12 四十日四十夜


「ティノ、これから、四十日四十夜かけて、魔法のヴァイオリンを造るのじゃ、セレーナさんとモナさんは、樹の精と一緒に森のキノコや果実を集めて、毎日食事を作ってもらえんかな、岩の妖精達には、木材を裁断し削る作業の手伝いをしてもらおう」エルダルスが言った。

「ねえ、エルダルス、私の仕事は?」ハーミィが尋ねた。

「ハーミィには、大事な大事な仕事が有る、それはじゃ、森の中に行って、木の葉の妖精と力合わせて、ニスの原料となる松ヤニなどを集めてきてもらいたいのじゃ、それからもう一つ、ハーミィも知っておる、音鳴り草を探して来て欲しいんじゃ」

「解ったわエルダルス、少しの間まってて、必ず見つけてくるから」ハーミィが言った。

こうして、それぞれが役目を担い、魔法のヴァイオリン造りが始まった。

自らの命を犠牲にして世の為に生きようとする老いたスプルースで表板を、他の為に命を捧げた立派なメープルで裏板とスクロールを造る。

ティノがエルダルスの魔法で現れた内枠を利用して形を整え、岩の妖精達は、ティノに従い、こつこつと木材を削った。


 一日一日、木材は、ヴァイオリンの形に変わってゆき、七日が経った。

「ティノ、エルダルス・・・見つけてきたわよ、松ヤニと、音鳴り草、これだけあれば、足りるでしょ」

ハーミィの声が鍾乳洞にとどろ轟いた。

ハーミィと木の葉の妖精達が、ニスの原料を運んできた。

「おお、良くやった良くやった」エルダルスは、ハーミィと木の葉の妖精を慰労した。

「では、早速ニスを造ろう」エルダルスが、ニスの原料を二つの釜に入れて呪文を唱えると、釜に入れた原料が、見る見る間に、ニスへと変わっていく。

一つの釜のニスは、黄色く、もう一つの釜のニスは、朱色に染まった。

黄色いニスには、ハーミィが探してきた、松ヤニに音鳴り草を混ぜ合わせた。

それからエルダルスは、もう一方の朱色のニスを拡販しながら

「モナさん、ベリータ女王から授かった瓶が有るじゃろう、それを出してくれんか」

と言った。

 モナは、エルダルスに言われた様に、ベリータ女王から授けられた小瓶を袋からとり出しエルダルスに渡した。

癒やしの樹から採取したとベリータ女王が話していた小瓶の液のことだ。

エルダルスは、小瓶の中身を半分、朱色のニスに混ぜ合わせ、呪文を唱えた。

すると、ニスを入れた釜が光り出した。

まるでルビーが輝くように、赤く美しい光となりキラキラと輝きだした。

「ティノ、ニスが出来上がったぞ、このニスは、あらゆる者を癒やす力を持つ、魔法のニスじゃて」

 

 エルダレスがニスを造っている最中に、表板と裏板の形がようやく出来てきた。

岩の妖精達は、ティノに言われるまま、板に優雅なアーチとカーブを造り、磨きを掛ける作業を手伝った。長い間岩を磨き続けた岩の妖精達は、木材を磨くのもお手の物だった。

だが、まだ板の厚みにばらつきがある。

ティノは、表板の裏側を、コンコンコンコンと、板面に向かって中指の背で軽くたたき、返ってくる音程に耳を傾け、微妙な音程の差を聞き分けていた。

「この面は、音程が高い、でもこの面は低い、だから、この面を削って同じ打音にしなくちゃ」

 ティノは、板面のどこでも同じ打音になるように、シャキシャキシャキと小さなかんな鉋で裏側を削った。

「のお、ティノさんや、なんで板をたたいて、同じ音にしなくちゃならんのだ?」

と岩の妖精が尋ねた。

ティノは、セレーナが持っているストラドを手にして、岩の妖精に説明を始めた。

「ヴァイオリンは、弓でこの弦を弾くと、弦が振動して、その振動は、この駒を通して表板に伝わるんだ、この表板全体が同じ打音なら、弦から伝わる音は板全体同じ音になるので、大きくてピュアな音色となって響くんだ、もし、板の打音があちこち違っていたら、弦の音が一つにならない、つまり音色が大きくもピュアにもならないんだ」

