3 おとぎの国、ベリータ

時間がどのくらい経ったかは定かでは無いが、ティノ達三人は、見知らぬ草原にたたず佇んでいた。

草原は、美しい木々や自然が豊かで、アメジスト(紫水晶)に似た宝石が無数に輝き、全体が紫色に輝いている。

道も、ダイアモンドを、ぎっしり引き詰めた様にキラキラ輝き、空は、まるで水色のパラフィンを広げたように透き通っている。

どこを眺めても、神々しい美しい風景が広がっていた。

小川のせせらぎ音が三人の耳に心地よく伝わり、あちこちで、小鳥のさえずる声が聞こえた。


 ティノがふと小高い丘を見上げると、立派な宮殿がそびえたっている。

宮殿は高い城壁に囲まれ、クレモナのトッラッツォの何倍も高くした荘厳で美しい鐘楼が見える。


 ティノ達は、不思議な光景に驚くばかりだった。

いったい僕達はどこに居るのだろうとティノは頭を傾げた。

ここは、人間が生きる世界とは違うとセレーナも感じていた。

セレーナは、草原と宮殿の美しさに見とれるばかり。

「お兄ちゃん、あのお城、宝石で造られているみたい」モナが叫んだ。

アメジスト・ダイアモンド・水晶など、あらゆる宝石がちりばめられ、気品が漂う宮殿に、セレーナとモナは、うっとりしていた。

「ねえお兄ちゃん、あの妖精はどこ?」モナが言った。

そう言えば、ここに来てから、ハーミィが居ない。

ハーミィだけで無く、人影も見えない。

鳥に似た空を飛ぶ生き物や、茂みの中で、ゴソゴソとなにやら動物が動き回る気配だけだった。

「不思議ね、誰も居ないみたい」とセレーナが呟いた。

三人は、宮殿あたりに人が居ないかと、じっと眺めた。

「みんな、あの宮殿に行ってみよう」とティノが呼びかけた。

その瞬間、三人の身体が宙に浮いた

「うわわわわ・・・なんだ・・・飛んでる・・・」

三人は、あっという間に宮殿の門前に着いてしまった。

数km離れた場所に一瞬にして移動する不思議な力が働いた。

「すご~い、お兄ちゃん、この街は魔法の街みたいだ!」とモナがまた大声を上げた。

「そうよ、ここは、おとぎの国かも?」セレーナも驚きながら言った。


 さて、その宮殿の門には、身の丈は三mは有る大男が、頑丈なよろい鎧とかぶと兜を身に付け、鋭く尖ったやり槍を手に持ち、に仁おう王立ちになっていた。

大男は、目が四つ、顎髭をはやし、耳が異常に大きな生き物だ。

この美しい宮殿にはそぐわない、恐ろしい雰囲気を持つ番人だった。

ティノは、その大男の前に行くと、大男は、鋭い槍をティノの顔の前に突きだし、

「お前達は何者だ!」と大声を張り上げた。

ティノはその声に驚きながらもひるまなかった。

「よもや、ザルーラの手下では無いだろうな」と門番が言った。

「ザルーラ、なにそれ知らないよ、僕はティノ、クレモナから来たんだ」と答えた。

「クレモナ?知らぬ街だ・・・」と大男が言った。

そんな馬鹿なクレモナを知らないなんてと、ティノは心の中で思った。


「お前はアダーモの息子か?」と大男がまた尋ねた。

「アダーモの息子、いえ違います」

するとまた門番は「お前はアダーモの息子ではないのかぁ!」と大声を張り上げた。

「ねえ、ティノ、アダーモって聖書に出てくる人間始祖じゃない、きっとその子孫かと聞いているんじゃない」とセレーナがとっさに言った。

「そうか」とティノはうなずき。

「そうだアダーモの息子だ・・・」と門番に言った。

その言葉を聞いた大男は、ティノをじっと見つめた。

「やはりそうか、ではアダーモの息子、ここに何しに来た?」

そう言われても、ティノもセレーナも答えられない。

反対に、なんでここに居るのか聞きたいくらいだ。

「門番さん、ハーミィという妖精を知りませんか?彼女ならその訳が」セレーナが尋ねた。

「ハーミィ、おお知っておるぞ」と門番が言った。

