第12話 拾弐

 センセがもう少しで戻ってくることはわかっていました。なので、ちょうど通りかかったシンさんを捕まえておいたのです。


 シンさんは、とある商家の旦那様が囲ってらっしゃる男妾だけあって、見た目の整った綺麗なお方です。わたしたちは似たところがあるようで、街中で顔を合わせれば、必ずと言っていいほど長話になるのでした。


 ですが、今日は小降りとはいえ雪の降る屋外です。そう長くは話せないでしょう。なので、そういった意味では、ちょうどいいお相手でした。わたしはシンさんと近況を伝え合いながら、チラリと曲がり角へと視線を向けます。あくまで自然に、様子を窺う素振りにならぬように。


 すると、やはりセンセはもうお戻りになられていました。あの板塀の向こうに、センセの羽織が引っ込んで行くところが見えました。わたしとシンさんに気が付いたのでしょう。そうとわかれば、あとは見せて差し上げるだけです。


 わたしは努めて明るく、楽しげにシンさんと言葉を交わしていきます。そして、いつもより多く笑い、ひとつひとつの仕草も大きく大袈裟に演じていきます。きっとセンセは目を離すことも、逸らすこともできないはずです。見れば傷付くのに、見ずにはいられない。そこに見出せるのは己の惨めな姿だけだというのに。


 憐れで可哀想なセンセ。なんとも愛おしいセンセ。


 だからわたしは最後にシンさんへもたれ掛かってみせました。シンさんは人の心の機微をわきまえた方ですから、わたしを柔らかく受け止めると、静かに抱きしめてくださいました。


 この場面を見た穏やかざるセンセの心中を想うと、わたしの身の内には止め処なく、何度も震えの波が湧き起こるのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る