18 アルプスの聖戦
魔法のヴァイオリンを完成させたティノ達は、思いやりの都の優しさと美しさにまだまだ浸っていたい心を抑えて、急ぎ、エルダルスが待つ滝に向かって引き返す事にした。
再び、ラビソールにまたがり、滝へと急いだ。
ティノの目前に、エルダルス達の姿が見えるとティノが叫んだ。
「エルダルス・・・ミハエル・・パルモラ、ステファノ、ピヨール・・・」
ティノは、みんなに手を振り満面に笑みを浮かべている。
ラビソールは、エルダルスが佇む場所に降り立った。
ティノもモナも、セレーナもハーミィも、待ち続けたエルダルス達との再会を喜び、互いにハグして、再会の喜びに浸った。
「ティノ、よくぞ帰った!魔法のヴァイオリンは、どうじゃった!」エルダルスは居ても経っても居られない程、ティノ達の姿を見て興奮していた。
「やったよ、やった!とうとう完成したよ、愛の樹の魂柱を授かったよ!」ティノが再び叫んだ。
「そうか、そうか・・・そうか・・・」エルダルスが満面笑みを浮かべ喜んだ。
隣に居るミハエルは、
「ティノさん、やりましたね、素晴らしい」と言った。
「ところで一緒に居る、白龍は?」ミハエルが尋ねた。
「ミハエル、驚かないでよ・・・あの化け物はね、彼だったのよ」ハーミィが言った。
ガオ~ン・・・ラビソールが吠えた。
すかさずハーミィが、ラビソールの通訳をした。
「また会えましたねって言ってるわ」
知らぬ事とはいえ、剣をさしてしまった相手が、白龍だった事で、ミハエルは、申し訳ない思いにかられた。
その様子を見ていたラビソールが「ガオガオ、ガオーン」と吠えた。
「なんて言ってるの?」セレーナが尋ねると
ハーミィがすかさず「大丈夫、あの事は、気にするなって・・・」
その言葉を聞いて、ミハエルは安堵した。
それからセレーナは、さっそく、魔法のヴァイオリンをみんなの前に見せながら言った。
「さあ、見て下さい!これが、完成した魔法のヴァイオリンよ」
愛の樹の魂柱がはめ込まれた魔法のヴァイオリンは、呼吸をするようなリズムで、ピカリピカリと金色の光を輝かせている。
「・・・まるで生きているようじゃのぉティノ・・・なんと美しい光じゃ・・・」
エルダレスが言った。
「ああ、このヴァイオリンは、生きてるんだ!愛の心に包まれてね・・・」ティノが言った。
「ティノさん、セレーナさん、モナさん、そしてハーミィ、お帰りなさい、今か今かと待っておりましたよ」パルモラもみんなに挨拶をした。
「待たせてごめん、パルモラ」ティノは、パルモラに近づき、首筋をなでながら、ハグして、共に喜んだ。
「パルモラ、またまた苦労掛けるけど、今度は、ラムダル国に向かう旅になる、今までの旅とは違って危険な旅となるけど、行ってくれる」
「勿論ですよ、ティノ」パルモラが返事した。
「ヨーロッパは、大きな戦争が始まってしまった、一刻も早くザルーラの魔力を消さないと、とんでもない事になってしまう」ティノがエルダルス達に言った。
「ああ、解ってるよティノ、ミハエルがその惨劇を見てきたからのぉ」
「そうなのミハエルさん、どうなってるの」モナが尋ねた。
ミハエルは、ヨーロッパで起きた大きな戦争を、様々な地に赴いて状況を把握していた。
ティノ達の故郷イタリアはもとより、ヨーロッパの国々が敵対して、あらゆる武器を使って殺戮を繰り返している。
毎日おびただしい人間が死んでいる。
「とにかく悲惨な戦争です、ザルーラ達の軍隊が、その中に紛れ込み、恨みと憎しみを増幅させています」
ミハエルは、ヨーロッパ全土に広がる戦争の有様を、詳しく説明した、早く戦争を終結させる為には、何が何でも、ザルーラが居るラムダル国に忍び込み、ザルーラの魔力を止めるしか手立てがないと言った。
ラムダル国は、人間を集めるために、アルプスの山奥にあると言う。
