2 音の妖精ハーミィ

ティノが妖精に落ち着くように話をしていると、妖精が、ティノの顔に近づき言った。

「あのねぇ・・・幽霊じゃないわよ・・・私は、れっきとした女の妖精」

確かに、幽霊と言うより、チャーミングな女性に見える。

顔は人間に似ているが、人間よりおでこが広く、耳が長く垂直に立っている。

髪は黄緑色、ツル草で編んだ様な服を着ていて、その背丈は、ツバメ程の大きさだった。

妖精は、ティノの顔の前で、空間を浮遊しながら静止した。

ティノは、驚きのあまり、目をまんまるにして、息をこらしてじっとしていた。

「驚かせてごめんなさい・・・私は、音の妖精なの、怖がらなくて大丈夫よ」

「音の妖精ですって?」とセレーナ。

「この楽器から、聞こえた声は、君だったのか・・・」ティノが聞いた。

ティノはだんだん冷静になり、初めて見る妖精の姿をじっと見つめた。

「ねえ、君、名前は?」

「私・・・ハーミィ・・・もう一度言うけど、音の妖精よ」

「音の妖精?」

妖精はクスクス、クスクス笑った。

「ねえ、笑ってる場合じゃないよ、音の妖精なんて聞いた事がない」

妖精ハーミィは、また笑っている。

「じゃ、本当かどうか教えてあげるわ・・・」

そう言うと飛びながらティノの耳元に近づき、小さな小さな指先をパチンと鳴らした。

 すると・・・

ドッドド~ン、大きな雷鳴が、ティノの耳元で鳴り響いた。

小さな指先から出た音なのに、まるで雷が落ちた様だった。

「うわぁ・・・うるさ~いいいい・・・」

ティノはたまりかねて、しゃがみ込み両手で耳を塞いだ。

「ねぇ、音聞こえたでしょう・・・」

「聞こえただって!じょーだんじゃない、随分じゃないか、あんな大きな音鳴らして」

ティノは憮然とした。

「ごめんなさい、ティノさん・・・私が悪かったわ」

ハーミィは、ちょっとしたいたずらだったが、ティノが怒っているので謝った。

「でも、音が出せるって解ったでしょ・・・」

「ああ・・・」ティノは憮然とした。

「君が妖精だって事は解ったけど、なんで閉じ込められたの、なんで呪い

が解けたの?」とティノが尋ねた。

「私、あなた達と出会うのを、今か今かと待っていたわ・・・ず~っとず~っとね・・・」

「僕達を待っていた?いつ頃から?」

「人間の時間で言えば、数百年以上よ、私の時間とはちょっと違うけど・・・」

「なんだって!数百年以上」二人が同時に驚きの声を上げた。

「解らなくて当然よね、でも、今に解るわ」

「ねえ妖精さん、なんで、数百年も待ってたの?僕はまだ十六歳だから、おかしな話だ」

「だから、今に解るって、ベリータ国に行けばね。それに、早く、あなた達に会わせたい方がいるの、とても大事な話がある。私と出会ったのは、深い訳があるの・・・」

「なんだって?ベリータ国?それどこに有るんだ?」とティノが尋ねた。

「とにかく、その訳を伝えたいから、今夜、トッラッツォ(鐘楼)に集まって、午前零時の鐘の音がなる前にね、私、これから行くところがあるから、それじゃ、また」

ハーミィは、それだけ言うと、窓から外に飛び立ち、姿を消してしまった。

ティノとセレーナは、ただあ唖ぜん然とするばかり。

「セレーナ、真夜中に、トッラッツォに来てだって大丈夫かい」

「何がおこるか解らないけど、とにかく、行ってみましょう、ティノ」

二人は、真夜中にトラッオで再会すると約束して別れた。


 ハーミィが部屋から消えた、その夜。

ティノは、両親に気づかれないように、自分の部屋の窓からそっと外に出た。

そして、静かに窓を閉め、後ろを振り向くと

「お兄ちゃん」と声が・・・

「あっ」ティノは、まるで本物の幽霊が出たと勘違いして驚いた。

しかし、なんとティノの前には、妹のモナが居るではないか!


