15 グローラス湖

「ねえ、エルダルス、いよいよ明日七度目の太陽が昇る日になるね」

ティノは、期待と不安の心で、その時を待っていた。

「ティノ、ようやく湖が見える時が来たの、とは言え、化け物が居ると言うから、安心は出来ぬが・・・」エルダルスが言った。

「ああ、確かに・・・」

一行が、夜を明かし、七度目の太陽が登った。

その太陽が登る先を目指して進むと高原の草花が生い茂る小高い丘にさしかかった。

大きな樹木は少なく、人間の背丈ほどの樹木が、草花の合間にポツリポツリと茂っている丘だった。

その丘を登り詰め、頂上に辿り着くと

「わ~・・・なんて綺麗な湖なんだ!・・・」ティノが感激して言った。

ティノ達の眼下には、山々に囲まれた美しい湖が広がっていた。

水は青く、澄み切っているが、水深が深い事を物語る様に、湖の中央は、紺色に染まっている。

「とうとう来たわね」ハーミィが空中からみんなに声を掛けた。

「ああ、とうとうここまで来たね、もうすぐだ」ティノが言った。

「綺麗な湖ね」セレーナが呟いた。

セレーナが言う様に、湖は、穏やかに波打ち、青々した湖面が、太陽の日差しで、キラキラと光り輝いている。

数え切れない程の水鳥が湖面の波に揺られながら漂い、鷲が大空を羽ばたき、穏やかな風景が広がっている。

化け物が住む湖とはとっても思えない景色だった。

「それじゃ、今日はここで月が出るのを待つとしよう、腹ごしらえして、夜に備えよう」エルダルスがみんなに声を掛けた。

「それじゃ、夕食の準備しない・・・」モナは、パルモラにくくり付けた、荷物を開いて、食事の準備を始めた。

ご馳走らしいご馳走は無いが、ようやく湖に辿り着いた安堵感で、みんなの気持ちは、久方ぶりで安らいでいた。

夕食を食べ終わると、一行は、月が出るのをまった。

だが、その日の月は、満月では無かった。

「ねえ、ティノ、魔女は満月に文字が映し出されるって言ってたよね、あと数日は待たないと満月にならないわね・・・」ハーミィが言った。

「うん、この月だと、あと四~五日は、待つようだね」ティノが答えた。

「確かに、あと四~五日待つようじゃの、だが、そうなると、湖に住むと言う、化け物に気づかれてしまうやもしれんな・・・とにかく用心しなくては・・・」エルダルスが言った。

それから、一日、二日が過ぎ、三日目となったが、もうすぐ満月だと言うのに、土砂降りの雨となった。

山の天候は激しく変わり、雷鳴が轟き、激しい雷雨が容赦なくティノ達を襲った。

ティノ達は、仕方なく雷雨から身を守る小さな洞窟に身を寄せた。

「う~ん」モナが大きなため息をついた。

「ねえ、明日にも満月になるって言うのに、この天候じゃ、満月を逃すかもしれないわ、もしも、もしも、今度の満月が見えなかったら、ここに、かなり居なくちゃならないわ、一体、どうしたら良いの・・・」モナが、困った顔でみんなに言った。

「確かに、もしこの天気が回復しなければ、モナちゃんが言う様に、かなりここに滞在する事になるわね」セレーナも困惑している。

「ああ・・・」ティノもため息混じりで呟いた。

「みんな心配するでない、みんなは、天の願い成就するために、ここに来ているんじゃ

ベリータ女王始め、みんなが天から応援してくれておる、わしたちは、ただ、ただ、精誠を尽くすのみじゃ、そうすれば、必ず道が開かれるというものじゃ」エルダルスが言った。