「ふ~ん、解らぬ、何が何だかさっぱり・・・まあ、良い音を出すってこったな」

岩の妖精には、全く解らない話だった。

だが岩の妖精は、ティノが言うように打音を合わせて、板を削る手伝いを続けた。


 ティノは、黙々と魔法のヴァイオリン造りを進めた。

頭部のスクロールも、魂を込めて彫り込んだ。

こうして魔法のヴァイオリンは、どんどん美しくなっていった。


二十日が過ぎ、そして三十日が経つと、魔法のヴァイオリンの形は、ほぼ出来上がった。

「エルダレス、ヴァイオリンはもうすぐ完成だよ、あとはニスを塗り乾かし、魂柱と駒を入れ、弦を張ればね」とティノが言った。

ここまで出来上がると、ティノはほっとして、何時になく、ぐっすりと眠りについた。


 真夜中、ティノはまた夢を見ていた。

ティノは、たいそう立派な宮殿の中を歩いていた。

そこは、ローマの宮殿に似ていて、石で造られていた。

 宮殿の廊下を歩き中庭に近づくと、ムチで人を叩く音が聞こえてきた。

ムチが風切る音、そして人の肉体に当たる音。そのムチの痛みを堪え忍ぶ声が聞こえた。

しかし、中庭をのぞいて見ても誰も居なかった。

 その風景が消え去ると、今度は、小高い丘が見えた。

その丘に通じる道を、太い木を引きずる音が聞こえた。

ゴットン・・・ゴットン・・・、木が道の石畳に当たる度に鳴る音だ。

ティノは、その道をも見たが、今度も何も見えなかった。

 丘に突如風が吹き出し、暗雲が垂れ込め雷鳴が轟いた。

瞬く間に、丘は嵐に巻き込まれ、あちらこちらで悲鳴が上がった。

そのとき、ティノの前に、老人が佇んだ。

強風にあお煽られながら、老人は、ティノに手招きをしている。

ティノが老人を見つめてみると、旅の途中、夢に現れた老人と同じだった。

「あなたは誰?」夢の中でティノは叫んだ。

しかし、今度もまた、老人は誰なのか答えない。

すると、稲妻が木に落ち、木はバリバリと音を立て粉砕されたが、その直後、樹が蘇り、眩しい程に輝き美しい樹木になった。

夢は、そこで終わった。


 ティノは、夢を見つつ、びっしょりと寝汗をかき、うなされていた。

「ティノ、大丈夫?」セレーナが心配して声を掛けてきた。

「お兄ちゃん、なにうなされて」モナも心配していた。

「ああ・・・」ティノは、二人の声で、薄目を開け、今見ていた事が夢だった事を知った。

セレーナは、荷物の中に忍ばせていた布を、鍾乳洞の中に流れるせせらぎに浸し、ぎゅっと絞り上げると、ティノの額にタオルを置いた。

「有り難う、セレーナ」

「だって、凄い冷や汗かいてるんだもの」セレーナが照れながら言った。

「また夢?もしかして、また同じ人?」セレーナが尋ねた。

「そう、今度も同じ人だよ、それに、宮殿・・・あと眩しく輝く樹が・・・」

「宮殿と眩しい樹ですって?」セレーナが呟いた。

「ああ、ローマの宮殿の様な、そんな場所」ティノが言った。


 ティノが、夢の一部始終を二人に説明していた時、エルダレスがティノに近づき言った。

「その夢は、魔法のヴァイオリンにとり重要なメッセージなのじゃよティノ、やはり、ティノには、夢でもその事を伝えようとしている天の願いがあるのじゃな・・・」

「メッセージ?」ティノが頭を傾げた。

「実は、魔法のヴァイオリンは、今造っている木材だけでは完成しないのじゃよ」

「ええ!」みんなが驚きの声を上げた。

 

