第3章 思いやりの都

16 思いやりの都

 ラビソールに乗ったティノ達は、朝陽に輝く雲の中を進むように、光輝く世界を飛んで行った。

しばらくすると、ラビソールは急降下を始めた。

「あっ、あそこ見て、宮殿が見える」モナが叫んだ。

「本当だ、都だ、あそこが・・・」ティノが興奮して言った。

ラビソールは、さらに急降下して、その都の中へ降り立った。


都をぐるぐる見渡すと、古代神殿や中世の宮殿によく似た城が建ち並ぶ美しい都だった。

「なんて都なんだ、こんな都見た事無い・・・」

ティノが、感激の声を上げた。

 

 都は、大勢の人々が歌を歌ったり、楽器を鳴らしたり、宴を催したり、賑やかで楽しげな風景があちらこちらで繰り広げられていた。

 

「ねぇ、ここ何処なんだろう、まるで古代ローマみたいじゃない」モナが言った。

「そうね、少なくとも、私達が住む世界では無いわ・・・」セレーナもあまりに不思議な光景を目にして、戸惑っていた。


 何より驚いたのは、人が空中を浮遊している事だった。

宮殿の外階段から空めがけて、ふわふわと浮き始め、あっという間に宮殿の屋上に飛んで行く人や、道の数メートル上空を飛ぶように移動している人など信じられない光景だった。

大きな広場では、楽器を奏で歌い始める人の姿が有り、その隣では、子供から大人までが一緒になって合唱している。


 ティノもモナもセレーナもその光景に唖然とするばかり・・・

「ねぇ、あれ見て・・・」とセレーナが楽器を演奏している女性を指さした。

「ああぁ・・・あれ!!」ハーミィが驚いて大声を張り上げた。

「あの楽器は、ハーミィが閉じ込められてた弦楽器とそっくりじゃないか」ティノも驚きの声をあげた。

ティノとセレーナとハーミィを結びつけた、あの弦楽器を、都の女性が演奏していたのだ。

ティノ達は、なんとも不思議な気持ちを味わっていた。


「ハーミィ、僕達は、ここに来るために、今までずっと旅をしてきた、その始まりは、あの楽器だった、つまり、ここに来る為に、あの楽器と巡りあったってことなんだね、今解ったよ」ティノが感慨深く言った。

「本当、そうだったのね、全ては、あの楽器からだもの・・・」セレーナが言った。

ティノとセレーナが感慨深く話していると、スーと近づいたハーミィが言った。

「全てはザルーラの魔力を消し去る為に、準備されていた事だって事なんだね、私も長い間、あの楽器に閉じ込められて苦しかったけど、苦しみも意味があるって事なんだね」

「ああ、その通りだねハーミィ、どんな苦しみもどんな辛い事にも、意味があるって信じる事が大事なんだって感じるよ」ティノが言った。


 みんなが都の様子に驚いていた時、ラビソールが雄叫びをあげた。

ラビソールが雄叫びを開けると、宮殿から続々と人が飛び出して来た。

ある者は、宮殿の大きな玄関から、ゆっくりゆっくり歩いてくる。

そしてある者達は、壁をすり抜け、空中をふわふわと浮遊しながらやってきた。

ティノ達の周りには、みるみる間に人間が集まり、沢山の人間がティノ達を囲んだ。

群衆の多くは白い衣服を身にまとっている。

長老とも思える人達は、肩から下がるマントを身につけていた。

ティノ達は、まるで、古代のローマに迷い込んだ様な感覚になった。


すると、群衆の中央から、数名の人間が近寄り、一人の若い女性がティノの前に出て、「ティノ・・・ティノ・・・」と語りかけてきた。

ティノは、その女性の姿を見たやいなや

「あぁ!」と絶句し、女性の姿を凝視した。

「ティノ、よくぞここまで来ましたね・・・」女性が語りかけた。

「その声は、お婆ちゃん?」とティノが声を張り上げた。

「そうよティノ、お婆ちゃんよ」

「やっぱり、お婆ちゃんなんだ!・・・」

姿は変われども、祖母である事をティノは、確信した。

ティノとロザンナは、ハグをして再会を喜んだ。


「モナ、お婆ちゃんだよ、お婆ちゃん・・・」ティノが感激してモナに言った。

しかし、モナはきょとんとした顔で、ロザンナを見ていた。

無理も亡い、ロザンナは、ティノが幼少期に亡くなったので記憶しているが、モナは、まだ幼すぎて、お婆ちゃんは記憶から消えていたからだ。

「お婆ちゃん、なんで、ここに居るの?なんで若い姿なの?」ティノが尋ねた。

「お陰様でね、私の心と、とても良く似ている人達が、この都に住んでいてね、私も住まわせて頂いている、それから、ティノとモナちゃんが、この都に来るのをずっと待っていたんですよ」