ティノ達が居る場所から西に引き返し、険しい山々を越えるしかないが、気の遠くなるほど時間は掛からないと言う。
ガガガガ~オン・・・
ラビソールが話しかけた。
「ラビソールは、ここを守らなければならないので、一緒に行けないって言ってるわ」
ハーミィが言った。
「そう、残念だけど、ありがとうラビソール、何時の日かまた会おう」
ティノがラビソールを抱きしめて言った。
モナもセレーナも、ハーミィもみんながラビソールに近づきハグしあった。
「本当にありがとうラビソール、な名ごり残お惜しいけど、また何時の日か・・・」
セレーナが涙ぐんで言った。
「きっと、また会えるよねラビソール」モナが言った。
「ガガガオ~ン」ラビソールが吠えた。
「ええ、もちろんまた会いましょう、その時は勝利の時ですね!って言ってるわ」
ハーミィが言った。
「そうと決まれば直ぐに出立しましょう、私がラムダル国を案内します」ミハエルが言った。
ティノ達は、直ぐに旅支度をして、ミハエルに付いて行った。
ティノは、パルモラと共に、モナとセレーナは、ステファノとピヨールに、エルダルスは、ベルナルドと共にそれぞれが馬にまたがり、ミハエルとハーミィは、彼らの上空を見守る様に飛んで行った。
再び険しい山々を越え、アルプスの山々を超えて行った。
だが、魔法の樹の森や、愛の樹を探すための苦労や試練を乗り越えた彼らには、アルプスの山々を進む道のりが険しいと感じられなかった。
一つの苦しい道のりを乗り越えた彼らは、一回りも二回りも大きな心が備わっている。
魔法の樹やメープルの樹や多くの助けに支えられて、苦しみを乗り越えた彼らには、むしろザルーラの魔力を消し去る使命感で一杯だ、そして何より彼らの心の中に、人間世界を救う為の愛が充ち満ちていたからだ。
ティノ達は、それから二十一日間、アルプスの山々を越えて、ザルーラ達が居るラムダル国の目の前に辿り着いた。
「ティノさん、そして皆さん、ラムダル国はもう直ぐです、しかし、これからは危険と隣り合わせです、いつザルーラや魔力に取り憑かれた人間が襲ってくるやもしれません、とにかく注意して進みましょう」ミハエルは、みんなに注意を促した。
アルプスの鋭い岩の山々に囲まれた一角に、平原がある。
ザルーラは、天使達とゴブリンを操り、恨みを抱く人間をその平原に集め、戦闘訓練をして、強力な軍隊を作りだしていた。
ラムダル国の周辺には、あちらこちらに、要塞と見張り台が築かれ、武装した兵士達が監視を強めている。
容易には、この国の中に入り込めない。
「ティノ、あれがラムダルじゃ」
エルダルスが、遠くに見えるラムダル国の砦を指さして言った。
ラムダル国の空は、厚い雲に覆われどんよりとしていて、太陽の光はうっすら見える程度だ。薄暗く陰湿な空気が漂っている。
暑い雲に覆われた大地の中に、強固な砦が見える。
容易には入れない砦だった。
「確かに、あの中に入り込むのは大変だ」ティノがため息交じりに言った。
「ここから先は、命がけになる、軍隊をくぐり抜け、ザルーラをおびき寄せるには、知恵が必要じゃな」エルダルスの顔が引き締まった。
「わしとミハエル、そしてハーミィが、まずは忍び込む。わし達の魔法で、兵士達を油断させる、ティノは、セレーナさんとモナさんをしっかり守って待っててくれんか、入り込む道が解れば、ハーミィから方法を教えてもらえばいい」
「解った」ティノが答えた。
「パルモラ達は?」モナが尋ねた。
「パルモラ達は、この先に行くのは無理じゃろうて、ひずめの音で感づかれる」
「そうだね、この岩山では、パルモラの足音が響きすぎる」ティノも頷いた。
「じゃ、パルモラ達は、ここに残るの?」モナが尋ねた。
「モナさん、この先は馬達には酷すぎます」ミハエルが残念そうに言った。
モナは、馬達を残して先に進むのは気が引けた。
第一、パルモラ達の安全が気になる。
しかし道は一つしかなかった。