翌朝になっても、雨は止まず、湖の上空は、薄暗い雲に覆われ、太陽の光さえ見えない状態だった。

「困ったわね、今日天気が回復しなければ、満月を逃してしまう」ハーミィが心配そうに言った。

ティノもモナも、セレーナもみな困惑していた。

しかし、エルダルスだけは、岩陰で独り、祈りを捧げていた。


半日が経った。エルダルスは、食事もとらずに、ひたすら祈りを続けていた。

すると、エルダルスに一筋の光が、天から降り注ぎ始め、その光の先の雲が次第に、薄くなっていった。

雲の中に青空がうっすらと見え始め、みるみる間に、雲が消えていく。

雲の切れ間から、光が差し込むと、湖に虹が架かった。


「見て!虹よ!」モナが叫んだ。

「ほんと、綺麗な虹!」セレーナも叫んだ。

虹は、始めうっすらとしていたが、やがて、はっきりとくっきりと、輝き始め、その虹が輝けば輝くほど、雲は消えてゆき、上空に太陽が輝き始め、青空が広がっていった。

「すごい、すごいわ、エルダルスの祈りが届いたんだわ・・・」ハーミィが喜んで、空中を飛び回っている。

「よかったですね、これで満月の夜を迎えられますね」ミハエルが笑顔で言った。

「ほんと、エルダルス凄い!」ハーミィも喜んで言った。

「まあ、満月を迎えられる事は歓迎だが、まだ、油断は出来ぬな、この湖には化け物がおるでな、いつ化け物と遭遇するかも解らぬ、用心せねば・・・」エルダルスは、喜んでいると言うより、かなり慎重だった。


 そして、夕刻となり、月が光を放ちだした。

「わぁ・・・満月が輝いている、素晴らしい・・・」セレーナは、月を見て感激していた。

みんなで満月を眺め、そして、月明かりが照らされた湖面に目をやった。

月明かりが、湖面に、映し出されている。

湖面は、まるで鏡の様。美しい満月が湖面で金色に輝き、ゆらゆらと揺れている。

「なにか見えるかい・・・」ティノがみんなにそっと声を掛けた。

「ううん、なにも・・・」モナが残念そうな声で言った。

「いつ文字が見えるのかしらね?魔女さんは、湖面の満月に写るって言っただけだけど・・・エルダルスさんは、何か知らないの?」セレーナが頭を傾げた。

「わしも、解らぬな・・・」エルダルスも、困惑していた。

みんなが、満月が写る湖面をじっと見つめていると

「ねえ、セレーナ、魔法のヴァイオリンを弾いてみてくれないか・・・」

とティノが突然言った。

「僕の感なんだけど、魔法のヴァイオリンって、魔法の樹の魂が生きていて、魂柱を呼んでいるんじゃないかって・・・だから、弾いてみたら何か答えてくれるんじゃないかって・・なんかそう感じるんだ」

「ティノ、その思いは、わしもそうかも知れぬと思うが、こんな静まった夜中じゃ、化け物にも音が伝わる可能性がある、用心に越したことはないぞ」エルダルスが心配そうに言った。

「エルダルス、そん時はそん時、化け物を退治するしかないわよ」モナが言った。

「モナらしいのぉ・・・」

「とにかく、じっと待ってないで、演奏してみるわ」セレーナが、ティノの言葉に応える様に、魔法のヴァイオリンを取り出して、演奏を始めた。

湖面に向かって、美しい音が、響き渡る。

その音は、満月に語りかける様に、ピュアで優しく、そして美しく響いている。

音が水面をなでるように響き渡ると、湖面に映る満月の光が、キラキラ、キラキラと金色の光を放ち始めた。


 ティノの予感は当たった。

まさに、ヴァイオリンの音色に答える様に、湖に届く光が動き出した。

金色の光は、湖面の中でぐるぐるぐるぐると回り出し、そののち、湖面に文字が浮かび上がってきたのだ。

「ねえ、見てみて・・・ティノが言う様に、魔法のヴァイオリンに答えている・・・ほらほら、文字が文字が見えるよ・・・」ハーミィが湖の上を飛びながら、湖面の文字を指さし、「なんて書いているんだろう・・・」と呟いた。


みんながじっとして、湖面をのぞき込んでいると

湖面に写る満月の中に、文字がくっきりと浮かび上がってきた。



 水、天地に流れ

 光、水と結ばれる

 土から生まれし樹、声放つとき

 永久の命の扉、開かれん



「水が天地に流れるって何だろう?」モナが言った。

「光と水、土・・・まるで暗号だ、まったく解らないよ」ティノは頭を傾げた。

みんなは、その意味を知ろうと、黙り込んで考えていた。


「水、天地・・・流れる・・・もしかすると、この湖の何処かに、天と地を結ぶほどの大きな滝があるのかもしれんな・・・」エルダルスが言った。

「光、水と結ばれるっては?」ハーミィが言った。

「・・・・」だれも、答えが出ない。


「じゃ、樹が声放つは?」セレーナが聞いた。

「それって、魔法のヴァイオリンの音じゃない・・・」モナが呟いた。

「そうそう、私もそうかなって思ってた」ハーミィが頷いた。

「つまりこうか・・・滝の所で、魔法のヴァイオリンを奏でると、扉が見える・・・」

ティノが言った。

「そう、そんな気がするわ、でも光が解らないわね・・・」セレーナが頭を傾げた。

 

