21 愛の響き

 ティノ達は、ベゼーラの背中に乗り、ひたすらヨーロッパの戦場に向かって進んだ。

数日間飛び続けて、最初の戦地が見えてきた。

大きな都市だが、建物があちらこちらで崩壊し爆発の黒煙が立ち上っていた。

ドドドドドッ・・・

人と人が争う世界に、醜い音が響き渡っている。

大砲の炸裂音、機関銃の連射音、戦闘機のプロペラ音

なにより悲しい音は、人間の悲鳴と苦痛の音。

ハーミィは、その音を聞く度に、嘆き悲しんだ。

「こんな音、音の妖精は考えなかったわ、人間が作りだした悲しい音、直ぐに消したい!」ハーミィは、泣きながら叫んでいた。

「ベゼーラ、あの兵士達が居る所まで近寄れるかい」ティノが言った。

「ええ・・・危険だから私にしっかり捕まって」

ベゼーラは、兵士達が陣取る場所に向かって急降下していった。

敵の戦闘機と勘違いした兵士が、銃弾を撃ち始めた。

銃弾は、ベゼーラめがけて、どんどん打ち込まれてくる。

激しい爆撃音が、鳴り響く。

ティノは、左腕でベゼーラの身体につかまり、右腕で、セレーナの身体をしっかり支えた。

モナも、ティノと同じように、片腕でセレーナが振り落ちないように支えた。

「セレーナ、危険だけど、今すぐに魔法のヴァイオリンを弾いて!」ティノが叫んだ。

両手を話さなければならないセレーナはとても危険な体勢だが、とにかく魔法のヴァイオリンをしっかりと握り、ヴァイオリンを奏で始めた。

戦場の上空に美しい音色が響きだした。

しかし、兵士達の攻撃は全く止まない。

「どうしたの、お兄ちゃん・・・兵士の攻撃が止まないわ!!」モナが叫んだ。

確かに、魔法のヴァイオリンの音色が、ティノ達に聞こえているのに、兵士が変わらない。

「だめだ、音が届いていない」ティノが叫んだ。

ベゼーラは、三人が危険にさらされる為に、低空飛行だけは避けていた、だが爆音や銃声音があまりに大きく、もっと近づかなければヴァイオリンの音色が届かない。

「ねえ、ベゼーラ、もっともっと近くへ・・・」

ティノの声を聞いて、ベゼーラはさらに急降下を始めた。

ドドドドドドドドドドッ・・・・・

ベゼーラめがけて、大砲が撃ち込まれた。

「危ない!」ハーミィが叫んだ。

ティノもモナもベゼーラにつかまっているだけでも厳しい状態だが、セレーナを支え続けなければセレーナが演奏出来ない。三人は必死にこらえ、セレーナは夢中で魔法のヴァイオリンを奏でた。