「ティノさん、私達なら大丈夫、ここで待ってます、もし、何かあったら、ハーミィさん、直ぐに伝えてくれますか・・・」パルモラが言った。
「解ったわパルモラ、何かあったら」ハーミィが答えた。
モナもセレーナも、パルモラ達馬を置き去りにするのは忍びなかった、だが、危険な事は避けなければならないと、エルダルスの言葉に従う事にした。
「それとセレーナさんは、魔法のヴァイオリンをしっかり守って、ザルーラを見つけたら、わし達の合図で、魔法のヴァイオリンを奏でることじゃ」
セレーナが大きく頷いた。
「よし、みんな、エルダルスの言う通り進めよう」ティノがみんなに言った。
最初に、ハーミィとミハエルが、砦の中に入って行った。
ハーミィは、木陰や岩陰に姿を消したり現したりして、要塞の中に居る兵士の様子を探っている。ミハエルも、姿を消したり現したりして、擁壁を超えていった。
エルダルスは、兵士達に気づかれない様に、頑丈な塀を息を切らせて、忍び込んだ。
要塞の中には、至る所に兵士がいる、ザルーラやゴブリン達が居る場所は、容易には解らなかった。
ゴツゴツとした岩肌に作られた要塞は、エルダルスが想像していた以上に、頑丈で、至る所に壁があり、通路は右に左に曲がってばかり、そして、何より、岩肌故に、音が反射して、小さい音でも響き渡る。
想像通り、馬が歩けば蹄の音が響き渡り、あっという間に見つかる状況だった。
進む間、みんなは終始無言だった。
唯一、身振り手振り、目と目で合図をして、先に先に進んだ。
しばらくすると兵士が大勢居る場所の目の前までたどりついた。
「ハーミィ、あそこがラムダルの中心部らしいのぉ?」エルダルスが小声で言った。
「ええ」ハーミィが頷いた。
エルダルス達の目に飛び込んだ光景は、度肝を抜くものだった。
数万にもなる武装した兵士達が、戦闘体制を整え、整列している。
一部の兵士達は、戦闘訓練を行い、あちらこちらで武器弾薬の、炸裂音が鳴り響いている。
「ドドドド~ン」「ドドドド~ン」
爆弾の炸裂音だけでなく、叫びにも似た異様な音が聞こえている。
鳴り響く異様な音は何処かで聞いた様な音だ!
「あっ・・・あの音・・・あの音は、思いやりの都で聞いた」
ハーミィがエルダルスに言った。
「爆発の音か?」
「それもそうだけどね、あの不気味な音、あれは、恨みの霊が都に襲いかかる時になった音なのよ」ハーミィが言った。
ハーミィの言うとおり、恨みと憎しみが、不気味な音色となって、ラムダル国に響き渡っている。
「ザルーラは、不気味な音まで創ってしまったわ、悔しい!!」ハーミィが歯ぎしりしながら言った。
兵士達の近くに無数の兵器や大砲が並んでいる。
その中には、人間だけでなく、ゴブリンも多数いた。
ハーミィもエルダルスも、流石にこの光景には度肝を抜かれ、唖然としていた。
兵隊から張り詰めた空気が漂い、エルダルス達にひしひしと伝わっている。
「これは・・・」エルダルスが言葉にならない声を上げた。
「この兵隊達の殺気をどうやったら消せるのだろう・・・」ミハエルが小声で言った。
「ねぇ、エルダルスこの先どうやって進もう・・・セレーナ達、どうやって来させよう」ハーミィが質問した。
エルダルスさえ、この状況の打開策を見いだせないでいる。
多勢に無勢、あまりにも多くの兵隊が殺気だっているのだから、進む方法が見えない。
まともに進めば、皆殺しになってしまうやもしれない。
「ねぇ、ザルーラは何処に居るんだろう・・・」ハーミィがまたエルダルスに尋ねた。
「あの軍隊の所には、おらんようだ、ザルーラをお引き寄せんとならんな」エルダルスが答えた。
「さてとミハエル、仲間の天使をここに来させてくれんか、ハーミィも、仲間の妖精を呼んでくれんか、秘策を伝えるからの・・・」
エルダルスが、ほのかに微笑んだ。
「どのくらいの数の天使達を呼びましょうか」
