第2話はじめて きた異世界

ああ、これは夢や。思わず新聞落としてもたがな。


まあ、確かに儂。

異世界に行きたかったわ。

異世界アニメも、深夜にこっそり見とった。


昨日は特にそうや。

飲みながら『異世界に行けますよーに』って神さんにお願いした気がするわ。


昨日は、散々ドジ踏んだからなぁ……。


でも、朝起きて新聞取りに行ったら、『目の前の景色が違う』なんてありえへん。


小説とかやと、主人公が死んでから始まりやん?


でも儂、死んだ覚えないで?

寝てる間に死んだんか? でも、神様とか女神さまとかに会ってないやん!


こんなん、やり直しやで。


だって、儂の服……。

どう見ても、いつも着とる寝間着パジャマがわりのスエットや。


そや、新聞落としとったんや。


「これ、もう一回顔あげたら、全部幻やったってオチやな?」

なあ、そうやろ?


なあ!


違うやんちゃうやん……」


土煙あげて走っとる奴。

空を飛んどる奴。


どう見てもあれ、こっちよる。


それに、あれはドラゴンや。遠くやから小さいけど、たぶんデカい。その下走って来よるんは……。


左はゴブリン、オーク、コボルドや。

ファンタジーに欠かせへんモンスターやな。


右はスケルトン、グール、マミーといったホラーに欠かせん奴らや。

けっこう早いな。骨と腐肉と包帯のくせに。しばいたろか。


でも、こっちよるよな、どう考えても……。


あかん。これ、結構怖い。

あかん、あかん、焦ったら負けや。


いっぺん冷静になろか、儂。


家は今んとこ無事や。でも、アレが来たらローンがあと二十年残ってるこの中古の家も一瞬やろな。

もう、十五年も返したのに……。


どないしよ。って、そんなん言ってるゆうとる場合ちゃうで、儂!


早よ、逃げな!


まさる! さとる! みさ――」


「では! 拙者が先駆けをいたす。親父殿!」


なんや? なんや黒いもんが、ごっつ早よ、駆け抜けよった。


とうちゃん! 左の奴らはにいちゃん。右の奴らは僕がやるって決めたよ」


「え!? ああ、おおきに」


さっきの黒いのって、まさるか? 引きこもってた、まさるか? えらい早かったで? 百メートルでオリンピックの金メダルとれるで?


いや、まて。それもそうやけど、あの乱闘。まさるが戦っとんのか?


「なあ、あっちはまさるで、お前はさとる。間違いないか?」

「あははっ、今更だね。じゃあ、さっさと片付けるね」


なんや、笑顔がまぶしいで。きらきらや。なんやそのきらきら。マンガみたいや。


「じゃあ、いくよ! ばいばいターン・アンデッド!」

「おお!?」


思わず、歓声あげてもうた。

一瞬やん。一瞬で全滅やん。


さとる、お前すごいな」

「ふふん。ちょっとは見直してくれた? でも、ちょっと危ない奴らが出てきたから、僕も前に出て召喚するよ!」


ああ、行ってしもた。


さとるもいつの間にか宗教家になっとたんやな。知らん間にあんな力持っとったんや……。

…………家の中いえんなかあったか? 変な壺。いや、売りつける方か?


でも、ホンマや。空間が歪んで、中からごっつ悪そうなもんが出てきよった。


あれが悪魔ちゅうやつか。あんなん、あかんやん。反則やで。


何や?


さとるも凄いの出しよった!

天使や。たぶん、天使やで、あれ! なんか、まぶしいわ。


まぶしいから、ちょっと後ろむこか。


「親父殿」

「うわ! いつの間に後ろにおったんや?」

「今しがた。刺客が狙っていたので」

「ほんまか! 知らんかったわ。ありがとな」

「ご謙遜を。見事に攻撃をよけきっておったではないですか。では、この辺りの者は掃除しましたので、巨人どもの首を刈ってきます」

「そうか? しらんで儂? それより、お前や! なんか知らんけど、すごいやん!」

「拙者、力を蓄えておりました故に。では!」


ああ、行きよった。ホンマ、あんな離れたとこまで一瞬やな。


でも、引きこもって力蓄えてたんかいな? それであんな動けるんやったら、儂も引きこもっといたらよかったわ。


でも、拙者はないわ……。五右衛門ゴエモンか!


