10 メープルの望み

 それからティノは、魔法の樹が言った通りに、必要な木材を切り出し、残りをイカダにした。ティノは、みんなの下へと急いだ。

魔法の樹の森に到着すると、一行がティノめがけて駆けつけてきた。

「みんな、この世で最も尊い、スプルースの樹だよ、この樹で、表板が出来る」

「ねえ、お兄ちゃん、表板が出来るって、裏板はどうするの?」モナが尋ねた。

「ああ、このスプルースは、表板だけに使うんだ」

「じゃ、裏板の樹は、どこに?」またモナが尋ねた。

モナがそんな質問をしていると

「裏板に使う樹は、この森の中から決まります」と樹の精が言った。

樹の精から言われたみんなは、メープルの森を見つめた。

「この森の中で決まるって、えっ!じゃあ、まだ決まってないの?」セレーナが尋ねた。

「ええ、まだ」

みんなは、あ唖ぜん然とした。

すると樹の精は、森のメープルの木々に向かって呼びかけた。

「みんな、魔法の楽器になろうと思う者、返事をして」

森のメープルに向かって樹の精が呼びかけたが、しっかりした返事が返ってこなかった。

しばらくして、森のメープル達が話を始めた。


「魔法の楽器とやらになるために、伐られるっていうが、私はごめんだな」

「ああ、僕もだ、今までこんなに幸せに年輪を重ねてこれたのに、伐られて死ねなんて、まっぴらごめんだ」

「そうよ、毎年毎年頑張って葉をつけて秋には紅葉させて、こんな幸せを失うなんて嫌よ」

ティノ達一行には、実に不可解な話だった。

魔法の樹が命を掛けて、魔法のヴァイオリンになってくれるのに、森のメープル達は、誰も、命を掛けてまで、楽器になろうとは言わなかった。

そんな会話を聞いたいたティノが、メープル達に呼びかけた。


「ねぇ、メープルさん達、スプルースの魔法の樹が、世を救うために、命掛けて木材になってくれたんだ、死んでも生きると言って喜んでね、だから誰か、同じように世を救うために、ヴァイオリンの木材となってもらえないですか、悪魔の世界を終わらせるために」

ティノの呼びかけにも、メープル達は、答えようとしなかった。

年輪の若い樹は、これから楽しみが一杯有るのに、どうして犠牲になる必要があるかと、反対に意見してきた。

あるメープルは、毎年紅葉になる事が楽しみで生きているから、その楽しみを消し去るまで犠牲の道を行きたくはないと言ってきた。

すると今度は、モナが、メープル達に向かって言った。

「ねえ、メープルさん達、あなた達は何のために生きているのよ、さっきから聞いていたら、紅葉が楽しみ、年輪をかせねたいとか言うけど、そんなの自己満足じゃない、もっと大きな夢ってないの、もっと素晴らしい事に命を掛けたらどうなの」

「そういう、あんた達人間は、どうなんだ、あんた達の命引き替えに、世を救うなんて出きんのかい?」あるメープルが苛立ちながら言った。

「そうだよ、人間さん達、おいら達には、命に代えて楽器になれって言うけど、もしもあんた達の誰かが、そうなったら、どうなんだよ・・・」別のメープルも言って来た。

この質問には、ティノ達も正直困った。

「それは・・・その・・・」ティノは答られないでいた。

みんなは、考え事をしているかの様に、静まりかえってしまった。

「私は良いわよ、そうなったら覚悟するわ」とモナが言った。

「モナ・・・」ティノは、モナの顔を見つめ、モナのゆう勇かん敢さに驚いたが、メープル達の反応は今ひとつ。

「娘さんよ、強がりはよしなよ・・・これからの人生を本当に棒にふれるのかい」

「そうだ、口だけは達者な人間達だし、言うは安し、行うは難しだぜ」

「出来るってば!」モナが大声を張り上げた。

「ははっはは・・・・」メープル達は、モナの言葉を信じようとしなかった。

「困ったわね・・・どうしましょう・・・」セレーナも頭を傾げた。


 少しの間森の中に沈黙が続いていた時だった。

ティノ達から少しばかり離れた場所から声が聞こえた。

「あの~・・・みなさん、私みたいな者でも、大丈夫でしょうか?」とおばさんの声が聞こえた。

ティノ達は、その声が聞こえる所まで駆けつけた。

「今の声は、あなたですか?」ティノが尋ねた。

「ええ、私です」

みんなが見ると、真っ赤な葉を沢山茂らせた大きくて立派なメープルの樹だった。

「メープルさん、魔法のヴァイオリンの木材になって頂けるのですか?」ティノが尋ねた。

「私で良いなら」

「勿論です、勿論」ティノは、樹を抱きしめて喜んだ。

「素晴らしい、立派な樹じゃて・・・」とエルダルスが呟いた。

するとそのメープルが話を始めた。

「私は、もう長い間、この森で生きてきたの。温かい陽に守られ、たっぷりの水を頂き、小鳥たちは、私を慕って集まってくれて、毎年毎年、自分でもうっとりする程の紅葉を経験し、とても充実して生きてきたの。

 でも、平穏な日々を送りながら、何か物足りなくて、私には他にやるべき事が有るのではないかと、いつもいつも問い続けて、けれどそれが何かは、解らなかったわ。もうこのまま無難な日々を送り、老いを待つのかと・・・・。でもね、今、あなた達を前にして気づいたの。私がやるべき事は、これだったのじゃないかと・・・誰かの為、何かの為に生ききることじゃないのかと・・・」


 その言葉を聞いていたセレーナとモナは、メープルの樹を抱きしめて泣いた。

「メープルさん、有り難う、本当に有り難う・・・」セレーナが、メープルをギュッと強く抱きしめ号泣した。

「おやおやお嬢さん達、そんなに泣いて・・・」

メープルも二人につられて泣いた。

「あ~、良かった、これで、長年の思いが晴れるわ、そうと決まったら、早く私を伐って下さいな」

その瞬間、森の中に、木漏れ日がキラキラキラキラと差し込み、陽の光に包まれたメープルの樹は、眩しい程に赤々と輝きだした。

樹の精、エルダルス、ハーミィも、メープルの樹に深く感謝した。


 それから、ティノは、メープルの樹に向かい

「有り難うメープルさん、あなたの命、預かる以上は必ず報いて見せます、有り難う」

そう呼びかけると、斧を振り、メープルの樹を伐り倒した。

こうして、魔法のヴァイオリン、表板と裏板の木材が揃う事となった。

ようやく、魔法のヴァイオリン造りが始まろうとしていた。


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