エピローグ

 三が日が終わると、東武白山神社からは宮司も巫女さんもいなくなる。

 そうなると、あたしはバイトの巫女さんから、ごくごく普通の冬休みの女子高生に戻る。

 その日は、近くのショッピングモールに行こうと、駅まで歩いていた。

 正月気分の抜けない街は、まだ人通りが少ない。

 巫女のバイトはそれほどお給料がいいわけじゃない。でも、深夜手当もついたし、けっこうな長時間労働だったこともあって、高校生にはおいしい金額が入った。

 服でも買おうかなーと思う。シロカが一着持って行ってしまったし。冬服なので、なくなった数も多い。 

 でも、シロカはあの繁忙期を働いて、お給料をもらい損ねたのだから、あのぐらいはいいだろうとも思う。むしろ、サイズの合わないお古とか申し訳ない。

 余談だけど、お給料はバイトの最終日に直渡しだったから、宮司さんはシロカのことで慌ててた。そもそも、履歴書とかもないことにも後で気づいたらしい。あたしに訊いてきたけど、トボけた。忙しいからってガバガバ過ぎる。

 そんなことを考えていると、ふと足を止めていた。

 街角にお地蔵さんが立っている。ぱっと見はシロカと一緒に行った、白山神社の祠にも似ている。

 手を合わせて、また歩き出す。

 多分、去年までなら止まらなかったと思う。目に入ることもなかったかもしれない。

 ふと、道行く人の表情を見る。嬉しそうなのか、悲しそうなのか。

 昨日、友達と会った時にも、どんな顔をしてるか、前より気になっていた。

 なんとなくだけど、目で追うものが多くなった。

 巫女のバイトの二日目以降は、自分が参拝客にどう接しようとしているのかとか、考えた。

 変わったような、気のせいなような。

 ただ、今、自分がしたいことははっきりわかる。

「服、買おう。うん」

 シロカが持って行ったものと同じ服。

 さすがに同じものは売ってないから、少なくとも似たような服。

 結びつけていたいのかもしれない。

 そう思った時、不思議と、巫女舞いでシロカと繋がった時と同じような感覚を、何か重なるようなものを感じた。

 多分、気のせい。

 でも、本当にそうだといいな。

 思いながら、少しだけ風景の変わった街を歩いていく。


 シロカは見慣れた境内に立っていた。

 彼女が少し前までいた東武白山神社という小さな神社と比較すれば、その境内はかなり広い。

 薄闇の中、踏みしめた玉砂利が快い音を立てる。

「シロカ様? どうなさったんですか。その服……」

 問いかけたのは、おかっぱの少女だった。

 シロカと同じく白山神社の神に仕える、巫女の素養を持つ少女、禿かむろと呼ばれる巫女見習いの一人だ。

 シロカは思い出す。

 あの世界に行く前、立っていたのはちょうどこの場所だった。

「いつ着替えたんですか? それよりも、ここでそんな服はまずいですよ」

 見回せば、広い境内はいつもどおりほぼ無人で、玉砂利の敷かれた参道は静寂に満ちている。

 ただ、どこかから確実に何者かに見られているような気配はする。神様の気配だ。

 何もかもが、東武白山神社とは違うと、シロカは思う。

 微笑が漏れた。

「すぐ着替えます」

 シロカは社務所に向かう。

 神様が自分を送り出したなら、服のことも把握しているはずと、不安はなかった。

 禿の反応で、自分が出てすぐの時間に帰ってきた確信する。

「まだ大晦日ですか。ちょっと時間が戻った気がします」

 空は暗く、もうじき年が変わる。

 この神社に参拝客はやってこない。巫女舞いも、人を殺すため以外に舞うことはない。

 クスリと声を笑い声をこぼしていた。

 あの世界は楽しかったと、シロカは心から考える。

 巫女が神の代行者であるこの世界を嫌うわけではないが、あの世界も、別の形の巫女も、菊花も好ましかった。

 シロカは自分の指先を見る。

 菊花と別れるための繋がりを結びつけた指だ。

「もっと話したかったんですけど」

 この時間軸に戻ることができるなら、のんびりしてくればよかったと、半ば本気で思う。

 シロカは社務所の更衣室に入る。

 服を脱ぎ、新しい巫女装束に袖を通したところで、菊花の服を持ってきてしまったことを自覚する。

「……ゴメンなさい」

 別の世界に向かって謝罪する。

 繋がりがあるので、向かうことができないわけではない。向こうの世界でも、神様から授かった力は使えたのだから、その気になれば行き来できないわけでもなさそうだ。

 しかし、シロカは自らこの世界を離れようとしない。

 だから、菊花とはもう会うことはない。

 脱いだ服に目をやる。菊花の服は自分には少しサイズが大きい。

「忘れません」

 もう会うことはないだろう少女に、本当なら結ばれることはなかっただろう繋がりに、呟いた。

 彼女の神様がこの日に、何の目的があって、あの神社に送り出したのかはわからなかった。

 ただ、少なくともシロカは胸の切なさに、確かに感謝していた。


 この時、シロカが気づいたことや、できた繋がりが、数年後の人神革命に結びついていくのだが、そんなことを彼女は知る余地はなかったし、その話が語られることもない。

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異世界の巫女は命がけの戦闘職だが、この世界ではバイト巫女 八薙玉造 @yanagitamazo

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