エピローグ

 魔法のヴァイオリンによって、世界に平和が戻り、醜い音もすっかり消え去った。

ティノ達は、ベリータ女王に帰還の報告を告げるため、ベリータ国へと向かった。


「おお、アダムの息子達ではないか!」

「ああ!ガレイシアさん」モナが大声を張り上げた。

最初に出会った時のガレイシアとは違って、穏やかで優しい笑顔で三人は迎えられた。

「ようこそ、ベリータ国へ!さあ、中に入って」


「お~い!」遠くで三人を呼びかける声が聞こえる。

「またこれたわねぇ、あの時は有り難う」

声を掛けてきたのは、音の妖精スィーピーだった。

ベルンもチャムもやってきた。

ティノ達が再会を喜び合っていると、それから続々とティノ達の前に、妖精や天使が集まりだした。その中には、ミハエルの姿もあり、笑顔で三人は迎えられた。


「みんな、こちらが、平和を取り戻して下さった、ティノさん、セレーナさん、モナさんです」ミハエルが宮殿中に届けとばかりに大声で言った。


 妖精や天使の歓声が宮殿中に響き渡り、濁酒喝采で大騒ぎとなり、宮殿は歓喜に満ちあふれ宴となった。

ティノ達の前で、踊りを踊る妖精、花火の様な美しい光を放つ妖精、輪になって空を舞う天使、そして、音の妖精達の美しい音色・・・

喜びの宴は、ティノとセレーナとモナに祝福を届けてくれた。

 

 宴が少し落ちつき、しばらくすると、紫色に輝く天上から、キラキラと光が舞い降り、ティノ達の前で止まると、光輝く中から、ベリータ女王が笑みながら現われた。


「ティノさん・・・セレーナさん、モナさん・・・お帰りなさい」

ベリータ女王の優しい声が宮殿に響きわたっている。

 セレーナとモナは、ベリータ女王の前に駆け寄りひざまづいて女王を見上げた。

だがティノは、両手を床に付け、うなだれながら「女王様・・・」と一言呟くと大粒の涙をこぼし嗚咽し始めた。


 その姿を見つめめていたセレーナが、そっとティノを抱きしめ、モナもティノの手を握りしめ、みんなが泣き出した。

ベリータ女王の目にも涙が溢れている。

ティノのすすり泣く「音」が、宮殿に響いている。

その音は、切なさと安らぎが混じり合う複雑な響きだった。


ティノは、涙をぬぐい、唇をかみしめながら話だした。

「女王様、パルモラが・・・・魔法の樹とメープルの樹の命も・・・」

ティノは、ベリータ女王に会うまではと、その心の内を語らなかった。

辛い旅路、数々の犠牲、なんと言ってもパルモラを失った悲しみ、全てを心の内に秘めて、これまで旅を続けてきた。その思いが一挙に吹き出したのだ。


 ベリータ女王の目にも涙が溢れ、ティノの思いを受け入れている。

「知ってます全てを・・・・生きとし生けるもの、命はいつの日か尽きるものです。その命を誰の為に何の為に使うのか、それが大切なことです。彼らの犠牲ほど尊いものは有りません・・・本当にありがとうティノさん、セレーナさん、モナさん」ベリータ女王は、ティノ達を慰労し、感謝の言葉をかけた。


 ティノ達は、ベリータ女王の言葉に癒やされ、全てが終わったことを共に喜び、それから、ひとときの間、喜びの宴が開かれ、宮殿中の妖精も天使もみな喜びに浸った。


「ティノさん、セレーナさん、モナさん、お別れの時間が近づきました、皆さんが命がけで創られた魔法のヴァイオリンですが、この国に預けて頂けますか・・・」

「もちろんです、このヴァイオリンは、女王様の願いで出来たもの、この国に置いておくのが一番良いですから」とティノが返答した。

「では、そうさせて下さい・・・この魔法のヴァイオリンが使わないで済む世界を保てますように・・・永久に平和が訪れる事を願っております。そしてセレーナさん、エルダルスから渡されたストラドは、あなたの生涯の友として持ち帰って下さい」

セレーナは、深く頭を下げてベリータ女王にお礼を言った。

「さあ、クレモナにお帰り下さい」ベリータ女王が右手を大きく動かし、金色の光を降り注ぐと、ティノ達の姿が見えなくなった。







 穏やかで優しい風が、ティノ達のほほを通り過ぎていく。

夕陽が地平線に沈みはじめ、雲が萌えるように紅く染まり、その光に包まれた家々のステンドガラスが美しく輝いている。

 ティノ達は天高くそびえるトッラッツォ(鐘楼)の天辺に佇んで、目の前に広がる紅の街を見つめていた。

懐かしいクレモナの風景がティノの瞳に映し出されている。


 長い争いに終止符を打つ様に、鐘楼の鐘の音が鳴り始めた。

安らぎに満ちた鐘の音が、コモーネ広場に響き渡ると、どこからともなくヴァイオリンと管楽器の音色が響き出し、民衆が歌い始めた。

コモーネ広場は、平和のハーモニーで満たされてゆく。


「平和が戻って良かった・・・」

ティノがそう呟くと、セレーナの瞳に写しだれていた街の風景が霞んだ。

その瞳は涙で濡れている。

まぶたをそっと閉じると、その脳裏に魔法のヴァイオリンの音色が響き出した。

思いやりに満たされ、どこまでも美しく気高い音色が響いている。

セレーナは、自分の中に魔法のヴァイオリンの心が宿っていると感じた。


「ねぇティノ、これからは、思いやりこそが魔法だね」


セレーナの言葉にティノは大きくうなず頷いた。

ティノは、セレーナの手を握り階段をゆっくり降り始めた。

三人の帰りを祝福する様に、萌えるような夕陽に染まった大空の彼方で

小鳥達の歌声が木霊していた。




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