しっかし、ホンマよー戦っとる。あっという間にあの大軍がほとんど壊滅や。


長男のまさるは忍者の恰好。

次男のさとるは司祭の恰好。


ほんで、儂はスエット…………。片手には新聞。


何なん? 儂……。


儂も何か出来るんやろか? マンガみたいに、『はぁー!』ってやったら何かエネルギーみたいなん出るんやろうか?


…………よし! やってみよか!


「はあぁぁぁぁぁあ! あ!」


あかん。おなら出た。


ほな、まさるみたいにべるやろか?


「とおぅぅぅう! あ!」


あかん。また出た。


あっ! 何もせんのに、また出た。


あかんやん……。

おならしか出んやん、儂……。


「誰もおらんでよかったわ」

「いるわよ? それより、あなた。ちょっといい?」

「アカン言うてもええか?」

「いいって言うと思う?」

「思わんで?」


聞き覚えのある声で振り向いたけど……、何やそれ?


「お前……。もしかして美佐江みさえか?」


美佐江みさえやな。

どうみても、美佐江みさえや。


でも、儂の知っとる今の・・美佐江みさえやない。


そや。儂の知っとった、昔の・・美佐江みさえや。


「あら? 他にこの家に誰かいるの?」


「いや、おらんけど……。どうしたん? その格好かっこ?」

「ん? 朝ごはんの用意してたのよ。でも、あの空飛ぶ蛇がもうすぐきそうだったしね。先にそっち料理しておこうかなって」


蛇って……。ドラゴンってうたりぃな。トカゲともちゃうで。ドラゴンやで。


「いや、儂がきいてんのは、それやなくて。まあ、そっちも気になるけど、その格好かっこや」

「これ? この前通販で買ったエプロン? 見せたでしょ? かわいい?」

「うん、かわいいな……。いや、そうやない。その手に持っとるもんや。フライパン! あと、どうみても若いやん! 二十歳? いや、出会った頃やん! ピチピチやん!」

「ふふ、ありがと。朝からそんな褒めたら照れるわ。でも、うれしいから、先にこんがり焼いて来るね! えい!」


「は!? 今! 今! 何したん?」

「え? 女の子の着替えは覗いちゃダメ。たとえ夫でも! どう? 朝やから興奮する?」

「いや、まあ、そうやな。いや、そうやない! そうやけど。ツッコむで! 一瞬やん! 一瞬やから、見るもんないやん!」


「うふふ。お楽しみは、あ・と・で・ね。ダーリン!」

「うん。いや、まあ、うん」


でも、ダーリン? それ、儂のことやんな?

あと、あえてツッコまんかったけど……。

変身したら、なんで、おばさんなん? 普通、変身して若がえんのちゃう?




あーあ、行ってもた。

すっごいな。びっくりやわ、ウチの奥さん。


ほうきにのって飛んでるやん。


しかもあれ、魔女の帽子やな? でも、あの格好かっこって、どう考えても、魔法少女アニメキャラやんな。子供勝と智らの小さい頃に流行はやっとったよな。

痛いで……。おばさんが、そのコスプレかっこ


しかも、持ってんのフライパンやん……。

どうすんの? それ? 叩くんかいな?


地震朝起こし!」

おお、揺れとる。魔法や! あっちは地割れや、落っこちとる。


火事料理と掃除!」

おお! 炎の壁や! こんがり通り越して、灰やがな。


護水おひるね!」

なんや! 雨か? 火が消えとる! 灰も押し流しとるで。


突風全自動洗濯

今度は竜巻で根こそぎか! 水たまりも吹き飛んでるやん!


えらいもん見てもうた。っていうか、美佐江みさえの声。でかすぎ!


もう、儂……。美佐江みさえを怒らさんようにしよ……。


でも、儂も魔法使えるやろか? 美佐江みさえもできんねんから、儂かて!


「はあぁぁぁぁぁぁあああぁ! うっ!」


あかん。実がでそうや。


「ちょっとタイム! 儂、トイレ休憩タイム!」


っていうても、何もしてないけどな……。



ふう……。


落ち着いたし。ちょっと、冷静になって考えてみよか。


やっぱり、トイレは憩いの空間や。


それに、もういい加減夢やないのくらいわかる。

夢でこんなん出したことないし。こんな臭いのなんか、ありえへん。


しっかし、自分で言うのもなんやけど。ホンマ、くっさいわ。他人が嗅いだら、卒倒するで。


昨日の酒と肉のせいやな。

まっ、相当のんどったからな。スマホのタッチもうまくいかんかったし。


いや、そんなんどーでもええ。とりあえず、目の前の事や。


朝起きたら、家ごと異世界におった。

儂以外は、みんなええ格好かっこになっとる。


――なんで儂だけスエットやねん!


