【01】プロローグ




腐ったリンゴは箱ごと捨てなくてはならない。


 ――ポル・ポト




 この世界では十二歳の誕生日を過ぎると、創造神の神殿で洗礼を受け、スキルを授かる事ができる。

 スキルはひとりにつき、だいたい一個から三個が与えられる。

 スキルとは才能であり、これのあるなしでは、物事の習熟スピードやのびしろがまるで違う。

 スキルを新しく身につける方法もなくはない。

 しかし、それにはかなりの困難が伴うため、大抵の人は十二歳の洗礼で授かったスキルのみで一生を過ごす。

 当然ながら才能の有無は、人生を大きく左右する。

 そのために、どんな不信心者でも十二歳の誕生日を迎えたその日だけは、熱心に神への祈りを捧げるのだ。

 この日もある町の神殿に、十二歳の誕生日を迎えて間もない三人の若者の姿があった。

「……もしも戦いに関係するスキルが揃ったら、みんなで冒険者でもやろうぜ。俺達で、あの有名な『かささぎの爪』を越えるんだ」

 と、マイク・ノーベンバーは、整った目鼻立ちを屈託のない笑みに歪ませた。

「いやよ。私は歌姫になりたいわ。あなた達は私の後ろで踊りなさいよ。きっと楽しいと思うの」

 と、ジュリエット・インディアは肩をすくめる。しかし、アレックス・モッターはひとり緊張した面持ちで、荘厳なフレスコに彩られた神殿のアーチ型の天井を見上げていた。

「おい。アレックス! お前、もしかして緊張してるのか?」

 マイクが彼の胸をふざけて拳で突いた。

「おわっ……」

 不意を打たれたアレックスはよろけて尻餅を突く。

 マイクとジュリエットはけらけらと笑った。

「もう。アレックスったら、本当にどんくさいわね……ほら」

 と、ジュリエットが右手を差し出してきた。

「あ、あ……ありがと……」

 アレックスは内心でどぎまぎしながら、歳の割りには大人びた魅力の持ち主であるジュリエットの右手を取って立ち上がった。

 すると、そのタイミングで白髭の老司祭がやって来る。

「では……洗礼の儀式を始める。至高神の祭壇の前に……」




 儀式が終わり、ようやく緊張から開放された三人は、石造りの祭壇の前で横一列に並んで笑みをこぼす。

 この時点でまだ自分がどんなスキルを授かったのかはわからない。

 祭壇の上にある黒いモノリスに右手を触れると、それが判明するのだが……。

「……マイクとジュリエットから先にどうぞ」

 アレックスは遠慮して一歩後ろにさがる。そんな彼の様子をマイクとジュリエットはせせら笑う。

「何だよ。もう今更スキルの変更はできないんだから、びびったって仕方がないだろ?」

「そうよ。本当にアレックスったら臆病なんだから……」

「ごっ、ごめん……」

 へらへらと苦笑いしながら頭をポリポリと掻くアレックス。

「……んじゃ、僕から行くぜ!」

 と、ジュリエットの前でアレックスとの違いを見せつけたいマイクが先陣をきって、躊躇なく階段を登り、祭壇の上まで歩みを進めた。

 そして、そこに起立している扉板程度の大きさの黒光りするモノリスに触れた。

 その瞬間、ぶおん、と音が鳴りモノリスが輝きを帯びる。

 一面黒だったモノリスの表面に青白い文字が並ぶ。

 そこには……。


 【剣術level5】

 【ex輝光術level5】


 と、あった。

 それを見た瞬間、モノリスの脇に立っていた司祭の顔色が変わる。

「エクストラスキル、輝光術きこうじゅつ……しかもレベル5とは……」

 エクストラスキルとは、滅多に同じスキルの所有者が現れない、レアリティの高いスキルを指す。

 そして、レベルはその才能の伸びしろを指す。レベルの高いスキルほど、強力なものだと考えていい。

 最高レベルが8なので、マイクのスキルはどちらもかなり強力なものだと言えた。