 みんなの話を聞いていたミハエルが近づき言った。

「それでは、昔から、魔法のヴァイオリンが来るのを待っていたと言うことになるので、それは違うと思いますが・・・」

「でもさミハエル、月は、確かに答えたよ」モナが頷いた。

「ミハエルの話も最もだし、モナちゃんの話もそうかと思うし・・・」セレーナが言った。

「あああ、だめだだめだ、解らないなぁ」ティノがため息交じりに言った。


「いずれにしても、その扉は、この世の扉ではない人間の別世界の扉なのだと思います」

ミハエルが言った。

「じゃ、ミハエル達が、住む異次元の世界?」モナが聞いた。

「いえ、私達天使が住む世界ではありません、人間の住む世界は、生死に関わらず無数に存在しているので、はっきりはしませんが・・・」

「じゃぁ、あの魔女が言っていたローマ人って、生きている人間とかじゃないって事か」ティノが目を丸くして言った。

「そうだと思います、都も人も違う世界で、私も簡単には踏み込む事が出来ない世界なのだと思います」ミハエルが言った。

「だからじゃ・・・地図を探せども無かったのは、異次元の都なら、死んだローマ人が住むことも、解らぬでもない」エルダルスが言った。

「それにしても、直ぐに解ると思って来たのに、これじゃ、またまた、旅を続けるしかないわね」ハーミィが嘆いて言った。

「う~ん・・・確かに」モナもため息をついた。


「とにかくエルダレスが言う様に、天地に流れる水って滝の様な気がするから、明日の朝から、この湖をみんなで探してみようよ」ティノが言った。

「ええ」

「そうねぇ・・・」

みんながティノに賛同し、その夜は、ぐっすりと眠った。


 翌朝、ティノ達は滝を見つけるために、湿地の畔を歩き回った。

滝の音が聞こえないかと、耳を澄ませながら、あちらこちらと歩いた。

しかし、湖は、あまりにも大きく、一、二日程度では、湖の畔を回り切れそうもなかった。

進む先も、足下はぬかるみ、時に、生い茂る草が絡みつく、草と思って入り込むと、足がめり込む程の湿地があちこちにあり、思うように進む事が出来なかった。

「キャー!」セレーナが叫んだ。

「どうしたセレーナ」ティノが慌てて、セレーナに近づくと、セレーナの足下には、大きなムカデやヒルが何匹もいる。

その近くには、うごめく蛇も見える。

「ここは、危険が一杯だな、注意しないと・・・」ティノが言った。

ティノがふとパルモラを見ると、パルモラの足には、黒いヒルがまとわりついている。

ティノは、その姿を見て、がく愕ぜん然とし、大慌てでヒルを取り払った。

「パルモラ、ステファノ、足下が悪くて、すまない、君達には、かなり辛い足場だろう」ティノが、馬達を気遣い言った。

「ほんと、パルモラ達、可哀想」モナも同情して言った。

「私達なら大丈夫ですよ・・・ティノ、モナちゃん、こんな事では、へこたれない」パルモラが言った。

「ただ・・・」パルモラが何か言いかけて止めた。

「ただ・・・なに?パルモラ」モナが尋ねた。

「いや、特には・・・」パルモラは、返答をしなかった。

パルモラは、何か言いたげではあるが、それ以上何も話さなかった。


滝を探しまわって、一日二日と過ぎていった。

「ねぇティノ、もしもよ、もしも、水、天地に流れるって、滝じゃなかったら、私達の動きは無駄骨となっちゃう・・・本当に、滝なんだろうか?・・・」ハーミィが言った。

「ハーミィ、エルダルスの感を信じようよ、雨が止む、あの祈りの事だって、エルダルスが居なかったら、無理だったんだから・・・」ティノが言った。

「そうね、疑ってごめん!とにかく、あきらめないで進むわ!」ハーミィが返事した。

「そうそう・・・」モナがうなずいた。


 湿地を進む事は、容易ではなかった。何度も何度も、足がすくわれる。

膝がすっぽり湿地の中にめり込み、身動きがとれない所にも遭遇する。


 しかも悪いことに、また、天候が悪化して、雨が降り出してきた。

ポトポトと、雨の滴が、ティノ達に降りかかる。

最初は、小雨だったが、やがて雷鳴が轟き、大雨が降ってきた。

「まずい、何処か雨宿りしないと・・・」ティノが叫んだ。

すると、ほんの少し先に、洞窟らしき場所が見えた。

「ねぇ、洞窟があるわ、あそこに行こう!」モナが言った。


 一行は、大急ぎで、洞窟まで進み、岩肌がぬかるむ中、奥へと進んだ。

雷鳴は激しく鳴り響き、叩きつける雨が、ティノ達を苦しめる。

雨水が、小川の様になって、逃げ込んだ洞窟に流れ込み、ティノ達の足下は、びしょ濡れになった。

暗く、ひんやりした洞窟。