 ティノ達に、長旅をさせなくてはならない事を知っていたエルダレスは、次々押し寄せる難問を全て伝える事で、みんなに余計な負担を掛けたくは無かった。

一つ一つ乗り越えて、次の難問を超えさせていこうと考えていた。

魔法のヴァイオリンの大方が完成する今、重要なメッセージがある事を、伝えようと決めた。

「実はじゃな、魔法のヴァイオリンを最終的に完成させるには、もう一つ大切な事があるの

じゃよ、最初から話せば、みな無理だと言うに決まっておるから、これまで伏せておったのじゃよ」

「ティノもセレーナもストラディヴァリウスのメシアというヴァイオリンを知ってるじゃろう」

「ええ、見た事はないけど、知ってます」とティノ。

「わたしも・・・」とセレーナが続けた。

「実はじゃ、そのヴァイオリンが誕生して二百十年後に、ティノ、お前さんが生まれたんじゃ、まさにそのヴァイオリンとお前さんは、通じておる、悪魔の世を終わらせるという事においてじゃ・・・」

「ティノ、その大切な事とは、夢に現れた事じゃ、夢の中の樹じゃよ」

エルダレスは、その意味を詳しく話し始めた。


 ティノが誕生する二百十年前に、ストラディヴァリは、彼自身の生涯で最も優れたヴァイオリンを造り上げた。

ヴァイオリンは、メシアと名付けられたが、彼の手元から生涯離れる事がなかった。


 ストラディバリは、人間界に来られしメシアが世を救ってくれる事を信じ、その思いを胸に秘めその象徴となるヴァイオリンを造り上げた。

しかしながら、彼の時代に、世の中は救われなかった。

彼の時代も、後の時代も、悪魔ザルーラの支配する戦争や闘争が止まない世が続いた。

だからこそ、ティノが造る魔法のヴァイオリンを完成させなくてはならない。

だが魔法のヴァイオリンを完成させる為には、最も重要な樹が必要なのだ。

その重要な樹を手にしてこそ、初めて、完璧な魔法の音色とザルーラの魔力を超える力が生まれる。


「その樹と魔法のヴァイオリンと、どう繋がるの、その樹とは一体なんなの?」ティノが尋ねた。

「古代ローマ時代から伝わる、愛の樹じゃ」

「愛の樹?」ティノが驚いて声を張り上げた。


「愛の樹を魔法のヴァイオリンの魂柱にするんじゃよ、愛の樹には善なる力がある、どんな邪悪な心をも改心させ、思いやりと永遠の命を得ると言われておる、悪魔ザルーラの魔力を失わせるには、愛の樹を用いた魂柱を造り上げねばならぬのじゃ」

「それは何処にあるの?」ティノが尋ねた。

「まだ解らぬ・・・ここからさらに東の地じゃ」とエルダルスが返事した。

「そんな、どこにあるかも解らないなんて、アルプスの山で一つの樹を探す様な話で、絶対不可能だよ、それは奇跡中の奇跡だよ」

いくらエルダルスの言葉でも、ティノは信じられなかった。

ティノもセレーナもモナも、エルダルスの途方も無い話を聞いて仰天した。

「もし、最初からこの話をしたら、ティノは、この旅を始めておっただろうか?今の様に、最初から不可能だと言っていたかもしれんな、だから、今までその秘密を伏せておった」

エルダルスの顔が強ばった。

 