エルダルスは、ミハエルを入れて十二名を集める様に言った。
この大軍のに対する数が、わずか十二名と言われ、流石にミハエルも驚いたが、エルダルスに従って、早速、仲間の天使達と交信し、あっという間に、十一名の天使が集まった。
ハーミィも、仲良しの、チャム・ベルン・スィーピーを呼び寄せた。
「よくぞ来てくれた、では、これから、みんなの力を借りよう」
エルダルスは、それぞれの天使、そして妖精達と握手を交わし、秘策を話し始めた。
エルダルスが、右手を大きく挙げ、天使と妖精に合図すると、天使と妖精達が一斉に、兵隊達が居る方向に向かって行った。
天使達は人間の肉眼では見えない姿となり、兵士達の列の中に混じり込み、整列する兵隊の頭を、次々にコツリコツリと殴っていった。
「おい、おめえ、今頭叩いたな!」あちらこちらで、頭を小突かれた兵士が、隣の兵士の胸元をつかみかけ、文句を言い始めた。
「てめえこそ、殴っただろう」
「なに、うすらとぼけやがって、てめえが先に手を出したんだろうが・・・」
兵士達がざわめき始め、あちこちで殴り合いの喧嘩が始まった。
その間も、見えない天使達は、兵士の頭をタタキ続けた。
あっという間に、兵士達は、大喧嘩を始め、隊列は乱れに乱れた。
数万の兵士達のあちらこちらで、喧嘩は続き、整然としていた隊列が一挙に崩れ始めた。
「よし、今だ!」エルダルスが声を張り上げ
「モルジョラサラーモ」と呪文を唱えると、兵士達に大風が吹き出し、それはまるで竜巻の様に軍隊の中で風が舞った。
「なんだこの風は・・・」兵隊達は驚きおののいた。
さらに、姿を隠した天使達は、地に落ちた機関銃を空高く持ち上げ、渦巻く風の中に放り込んでいく。
人も居ないのに機関銃だけが空に向かって舞い上がる様子を見ていた兵士達が、怖れ始めた。
その瞬間
「ガオー・・・ガオー・・・」と恐ろしいうなり声が、響き渡った。
「なななな・・・なんだこれは・・・」
兵士達は、機関銃だけが空中に浮かぶ様子とうなり声に、震え上がった。
「ばば・・・化け物だ・・・」
「なんだ、これは、幽霊か・・・」
兵士達は、化け物が出たと大騒ぎを始めた。
あれだけ殺気立っていた兵士達の張り詰めた空気が一変した。
隊列は崩れ、化け物と叫びつつ、みなバラバラになり始めた。
そして、あちこちで機関銃を撃ち始めた、兵士同士が、互いを信じられず、殺しあいを始めたのだ。
その様子を見ていた兵士のリーダーの一人が叫んだ。
「お前達、何してるんだ、戻れ、隊列を崩すな!」
しかし、一度崩れた隊列は基に戻れない。
もともと、恨みと憎しみに駆られた人間の集団、そしてザルーラの魔力に取り憑かれた人間達は、互いが互いを信じられず、仲間割れを始めた。
「今じゃ、ハーミィ、ティノ達をここに連れてきてくれ」エルダルスが叫んだ。
ハーミィは、その声を聞くと一目散でティノの下に行き、ティノ達を誘導した。
ティノ、セレーナ、モナみんなが、全速でエルダルスの基に駆けつけ、兵隊達が慌て不為居ている状態を目の辺りにして驚いている。
「ティノ、ザルーラが来るだろう、セレーナさんも用意は良いかな」
兵隊達のざわめき、隊列の乱れ、喧嘩、ラムダル国は、収集が付かない状態になっていた。
その時だ。
小高い山の奥から、不気味で赤黒い渦巻く雲が兵隊達に近づいてきた。
不気味な雲から、異様な光が兵士達に差し込み始めると、兵士達のざわめきが止んでいく。
その瞬間、人間達に見えない天使達の姿が、次々浮かび上がるように現れ始めた。
天使達が、兵士達の目にさらされると、兵士達が一斉に武器を天使に向けた。
天使達は、直ぐさま、大空に向かって飛び去った。
その時だった。
赤黒い渦の雲から、声が聞こえてきた。
「ベリータの手下どもめ、何をしにここへやって来た」
その声は、ラムダル国中に轟いて、まるで雷鳴のようだ。
「ミハエルよ、解っておるそ、そこに居るのは・・・」再び黒雲から声がした。