「そのハーミィさえ会えれば・・・」ティノが言った。

「ハーミィなら、少し前に、この城の中に入った」


「なら、宮殿の中のハーミィに会わせてくれますか?」とティノ。

「駄目だ」

「駄目って、そんな・・・とにかくハーミィに会えれば」


そんな押し問答をしていると、宮殿の中からハーミィが飛んできた。

「おまたせー・・・みんなぁ・・・」

「あっハーミィ」モナが両手を広げてハーミィを叫んだ。

「ごめんごめん、あなた達が来るのを、宮殿の侍従に言いに行ってて」

「ガレイシア、この人達は大事なお客様だから、大丈夫通して」ハーミィが門番に言った。

「門番さんは、ガレイシアさんって名前なんだ」とモナが言った。

すると、ガレイシアの恐ろしい顔は、一変し、優しい顔に変わった。

「では、通って良い」

ガレイシアは、鋭い槍をドスーンと地面に突き刺し「アダーモの息子が通る」と叫んだ。

すると頑丈で大きな門が開門した。


 門が開かれると、見たことが無い生きもの達が大勢いて、ティノ達を一斉に見つめた。

猿と猫が混じり合った生き物、背中に羽根が生えている生き物、羽が生えた馬。初めて見る動物ばかりだった。

 明らかに人間の世界にない不思議な光景が広がっている。

しかし、ティノは、この光景に、なつかしさと安らぎを感じた。


「あれ、アダーモの息子よ・・・」

「では、あの噂は本当だったの・・・・」

「見てほら、随分若いのね・・・・大丈夫かしら・・・」

「なにを言う、言葉を慎めアダーモの息子に失礼だ」

生き物達は、ティノ達を見つめ、あちらこちらで、ヒソヒソ話を始めている。

ティノ達にもその声が聞こえた。

ティノは、その声が聞こえるたび、何故、自分達のうわさ話をするのか、不思議だった。


「ビックリした?」

ハーミィは、微笑みながら言った。

「ねえ、ここは何処なの、いったいどうなってるんだ・・・」とティノが尋ねた。

「ここは、ベリータ国のお城よ」

「ベリータ国って、どこにあるんだ?」とティノ。

「ここは、人間が住む世界とは違うわ」

「それじゃ人間は居ないの?」今度は、セレーナが尋ねた。

「霊になった人間なら」

「霊になったって事は、死んじゃった人、つまり魂って事?」セレーナが尋ねた。

「そう、そういう事ね、でもその霊は、また別な都に居るので、時々ベリータ国に来るだけよ」

「じゃ、ここには誰が?」モナが尋ねた。

「私達妖精や天使、それから動物達、そして、素敵なベリータ女王様が・・・」

「ベリータ女王様!・・・」三人が口を合わせて言った。

「とにかく、これから、お城を案内するわね」

 ベリータ国は、人間の住む世界とは違い、妖精や天使が住む世界だった。

妖精や天使達をまとめる方がベリータ女王で、人間の世界では聖霊と呼ばれている。

ベリータ国には、音の妖精ハーミィの様な、様々な妖精が住んでいる。

水の妖精、光の妖精、火の妖精等々、彼女や彼らが、地上に降りて、水を造ったり、火を燃やしたりする。

 ティノには何もかもが聞いたことが無い、実に不思議な事ばかり、そして、未だに何故ここに居るのかも解らなかった。


「ハーミィ、聞きたいことがあるんだけど?」

「何?」

「君、音の妖精って言ったよねぇ」

「そう、音の妖精よ」

「そもそも音の妖精って、なんなの」

「音の妖精は、音を造るために生まれた妖精なの。でね、女王様からは、人間のために役立つ妖精であれって、いっつも聞かされているわ」

「女王様から?」

「そう女王様からね・・・わがままな人間なのにね」

ハーミィは、ちょっぴり皮肉交じりに言った。

「ティノ、あなたが聞こえる音は、私達音の妖精が造ったの、しかも人間の為に一番良い音を造る事が私達の責任なの、音の妖精達がみんなで考え造るのよ、あーだこーだと良いながら、一番ふさわしい音を考えだすのよ・・・凄いでしょう」