 この洞窟で、魔法のヴァイオリンは完成して、ザルーラの魔力を解けると思っていたが、この先再び、愛の樹を探す旅をするとは、まさに信じられない話だ。

「それってやはり不可能としか言えないわよ、愛の樹を見つけるなんて・・・どこに有るかも解らないのに探すの?途方も無い事じゃないの」モナが言った。

「いやモナさん、今までも奇跡の連続だったじゃろう、都はきっと見つかる」

「その都って、この先、どれほどの時間が掛かるの、どうやって探すのエルダルス」とセレーナも困惑している。

「むろんやみ闇くも雲に都を探すわけではない、実は、都の事が書かれた古文書を持っておる。

古文書には、グローラス湖なる湖を通過しコルヴェリオという峠を超えた先に、都は有ると書かれている。ただ、そのグローラス湖やコルヴェリオ峠と言うのは、今の時代の名では無い、だから、その名がどの地を指すのかを調べなくてはならん、しばらく時間が掛かるやもしれんが、きっと探してみせるでな」

エルダルスがそんな説明をしていると

「古文書だって!」とティノが叫んだ。

「エルダルス、この旅を始めた頃だけど、夢で古文書を探せと、老人が・・・」

「そう、ティノが汗をかいてうなされた夢だったわ」セレーナが言った。

ティノとセレーナの話を聞いたエルダルスが、大きく頷くと、部屋の片隅に向かい、焦げ茶色の本を手にして戻って来た。

「その夢は、これじゃな・・・」

古文書は、パピルスで織られた紙にギリシャ文字で書かれ、かなり劣化していた。

 みんなは、古文書を見つめながら、驚くばかりだ。

しかし同時に、ティノもセレーナもモナも、気の遠くなる様な話に戸惑いを隠せなかった。

どう考えても、愛の樹を見つけ出すのは、奇跡中の奇跡としか思えない。

だが魂柱は、表板と裏板を繋ぐ、言わば、ヴァイオリンの心臓だ。

その魂柱を造らずして、ザルーラの魔力を解く魔法のヴァイオリンが完成しないとなれば、これまでの苦労は水の泡と化す。

「解ったよエルダルス、その都を探す旅を、四十日過ぎたら直ぐに始めよう」

 ティノは、意を決して愛の樹を探す旅を始める事を約束した。


 エルダルスが、みんなに古文書を見せた。

ギリシャ語で書かれた文書と、山や峠の絵が描かれてあるが、難解な書物だった。

旅を続けながら解読するしかないと、みんなは思った。

ティノが、古文書をめくっていると一篇の誌を見つけた。

エルダルスは、その誌をみんなに読んで聞かせた。



   

   怨念の闇が世を覆い

   天より降りし光は滅す

   闇の王が世を支配し

憎悪が光に至る道を閉ざす

だが、見よ

時来たれば、地に眠りし樹は種となり

種から生まれしもの再び輝き

大いなる光を放つ

   美しき音色の響きが時を知らせ

   闇の世の終わりを告げる

   闇の王よ、怖れるがよい

憎悪は、焼き尽くされ

   光の王が、天地を治める

光は永久に輝く



「これは、まさに予言じゃて」エルダルスが言った。

「そうね、予言のよう・・・地に眠りし樹が種となる、まさに、魔法の樹や愛の樹を意味している様ね、美しき響きが時を知らせって、魔法のヴァイオリンの事でしょう・・・」セレーナが言った。