「……あれ、僕の才能スキル、もしかして何かヤバイ感じっすか?」

 何となく自分のスキルが凄そうな事は悟っていたが、あくまでも素知らぬ顔つきで、ヘラヘラと笑うマイクだった。

 司祭は我に返り、マイクの肩に手を置いた。

「輝光術は、魔を滅し、混乱の世に光をもたらす神の御技……お主は選ばれし者なのかもしれん」

「選ばれし者なんて大げさな……」

 思い切りどや顔を決めたいマイクだったが、あくまで謙虚な態度を崩そうとしない。

 祭壇の下からジュリエットの「きゃーっ、マイク、ステキーっ!」という、黄色い歓声が飛んだ。

 そこで司祭はようやくジュリエットとアレックスの存在を思い出し、おほんとひとつ咳払いをした。

「……おお。まずは詳しい話は、他の者が終わってからにするかのぅ。長話になるし」

「ええ……お願いします」

 そう言って爽やかな笑顔で司祭と握手をかわし、祭壇から降りる。

 代わりにジュリエットがマイクとハイタッチを交わして祭壇に登り、モノリスの前に立つ。

「行きまーす!」

 と、ジュリエットが可愛らしくそう宣言してモノリスに触れた。

 そうして、浮かび上がったのは……。


 【神聖術level6】


「スキルはひとつだけだが、レベル6とは……これもまた素晴らしい」

 だいたい、スキルはレベル5で達人になれる程度の才能なので、レベル6などといったら相当なものである。

「えへへへ……どうも、どうも……」

「君は、これから神聖術の勉強に励みなさい」

「もう、簡単な魔法の呪文ならいくつか知ってます。うちの父親が神聖術師なので……」

「そうか。そうか……これからもしっかり励みなさい」

「はーい!」

 と、元気よく答えてジュリエットは階段を駆け降り、マイクに勢い良く抱きついた。

「マイク! 私も何か凄いみたい!」

「流石はジュリエットだ」

 見詰め合う二人。

 そんな友人達の様子を羨ましげに眺めるアレックスだった。

「……では、最後に君……来たまえ」

 祭壇の上から司祭に声をかけられ、ヨーゼフは神妙な顔つきで頷く。

「せいぜい、頑張れよ!」

 マイクの心ない声援とジュリエットの嫌味な忍び笑いを背中で聞きながら、アレックスは運命の階段を一歩ずつ登る。

 そうしてモノリスの前に立ち、ごくりと唾をひとつ飲み込んでモノリスに触れた。

 ぶおん。

 浮かびあがった文字は……。


 【exコピー八級level1】


「おや。これもエクストラスキルじゃが……」

 司祭が目を丸くする。マイクは面白くなさそうに舌を打った。下に見ていたアレックスがエクストラスキル持ちというのが気に入らなかったらしい。

 ジュリエットはというと「どうせ、アレックスのスキルだし大した事ないって……」と、小馬鹿にした様子で言った。

「このコピー? って何ですか?」

 アレックスはモノリスに浮かんだ文字を指差しながら不安げに眉をひそめる。

 しかし司祭も良く知らないらしい。

「ちょっと待っておれ……」

 そう言って何やらモノリスに右手をかざして呪文を唱え始めた。

 すると再び、ぶおん、と音がなり、モノリスに新たな文字が浮かびあがる。

 それは【exコピー】に関する説明文だった。

 司祭がふむふむと頷く。

「exコピーは、自分が見た事のある魔法をコピーしてレベルの回数だけ使う事が出来るみたいじゃな。つまり君の場合は一回だけ」

「はあ……」

 司祭は更に解説を続ける。

「使用できる魔法は、一番新しく見た魔法に限る。例えば、“回復ヒールの魔法を見てから、直後に“炎のファイアボルト”を見れば、君は“炎の矢”を一回だけ使える。新しい魔法を見るたびに、そのつど使える魔法は上書きされ、残り使用回数はリセットされて元に戻るという訳じゃ。コピーする魔法を使用するときは正確に呪文を詠唱せねばならん」

