第17話 拾漆
彼女をこれ程までに憎く思ったことがあったでしょうか。センセの瞳を覗き込まずとも、何があったのかは察して余りあるというもの。これまでわたしが時間をかけて積み重ねてきたすべてが、無残にも水泡に帰してしまいました。彼女の大して意味を成さない悪ふざけのために。
あぁ、彼女へ注ぎ込まれた鬱積し爛れた欲望は、どれほどの甘露であったことでしょう。それを思うと悔しさのあまり、知らず奥歯を力いっぱい噛み締めてしまいます。
しかし、センセに対するわたしの興味は、子供の飽いた紙風船のように、くしゃくしゃに萎んでしまいました。心残りがないと言えば嘘になりますが、わたしが生き永らえる分だけを頂戴したら、お暇することにしましょう。
理想を手に入れるということは取りも直さず、他の一切を諦めるという事と同義なようです。どんな力を手に入れたところで、その原理原則からは逃れられないのだと、奇しくもわたし自身で証明してしまいました。
生命である以上、その営みは常に取捨選択です。どんな瞬間においても、選択を迫られるのです。そして、選択しなかった物を、選択できなかった物を、どうしたって忘れることなどできぬのです。そして、ありえたかも知れない今日に想いを馳せて、夜毎布団の中で憂うのです。
センセも人間をお辞めになったところで、その苦しみから解放されはしないということに、早くお気づきになるべきでしょう。
生きている限り、何事かに心煩わされるのです。
この世界には、はじめから安寧などありはしないのですから。
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