「私達が来るのを待っていたの」モナが言った。

「そう、ずっと待ってたわよ、必ず来てくれるって信じてね、そして、とうとう、この日が来たわ」ロザンナは、両手を握りしめて喜びをあらわにした。

「積もる話は、お城の中で、その前にティノ達に紹介したい方が・・・」

ロザンナは、そう言うと、側にいる老人に手をかざした。


「あ・・・あ・・・あなたは、夢の・・・」老人の姿を見るや、ティノが叫んだ。

老人は、大きくうなずいた。

「そう、あなた達が来るのを今か今かと、待っておりました」

ティノが再び老人の顔をのぞき込んだ、夢で見た老人の姿そのものだったが、とても懐かしい気持ちがわいて出てきた。

「あのぉ~・・・もしやあなたは、ストラディヴァリ卿では?」

「いや、ストラディヴァリ卿ではありません、しかし、彼とは、深いえにし縁で結ばれております」老人は、にっこりと微笑んだ。

そして「私は、フランチェスコです」と言った。

「この都って、人間の世界なのですか?、どう見ても、僕達が住む世界とは違うし」

ティノが尋ねた。

「驚いたかな・・・無理も無いが、この都は、あなた達が住む世界とは違う世界だが、人間が住むと言うことでは同じです・・・この都は“思いやりの都 ”と呼ばれていて、この都に住む人々は、思いやりが宝物だと思う人々が集まっている」フランチェスコが言った。

「えっ・・・思いやりが宝物って、父さんの口癖!!」ティノが驚いて言った。

フランチェスコは、にっこりと微笑んだ。

「そうでしょうともティノさん、あなたは、選ばれた人間、その思いやりを誰よりも持っている人でなければならなった。だから、あなたのお父さんは、その思いやりこそ宝物という言葉を口癖に、あなたを育てたのです、まさに、ティノさんの成長の為に、欠かせない言葉を、あなたのお父さんが言い続けることが必要だったからです、そして、お婆ちゃんのロザンナさんの口癖でもあったのですよ・・・」

「思いやりは宝物って、父さんだけじゃなく、お婆ちゃんも言ってた・・・そうだったんだ・・・」ティノは感慨不深く聞いていた。

「お兄ちゃん、つまりは、お兄ちゃんは、生まれた時から、思いやりを持って、魔法のヴァイオリンを造る事を宿命づけられていたって事?」モナが聞いた。

「本当にビックリだけど、そのようだね・・・でも、僕みたいな人間が、選ばれたなんて、恐れ多い話だよ・・・」ティノが言った。

「ティノさん、あなたしか、この魔法のヴァイオリンを造る事が出来なかった、いやあなただから出来たんですよ、自信を持って、必ずや、ザルーラの魔力を解く事が出来るから」

フランチェスコが言った。

「解りました、フランチェスコさん、みんなの力を結集して、ザルーラの魔力を解きましょう・・・・」ティノが力強く言った。

「それにしても、不思議な都ですね、人間が空を飛んでいるし、まるでローマの宮殿の様な建物が並んでいるし」ティノが言った。

「そう、この街は、ティノさん達の住む世界とは違う。この都の風景は、ここに住む愛情深い人間達の想念が集まって出来ている、だから、何処よりも何よりも美しい都なのです」

「じゃ、この都には、恨みも憎しみも、もちろん戦争も無いんですね」セレーナが聞いた。

「ええ、そうですとも、この都は、愛があふれる平和な都です、だから、この都には、戦争や闘争なんて考えられない」

「この都には、思いやりを持つ人だけが集まっているの、戦争や殺戮を好む者は、この都には住めないわ」ロザンナが言った。

「住めないとは?」セレーナが尋ねた。

「この都は、思いやりを大切にする心を持つ人間だけが集まってくるのよ、恨みや憎しみを抱く人間は、この都では苦しくて居る事が出来ないの」


「それって凄いね、お婆ちゃん!」モナが叫んだ。

「こんな都が沢山あれば、人間の世界は平和で、素晴らしいのに・・・だのに何でここだけなんですか?」ティノが尋ねた。

「そう、その通り、この都が大きくなれば、人間の世の中は、平和になる、しかし、残念な事に、今は、その真逆なのです」フランチェスコの顔が強ばった。

「真逆?」ティノが言った。

「あなた達も知っているように、悪魔ザルーラの魔力に感化された人間達は、戦闘や闘争を繰り返し、恨みや憎しみの世界を広げている、この思いやりの都すら、脅かされつつあるのです」

「皆さんは、そのザルーラの魔力を無くす為にここまで来られた、あのヴァイオリンを造るための苦労は、全て知っております、私は、魔法のヴァイオリンがここに必ず来る事を信じていました、そのヴァイオリンこそ、人間の世界に新しい希望を伝えるもの、もう何百年もの間、この日が来るのを待っていたのです」

「ええ、何百年もの間ですって」モナが驚いて言った。

「残念な事だが、あなた達の住む人間世界は、悪魔に支配され、戦争と殺戮をくりかえしている、悲しい世界を早く変えなければ、人間の世界は滅んでしまう。一刻も早く、その世界を変えなければ・・・その為に、そのヴァイオリンを待ち続けていたのですから」