中は、岩肌がぬめり、岩に手を付けると、苔がこびりつく、小さい虫がうごめき、なんとも不気味な気配が漂っていた。

「なんか気味悪いわ・・・」モナが呟いた。

「珍しいわね、モナが気味悪いなんて言うの・・・」ハーミィが言った。

「でも、確かに気味が悪いわ」セレーナも言った。


みんながなんとも言えない、不気味さを感じていた時だった。

「グガガガ・・・・グワ~ググググ」不気味な獣の声が聞こえた。

「まずいぞ!もしかすると・・・早く逃げるのじゃ・・・」

エルダルスが、みんなに声を掛けた。

モナ、セレーナそして馬達は、エルダルスの呼びかけに応じて、大急ぎで洞窟の外に飛び出した。

「セレーナさん、こっちよ、こっち・・・」

ハーミィが、モナとセレーナと馬達を出来るだけ安全な場所へ誘導した。

だが、外は、まだ大雨が降り続いている。

引き返すことも進む事もままならず、ハーミィ達は、途方に暮れた。


 危険を察知しても、手遅れだった。

エルダルス目の前に、巨大な化け物が、目をギラギラと輝かせ、息を吐きながら近づいてきた。まるで、恐竜のように巨大で、恐ろしい顔つき。

その姿は、巨大な蛇に見えるが、長い首と胴には、ごつい足が生えている。

鎧を着けているような皮膚、ワニの様に口はとがり、鋭い歯が生え、背中には、折りたたまれた羽根が生えていた。

化け物が、恐ろしい声を張り上げ、エルダルスに向かって来た。

鼻息は荒く、今にもエルダルスを食いちぎろうとしている様だ。

「モルジョラトーレ」エルダルスが呪文を唱えた。

エルダルスの呪文が洞窟中に轟くと、洞窟が音を立てて、揺れはじめた。

次の瞬間、天上の岩が化け物めがけて落下してきた。

ドドドドド・・・岩が、化け物の頭上に落ちると、化け物は、がぉーと大声を張り上げて、尻込みした。

「今じゃ、ティノも洞窟の外へ・・・」

「エルダルス、大丈夫かい!」洞窟の中に残っているエルダルスに、ティノが声を掛けた。

洞窟の中で、エルダルスと化け物が格闘している。

化け物は、エルダルスを捕まえ、がんじがらめにしていた。

「た、た、大変だ!」様子を見たティノが大声を張り上げた。

「エルダレスを助けなくっちゃ、何か良い方法がない?」ティノが叫んだ。

すると、ミハエルがティノに進言した。

「ティノ、私が、上から剣を指します、ティノは、足下に剣をさしてださい」

「えっ剣って?」ティノが言うと

「こんな事も有ろうかと、用意しておいたのです」ミハエルは、二つの剣をティノに差し出した。

ミハエルは、一つの剣を持って洞窟の天上に向かった。

ティノは、化け物に気づかれないように、剣を手に、そっと、化け物の足下近くに近づいた。

化け物は、エルダルスの身体を羽交い締めにして微動だにしない。

「グァオー」化け物が雄叫びと上げ、エルダルスをさらに締め付けようとする瞬間。

天上から、舞い降りたミハエルが、化け物の頭部めがけ剣を指した。

「ぐぁぁぁぁぁ・・・」剣が首筋に刺さると、化け物は、雄叫びを上げ、のけぞった。

その勢いで、エルダルスは、岩に放り投げられ、化け物が後ずさりをしたのだが、傷は浅く、突き刺さる剣を払いのけると、再びティノ達に襲いかかってきたのだ。

凄まじい勢いで荒れ狂い、岩を叩きつけ、その動きに、洞窟までが揺れた。


「ミハエル、あいつの目に泥を投げつけてくれないか」

ティノの呼びかけに、ミハエルが呼応して、泥を化け物に投げつけた。

目に泥がめり込み、化け物は何も見えなくなり、次の瞬間、ティノが、化け物の足に、剣を突き刺した。

驚いた化け物は、岩から足を踏み外し洞窟の奥底に滑り落ちていった。

「今のうちに、洞窟を抜けだそう!!」ティノが、エルダルスとミハエルに声を掛けた。


ティノ達は、大急ぎで、洞窟を抜け出した。

大雨が降っているが、早く、あの化け物から遠ざからなければ。

モナやセレーナもティノに合流して、洞窟からどんどん先に先に進んだ。

ティノ達は、息を弾ませ、森の中を夢中で進んだ。

洞窟の外は、まだ雨が降り続く、みんなはびしょ濡れとなったが、少しでも洞窟から離れたい一心で、息を弾ませ進んだ。

 一行が、森の中を進むと、視界が広がる、峠らしき地にさしかかった。

山と山の裾野、今まで歩いてきた景色とはかなり変わり始めている。

風景は変わったが、いまだ雨は強く降り続いていて雨音が追いかける様に聞こえ

一行は、気が休めなかった。


 そうこうしている時だった。

「みんなぁ・・・ちょっと・・・」とティノが呼びかけた。

「どうしたのティノ?」セレーナが尋ねた。

「聞こえないかい、雨じゃない音」

