【02】ゲーム開始
アレックスたちがスキルをさずかってから、二年後の事だった。
最果ての海から魔大陸が天空に浮上し、魔王が降臨する。
凶悪なモンスター軍団を率いて、巧みな戦略と戦術をもって全世界を瞬く間に席巻した。
それにともないマイクとジュリエットの二人は、選ばれし勇者とその従僕の聖女として魔王を討つための旅に出る。
一方のアレックスは、どん底の底辺人生を歩んでいた。
あの【exコピー八級level1】
いくら考えても何をやってもスキルの発動条件は不明のままだった。
結果、彼は発動しないスキルしか持っていない――つまり、いかなる物事の才能も持ち合わせないのと同じという事になる。
何をやっても上手くいかず、人から“能無し”と馬鹿にされ、親からも罵られる辛い毎日を送る。
そうして十八歳になったある日、彼はとうとう人生に耐え切れなくなり死を選ぶ事にした。
自宅の納屋で梯子に乗って梁に縄をかけて、わっかを首に通す。
すると涙がとめどなく溢れる。
あの十二歳の頃の記憶が甦った。
……凄いじゃない。見直したわ!
未だに思い出せる彼女の称賛の言葉。
たったのあれだけが人生で最高のモテ期だった。
……がっかりだわ……期待して損しちゃった!
そして、マイクの腕にしがみつき、去ってゆく彼女の背中。人生最高のモテ期終了――。
その二人は、先日、難攻不落といわれた骸骨砦で魔王の腹心ゴワルクを討ち取ったらしい。
これにより魔王軍は大打撃を受けたとの事だ。
混乱していた世界情勢もすぐに落ち着いてくるだろう。
「うっ、うっ、うっ……それに比べて俺は、何も成していない……悔しい……あいつらを見返したい……でも、俺には何の才能もないんだ……」
がたん!
アレックスは梯子を蹴った。
すると次の瞬間、彼は見知らぬ真っ白い空間に立っていた。
「……は?」
アレックスは周囲をきょろきょろと見渡す。
足元には白い靄もやが漂っており、まるで雲の上にいるかの様だった。
遥か頭上も雲に覆われており、それが四方の果てにある星空へと続いている。
そして、彼の近くには六人の人影があった。
木刀を手にした胴着姿のあどけない少女。
ファーつきの黒コートにガンブレードを携えた男。
囚人服姿で板状の手枷をはめて鎖に繋がれた鉄球を右足に引きずる女。
ナイトキャップに寝巻き姿で鮫のぬいぐるみを抱きかかえた眠そうな銀髪の眼鏡っ子。
なんか、ごつい魔王っぽい怖い感じの者もいる。
そこにアレックスを加えた七人が、白い空間で輪になっていた。
「……ん?」
魔王っぽい奴と目があって全力で目を逸らすアレックス。
闇色の衣を身にまとい、凶悪な二本の角が頭からそそり立っていた。肌の色は魔族特有の紫色である。何人か殺していそうなやばい目つきをしていた。
まさか本物の魔王か……と、思ったが、すぐに、本物の魔王がこんな場所にいるはずがないと自分の馬鹿げた考えを否定する。
そして、その直後に気がついた。
「こんな場所って……そもそも、ここ、どこ?」
その答えはすぐに返って来た。
「ここは、天界じゃよ……」
すると、唐突に七人の輪の中心に、白い衣をまとった老人が姿を現す。滝の様な白髭を顎下にたらし、ひとの良さそうな笑みを浮かべている。
「なんだ……テメーは」
黒コートの男が眉をひそめた。
老人は飄々ひょうひょうと、その質問に答える。
「ワシはこの世界……ナローディアの管理人である神様じゃ」
「頭イカれてんのか? 爺さん」
囚人服の女が困惑気味に言う。
次の瞬間、躊躇なく金髪縱ロールが老人に向かって発砲する。
見事に弾丸は神様を名乗る老人の頭にめり込んだ。
しかし……。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ……」
老人は頭から血を流しながら笑っている。
「……ちっ」
金髪縱ロールは、狙撃銃のボルトを前後に動かしながら舌打ちをする。排出された空薬莢が彼女の足元に落ちた。
老人は目を弓なりに細める。
「お前さんは、威勢が良いの……」
そして、金髪縱ロールから順番に、ひとりひとりを時計回りに指差しながら……。
「お前さんも威勢が良い、お前さんも……お前さんも……」
魔王っぽいやつのところは飛ばした。ビビりやがったなこいつ、とアレックスは思った。
「お前さんも、お前さんも……全員、威勢が良くて結構」
と、そこで大きく息を吸い込んで突然、叫び出した。
「だが貴様ら全員、大馬鹿野郎なんじゃー!! この、ボケーッ!!!」
全員が唖然とする中、魔王っぽい奴が訝しげに問うた。
「突然、何だというのか? いきなり呼び出され、大声で愚弄されるなど到底、許容できん。我を誰と心得るか、貴様」
やっぱり魔王っぽかった。
そこで眼鏡っ子が質問を重ねる。
「……とりあえず、ここに我々を呼び出した理由を聞かせてくれないかしら?」