「その事ですが、ヴァイオリンの魂柱を造る、愛の樹は、何処にあるのですか?」ティノが尋ねた。


 ティノが尋ねた時だった。

ドドドドド・・・ガガガガ・・・空に大きな音が響き渡った。

その音は、まるで雷の様だが、雷鳴や嵐とは違う不気味な音だった。

その音が鳴り響くと、集まっていた人達が一斉にざわめきだち「わ~・・・」という声と共に、城の中に戻って行った。


「まずいわ・・・ひとまず、お城に入りましょう・・・」ロザンナが言った。

ティノ達は、何が起きたかさっぱり解らない、しかし、何かしらの身の危険が迫っている事だけは感じた。

フランチェスコとロザンナは、ティノ達を直ぐに宮殿の中へと案内した。


「お婆ちゃん、何が起きたの?」ティノが尋ねた。

隣に居たフランチェスコが、その怪奇な音の理由を話し始めた。

「あの音は、あなた達の世界で戦争が始まった事によるものです」

「その戦争で恨みを持って死んだ魂が、集団でこの都に押し寄せてきている、この都の

思いやりの心を破壊しようとして・・・あの不気味な音は、その怨念の魂の叫びが発しているのです」

殺戮で死んだ人間は、恨みや憎しみが増し加わり、その恨みの魂が、集団で、思いやりの都にまで押し寄せて来ていると言う。


 フランチェスコは、今起こっている人間世界の状況を話してくれた。

ティノが住むイタリア始め、ヨーロッパ各国が、戦争を始めてしまった。

ザルーラの魔力に取り憑かれた、恨みと憎しみを持つ人間達が、軍隊を作り、ヨーロッパ各国で大暴れして、戦争始めていた。

様々な国の中で、内戦が起こり、その影響は、止まる事が無いばかりか、ヨーロッパ全土を巻き込み、大戦争へと突入していったのだ。


「それじゃ、僕の街は、どうなっているの?」ティノが聞いた。

「クレモナも、戦争に巻き込まれ始めてるわ、お父さんとお母さんは、まだ無事よ、でもね先は見えないわね」ロザンナが嘆きながら言った。

「えええ・・・お父さんもお母さんも危ないって!」モナは絶句した。

「お兄ちゃん、どうしよう・・・」モナが尋ねた。

「とにかく、もう、道は一つだよ、早く、魔法のヴァイオリンを完成する、そして、ザルーラの魔力を止める、それしかないよ」ティノが力強く言った。

「ティノ、お父さんとお母さん、そしてお爺さんの事は、私達が、なんとしても守るから、とにかく早く魔法のヴァイオリンを完成させる事よ」ロザンナが言った。


ドドドド・・・ガガガガが・・・

宮殿の上空で、再び異様な音がした。

雷鳴の様な恐ろしい響きが宮殿の中で木霊する。

「この恐ろしく醜い音が、多く鳴るようになりました」

「それだけ、人間の世界で戦争や殺戮が増えているってことですか?」ティノが尋ねた。

「ええ、この戦争は人間の世界を破滅させてしまうかもしれません」

「それじゃ、この都も危ういってことですか?」セレーナが尋ねた。

「いや、私達の思いやりの心がしっかりしている限り、この都は守られる、ただ、ザルーラの魔力で恨みと憎しみが増し加わった人間達が増えれば増えるほど、この都とは真逆な悪なる都が増えだし、そのバランスが崩れた時には、どうなるか解らない・・・」

「早く、魔法のヴァイオリンを完成させて、ザルーラの魔力を消し去らないと、大変な事になる・・・」ティノが言った。

「その通り、ティノさん、早くしなくては・・・」フランチェスコが言った。

「その事ですけど、愛の樹で魂柱を造らなくては、ヴァイオリンが完成しないって言われて、ここまで来ました。その愛の樹は何処にあるのですか?」セレーナが尋ねた。

「それじゃ、早速案内しましょう・・・」


 思いやりの都は、円形の都だった。

円の中心部から東西南北綺麗に整理された道が貫き、遙か彼方まで続く広大な都。

ティノ達が降り立った場所は、都の中心から少し離れた場所で、玄関口と言っても良い場所だった。

フランチェスコの説明によると、中心部に行くほど、さらに輝く宮殿があり、美しい風景が広がっているという。愛の樹は、その宮殿の中にある。


 ティノ達は、再びラビソールの背中にまたがり、その中心部へ向う事にした。

「ティノ、先に行って待ってるわね、みんなはラビソールと一緒に・・・」

ロザンナが言った。

ティノ達がラビソールにまたがり空を飛び始めると、フランチェスコとロザンナの姿が

みんなの前から消えてしまった。

「あら、お婆ちゃんとフランチェスコさんは?」モナがハーミィに尋ねた。

「愛の樹の近くで待っているって、ラビソールが言ってるわよ」ハーミィが通訳した。

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