みんなは、耳を澄まして、雨音以外の音を聞き出そうとしていた。

「ほんと、聞こえる」モナが返事した。

「あっちから聞こえるわね・・・」セレーナが言った。

ティノ達は、その別な音が聞こえる方向へと歩き出した。

ゴー・・・という音がはっきりと聞き取れる。

ティノが一目散で、林を駆け抜け、音が聞こえる場所へと向かうと、大きな大きな滝が流れていた。見上げるほど巨大な滝だった。

まさに天から地へと水が流れ落ちているかの様な、雄大な滝の風景だ。

探していた滝を目の前にして、ティノは、興奮した。

「見つかった、みんな見つかったよ!滝だ滝・・・」

「ええ、見つかったわね・・・」セレーナも共に喜んだ。

雨に濡れているにも関わらず、みんなは、滝を見て小躍りしている。

「エルダルスが言ったとおりだね、水、天地に流れって、この滝の事だって思うわ」モナも興奮して言った。

「もしかすると、コルヴェリオ峠って、ここ?」モナが言った。

「ああ、そうかもしれぬな」エルダルスが言った。

「良かったですね、ティノさん」パルモラも喜んで言った。


 みんなが、興奮しながら滝を見上げていると、次第に雨が止み始め、雲の切れ間から、光が差しだした。

キラキラ、キラキラと、光は、滝に向かって差し込むと

「ねぇ・・・ほら見て見て・・・あそこ・・・」ハーミィが小さな指を指し呼びかけた。

指の先を見ると、美しい虹が滝の中に吸い込まれる様に現れた。

「ああ、虹、すごく綺麗・・・」モナが言った。

「そう、そうよ、これよこれ、光、水と結ばれるって・・・これに違いないわ」セレーナが感激の声を上げた。

「水、天地に流れ、光、水と結ばれるは、この事だね!」ティノが大声で言った。

「なら、土から生まれし樹、声放つって何だろう・・・・」モナが言った。


みんなで考えていた時だった。

「ガ~・・・ガオー・・・」あの化け物が、滝の中から現れた。

「な・・・なんだ、あの化け物の洞窟って、ここに通じていたのか!」ティノが、驚いて大声を張り上げた。

化け物の指筋と足は、血が流れている。

怒り狂った様に、化け物は、ティノ達めがけて突進してきた。

みんなは、大急ぎで木の陰に身を隠した。


 化け物と遭遇してないハーミィは、化け物の姿をじっと見つめた。

すると「ちょっと待ってて・・・」とハーミィが言い、す~と飛び立ち、化け物に近づいていった。

「ハーミィ気をつけて!」モナが叫んだ。

「大丈夫よモナ!」

ハーミィは、化け物の顔ぎりぎりに近寄ると、何か話しかけている様子だ。

化け物は、鼻息荒く、「グアァ~オー」と叫んでいる。

すると、ハーミィは、化け物の鼻先まで近づき、また話しかけた。

化け物は、ハーミィが近づくと怪訝な目つきで、ハーミィをじっと見ていたが、ハーミィの話に耳を傾ける様子だった。

ハーミィは、化け物の鼻先から耳元に動き、なにやら一方的に話を伝えている。

化け物は、ハーミィの話を聞いている様で、突進を止め、地にじっとしていた。

化け物とハーミィが話し込んでいる。

話し合いが終わると、ハーミィが、みんなの所へと戻ってきて言った。


「ねえ・・・みんな、大丈夫よ、安心して、もう襲わないわよ」

「どうしたのハーミィ?」モナが聞いた。

「あの、あの動物は、化け物じゃないわよ、違うの」とハーミィが返事した。

「えっ、何が違うのさ」ティノが聞いた。

ハーミィは、化け物の正体を説明した。

音の妖精故に、出来た化け物との会話だった。

ハーミィは、化け物に向かって、ここに来た理由を話し、理由が分かった化け物は、襲うのを止めた。

化け物は、ハーミィに、愛の樹を守る為にここに居ると話しているという。

ハーミィは、化け物に向かって、ティノ達が愛の樹を探す理由を説明したため、戦うのを止めた。

化け物は、ティノ達に近づき、「グアァ・・・」と雄叫びを上げ続けて、まるで話掛けている様に、「グアァグググ・・・グァ・・・」と叫んでいる。

「ねぇ、なんて言ってるの?」ティノがハーミィに聞いた。

「愛の樹がある所に行きたいのなら、太鼓を鳴らせって言ってるわ」ハーミィが化け物との通訳をしてくれた。

「太鼓・・・そうか、土から生まれし樹、声放つって、太鼓だったのか!」ティノはようやく合点がいき、大きく頷いた。

「古代の人間は、遠くに何かを伝える為に、樹で造った太鼓を利用したのよね、私の仲間が人間が造った太鼓の音を考えた事が有ったの、人間の最初の楽器が太鼓と言っても良いのよ、今思い出したわ、気の遠くなるほど昔の事だし、仲間の事だから、すっかり忘れてたけどね」ハーミィが言った。