「魔法はどんな魔法でもコピーできるんですかっ!」

 祭壇の下からジュリエットが手を上げて司祭に問う。

「いや。コピーできる魔法は等級に応じて変わるとある。まあ八級とあるから、大抵の魔法はコピーできるんじゃないのか?」

 と、司祭は自らの白髭を撫で付けながら答えた。

 魔法にはその威力に応じて位くらいが定められていた。どの種類の術にも九つの級位レベルが設定されている。

「つまり、アレックスは、第八級位の魔法までなら何でもコピーできるって事?! 凄いじゃない。見直したわ!」

 と、瞳を輝かせるジュリエットだった。

 しかし、マイクは面白くない。

「……でも、使える回数が一回だけなんてショボいし……やっぱり使えないよ」

「そんな事ないわ。ねえ。試しにやってみましょうよ! 私の“物理防御上昇プロテクション”の魔法をコピーして見せてよ」

 ジュリエットがアレックスに向かって手招きをする。

 するとアレックスは、デレデレとしながら祭壇を降りてジュリエットの元へ向かう。

「チッ、てめー、調子にのんなよ?」

 マイクがそっと耳打ちして来たが、アレックスはまったく気にならなかった。

 何故ならずっと好きだったけど相手にしてくれなかったジュリエットが、やっと認めてくれたのだから。

 きっと、マイクの方も、すぐに自分を真の友達だと認めてくれるに違いない……無邪気にそう勘違いしていた。

「行くわよ。アレックス」

「う、うん」

 艶やかで少しふっくらとした唇が呪文を紡ぐ。

 アレックスの身体が金色の光に包まれる。

 “物理防御上昇プロテクション”の魔法が発動したのだ。ちなみにこの魔法は神聖術第一級位。つまり、もっとも低い位の魔法になる。

 魔法が発動したあと、マイクの舌打ちが聞こえた。

「じゃあ、てめー、早く“物理防御上昇プロテクション”の魔法を使ってみろよ!」

「あ、うん」

「わっ、わかったよ……」

 アレックスは、マイクの肩に手を置いて呪文を紡ぐ。

 しかし……。


「あれ?」


 何も起こらない。

「どうしたの? 呪文、間違えた?」

 表情を曇らせるジュリエット。

「いっ、いや……その……もう一回、やってみるよ!」

 呪文を繰り返す。しかし、何も起こらない。

「やっぱり、呪文は間違ってないみたいねえ……」

 と、ジュリエット。

 それから、もう一度ジュリエットが他の魔法をかけて、何回か試してみたが結果は同じだった。

「な、何で……コピーできるんじゃないのか? 魔法を」

 愕然とするアレックス。

 すると、そこでマイクが腹を抱えてゲラゲラと笑い始めた。

「こんな事だろうと思ったぜ。……何がコピー八級だよ。とんだ“外れスキル”じゃねえかよ!」

「がっかりだわ……期待して損しちゃった」

 と、肩を落とすジュリエット。

「ちょっと、ちょっと待ってよ……きっとスキルを発動させる何かの条件があるんだよ! それさえ……それさえ解れば……」

 そこで黙って静観していた司祭が声を上げる。

「もう良いかの? こっちはマイク君に、輝光術についての話をしたいんじゃが……」

「ちょっと……ちょっと待って……俺の……俺のスキルは……」

「知らんよ。自分で発動の条件を見つけなさい。そうした探求もまた人生……」

 司祭は冷たくそう言って、マイクににこやかな顔で語りかける。

「……では、マイク君こちらに」

 司祭は祭壇の右手にある扉口の方へと向かった。

「じゃあな! アレックス。せいぜい頑張れよ!」

 マイクが司祭のあとに続く。その右腕にジュリエットがしがみついた。

「私も一緒に行きたーい!」

「構わんとも。君の才能も特筆すべきものだからな……ひょっとすると君にも関係のある話かもしれん」

 と、司祭が答える。

 ジュリエットは再びアレックスに対する興味を完全に失った様だ。唖然とする彼の方を振り向こうともしない。

 そうして、アレックスは誰もいなくなった神殿にひとり取り残されたのだった。

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