その声が轟くと、姿を消えていたミハエルの姿が、人間達に見える様になった。
「ああああ、あいつ天使だ!」兵隊達が一斉にミハエルを見た。
ザルーラが、ミハエルに不気味な光を当てた
「ううううう・・・」ザルーラがうめき、地に倒れ、うずくまってしまった。
「ザルーラよ、お前の悪だくみは、これまでだ!」ミハエルが叫んだ。
その声を聞いたザルーラは、ミハエルに向かってさらに強い光を浴びせた。
ミハエルは、その光を受けるとのけぞりかえり、地に倒れ伏してしまった。
「危ない!」その様子を見ていたティノが叫んだ。
「お前達だな、ベリータが送った人間と言うのは」
黒雲から声がさらにラムダル国に響く。
その雲が、ティノ達にどんどん近づき、数十メートル近くになった時に、黒雲が消え
ザルーラが姿を現した。
「あれがザルーラ・・・」ティノが言った。
「そう、ザルーラだ!」エルダルスが言った。
黒々とした姿だが目だけは、真っ赤に輝き、まるで、黒い岩の中でマグマが吹き出して居るような姿だった。
「お前達、死にに来たか・・・、ここに入ったら最後、生きては出られぬのに、馬鹿な事をしおったものだ」ザルーラが言った。
ザルーラがティノ達の前に立ちはだかると、バラバラになっていた兵士達が、再び殺気だって隊列を整え、ザルーラの後方に整列し始めた。
ティノは、勇敢にザルーラの前に立ちはだかり、大声で叫んだ。
「ザルーラ、反対だ!お前こそ、悪なる魔力が消滅する日だ!」
「馬鹿な・・・このわしの魔力を消すだと・・・」
ザルーラは、ティノの言葉を聞いて、肩を揺らして笑った。
「ザルーラよ、いつまで、悪の魔力を操るつもりじゃ」エルダルスが言った。
ザルーラは、ティノとエルダルスをにらめつけた。
ザルーラが、左手を上にかざすと、武器を持った兵士達が、一斉にティノ達に銃口を向け構えた。
「終わりだな・・・」ザルーラが言った。
「ザルーラ、お前がどんなに人間に恨みや憎しみが有るのか、僕には解らない、だけど、恨みを恨みで返し、憎しみを憎しみで返したって、お前は絶対に勝利なんて手に入れる事は出来やしない。むしろ恨みと憎しみは、苦しみと悲しみを深めるばかりなんだ」
ザルーラが、ティノをにらんでいる。
ティノ達に危険な重苦しい空気が漂っている。
エルダルスが、両手をかざし「モルジョラサラーモ」と呪文を唱えた。
すると強力な風が、ザルーラと兵士達に向かって吹き出し、兵士達がたじろいだ。
次の瞬間、エルダルスがセレーナに小声で呼びかけた。
「セレーナさん、今じゃ、魔法のヴァイオリンを弾くんじゃ」
「ええ・・・」
エルダルスの声に反応して、セレーナは、魔法のヴァイオリンを弾き始めた。
セレーナが弾く、魔法のヴァイオリンの音色が、ラムダル国中に響き渡った。
美しい音色、美しい旋律が光輝くように響き渡っている。
魔法のヴァイオリンの音色が響き渡ると、兵士達の姿が急変し始めた。
銃口を向けた兵士達が次々に、銃を地面に落とし始め、恨みと憎しみにとらわれていた顔つきが、だんだん穏やかになっていく。
「おれ達何してんだ!」兵士が叫びだした。
「武器をすてろ!」
「戦いは醜いことだ・・・」
あちらこちらで、武器を捨て、戦いを止める兵士達がぞくぞくと出始めた。
ザルーラは、魔法のヴァイオリンの音色が響き渡ると、もがき苦しみ、うずくまった。
セレーナは、さらに高らかにヴァイオリンの音色を奏でた。
すると、その瞬間、ザルーラから、不気味な黒い光がセレーナめがけて飛んできた。
「あぁ・・・」光がセレーナに直撃すると、魔法のヴァイオリンが宙を舞い、地に叩きつけられ、隣に転がり落ちた弓の弦がピーンと音を立てて切れてしまった。
音色がピタリと止まった。
セレーナも、光を浴びて、のけぞる様に倒れ伏した。
「あ・・・セレーナ」ティノが叫んだ。