「そうか、愛の樹も古代から伝わる話だし、そこに通じるにも、古代の楽器が必要なんだってことか・・・」ティノが言った。

「そうと解れば、早速、樹を探して、太鼓としてならしてみよう、あの虹が消えない前に」

モナが言った。

みんなは、滝の周りの樹を探した、太鼓に相応しい樹を探した。

「ねぇ、この樹はどう・・・」モナが横たわる樹を手でぽんぽんと叩いて言った。

「おお、その樹はなかなかよさそうだな、モナちゃん、いい樹を見つけた」とエルダルスがモナの指さす樹を見て言った。

モナの見つけた樹は、既に、死んで横たわっているが、立派な樹だった。

「それよ、それ、モナちゃんが見つけた樹が、太鼓に相応しい樹よ」ハーミィが飛んできて言った。

モナの見つけた樹を、ミハエルとティノが担ぎ出し、滝の近くまで運んだ。

その樹を見つめていたエルダルスが、樹に向かって呪文を唱えると、瞬く間に、丸太の太鼓に変わった。

「なんて素晴らしい!!!エルダルス、流石」ティノが感激して言った。

エルダルスの魔法で蘇った樹は、見事な太鼓となった。

ティノが、その太鼓を手で叩くとポンポンと、弾む音がする。

「いい音ね、じゃ直ぐに、滝の前で鳴らそうよ」モナが言った。


みんなで、太鼓を滝の直ぐ側に持って行き、早速太鼓を叩いてみた。


トントトントントン・・・ポンポン・・・

滝に向かって、太鼓の音が木霊した。

太鼓の音色は、滝の下から上に向かって登りつめる様に、とどろき始めた。

すると、滝の滴は、まるで、ヴァイオリンの弦の様に太鼓の音に共鳴を始め、一滴一滴が太鼓の振動に合わせて震えだし、森中に響きだした。

滝は、まるで、巨大なヴァイオリン弦の様だ。滝の滴が弦の様に鳴り響く。

ティノ達はあっけにとられた。

次の瞬間、滝の中に空洞が開かれ、中から光が輝き始めた。


「あれだ!」ティノが叫んだ。

まさに、滝の中に、光輝く扉が見えてきた。

ティノ達は、その光輝く扉がどんどん大きくなるのを、じっと眺めていた。

「何してんのみんな、あそこに行かないと・・・」モナが叫んだ。

「今よ、あの中に、みんなで入ろうよ」

モナが、みんなに呼びかけ、光の扉に入いろうとしたが、

「あっ、ちょっと、待って」とティノが言った。

「どうしたティノ・・・」エルダルスが尋ねると

「あの生き物にわびないと・・・」そう言うと、ティノは、化け物に近づき、布で化け物の顔を拭き、「すまなかった」と化け物に頭を下げた。

ティノが布で摩っていると

「ガオ~ン、ガオガオガオ~」化け物がうなり声を上げた。

「ハーミィ、今度は何?」ティノがハーミィに聞いた。

「私の背中に乗れ、扉の中に入るからって、だたし、この中に入れるのは、私と人間だけだって言うのよ」ハーミィが返事した。

「えっ、それじゃ、エルダルスやミハエルやパルモラ達は?」

ハーミィが再び、化け物と話をした。

化け物は、大きく首を振り、「グアオー」と叫んだ。

