19 ティノの涙
エルダルスとティノは、じりじりと追い詰められている。
ミハエルも地に倒れ伏したままだ。
ゴブリン達も武器を手に集団となって、ティノ達に迫って来た。
他の天使達も、妖精達も、ティノ達と一緒に居るが、モナの様子を見て、身動きがとれないでいる。
最悪な状態になった。
ティノとエルダルスの額から、脂汗が流れている。
するとその時だ!
ザルーラめがけて、馬の群れが、突進してきたのだ。
「あっ!」ティノがその光景を見て叫んだ。
ザルーラめがけて突進してきたのは、パルモラ達だった。
ドドドッドド
猛スピードで突進する、パルモラが、ザルーラに勢いよくぶつかった。
ザルーラが、その勢いに負けて大きく吹き飛んだ。
次の瞬間、パルモラの手綱が、まるで生きているようにザルーラに向かって伸び、ザルーラの身体を縛り付け始めた。
パルモラが全速力で駆けてゆく、パルモラは、ザルーラを引きずり回し、ザルーラは、地に倒れ伏した。
すると、不気味な光が一瞬途絶え、モナとセレーナの様子が再び変わった。
「私何してんの?」
モナが正気を取り戻し、剣を持っている事に驚いて、慌てて、剣を投げ捨て
「お兄ちゃん・・・」と叫んで、ティノの下に帰った。
「モナ・・・良かったモナ!!!」ティノは、モナを抱きしめ喜んでいる。
セレーナも、意識を取り戻した。
「パルモラ有り難う・・・」ティノがそう叫んだ瞬間、よろめきながらザルーラがゆっくりと立ち上がり、拳を握りしめた左手を大きく揺り動かし、不気味な光をパルモラめがけて飛ばした。
「パルモラ危ない!」ハーミィが叫んだ。だが、遅かった。
ザルーラの光がパルモラに当たると、パルモラが大きく宙を舞い、次の瞬間地におもいっきり叩きつけられた。
どどど~ん・・・パルモラが地に叩きつけられると、ぐったりとして動かない。
「パルモラ!!!!」ティノの悲痛な叫び声がラムダル中に響き渡る。
ティノは無我夢中でパルモラの基へ駆けつけた。
「パルモラ~・・・・・パルモラ~」ティノが叫んだ。
ティノがパルモラを揺すっても、叫んでも、パルモラから返事が返らない、パルモラは目を閉じ、ただじっとしている。
ティノの目から大粒の涙が流れ出した。
「パルモラ・・・パルモラ死んじゃ駄目だ・・・パルモラ・・・」
だがティノの叫びも空しく、パルモラは、眠るように息を引き取った。
「パルモラ・・・・パルモラ・・・パルモラ・・・」
ティノが泣きじゃくっている。
「小僧、憎いか、恨めしいか・・・お前も同じ悪なる人間、恨め、憎め・・・」
ようやく立ち上がったザルーラが、ティノに向かって言った。
ボロボロ涙を流すティノは、しばしうつむ俯き、じっとしていた。
そして、大粒の涙を浮かべながら、ザルーラに向かって叫んだ。
「お前は、勝ったと思っているだろう、僕の心に憎しみと恨みを植え付けたつもりだろう、だけど、僕は負けない、恨みや憎しみこそ魔物だ!僕はその魔物には取り憑かれない
人は、みな思いやりこそが宝なんだ、恨みや憎しみでは、支配は出来やしない、愛が全てを支配するんだ!」ティノが全身を震わせて叫んでいる。
憎しみも恨みも抱いたことのないティノには、ザルーラの魔力は無力だった。
ザルーラは、ティノの叫びを聞いて、さらに怒りを表し
「思いやりだ愛だと、笑わせるな、人間どもこそ、それを破滅させているのだ」
「違うぞザルーラ・・・お前は間違っている、もう止めるんだ」ティノが叫んだ。
しかしザルーラは、ティノの言葉を受け入れはしなかった。
「え~い、皆の者、奴らを殺せ!」と兵士達に号令を掛けた。
兵士達は、その号令と共に、銃を撃ち始めたが、銃弾は、エルダルスの魔法で、かろうじてティノ達を避けて飛んでいる。
「ティノ、パルモラのしっぽを切るんじゃ」エルダルスが叫んだ。
「しっぽ・・・」ティノが聞いた。
「その毛を、弓に付けるんじゃ」エルダルスは、小さな刃物をティノに投げつけると
ティノは、大急ぎでパルモラのしっぽの毛を切った。
その間もティノはボロボロボロボロ涙を流し続けた。
ティノの涙が、パルモラの毛に絡みつき、パルモラの毛が光り出した。
そしてそのしっぽの毛を手に持ち、転げ落ちている弓を拾い上げ、弓に付け直した。
するとパルモラの毛を付け直した弓が光輝き、まるで太陽が差し込む様な、強烈な光がラムダル中に輝き、ザルーラや兵士達にその光が差し込んでいった。
兵士達に、光が差し込むと、兵士達は、一斉にひるみ、銃弾を撃ち込むのを止めた。
