第3話やるせ ない異世界

モンスターの襲撃を撃退したあと、『さあ、いくわよ』と美佐江みさえに言われて車に乗る。


四人で出かけるのは久しぶりや。そう言えば、車に乗るのも久しぶりやった。そのままエンジンかけて丘を下る。


『通りやすくしておいたから大丈夫』という美佐江みさえの言葉は、まさにその通りやった。


いつできたんか知らんけど、家の反対側は大きな街につながる一本道が出来とった。


しかもその街の真ん中には、でっかい城がそびえとる。天守閣やない。ヨーロッパかどっかの城や。


そや、異世界ゆうたら、中世ヨーロッパ風。

その王道は外して欲しくない。


けど、この世界でも儂の車は動くんや……。

なんか、いろいろぶち壊しやで。

しかも儂、スエットのままやし。


「あの城に向かって、ごー!」

「……」

「うん!」


まさるは用事ない時は無口やな。それよか、美佐江みさえのテンション高!


「ほな行くで。シートベルトつけといてや」


つけんでも、警察おまわりさんはこんけどな。事故になった時に自分の身を守るためや。


「大丈夫だよ! 魔法で事故にあわないようにしてるから!」


そんな便利な魔法あるん? シートベルトいらんやん。何でしてるん?


「まあ、いくで。あの城やな? 行っても捕まらんよな?」

「心配ないわ。私達、英雄だから」

「そうなん? 儂、知らんかったわ!」


初耳やで、それ。そんなん何時いつ決まったん?


「親父殿。お戯れを」

とうちゃん、冗談きついわ」

「もう! あなた、今からボケてどうするん? 笑いは後でもええって」

「そうか?」

「そうよ!」

「そうか。まあ、そうしとこか」


三人とも笑うとる。まあ、この笑顔があるんやったら何でもええか。


ん? まてよ? 英雄なんは、さっきの奴ら倒したからやな?


英雄? 勇者? ん!?


まさるは忍者。

さとるは司祭。

美佐江みさえは魔法使い。


勇者おらんやん!


いや、まて。儂か? 儂が勇者なんか?


あかん。何や興奮してきたで! 何もしてないけど。儂って勇者なんやな! それしかないわな?


門番も儂に敬礼しとる。


ホンマに儂、えらなったんやな! 知らんかったわ!




うっわー。街入ったら、人ぎょうさんおるで。

ゆっくり進んでるから、車に触ろうとする子供もおる。


「来たわ。城からのお出迎え。あの騎士たちの後について行って」

「わかったで。でも、これすっごい人やな!」

「ひいちゃだめよ?」

「わかっとる。無事故無違反三十年やで、儂! でも、ガソリン足りんわ。家まで持てばええ方やな」

「まあ、ガソリン無かったら、馬車出してもらおうよ」

「そやな。ここは異世界やしな。ガススタなんか無いやろな!」


ホンマ、儂も勇者やしな! そうや、それやったら最初っから迎えにこんかい! ホンマ、おもてなしの心が足りんで。


まあ、許したろ。儂、勇者やしな。勇者は優者でもあるんやで!


あかん。思いついてもた。

これ、誰かに言わんとアカン。でも、今は言えん。

城の中の謁見の間へ続く道、歩いとるとこや。


あかん、にやけんの我慢すんの大変やわ。


ホンマ、儂、勇者やから堂々とせんと。

一家の大黒柱としても、言葉がすんなり入ってくるように、冷静にしとかんとな。


でも、日本語通じる世界でよかったで。



「おお、偉大なる英雄たち。この世界を救ってくれたこと、国王として、この世界の住人として感謝する」

偉そうな白ひげ生やした身なりのええ爺さん。これがこの世界の王様なんや。


王様のほんまもん、初めて見た。


ほんで、両脇におるのが、重臣やな。

右は近衛騎士団長かなんかやな。ごっつ、いかつい顔しとるで。

左があれや、宮廷魔術師。いかにもって、顔しとる。

さっきから何やらかんやら言ってるゆうとるのが、大臣ってとこやろうな。


そんで、後ろにおるのが王妃と王子と王女か。


かわいいな。子供はあのくらいが一番かわいい。


アカン。儂また興奮してきた。

まだ顔伏せとかなあかんのやろうけど、誰も何も言わんからええやんな?


右側には騎士たちが並んどる。

左側には文官たちが並んどる。


みんな畏まって儂ら見とる。


「そなたたち、三――いや、四人の活躍によって、この世界は救われた!」


ん!?


いや、今明らかに言い直したよな?

なあ、うたよな? 今、三人ってうたよな? 近衛騎士団長はん?


……………………何で目そらすん?


なあ、うたよな? 宮廷魔術師はん?


…………何で?


何で、どっかいくん?


なあ?


何で、すぐ目そらすん? 大臣?


言うたやん。今、三人って言うたやん。


儂、最前列で一人だけやで? 三人って、儂以外やん、明らかに。


スエットやからか? 儂だけ、スエットやからか?


こうなったら、国王や! 一生かけて睨んだる!


「………………そして、忘れてはならぬこの男こそ、英雄たちの父親にして、その夫! その存在を忘れてはならぬ!」


お前が一番忘れとったやん!


みんな思とるで? 絶対あとで、みんな爆笑するやろ!


「今宵は、宴ぞ! 皆の者! 三、四人の英雄たちを称えよ!」


アバウトすぎるわ! なんや、三、四人って!


皆退席していきよる。宴の間に移動するんや。

でも、みんな笑いこらえとる。


もうええ。

儂も退席や。一人減っても、三、四人やからええやろ。


「親父殿」

とうちゃん」

「あなた……」


家族やな。

持つべきもんは、家族やで。

目の前にある謁見の間の扉が開ききる前に、ちゃんと儂を追いかけてきてくれた。


「お前ら――」

「「「ナイス! 笑い!」」」


「なんでやねん!」

「大変です! 国王陛下!」

「変ってなんや! って、儂ちゃうやん!」


思わず返事してもうたけど、何やコイツ。ごっつ慌てとるな。


何そんなに慌てとんねん?


「どうした? 謁見の間に、そのように。しかもそなた、西の国境警備の者だな?」


おー。よーわかるな。さすが大臣。有能や。

さっきの目ー逸らすんも、一番早かったしな!


「緊急時ゆえ、お許しください。実は、西の森で、魔王が復活したとのことです。魔の軍勢が、我が国の国境に迫るのも時間の問題かと思われます」


「なんと、ついに魔王が復活したか……。また、そなた達の力に頼らせてもらおうか」


「「「はい!」」」


はい?


『はい!』って、また儂抜きか?


いや、そもそも、大臣。


儂の方見てないやん!


「親父殿」

とうちゃん」

「あなた……」


「お前ら……」


よし、儂もなんか役に立つかもしれん。車は動かせんから、馬車に乗っていくしかないけど。


「お留守番、よろしくね!」

「お土産は魔王の角でいいよね?」

「親父殿、枕を高くして寝られよ」


…………儂。

………………留守番なん?





こうして儂だけ、家に帰った。車は何とか動かせた。でも、最後はガス欠でガレージにすら入れれんかった。


放置や。儂も放置や……。


儂も行きたかったな。魔王との戦い。


スエットやけど……。


あかん。涙出てきた……。でも、しゃあない。儂は儂の出来ることせなアカン。


儂は、この家と車を守るんや!


「こら! このくそガキども! 車に泥つけんな! 上に乗るな! 塀に落書きすんな! 街に帰れ!」

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