ティノは、口をぽかりと開けて、モナを見た。

「何してるの?」

「しー・・・静かにモナ」

「ねぇ、お兄ちゃん、どこ行くの?」

「どこって・・・その・・」

「秘密なの、言えないこと?・・・ほんとは、セレーナさんと会うんでしょ、こんな遅くに・・・二人で会うなんて可笑しいわ、お母さんにバラそうかな」

モナが小声で言った。

「じょ、冗談言うなよ、こんな夜中に、どうして・・・」

「じゃ教えてよ、隠し事じゃないんなら、どうどうと言えば」

モナは、ティノが骨董品店に向かうのが気になって、昼間から何かとティノの様子をうかがっていた。夜も寝たふりをして、見ていたのだ。

「解った、父さんと母さんには内緒だぞ、これからトッラッツォに行くんだ」

「トッラッツォ、なんで?、ねぇ私も行きたいわ、良いでしょ」

「駄目だ駄目、危険だ!」ティノはつい本音を呟いた。

「危険?」

「なにが危険なの?ますます行きたいわ」

「・・・」ティノが返答出来ない。

「じゃ、お母さんに言っちゃうから」

モナは、寝ている母に告げ口しようと、ドアまで進んだ。

「モナ、解った解ったからヤメテ!」

ティノは、両親に告げ口されるのを恐れ、渋々行くことを承諾した。

二人は、夜道を静かに歩いて行った。


 ティノとモナが、クレモナのコムーネ広場前に立つトッラッツォ(鐘楼)に着いた時、セレーナは、ヴァイオリンケースを大事に抱えて、トッラッツォの前で待っていた。

「あら・・・モナちゃんも」セレーナが驚いた。

「セレーナさん、こんばんは、ヴァイオリン持ってきたんだ」モナがセレーナに会釈した。

「セレーナごめん、モナに見つかって・・・父さんと母さんに告げ口されるから、しょうがないので連れてきた、それにしてもヴァイオリンまで持ってきたんだ、流石だね」

「ええ、ヴァイオリンは私の分身だし、お守りだから、どこに行くにもね・・・ところでモナちゃん、びっくりしないで、実はこれから、妖精に会うの」

「えぇぇ・・・妖精に!」モナが驚いた。

もちろんモナも妖精など見た事はない、それだけに、肝がすわったモナでもかなり興奮気味だ。

三人がトッラッツォの前で佇んでいると

「やあ、ティノ、セレーナ」とハーミィの小声が聞こえた。

妖精が現れたので、モナは、目をまんまるにして地面に尻餅をついた。

「なに、この変な生き物・・・これが妖精なの・・・」モナはびっくりした声を上げた。

「しーしー、静かにモナ、声を出さないで」ティノは、モナの耳元で呟いた。

「あれ、その子は?」ハーミィが尋ねた。

「妹のモナ、ついて来ちゃったんだ」

「妹さんかぁ・・・モナって言うんだ・・・ねぇモナ、私は妖精よ、変な生き物じゃないから・・・まあ、来ちゃったものはしょうがないわね」

驚いたモナだったが、やはり度胸は三人の中で一番有る、すぐに気持ちを入れ替え

「すごいすごい、私妖精見たの初めて、妖精って本当に居るんだ、すご~い」

モナは、興奮して言った。

「モナ・・・私はね、ビューティフルで、素敵で、美しい声の妖精、変な生き物じゃないの解った・・・名前はハーミィ、ヨロシク」

ハーミィの自信過剰なあいさつが可笑しくて、クスクスクスクスとモナが笑った。

「まあ、ビューティフルな妖精さん、よろしくね」モナは興奮さめやらない、チャーミングで愉快な妖精が、とても気に入った。


「さてと、これから、トッラッツォが零時の鐘の音を告げたら、あの鐘の中に入るわ」

ハーミィが鐘楼の天辺にある鐘を指さした。

「鐘の中に、どうやって?、第一あんな高い所に登れるわけがない」ティノが言った。

「そうよ妖精さん、登るロープも道具もないわ」とモナ。

「まさか階段で、それってすごーく大変だし、ドアが閉まってるわ」とセレーナ。

クスクス・・・ハーミィが笑い出した。

「大丈夫だってば・・・零時の鐘が鳴ったら、ちゃんとあそこに行けるから」

ハーミィは、自信満々に答えた。

「わぁ~、すご~い」とモナは、はしゃいだ。

ティノとセレーナの心配をよそにモナだけはわくわくしたいた。

ティノとセレーナが心配するのも無理からぬ事、クレモナのトッラッツォは、百十メートルを超えるヨーロッパ一高い棟なのだから。


三人は戸惑いながらも、鐘の音を待った。

カーン・カーン・・・・零時の鐘の音がコムーネ広場に轟き、音が鳴り始めるとトッラッツォの時計の針が、左回りで、ぐるぐるぐるぐると回り始め、針はどんどん加速し、やがて、金色に光る竜巻雲が、三人の頭上に下り始めた。

渦巻き雲は、ティノ達を、あっという間に巻き込み、鐘楼の天辺に向かって昇り始めた。

ゴーとうなりを上げて、渦は鐘の中に吸い込まれ、次の瞬間トッラッツォ全体が金色に輝くと同時に、ティノ達は、一瞬にして消えてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る