第14話 拾肆

 普段は訪問客の応対などしませんのに、今日は蟲が知らせたとでも言いましょうか、とても嫌な感触があったので玄関の戸を開けてみました。


 やはり世の中というものは、好き勝手に生きることを何人にも許さないのでしょう。そこに立っていたのは、ニヤニヤとした薄笑いを頰に貼り付けた、身なりの良い男装の女でした。


 私はこれが誰なのかを知っています。人は誰しもが、鉄の枷をその脚に嵌められて、先の見えない道程を彷徨い歩いているのです。そう、彼女は私に嵌められた鉄の枷。この様な私にも、世界は苦痛を与えることを忘れたりはしません。


「やぁ、シロ。久しぶり」


 男装の女は軽薄な陽気さの混じる声音で、そう挨拶を述べる。あぁ、これです。これは彼女の声に間違いありません。


「春ならまだ当分は来ないでしょう。いえ、ここに来るかどうかも怪しいものです。姉さん」


 私はその鋭利な刃物じみた光を湛える彼女の眼を真っ直ぐに見つめ返しながら、努めて冷淡に応じます。


「はて、そうかな。私はもうすぐだと思うのだけれど。こんなにも匂いがするからね」


 言って彼女は鼻をすんすんと鳴らしてみせます。


 私は無言のまま、彼女を見つめる眼を眇めました。


「まぁ、いいか。シロ、お前もわかっているとは思うが、独り占めはいけないことだよ。それは大罪だからね。許されないことだ」


 彼女は真っ赤な唇から、ぬらぬらとした舌先を少しだけ見せると、ニヤリと下卑た笑みを浮かべます。


 あぁ、この恥ずかしい生き物が、血を分けた実の姉であるという事実が、私にどれだけの苦しみを齎していることか。そんな苦々しい想いに、思わず唇を噛んだ瞬間、私は唐突に、そして猛烈にいまセンセに触れたくなっていることに気がつきました。


 センセのその体におもいきり抱きつき、その立ち昇る欲望に湿った匂いを、胸が破裂するほどに吸い込みたくなったのです。


 すると、眼前の彼女がその笑みを更に深めます。


「ほら。やっぱり春は近いじゃないか」


 私は今日ほどこの姉を恨めしく思ったことはありませんでした。

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