「その通りじゃてセレーナさん、この予言の如く、必ずや闇の世は終わる、いや、終わらせねばならぬのじゃよ」エルダルスが力強く言った。

「わかったエルダルス、みんなで力合わせて、愛の樹を探そう、奇跡を信じよう、あの湖を歩いた様に・・・」ティノも再び、エルダルスに約束した。

「そうと決まれば、早く、ヴァイオリンを造り上げよう、あと十日だよ」

ティノは、早速魔法のヴァイオリン造りを再開した。

表板と側面板と、裏板を組み立て、スクロールを付け、ヴァイオリンの原型は完成した。

いよいよ、ニスを塗る。

最初に、黄色いニスを下塗りし、乾くと直ぐに、あの癒やしの樹の樹液を混ぜた赤いニスを塗った。癒やしのニスを塗っては乾かし、また塗っては乾かす作業を続けた。


魔法のヴァイオリンは、ストラディバリウス・メシアの様に、赤く輝きだした。

キラキラと、赤く光り出し、まるでルビーの宝石を見ている様に美しく輝いている。

「素晴らしい、とても美しいわティノ、こんなヴァイオリン見た事ない」

セレーナは感激して言った。

「お兄ちゃん、とうとう、出来たわね、こんな凄いヴァイオリン、ほんと見た事ない、お父さんと、お爺ちゃんが見たら、仰天するわ・・・お母さんならなんて言うか・・・あぁ~お母さんに会いたいな・・・きっと心配しているだろうなぁ」モナの目に涙が浮かんだ。

「ごめんモナ、こんな長旅になるなんて、お父さんもお母さんもみんなきっと元気だよ、そう信じよう・・・もう少しの辛抱だよモナ・・・」ティノがモナを慰めた。


 四十日四十夜が経った。

魔法のヴァイオリンは、何度も上塗りされたニスにより、夕陽の様に赤く美しく輝いている。真っ赤なニスの中に、スプルースとメープルの木目が浮き出て、気高い気品に包まれて、私達がここに居るよと言っている様だ。

あのストラディバリウス・メシアを超えた、この世のものとは思えない、美しい気品あるヴァイオリンが誕生した。

ティノは、テールピースとネックに弦を通し、魔法の樹で造った魂柱をヴァイオリンの中にはめ込み、音を奏でるまでに仕上げた。


 ティノは、仕上げられた魔法のヴァイオリンを鍾乳洞の岩の上に置き、じっとして魔法のヴァイオリンを見つめた。

何分もの間、身動き一つせず、ただただ、じっとして見つめていた。

しばらくすると、ティノの目から涙がこぼれ落ちた。

涙は、頬を伝わり地面にぽとりぽとりと落ちていく。

ティノは、じっとしたまま、目を閉じしばらくの間、うつむいて泣いていた。

その姿を見ていた、セレーナもティノの肩を抱いて共に泣いた。


「この魔法のヴァイオリンは、尊い命の犠牲と、みんなの思いやりの心で出来たもの、今まで魔法って特殊な力だと思っていたけど、この魔法のヴァイオリン見てたら、魔法って、みんなの愛の力なんだって思った。人は、思いやりこそ宝物、恨みや憎しみは魔物だと父さんがよく言ってたけど、このヴァイオリンは、まさに思いやりの賜だもの・・・そう思ったら胸が詰まって」ティノは、また大粒の涙を流した。

「ほんと、そうよティノ、その通り」セレーナが、大きくうなずいて言った。


 すると、パチパチパチパチ・・・拍手の音が聞こえた。

洞窟に居る、仲間達みんなが拍手をしているのだ。

モナ、エルダルス、ハーミィ、樹の精、木の葉の妖精、岩の妖精、みんなの拍手だった。

そして、岩の床をコンコンコンコンとならす音、そう、パルモラや仲間の馬達の蹄の音、彼らもまた、喜びの音を出したのだ。

「ティノさん、よくここまで頑張りました、私も一緒に歩めて本当によかった」とパルモラが言った。

「ああパルモラ、君達のおかげだよ、君達の力なくてして、このヴァイオリンは出来なかった、本当に有り難う、そして、これからも、頼みます」ティノは、パルモラ達馬に、深々と頭を下げ、パルモラの胴体をなでた。

「それからハーミィ、ベリータ女王様に見てもらわなくてはね」ティノが言った。

「もちろんよティノ、さっそくベリータ女王に伝えるわ」ハーミィが言った。


「では、早速じゃが、セレーナさんに、演奏してもらおう」エルダルスが呼びかけた。

「こんな素敵なヴァイオリンが弾けるって、とても嬉しい、でも、それだけに責任は、重いわ、本当に身が引き締まる思いよ」セレーナが言った。

そしてセレーナは、ベリータ女王から授かった弓を持ち、魔法のヴァイオリンを弾き始めた。セレーナは、演奏する曲目も何も決めていなかったのだが、不思議にも、即興でメロディーが浮かび、演奏する手が自然と動いている。

尊い命が宿る魔法のヴァイオリンは、天から金粉が舞い降りる様な、きらびやかな音色となって、鍾乳洞の中に響きわたった。

まさに志向のヴァイオリンが誕生した瞬間だ。

ストラディバリウスの美しい音色をはるかに凌駕する、実に美しい響き。

 鍾乳洞の中にいる全ての仲間達は、魔法のヴァイオリンの音色を聞いていると、心が穏やかになり、とても大きな愛情に包まれた気持ちになった。


「ティノ、前にも話したが、今の魔法のヴァイオリンだけでも、聞く者の心を思いやりと慈しみの心に変える魔法の力は十分発揮されておる、その証拠に、ここにおる者全て、穏やかで優しさに包まれた姿になったじゃろう、あとは、ザルーラの魔力を消し去る善なる力をつけることじゃて」エルダルスが言った。

「そうだねエルダルス、確かに、素晴らしい魔法の力が出ていると感じる、まさに魂の音色だよ」ティノが返事をした。

「そう、魂の宿る魔法のヴァイオリンじゃて」エルダルスが言った。

「それじゃ、明日、ここを発とう、一日も早く都を探そう」ティノがみんなに呼びかけた。


 翌朝、旅支度を再び調えたティノが洞窟に佇んで、みんなを呼んだ。

「それじゃ、樹の精さん、岩の妖精さん、そして木の葉の妖精さん、お別れだね、みんな元気で、必ず、愛の樹を見つけて、魔法のヴァイオリン完成するから」

「ティノさん達もお元気で」樹の精が言った。

「ティノさんよ、何時の日かまた会おう、今度は、石の楽器でも造ろう」と岩の妖精が言った。

「ええ、次はそうしましょう・・・」ティノが返事した。

樹の精や岩の妖精は、ティノ、モナ、セレーナ、エルダレス、パルモラと馬達にハグをした。木の葉の妖精達は、ハーミィとハグをした。

一行が洞窟の外に出てみると、森は朝霧に包まれ、まるで雲の中に居るようだった。

しばらくすると、朝靄に一筋の光が差し込んだ。

キラキラ・・・キラキラ・・・

光は二本、三本と増え始めると、ティノに向かって光の筋が伸びていった。

光がティノに到達するやいなや、金粉が光の中に混じりながら、ティノに降り注がれた。

その瞬間、天より聖なる声が聞こえた。

「ティノさん、ティノさん、魔法のヴァイオリンをよくぞ、造ってくれました、ありがとう・・・」それは、ベリータ女王の声だった。

「あ、ベリータ女王様ですね」

「ええ、そうです」

ティノが光が差し込む先を見つめると、ベリータ女王が光に包まれ空中に浮かぶように立っていた。

「ティノさん、本当に大変な旅を超えて下さり有り難う、あと一歩の辛抱です、魔法のヴァイオリンを完成させて、ザルーラの魔力を必ずや止めて下さい」

「はい、必ず・・・」ティノは、光の差し込む方向に向かって、頭を下げた。

「ベリータ女王様、愛の樹必ず手に入れて、ザルーラの魔力を消して見せます、私達を見守って下さい」

「ええ、もちろん、皆さんを守って行きますから、強く雄々しくあって下さい」ベリータ女王が、優しい声で、ティノを励ました。

「愛の樹を探す道には、危険が伴います、これからは、天使ミハエルも同行してもらいます、ミハエルが危険な場所を予知してくれるでしょう」

「それは、心強い・・・ベリータ女王様有り難うございます」

ティノは、ベリータ女王に深々と礼をした。

すると、金色の光に包まれたベリータ女王は、天高く消えていった。




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