「でも神殿にいる人じゃないのに突然、神様の話をする人はだいたい悪い人か頭のおかしい人って、ルークが言ってたよ?」
木刀の少女が全員を見渡して言う。
「ルークって誰……」
眼鏡っ子があくびをした。
老人は「ワシは本物の神様じゃ……そこは間違いない」と言って、おほん、と咳払いをする。
そして、再び声を張り上げた。
「お前らがここにいる理由……それは貴様らが全員テンプレに沿って動こうとせんからに決まっておろうがッッああああああああ!!!」
などと言われても、全員がぽかんとする他ない。
眼鏡っ子が真っ先に問う。
「テンプレって、何?」
「テンプレとは、人が辿るべき|運命という物語の鋳型いがたの事だ。脚本と言い換えても良い。そうなるべきと定められた未来の事じゃ」
「運命の脚本? 定められた未来? そんな物がある訳……」
「あるのだよ! 人には辿るべき運命という物語が! 物語の中で果たすべき役割が! お前らは全員、その役割を無視して好き放題やりおった」
そこで老人は突然アレックスを、びしっ、と指差す。
「例えばお前っ!」
「俺っすかぁ……」
アレックスも自分を指差す。
「そうだ。お前だ……お前のスキル【exコピー八級level1】は、一見すると“外れスキル”だけど、使いようによっては超強いの! 一発逆転狙えるの! ワシがそう設定したのッ! それで人生大逆転の成り上がりがお前の物語なのっ!」
「……でも、スキルの発動条件、全然わからないし」
しょんぼりと肩を落とすアレックスに対して、老人は尚も怒声を振り上げる。
「だからって諦めるなよ! もっとちゃんと考えろよ! 頭を使えッ! 熱くなれよッ!! 煮えたぎれよッ!! たった一度の人生だろッ!! このボケナスがぁあああああああッ!!! ……ごほっ、ごほっ、オェ……」
大声を出しすぎて気持ち悪くなったらしい。
老人はしばらく息を整える。
それが終わったタイミングを見計らい、アレックスはおずおずと問う。
「……で、あの……神様」
「なんじゃ」
「そのスキルの発動条件って、何なんですか?」
「バカか。そんなもん自分で考えろぃ。ワシが教えたら本当の意味でのチートじゃ」
「えぇ……」
アレックスは思った。
この神様はクソだと。
そもそも、そんな脚本がある事自体、初耳なのだから、役割を無視したとか急に言われても何が何だかわからない。
他の面々もおおむね同じ気持ちだった様で、明らかに各々の表情には不満が満ちていた。
場の空気が徐々に張り詰めてゆく。
しかし、そんなものは、蛙の面にションベンとでも言いたげに、老人は再び飄々とした態度に戻って言う。
「……で、要するにワシは、定められた運命の脚本通りに動かない出来損ないの貴様らを存在抹消する事にした」
そこで、黒コートが動いた。
「テメー、殺やる気なら、こっちも容赦しねえぞ?」
突然、高々と跳躍し老人めがけて飛びかかる。
着地と共にガンブレードを振り下ろした。
しかし、その直前で老人の姿は忽然と消えていた。
「何だと……」
「落ち着け。話は最後まで聞くのじゃ馬鹿たれが……」
何時の間にか黒コートの上空に老人が浮かんでいた。
「おほん……ワシもまあ、こんな馬鹿たれ共などいらんと、最初は思っとった……だが、全員、このまま存在抹消するには少しだけおしい
「チャンス、だとぉ……?」
黒コートがガンブレードの銃口を老人に向けながら首を傾げる。
「そのチャンスとは、ここにいる七人で、これからちょっと殺し合いをしてもらう。そうして、生き残った者一名を再び現世に戻してやろう」
「そんな……てめー、ふざけんな!」
囚人服の女が枷かせで拘束された両手を振り上げる。
すると老人は胸をはって、高々と笑う。その姿はまるで神様というより悪魔の様だった。
「ふざけてなどおらん。これはゲームではないし遊びでもない。貴様ら七人の存在をかけた真剣な殺し合いじゃ! それが貴様らの新たな物語! 新たなる役割!」
「そんな……」
アレックスは絶望して膝を突く。発動条件の解らないスキルしか持たない自分が、そんな闘争を勝ち抜ける可能性は限りなく低い。
「精々、励むがよい。さて、最初に脱落するのは誰かの……」
「オメーだよ、ボケ爺」
黒コートがガンブレードをぶっぱなす。しかし、その弾丸が届く前に老人の姿が消える。
「おっほっほっほっほっほ……」
後には老人の勘に障る笑い声だけが残った。
その笑い声が虚空に消えた頃、七人はバトルフィールドへと強制転移させられた。
こうして、七枚のカード――
外れスキル男――。
婚約破棄ヒロイン――。
悪役令嬢――。
おっさんの娘――。
パーティ追放者――。
賢者――。
魔王――。
“テンプレ
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