儂以外は、みんな特別大きな力持っとる。


……………………大きなもんか……。

儂がもっとるのは、この腹の脂肪くらいか?


長男のまさるは忍者やな。

あの身のこなし、あの格好かっこ

拙者って、前からうとったか?


次男のさとるはどっかの司祭やな。

異世界やから、どんな神か知らんし。

けど、そんな信心深かったか? ホラー映画すきやったけど、そのせいか?


妻の美佐江みさえは……。

一応、魔法少女にしておこか……。怒らせたら怖いしな。

変身前と後で『ざけんなー!』って感じやけど、怖いから言わんとこ。


そして、儂。

ただのおっさん。スエットのおっさん。

みんな外でモンスター相手にきばっとるのに、儂はトイレできばっとる。いや、きばり終えたとこや。


……………………あかんやん。


儂だけ、あかんやん。

どう考えても、あかんやん。

儂って、何できるん?


でも、どんだけ考えても何も出ん。


儂、何できるん?


この体! 中年のこの体で、異世界で何できるん?

この力! おならしか出んやん!

この頭! まだこの状況理解できてへんやん!


あかん…………。


顔洗って、みんなのとこにもどろか……。


あっ、その前に消臭剤や。今日のはえげつないからな。あとで美佐江みさえきたら怒られるわ。


「シューーっと、シューーっと、臭い消しぃ」


あかん!

長押ししたら、また怒られる! 今怒らせたらむっちゃ怖い。


「シュっと、シュっと、臭い消しぃ」


あっかーん! 何回もやったらあかんやん!


……何回もやったの、内緒にしとこ。

でも、減りが早いってばれるかもしれんな……。



「親父殿。母上がシメに入るとのこと、これより先にはいかれぬようにとのことです」

「うーん。いつみても、かあちゃんのあれは怖いね」


二人共いつの間にか、並んどる。

さっきはなかった白線の内側で、まったり見物しとる。


けど、『いつみても』って言うたよな? いつみたん? 何見たん?


今から何始まるん?

指さしとるとこ?


巨大でか! なんや、あのドラゴン? ゴジラとキングギドラも真っ青の巨大でかさやで!」


「親父殿。あれこそがこの世界に我らが呼び出された原因の竜」

「暴虐竜クタマノオロチと滅竜ガジラザウルスだよ。とうちゃん」


二人共……。

それ本気で言っとるんやな。

なんや、そのネーミングセンス。もうちょっとましなもんつけたりぃな。


「悪い子には、お仕置よ!」


キャラちゃうで、それ!


そもそも、魔法のほうきが古いやん。ちゃんとアニメ見てたんか?

空飛ぶ美佐江みさえの動きで、天空に巨大な魔法陣が浮かんどる。しかもあんだけ離れとんのに、声だけここにおるみたいや。


でも、きれいな飛行機雲や。ホンマきれいなもんやで。


「でるか! 数億のいかずちの雨」

「でるね! かあちゃんのかみなりの嵐」


「見たことあんの、お前ら? いったい、いつみた――」

「私はこの家を守る! 奥さんだー億サンダー!」


「ベタベタやん!」


まあ、名前はともかくとして、ホンマにすさまじい雷の嵐や。

ここか見える空一面、雷だらけやで。


まあ、あんなデタラメな力みせたら、あのドラゴンもかわいそうなもんや。その下におる奴らもっと可哀想やけど……。


とんどった巨大なもんが、雷に打たれて死んどる。その下におる奴も雷の餌食やけど、その後巨大なこんがりしたもんが降ってきたら全滅やな。


最初から、美佐江みさえ一人で十分ちゃうん?


まあ、子供らの前や。それは言わんとこ。上機嫌で返ってくるし。


「どう? 惚れ直した?」

「ああ、すごいな。いつの間に魔法使えたん?」


儂も魔法使いたい。あんな派手じゃなくていいから、儂も使つこうてみたい。


「え? 前からよ?」

「なんやて! こっち来る前から?」


なんちゅうこっちゃ! 元の世界でも使えたんや、魔法。あったんや! 魔法!


いやっほー!


儂も使えそうな気がするで!


「だって、ほら。奥さまは魔女だから!」

「サマンサか! ダーリンってそういう事か!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る