そのすきに、ティノがセレーナに魔法のヴァイオリンと弓を差し出した。
「今だセレーナ、弾いて!」ティノが叫んだ。
「ええ・・・」セレーナは、受け取った魔法のヴァイオリンを直ぐに弾き始めた。
美しい響きが、ラムダル中に響き渡る。
その響きは、思いやりの都で弾いた時以上に美しく響いている。
パルモラの命がけの愛と、ティノの涙が、魔法のヴァイオリンの音色をさらなる高みに引き上げていたのだ。
ラムダル中に、魔法のヴァイオリンの奇跡の音色が響き渡ると、兵隊達の動きが止まった。
ザルーラが、魔法のヴァイオリンの音で、もがき苦しんでいる。
ザルーラの魔力は、見る見る間に弱まっていった。
セレーナは、無我夢中で魔法のヴァイオリンを弾き続けた。
不思議なのは、弾いている曲は、一度も奏でた事がなく、この世のものとは思えない程美しい旋律なのだ。
セレーナは、何かに導かれる様に、曲を奏でている。
セレーナが魔法のヴァイオリンを奏でれば奏でるほど、兵士達の様子がどんどん変化して行った。
「おい、おれ達、ここで何してるんだ」
「なんで、武器もってるんだ」
「なにやってんだ、おれ達・・・」
人間達が、正気を取り戻し、自分達のしている事の愚かしさを嘆き始めた。
「お~い、おれ達、人間どおし、争うなんて、馬鹿な話だ・・・」一人の兵士がそう言うと、手に持っていた銃を、放り投げた。
他の兵士達も次々に、銃を放り投げ、あっという間に、銃の屍が出来上がった。
ザルーラは、その間中、身がよじれる程、のたうち回り、苦しんでいる。
「ううううう・・・小娘め・・・」
ザルーラの悲痛な叫び声が、ラムダル中に響き渡っている。
ザルーラがもがき苦しむ中、ラムダル国の空の雲がだんだんと晴れ渡り、雲の隙間から、御光が差し込み始めた。
キラキラキラキラ、後光が兵士達やティノ達に差し込むと、ラムダル国が一斉に明るくなった。
「ザルーラよ、もうお前の魔力は、終わりだ、昔の真の天使に戻れ」
エルダルスがザルーラを説得しているが、ザルーラは、説得に応じない。
ザルーラは、身体をよじまげ、もがき苦しんでいたが、突如、自らになにやら魔法を掛けると、徐々に姿が消え始めた。
次の瞬間、小さな火の玉となり、空高く飛び始めた。
「あっ、ザルーラが逃げちゃう」モナが叫んだ。
「ティノ、ザルーラが逃げるわよ」ハーミィも言った。
だが、ティノは、火の玉を追おうとはしなかった。
「モナ、ハーミィ、ザルーラは追わないよ、もう彼の魔力は消えてしまった、それで十分、許そう」ティノが言った。
「許すですってお兄ちゃん!嘘でしょ・・・」モナが言った。
「いや本当だ、戦うのはこれまで、仕返しを繰り返したら何時までも続くよ、もうおしまいにしよう」ティノが言った。
ティノの真剣な姿を見て、誰もザルーラを追うことはしなかった。
ザルーラが姿を消すと、ラムダル国の兵士達は、全ての武器を捨て、ティノ達の前に集まりだした。
「おれ達みんな、恨みと憎しみをなくそう・・・・」独りの兵士が叫んだ。
「ああ、そうだ・・・そうしよう・・・」
「恨みはもうごめんだ」
「そうだ、そうだとも、憎しみもなくそう・・・・」
兵士達が、みなそう叫びだすと、兵士達はみな武器を捨て、それぞれが故郷へ帰郷すると言い出した。
「あんた達が、おれ達を救ってくれたんだね・・・」
兵士がティノに声を掛け、笑顔でティノ達を迎え始めた。
ザルーラの魔力を消し去る戦いは終わり、ラムダル国に平和が訪れた。
※
「ティノよかったのう・・・これが本来の人間なのだ、みなお前さんのお陰じゃ」エルダルスが、ティノにそう声を掛けた。
「いやエルダルス、僕なんか何もしていないも同然さ、この日の為に、犠牲になった魔法の樹やパルモラ達のお陰様だよ」
「そうよ、エルダルス、犠牲になったあの樹やパルモラ達のお陰よ」モナも言った。
「いやなんと言っても、エルダルスのお陰だって」ティノが言った。
「わしか、わしはただ風を吹かせただけだがのぉ・・・」エルダルスが笑いながら言った。
みんなも、笑った。
その笑い声が、響き渡ると、兵士達もあちこちで、笑いだし、ラムダル国中が笑い声に包まれた。
ラムダル国に平和が訪れ、兵士達はみな故郷へと帰還していった。
ティノ達は、パルモラの遺体を埋葬し、それぞれがパルモラにお別れの祈りを捧げ、ラムダル国を離れた。
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