「へー、じゃ、音なら何でも造れるんだ?」

「そう、何でも造れる、ただ沢山の妖精達が知恵と力を合わせないと駄目だけど、でもすごいでしょ、エヘン」ハーミィは自慢げだ。

「音を造るってとっても面白くて楽しいわ、例えば人間の住む世界にライオンが居るでしょう。あのライオンを誕生させる時、ベリータ女王様からライオンの姿を見せて頂いて、初めは猫に似た声を考えたわ、ニャーニャーって、でもあんなにずう図たい体がでっかくて強そうな動物が、猫の声ではおか可笑しいという事になったの、でね、私じゃないけど、別な音の妖精が、ガオーって声を考えたのね、それ仲間のみんなが気に入って、ライオンは、あんな声になったわけ、そんな話、星の数ほど有るわ」

三人は感心して聞いていた。

「へー面白い・・・ねぇ、お兄ちゃん、すごいわね」モナはとても感心している。

「ほんと、音の妖精が音を創り出していただなんて、想像も出来ないわ」セレーナが言った。


 ハーミィ達、音の妖精は、新しい生物が誕生する際、その生物にふさわ相応しい音を造る役目を仰せつかる。

 新しい動物が生まれる際に、その声を決めるのも、音の妖精達の仕事だった。

誕生する前に声を決める、それはそれは、忙しい仕事。

生物がどんどん誕生する毎に動き回るから、もっとも忙しい妖精でもある。

 そんな、あらゆる音づくりは、人間が地上に誕生するずーっと前からやってきたことだった。

 