その時だ。

ドドドド~ン・・・ベゼーラの羽根に銃弾がかすめ、バランスを崩したベゼーラが垂直に急降下している。

「きゃ~・・・・」モナが叫んでいる。

ティノは、大慌てで両足をベゼーラの身体にからませ、両腕で、モナとセレーナを抱きしめ、急降下する危険から守っている。

ぐるぐるぐるぐると旋回して、ベゼーラが落下してゆく。

「ベゼーラ!」ティノが叫んだ。

セレーナも演奏どころでは無くなった、魔法のヴァイオリンギュッと抱きしめ落ちるのを必死にこらえている状態だった。


「ティノごめんなさい!」

ベゼーラが返事して、もう一度体勢を整える為に上空に昇って、ひとまず、安全な空まで引き返し、それから危険を避けた草原に降り立った。


「お兄ちゃん、この作戦は危険すぎるわ」モナが言った。

「ああ、確かに」

「音が届かなくちゃ、どうにもなわないわねぇ・・・」セレーナが言った。

とは言え地上から戦場に近づくのはさらに危険すぎる。

何時銃撃されるかも解らない。

どう考えても上空から、魔法のヴァイオリンの音色を聞かせる方が良いと三人は思った。

夜に飛ぶのも、暗すぎる上に、スポットライトを照らされたら、今回以上に的が絞られ、危なすぎる。

みんなは頭を抱えてしまった。

考え込んだあげく、ティノに一つアイデアが浮かんだ。

「ねえベゼーラ、白鳥のような大きな渡り鳥達を集める事が出来る?」

「アルプスを渡る白鳥なら、呼び寄せる事が出来ます」ベゼーラが答えた。

「じゃベゼーラ、その白鳥達を呼んで」ティノがベゼーラに言った。

「解りました、では早速、待ってて下さい」ベゼーラは、そう言って、アルプス山脈に向かって飛び立った。

ティノは、その夜、新しい作戦をみんなに伝え、ひとまず眠ることにした。



 二日目の新しい朝がやってきた。

太陽が燦々と輝き、澄み切った青空が広がっている。

まだ帰らないベゼーラを、今か今かと待ちわびていると、大空の彼方から、数十に及ぶ大きな白鳥が飛来してきた。

「あれ見て!白鳥じゃないの・・・、あそこにベゼーラが・・・」ハーミィが言った。

みんなが見上げる方向に、数十羽の白鳥が、ティノ達に近づいてくるではないか。


降り立った白鳥達は、ティノ達を囲む様に集まった。

ティノは、ベゼーラに白鳥を集めた訳を話し、ベゼーラが白鳥達に、訳を伝えた。


「じゃみんな、夕方までゆっくりしていて、夕方になったら出発するからね」ティノが微笑みながら白鳥達に話しかけた。

ティノの話を理解している様に、白鳥達は、一斉に鳴き声を上げた。

「ねえティノ、みんな任せてって言ってるわよ」ハーミィが言った。

「よし!」ティノが拳を握りしめた。


 だんだん夕暮れ時が迫ってきた。

燦々と輝く太陽が地平線に向かって降りてゆく、青空に浮かぶ雲が次第にオレンジ色に染まりだした。沈み始めた深紅の太陽が輝きを増している。

「よし、出発しよう!」

ティノがベゼーラと白鳥達に声を掛けた。

今回は、ベゼーラの背中にセレーナとティノだけが乗り込み、セレーナには、パルモラに付けていた手綱を身体に巻き付け、両手を離してもベゼーラから落ちない工夫をし、ティノが、後ろでしっかり支える事にしている。

モナとハーミィは、一番大きな白鳥ににまたがった。

みんなは、戦場に再び飛び立った。

先頭にベゼーラ、ビクトリーのV字型に白鳥達が整列して、夕焼けの空を飛んでいる。


あっという間に、戦場の上空に差し掛かった。


「おい、見てみろ、あれ・・・」地上に居る兵士が指さして言った。

指さす先に、真っ赤に染まった夕陽と夕焼けの空

その夕焼けに照らされた白鳥達は夕陽で赤く染まり、ベゼーラは、まるで太陽の様に輝いている。

「すげ~・・・あんな綺麗な鳥、見た事ねぇ・・・」

兵士達はポカンと口を開けて、夕焼け色に染まった白鳥の姿を眺めている。

夕陽に輝く白鳥達の光景が、兵士達のいくさ戦こころ心にくさびを打ち込み、大砲を撃つ気にならなかった。

兵士達は、あまりの美しさに目を奪われ、ベゼーラが近づいても攻撃をしなかった。

戦場は大砲音も銃声音もまったく聞こえない。

「今だ!」

ティノの合図ともに、ベゼーラが急降下し、セレーナが魔法のヴァイオリンを奏で始めた。


魔法のヴァイオリンの音色だけが、戦場一杯に響き渡っている。

美しい愛の響きが戦場に木霊する。


「なんて綺麗な音だ・・・」兵士達が言いだした。

「ああ・・・この世のものとは思えない・・・」

「なんだか戦争している俺達は馬鹿みたいだ」

「そう、本当にそうだ、戦争は愚かなことだ・・・」

あちらこちらで兵士達が言いだした。

「人間が人間を殺すだなんて最低だ」

「ああ、最低だ!」

兵士達は、恨みや憎しみを捨て、互いに和解しようと呼びかけ、兵士達がぞくぞくと、と武器を捨て始めた。

ティノの作戦が功を奏し戦争が止んでいった。


 この日から、ティノ達は、銃弾が炸裂し醜い音が鳴り響く戦場を回り、魔法のヴァイオリンを奏で続けた。

数ヶ月、時は流れ、大砲や鉄砲の醜い音は消え去った。

ベゼーラは、醜い音が消えるのを見届けた後、ティノ達に別れを告げ、天空に去って行った。

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