「ええ・・・ここまで来てエルダルス一緒に行けないなんて・・・」ティノが困った声をあげた。

「しょうがないわよ、ここから先は、人間だけの世界だって言うんだもの、私は、通訳の為に特別だって・・・」ハーミィが言った。

「ティノ、わしたちなら大丈夫じゃて、ここで待っておる、早く愛の樹を見つけ出して、戻って来て、一日も早くザルーラの魔力を止めるんじゃ・・・」エルダレスが言った。

 せっかく、苦労して見つけた、愛の樹の入口にさしかかりながら、全員が行けない事に、ティノもモナもセレーナも辛かった。

でも、悩んで居ても時間ばかりが過ぎてしまう。

ティノは、人間だけで行く事を渋々了承した。

「わかった・・・それじゃ・・・、エルダレス、みんな、ごめん、とにかく行ってくるから、ここで待っていて」

ティノは、モナとセレーナに声を掛け、化け物の背中に乗り、ハーミィは、化け物の耳元にちょこんと腰掛けた。

化け物は、雄叫びを上げ、滝の扉に入って行った。

すると、光輝く扉がスーと消えた。


 光の扉に入ると、その中は輝くばかりの光に包まれている。

互いの姿が見えなくなる程の輝く純白な光に覆われ、みんなは、その光に包まれた。

かつて味わった事のない至福の感情が、みんなを包んでいる。

扉の先には、果てしなく続く光輝く一本道が見え、神々しい輝きに満ちていた。


ティノ達は、その道をたどりながら、道の上空を飛んでいた。

その間ずっと、ティノ達は、とてつもない幸福な思いに包まれていた。

ティノは、誰かが自分を呼んでいる、不思議な思いにかられた。

元気なモナもハーミィも、飛んでいる間、ずっと無言だった。

まるで神聖なバージンロードを進んでいる様に、厳粛で至福に包まれていたからだ。


驚くことは、それだけでは無かった。

ティノがまたがる化け物は、いつのまにか、純白な龍の姿に変わっていたのだ。

恐ろしい姿は、もはや微塵もない。

美しい白龍になっていた。


「君、龍だったのか・・・名前は?・・・」ティノは、白龍に向かって呟いた。

白龍は、耳元側に居るハーミィに向かってグアグア・・・と言った。

「ティノ彼の名は、ラビソールだって言ってるわ」

「ラビソール」ティノが呟いた。

「ラビソール、いったい君は何者なんだい?」ティノがまた尋ねた。

「私は、愛の樹が眠る都を守る、守り龍です」

「えっ、守り龍だって、じゃなんで、あんな化け物の姿だったの?」

ティノの質問をハーミィが通訳した。

白龍は、愛の樹が有る都を守る扉の番人だという、化け物の姿で、悪い人間達から、あの扉を守り続けた来た。しかし、いずれ、この扉を開ける、真なる人間が現れる事を知っていた。ティノ達が、その人間である事をハーミィから聞かされ、ハーミィを信じて、この道を案内しているという。

もう、化け物の姿になる必要がないラビソールは、白龍の姿に戻ったという。

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