 ティノ達が興味深く聞いていると。

「おーいハーミィ・・・みんなの集まりに遅れるぞ・・・」

遠くから飛んできた男の妖精が言った。

「は~い!ベルン、ごめんごめん」

「ハーミィが居なくなって本当に困ってたよ、会えて良かった!」

とベルンという妖精が言った。

すると、別な所からも、びゅーんと飛んできた。

「やあ、チャム」ハーミィが挨拶した。

「やあハーミィ、久しぶり」

そして、また別な妖精が

「ハーミィ、心配してたのよ」

「ごめん、やっと彼が来て、助かったのよスィーピー、きつかったわ」

「わお!彼が、とうとう来たのね、良かったねハーミィ」とスィーピーが言った。

「みんなに紹介するわ、音の妖精で、ベルン、チャム、スィーピーよ」とハーミィが三人に紹介した。

「こんにちは・・・僕は、ティノ、彼女は、セレーナ、そして妹モナ、よろしく」

三人は、もう妖精達を見ても怖さを感じなくなった、むしろ妖精に会えてワクワクしている。



「それじゃ、みんな揃ったから、ここで話し合おう、大切な方達を待たせたら駄目よ」

「オーケー」とベルン

「解った」とチャム

「いいわよ」スィーピーが返事をした。

ハーミィ達が、話し合いを始めた。

話し合いは、人間が改良を進めている音の伝達機(電話)の新しい音色をみんなで決めている。

ヒソヒソ話の声がティノ達にも聞こえている。

「あのベルに似ていても良いんじゃ無いか・・・」チャムが言った。

「うう~ん・・・もっと高音が響かないと、聞こえないわ」スィーピーが返事した。

「じゃ、リリリ~ン・・こんな感じかな?」が音を鳴らした。

「いいねぇ」とチャムが言った。

「賛成」ハーミィも答えた。

「いいんじゃない」とスィーピーが答えた。

「じゃさっそく、彼らに教えなくちゃ」とベルンが言った。

その光景を見ていたティノ達は、ビックリ。

「ねぇハーミィ・・・なんでその音を決めてるんだい」

ティノの質問に、ハーミィは、楽器の音色を創る訳を説明した。


 動物や虫達の鳴き声を決めるのは、ハーミィ達、音の妖精の大事な仕事だが、そんな生きているものの声だけではない。

 音を造り出すのは、命あるものだけでは無く、人間達が創り出す楽器の音色の最初の音を発生させる時に、人間にインスピレーションを与えるのも仕事。

樹をくりぬいて創る太鼓や笛の音、動物の角を使った笛など、全て、音の妖精達が、人間にインスピレーションを与えてきた。

 人間達に、どんな材料を使えば良いか、どこにその材料は有るのか、質や量は等、いろいろ考え、音の妖精は、インスピレーションに働きかけて、音を完成させる。

それだけでは無い、音楽も、音の妖精が働きかけひらめきを与える。


 今回の会議も、全く同じ手はずで伝達機の音色を完成させる。

 妖精達の話し合いは終わった。

「ティノさん、またお目にかかりましょう・・・私達はこれで」ベルンが言った。

「いずれまた、ティノさん頑張って」チャムも挨拶した。

「ティノさん、すごい事になるわ、素敵な旅になりますように・・」スィーピーが言った。

「すごい事?って」ティノがスィーピーに尋ねた。

「凄い事って、凄い事よぉ~・・・」スィーピーはそう言いながら空高く飛んでいってしまった。

スィーピー、チャム、ベルンは、空から、大きく手を振ったやいなや、あっという間に消えてしまった。


 みんなが帰ってから、ハーミィが楽器の音色について再び話を始めた。


「ヴァイオリンの音は、人間が考えたと思ってるでしょう、でもね、本当は、私達妖精が一番最初、人間にアイデアを教えてあげたの。でもそれって、人間には全く解らないわ。ただ、人間には特別な能力が有って、音色を変える事が出来るのね。だから、人間が考えたヴァイオリンは、どんどん変わって、私達が最初考えていた音色よりもっともっと素敵な音色になったわ」

「えっ、それじゃ、ストラドも、そんな風に出来たって事?」ティノが聞いた。

「そうよ、ストラディバリが、アルプスの山でスプルースを探していた時、私達が、鳥の声で誘導したの、その森で、私は、ストラディバリと出会った。ストラディバリは、とても心の温かい人、とにかく研究熱心な方でね、森に何年も通いながら、あのヴァイオリンを完成させたの。今まであんな人は、いなかったわ。だからあんなに素敵なヴァオリンが出来たの、彼はとにかく凄いわよ」

「それじゃ、ハーミィは、ストラディヴァリに会ったんだ」

「もちろん」


 音の妖精達は、最初に発する音を造り出す能力を備えている。

生命が有るものに限らず、楽器の最初の音色さえも妖精達が協助する。

例えば、この楽器は、こんな音が良いとか・・・その為には、どんな素材を使い、どんな大きさにするかを、妖精達が、夢や幻で人間に教えきた。

つまり、あらゆる楽器の音色は、音の妖精達と人間の知恵で造られていく。

ティノ達は、その話を聞いて驚いた。

「でもね・・・」ハーミィが困った顔をしている。

「でも、なんだい・・・」

「その音を変える力を持つ人間には、問題が有るのよ」

「問題?」

「そう、人間は、音を変える事が出来るから、みにく醜くてひどい酷い音も造ろうとすれば造れる・・・それが問題なのよ」

「みにく醜くてひどい酷い音?」ティノが頭を傾げました。

「それは、後で解るわ、女王様にお会いしたらね・・・」

ティノは、ベリータ女王の事を、ますます知りたくなった。


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