セレーナは、地に倒れ伏し気を失ってしまった。
ティノが大急ぎセレーナに駆け寄り、声を掛けたが、セレーナは気絶したままだ。
「セレーナ!」ティノがセレーナを抱きかかえ、そう叫んだ。
「セレーナさん!」モナもセレーナに近づいたが、気を失ったセレーナから、何の返事も返らない。
ティノは、セレーナを抱きかかえながら、魔法のヴァイオリンを拾い上げ、弦が切れたショックで、呆然としていた。
魔法のヴァイオリンの音色が止まると、再び兵士達の姿が変わりだし、次々に、武器を手に取り、ティノ達に迫って来た。
「うわ~・・・セレーナさんセレーナさん・・・」
セレーナの倒れ伏す姿を見ていたモナが突如叫び声をあげた。
モナは、気絶したセレーナを見て泣いていたが、次の瞬間、ザルーラを見返し
「なにすんのよ!ザルーラ、お前の様な悪魔は、死んじゃえ!」
そう叫び声を上げるやいなや、モナは、ザルーラに向かって走り出した。
「モナ!!!!駄目だ!!!!!」
ティノが大声で叫んだが、モナは、突進を辞めない。
目に一杯涙を浮かべ、ザルーラめがけて進んで行く。
その光景を見ていた、エルダルスもティノも天使達も、みな驚き、モナの突進を止める声を放つがモナは聞かなかった。
「やめろモナ・・・」
ティノがまた大声で叫んだ。
しかし、モナには何も聞こえないのか、まっしぐらにザルーラめがけて突進していく。
「危ないモナ」ハーミィも叫び声をあげた。
すると、ザルーラから、また不気味な光がモナに差し込まれた。
光が当たると、モナは、突然身体全体が硬直して、その場で立ち止まった。
「馬鹿な人間だ!よくよく死にたいらしいの」ザルーラが不気味に笑った。
「何をするんだザルーラ、やめろ~!」ティノがまた大声を張り上げた。
「ほう、威勢の良い人間ども、わしの家来なら、軍曹にしてやるに、このわしに逆らうなど、愚かなことよ」ザルーラが言った。
「愚かなのは、お前の方だ悪魔ザルーラ」ティノが叫んだ。
ザルーラがまた不吉な笑みを浮かべた。
「わしが悪魔か・・・・なら人間どもこそ、みな悪魔、人間が人間を恨み憎むのは、人間が生まれた時からではないのか?わしはその人間の心を素直にはき出してやっただけだ」
「そんなへりくつ言うなザルーラ」ティノが叫んだ。
「お前の悪なる魔力が人間を変えてしまっただけだ、人間は、みな善良で、思いやりを持つもの、それをお前が変えたんだ・・・」
「何を言うか小僧め・・・そこの娘を見たらわかるわ、娘も、悪なのだ・・・」
すると、硬直していたモナの様子が変化し、憎しみを抱く人間の風貌に変わり、方向をぐっと変え、ティノ達に向かい始めた。
モナは、まるで恨みの幽霊に取り憑かれた風貌に変わり、地に転がっている剣を拾い、ティノ達の前に進み始めた。
「お前達を殺してやる・・・」モナが、ティノ達に向かって言った。
「どうしたんだモナ!モナ・・・」ティノが叫べど、モナの様子は変わらない。
どんどんモナがティノ達に近づいていく。
「いかん、ザルーラの魔力にモナが取り憑かれた」エルダルスが叫んだ。
「憎しみと恨みを植え付ける魔力・・・」ハーミィが言った。
「ああ」
「どうするんだいハーミィ」妖精のベルンが言った。
だが、ハーミィにも答えられない。
セレーナはまだ意識を失い、魔法のヴァイオリンを弾くことさえ叶わないでいる。
意識を取り戻したとしても、弓の弦が切れていては、ヴァイオリンを奏でる事が出来ない。
その間に、ザルーラの後ろに付く兵士達も、既に、元通りになり、ティノ達に銃口を向け始めた。
兵隊達を動揺させ、ザルーラをおびき寄せ、魔法のヴァイオリンを奏でる計画が、一瞬で吹き飛んでしまった。
セレーナが気を失い、モナは変貌し、ザルーラ達に追い詰められたティノ達。
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