第2話 巫女が「ここはどこだ? 今は何年だ?」と問う
通報した。
シロカさんが首を折る前に駆けつけてくれた警察官が、社務所荒らしの人を連行していく。境内の外で宮司さんと警察官が話していた。
そして、あたしの傍には首を折らなかったシロカさんがいる。
シロカさんはそんな警察や宮司さんを穏やかな眼差しで眺めていた。
「あの警官も殺さなくていいんですか?」
「なんで!?」
不思議なのはこっちだ! って顔で、質問に質問で返してしまう。しかたない。
「だって、神社は警察の管轄外ですよね。普通、神社に関係ない人が入ってきたら、殺しませんか?」
「殺さないでしょ! 警察は日本国内だいたい管轄だし!」
シロカさんは何を言ってるのかわからないって感じで、目を丸くしている。
「でも、ほっといたら、神様がお怒りになってもっと大変なことになります」
「その前に、この神社が国家権力の怒りを買って大変なことになるって」
シロカさんはまだ納得いかないようだった。
でも、しばらく考え込んで、頷く。
「そっか。そういう神様なんですね。何もかも自分の物差しで測っちゃダメなのは、最初に教えてもらっていたのに。ゴメンなさい! 巫女としての基礎も忘れていました」
ペコリと頭を下げる。
「いや……。その。謝られても」
「それじゃ――」
軽く話題でも変えようって感じの言葉と、表情。
シロカさんはどこからか、刃物を取り出した。
短刀の、抜身の刃が照明に冷たく光る。
「えっ……」
殺されるの?
さっき、社務所荒らしを組み敷いていた時と同じ微笑を見て思う。
あの男の人の腕や首を折ろうとしたように、さっき警察官を殺すと言った時のように、当たり前みたいに殺される。
震えることもできず、全身から汗が噴き出すような錯覚を覚えるだけ。
「じゃあ、わたし、境内を出てから死にますね」
「そっちなの!? 死ぬの、そっち!?」
「うん。すみませんけど、後始末と、神社への連絡はお願いします」
「お願いしないで!」
歩き去ろうとするので、思わず袖をつかんで止めた。
「なんで? 殺すとか死ぬとか、そういうのなの!? ちょっと意味がわからないし、本当にやられたら確実に警察沙汰だし! あたしは一生もののトラウマだし!」
「でも、巫女であるわたしが、祭神様の許しもなく、自分の神社以外……この神社に無断で入り込んでしまったんですから、もう死ぬしかないじゃないですか」
「当たり前みたいに言ってるけど、ぜんぜんわからない! よく考えたら、シロカさんが何者かもぜんぜんわかってない! なんでそこにいたの?」
「それはわたしもわかってないんですけど、死ぬしかないのは変わりません……。菊花さんも、巫女だったらわかりますよね」
「わかんないって言ってんじゃん! 一切わからない!」
「あれ? その子、もしかして交代で入ってくれる子?」
能天気な声に我に返る。
警察官との話が終わったらしく、宮司さんが戻ってきていた。
「やー。助かる。大晦日だからほんと忙しいと思うけど、がんばってね。わかんないことは、菊花ちゃんが優しく教えてくれるし」
それだけ言うと、手を振って拝殿の裏に消えていった。
短刀を握ったシロカさんの袖をつまんだまま取り残される。
「今の男性は何者なんですか?」
「宮司さんだよ」
「宮司?」
「うちの責任者。この神社で一番えらい人」
「男性が? え?」
シロカさんの表情が変わる。
ずっと穏やかだった顔に緊張が走る。
黙り込んだまま境内を見回し、拝殿を、社務所を、あたしを見つめる。
「菊花さん。わたし、映画みたいなこと言いますね」
「うん?」
「ここはどこだ? 今は何年だ?」
「うわっ! 本当に映画みたいな台詞!」
「さっきから全部おかしいんです。わたしは巫女で、菊花さんも巫女ですよね」
「それはまあ。あたしは三が日限定のバイトだけど」
「それなのに、ずっと話が食い違ってるんです。話というか、巫女という概念が。神社という概念自体が」
「概念……」
巫女とか神社にくっつけて使う言葉じゃない。
「菊花さんの知っている巫女って、どういうものですか?」
「えっと……改まって訊かれると困るなぁ」
少し考えて続ける。
「当たり前のこと言うけど。神社の助勤。ああ、えっと。バイトで、宮司さんとかの祭祀? そのお手伝いをしたり、そこの社務所でお守りとか破魔矢とかお授けしたり、三が日とかだと、巫女舞い……神楽とかね。そういうのを舞ったりとかも」
「ぜんぜん重要じゃないですね」
「そう言われると、どんな顔すればいいかわからない」
「わたしの知ってる巫女と違います」
シロカさんはやっぱり緊張して、困惑して、でも、冷静に言った。
「菊花さん。わたしの巫女は戦闘職なんです」
言い切る。
「巫女は神様の代行者。人の前に立つ神とは、巫女です。そして、神様に代わって戦う者」
話すうち、シロカさんは穏やかな表情を取り戻していく。
考えが整理できたとか、そういうことなのか。
それから、シロカさんはじっとこっちを見た。大きな黒い瞳はやけに澄んでいる。
「わたし、多分、別の世界に来たんだと思います」
何言ってんの。
素でそう返したいことを言われた。
でも、不思議とその言葉は出なかった。
シロカがあまりにも本気で言っていたから。
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