 ……でも神殿にいる人じゃないのに突然、神様の話をする人はだいたい悪い人か頭のおかしい人って、ルークが言ってたよ?


 あのとき彼女は、他の六人の表情をそれとなく観察していた。

 その結果、ルークという名前にほんのわずかに反応した者がいた。

 確証はない。

 それは、眉を少しだけ不自然に釣り上げた程度の反応だった。

「……まずは、あいつが他の人達に殺されないうちに確認しなきゃ! 本当にあいつがルークを……」

 と、そこで銃声が轟いた。

「……うわっ! 何をするんじゃ!!」

 ラエル越しにクソみたいな神様の焦る声が聞こえた。

 ミラは即座に周囲を見渡して、銃声が聞こえて来た方向を特定する。

「この上ね……」

 それは左側にそびえ立つ崖の上だった。

 ミラは崖に向かって高々と跳躍すると、壁面から突き出た僅かな凹凸を足場に、ぴょんぴょんと跳びはねながら昇っていった。

 そして、あっという間に、崖の上に辿り着くと、生い茂る森の中を凄まじいスピードで駆けて行った。




 その銃声に引き寄せられた者がもうひとりいた。

 ファーつきの黒いロングコート。

 レバーアクション式魔導騎兵銃マギカービンの銃身に、魔剣カネサダをそえた魔導銃と刀の混合武器――ガンブレード。

 パーティ追放者のカイン・オーコナーであった。

 まるで野人の様な動きで梢から梢へと飛び移りながら、切り立った崖に囲まれた台地の上の森を移動する。

「まずは一匹、血祭りにあげるか……ぎひひひ」

 まるで蛇の様な三白眼で狂笑を浮かべる彼は、かつてマイク・ノーベンバー率いる勇者パーティのメンバーだった。

 なんかもう意味がわからないくらい戦闘能力を向上させる【exチート無双level8】持ちの彼は、恐らく総合的な強さでは七人の中でトップレベルだろう。

 しかし、このときの彼は、その強さに慢心して浅慮せんりょであったと言わざるをえない。

 まず彼は銃声という餌に釣られて集まるのが、自分だけではないという事を失念していた。

 そして七人の中で銃を所持していたのは二人――彼と金髪縦ロールのみである。

 つまり、自分をが、銃声に引き寄せられてやって来るかもしれないという可能性を忘れていた。

 結果として彼は、、もっとも戦いたくない相手と一番最初に出くわしてしまう事となった。

 それは人外というに相応しいスピードで、森の木々の合間をくぐり抜けて、彼の正面からやって来る。

「……いひひっ」

 どうやら、梢の上で猿の様に屈み込んで様子を窺う、彼の存在に気がついているらしい。

 戦闘は免れないと感じたカインは木の上から飛び降りて、黒コートをなびかせながら地面に降り立つ。

「ガキんちょが、こーんなとこで何やってやがる。とっととお家に帰えんなァ……ひひひひひひ」

 カインはガンブレードを抜き放って高笑う。

 すると、森の中を猛スピードで駆けて来たミラ・レブナンは急停止して、木刀を両手で構える。

「……ママなんていない。パパはいるけど……」

「あ?」

 カインが笑顔をひそめる。

「ルーク・レブナン……それがミラのパパの名前……」

 ルークという名前を聞いたカインは苦々しげな顔で舌打ちをする。

「……何だ、クソ。テメー、あいつの娘か?」

 あの白い空間で“ルーク”という名前に反応を示したのは彼であった。

「そうだよ。ミラはルークの娘」

 その返事を聞いたカインは、それこそゴブリンのションベンでも口にした様な顔で、再び舌打ちをした。

「全然、似てねえな」

「どうでも良いでしょ、そんな事」

「で、オレ様に何か用か?」

 その問いを受けてミラの顔が憎悪に歪む。

「お前がルークに酷い事をしたっていうのは本当なの?」

「だったら何だってんだ?」

「殺す」

 そこでカインは目を見開いたまま微笑を浮かべる。

「確かに、あいつがあんな風になったのは俺のせいだなァ……いひひひ」

 その言葉を聞いた途端、ミラの瞳に憎悪の業火が燃え盛る。

「ぶっ殺す……ルークは、お前のせいで……お前のせいでッ!」

 再び舌打ちをするカイン。そして「あのクソ神……絶対にただじゃおかねえ」と呟いた。

「何で、お前はルークに、あんな酷い事を……」

 そのミラの質問にカインは迷う事なく即答する。

「決まってんだろ。世界を救うためだ。そのためにあいつには犠牲になってもらった」

「例えルークの犠牲で、本当に世界が平和になったとしても……」

 ミラが地面を蹴った。

「……絶対にお前を許してあげないッ!!」

 右後ろに剣先を引きずる様な構え――脇構えのまま疾風の様に駆ける。

「けっ。そんな棒切れのオモチャで、何が出来るってんだよ!」

 ミラが木刀を逆袈裟に斬り上げる。

 カインは飛び退いてかわす。

 その動きを追う様に顔面へと電光石火の突き。

「なかなか、やるじゃねえか。ならば、こいつはかわせるよなァ……?」

 ミラの突きをカインは、首を捻ってかわす。木刀の剣先が轟音を立てながら顔のすぐ右横を通りすぎてゆく。同時にミラの足元に向かって発砲する。

 ミラは大きく後方に跳躍して、背後にあった木の枝に着地した。

 その前にカインは、トリガーの後ろにあるループレバーに指をかけたままガンブレードを片手でぐるりと回転させ排莢と装填を行う――スピンコッキングである――その後に発砲した。

 ミラが着地した瞬間に木の枝の根元から砕け散り、彼女は真下の茂みに落下する。

「きゃっ!」

 カインは再びスピンコッキングをし、ミラが落下した茂みに向かって銃口を向ける。

「やっぱ、ガキの相手は退屈だわ……テメー、今すぐ消えろや。素直に言う事聞けたら殺さないでおいてやる」

 ミラが立ち上がり、茂みの中から不敵に微笑んだ顔を覗かせる。

「ミラの相手が退屈? それはどうかしら?」

 その瞬間にカインの右頬から、つーっ、と生温い鮮血が滴る。

「何だと……」

 彼の右頬には、何時の間にかざっくりと刃物で切ったかの様な傷がついていた。

 完全にかわしたはずだった。しかも、この傷は木刀のそれではない。

「……まさか、剣圧だけで……」

 ここでようやく、カインは目の前の相手を見くびっていた事を悟った。

 彼の口元が邪悪に歪む。

「安心したぜ。これなら手加減しなくても良さそうだな……」

 カインが何やら呪文を唱える。すると彼の、空いていた左手に漆黒の片手剣が姿を現す。

 ガンブレードと高レベルの錬金術で精製した魔剣の二刀流。

 これこそが彼本来のスタイル。

 しかし、ミラは恐れる事なく再び脇構えのままカインに突っ込んだ――。




 パーティ追放者VSおっさんの娘。

 一進一退の攻防を繰り広げる両雄。

 その様子を少し離れた茂みからスコープ越しに覗く者がいた。

 悪役令嬢のアンナ・ブットケライトである。

「さあて……この勝負、どうなるのかしらぁ……うふふふふ」

 悪役令嬢という観覧者がいる事も知らずに、パーティ追放者とおっさんの娘はしばらく戦い続けた――

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