第12話 拾弐
センセがもう少しで戻ってくることはわかっていました。なので、ちょうど通りかかったシンさんを捕まえておいたのです。
シンさんは、とある商家の旦那様が囲ってらっしゃる男妾だけあって、見た目の整った綺麗なお方です。わたしたちは似たところがあるようで、街中で顔を合わせれば、必ずと言っていいほど長話になるのでした。
ですが、今日は小降りとはいえ雪の降る屋外です。そう長くは話せないでしょう。なので、そういった意味では、ちょうどいいお相手でした。わたしはシンさんと近況を伝え合いながら、チラリと曲がり角へと視線を向けます。あくまで自然に、様子を窺う素振りにならぬように。
すると、やはりセンセはもうお戻りになられていました。あの板塀の向こうに、センセの羽織が引っ込んで行くところが見えました。わたしとシンさんに気が付いたのでしょう。そうとわかれば、あとは見せて差し上げるだけです。
わたしは努めて明るく、楽しげにシンさんと言葉を交わしていきます。そして、いつもより多く笑い、ひとつひとつの仕草も大きく大袈裟に演じていきます。きっとセンセは目を離すことも、逸らすこともできないはずです。見れば傷付くのに、見ずにはいられない。そこに見出せるのは己の惨めな姿だけだというのに。
憐れで可哀想なセンセ。なんとも愛おしいセンセ。
だからわたしは最後にシンさんへもたれ掛かってみせました。シンさんは人の心の機微をわきまえた方ですから、わたしを柔らかく受け止めると、静かに抱きしめてくださいました。
この場面を見た穏やかざるセンセの心中を想うと、わたしの身の内には止め処なく、何度も震えの波が湧き起こるのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます