11 岩の妖精と工房
「ねえエルダルス、魔法のヴァイオリンを造るのに、いったい何処でやれば良いんだい、工房も無いし」ティノがエルダルスに尋ねた。
ヴァイオリン造りには、雨風をしのぐ工房、ホコリが舞わないニスを塗る部屋がなくては、どうにもならない。しかし、そのような工房など何処にも無い。
魔法の樹の森を探す旅を続けるだけで精一杯だったから工房造りが、次の課題となった。
「ティノさん、その工房と言うのは、雨風がしのげれば良いのですか?」樹の精が尋ねた。
「ええ、とにかく、ヴァイオリンを造るにはホコリの無い部屋が必要ですから」とティノ。
「ならば、この直ぐ先に、洞穴があります、そこにご案内します」
一行は、樹の精の案内で、洞穴に向かった。
案内された先に、人の背丈の倍くらいの大きさがある洞穴が見えた。
一行が、洞窟の中へと入ってみると、周り一面が白く輝いている。入り口は狭いが、中に入ってみれば、巨大な鍾乳洞の洞窟だった。
天井から、乳白色の岩が氷柱の様に吊り下がり、壁一面、白いとう陶じ磁き器の様に輝いている。
「お兄ちゃん、凄い、岩が真っ白」とモナ。
「お~これは、鍾乳洞ではないですか、素晴らしい、私の生まれた山にも同じ、鍾乳洞がありました、とても懐かしい」とパルモラが言った。
白馬パルモラが壁に溶け込みそうな程、純白に輝く鍾乳洞だった。
「純白で、まるでパルモラさんの家みたい、白は何にも染まらないピュアな色、汚れが無くて純粋な色、だから平和に相応しいのね」セレーナが言った。
「セレーナさん、有り難う」セレーナの言葉にパルモラも癒やされ、そう言った。
鍾乳洞は、ホコリも無く、温度も湿度も安定していて、ニスを塗るにも安心な環境だった。
ティノもこの鍾乳洞がすっかり気に入った。
みんなが、鍾乳洞の美しさに見とれていた時。
ゴロゴロ・・・ゴロゴロ・・・と、あちらこちらの岩から音が聞こえてきた。
「なんだね、なんだね、人の家に入って来て、騒がしいね」なにやら岩辺りから声が聞こえた。
「誰か居るの?」モナが言った。
すると、白い鍾乳石と思っていた岩が、むくっと起き出して、短い手と足が伸び、目が開いた。いくつもの岩が起き出した。その中の長老とも言える岩がティノ達の前に進んで来て言った「ぐっすり眠っていたのに、起こされた、いったいあんた達は、誰?」と。
「あれ、岩の妖精さんじゃない」ハーミィが大声をあげた。
「なんて大声なんだね、うるさいじゃないか、あんたは?」
「音の妖精よ」
「あぁ・・・音の妖精かい、声を考えたっていう、あれか」
「あれって、そんな言い方ないわ」とハーミィが不機嫌に言った。
「もう何万年もの間、この洞窟で、石を磨きながら仲間と話をしてきた、その声を創ってくれたんじゃろう、あんた達音の妖精が」
「そう、その通り、だから、あれは無いでしょ・・・」
「ははは、すまんな口が悪くて、それより、あんた達、何しにここに来た」
岩の妖精は、一行を歓迎する気配はない、むしろ煙たがっていた。
鍾乳洞の中で何万年もの間、ひたすら岩を白く輝かせるために磨いてきた。彼らの喜びや楽しみは、頑丈で美しい岩を創る事だ。
それ以外の事には、ほとんど興味が無かった。
ハーミィ達が洞窟に入って来たのも、うっとうしいいだけ、早く出て欲しいという思いで、見つめていた。
「あのぉ~岩の妖精さん、突然お邪魔してごめんなさい。僕は、人間でティノって言うんだけどね、この洞窟で、魔法のヴァイオリンを造らせてはもらえないだろうか?」ティノが丁寧に話しかけた。
「はぁ、なんじゃねその魔法のなんちゃらって言うのは・・・」
「ヴァイオリンです、ヴァイオリン、木でこしらえた楽器の事です」
岩の妖精には、全く理解出来なかった。しかも、木で造るとなれば、なおさら解らない。
「だいたい、木で造るのを、なんでここで造るのかね、木は、おれ達から見たら、仲間では無くて、むしろ邪魔なんだろうが」
そう言う岩の妖精に、樹の精が返事をした。
「いえ、邪魔だなんてとんでもないです、岩は、いつの日か、川に流れ、その身を削られ削られ、砂になり、いろいろな生き物と混ざり合って、土になります、私達木々は、その土の恩恵で成長出来ます、だから、命の始まりは、あなた方岩なのです、だから、邪魔だとか、そんな事はないです」
「そうじゃて、みんな仲間じゃて、みんなが集まって豊かな森が出来る、みんなが力を合わせるから、美しい世界が出来ているんじゃよ、誰一つ掛けても出来ん、みんな調和の中で生きとるんじゃよ」エルダルスが、心込めて言った。
「ほぉ~、そんな事考えた事もなかった」と岩の妖精が言った。
「セレーナさん、ストラドで、何か演奏をしてみてはどうかな、岩の妖精に聞いてもらいたいからの」とエルダルスがセレーナに頼んだ。
セレーナは快く引き受け、ストラドを手にして、バッハの曲を演奏した。
ストラドの響きは、天にも昇る程、高貴な響きとなって鍾乳洞に木霊した。
岩の妖精達は、初めて聞くヴァイオリンの音色にうっとりとしている。
「セレーナ、君の演奏、僕が今まで聞いてきた中で一番、素晴らしい」ティノは、セレーナの演奏を絶賛した。
「素敵だわセレーナさん、私も音の妖精として、こんなに素晴らしい音が生まれた事が最高に嬉しいわ」ハーミィも感激して言った。
「ありがとう、きっとこの鍾乳洞が音色を輝かせているのね」セレーナが言った。
そんな姿を見ていた岩の妖精が言った。
「みなさん達・・・おれ達は、何万年もの間、この洞窟で岩を磨いてきたが、今、初めて、おれ達と樹と人間とが助け合えば、もっと良いことが起こると感じたよ」
「そうじゃよ、妖精も人間も馬も樹も皆、幸せになるために生まれたのじゃ、そして、互いをわかり合う為、愛し合う為に、音の妖精達が音を創り出してくれたんじゃ、だから、みんなが助け合うのが、平和の世なんじゃ」エルダレスが言った。
「そうよ、そんな世の中を創る為に、私は音造りを頑張ってきたの、でも、それを破壊しようとする悪魔が居るの、その悪魔の魔力を無くすため、魔法のヴァイオリンをどうしても造らないとならないのよ」ハーミィがそう言った。
「悪魔・・・」
「なんだって悪魔の魔力」岩の妖精達が、ざわついていた。
すると、岩の妖精の長老が言い出した。
「みんな、魔法のヴァイオリンとやらを造るの、手伝ってやろうじゃないか」
岩の妖精の長老の一声は絶大だった。
その声と共に、あちらこちらから「やろう」「おぉやろう」と声が聞こえ始めた。
「良かった、これで、魔法のヴァイオリン造りが始められる」セレーナが大喜びで叫んだ。
「ねえ、エルダルス、ここはとても素晴らしい工房になると思うけど、問題は、道具だよ、道具、それを、どうしようか?」ティノがエルダルスに尋ねた。
「では、わしがこれからその、道具を用意しよう」とエルダルスが言った。
そう言うと、エルダルスは、天に向かって呪文を唱えた。
「エリ・サラ・モラーザ」
エルダルスが呪文を唱えると、魔法の森に入った時に出会った木の葉の妖精が、洞窟の中に集まってきた。「こんにちは・・・こんにちは・・・」木の葉の妖精が一行に挨拶すると、洞窟を出たり入ったりして、幾つもの木々を運び始めた。
あっという間に、沢山の木材が、エルダルスの目の前に積み上がった。
エルダルスは、積み上がった木材に向かい、再び呪文を唱えた。
すると、みるみる間に、ヴァイオリン造りに使う道具が現れた。特に重要な内枠などが、ティノの目の前に出現すると、ティノは、目を丸くして驚いた。
「すごい、エルダルス、最高の道具だね!」
「この内枠は、セレーナが持っているストラドを造った時のと全く同じ形をしておる、きっと素晴らしい、ヴァイオリンが造れるじゃろうて」
「あと、木材を削るためのノミやカンナが必要だね」とティノが言った。
すると、岩の妖精がティノに話しかけてきた
「おれ達は、岩を磨くのが得意だ、その木を削るための道具は、おれ達が用意してやろう」
岩の妖精が言った様に、木材を削るための道具は、岩の妖精達が、石を細工して造ってくれた。
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