第13話

部屋に入ると変わらない彼の香りに包まれた

それだけで、鼻の奥がツンとした


リビングのソファに座る瞬はゆっくりと立ち上がり、学生証を差し出した


「これ、忘れてた」

「うん、行ったの?大学」

「ごめん、行った」

「じゃあ...」

「...うん」



次期総理とも言われてる優奈の父親

世襲議員でもあり、祖父の代からの政治家の家に生まれた一人娘の優奈には自由はなかった


何処に行くのも何をするにも、把握と制限。

もちろん、恋愛なんてすることは許されなかった


大学卒業後、政治家の道に進むか、

そうでなければ、家の利益になる政治家の息子と結婚する

2つに1つの選択しか、なかった



「今、父が大事な時なの。だから、私の行動にも周りが神経を尖らせてて」


「俺なんかより、お前の方がよっぽど有名人じゃん、

はっずかしい俺、偉そうに」


「私は有名人なんかじゃない

周りが勝手に作り上げてるだけ

でも…私といると瞬に迷惑かける」


「別に関係ねぇだろ?」


「うううん、きっと、父が動き出すと思うの

だから...」


「だから?」


「別れよう」


「嫌だ」


「私達に...未来はないんだよ」


「...優奈は俺のこと、好きか?」


「......好きよ。大好きだよ」


「俺はそんな風に泣きそうな目で好きって言ってくれる女とは別れることなんか出来ない。

未来がないって?そんなこと、誰が決めたんだ?」


「瞬...でも...」


「俺の側にいて」


「...そんなこと、言わないで」


「何度だって言うよ。

俺は優奈を離したくない。好きだから」


俯いた彼女の頬が濡れてる

手を伸ばして、涙を拭っても顔を上げない優奈を抱き寄せた


「離して...」

「離さないって言ったよな」


「ウウッ...私も瞬の...ここにいたい」


俺の胸に手を当ててやっと、顔を上げた優奈は涙でぐちゃぐちゃになってて、なのに、濡れた睫毛が光って、何故かすっげぇ綺麗で

親指で震える唇をなぞってそっと重ねた


「優奈、何かあったらさっ、そん時考えればいい。だから、これからはどんな些細なことでも俺に話して。どんなちっちゃな悩みでも俺に相談して。約束な。わかった?」


「ほんとに、いいの?」


「いいとか、悪いとかじゃねぇの、約束はぁ?」


頬を挟んでしっかりと見つめると、うんうんって頷いた。


「よしっ」


もう一度、包み込むように抱きしめると、背中のシャツをキュッと握りしめて、

彼女が言った



「瞬に...出会えて良かった」



どんな未来が待ち受けているか?なんて

誰にもわからない

きっと、それは特別なことなんかじゃなくて...。

例えば、明日雨が降れば、明後日には止むだろう。いやっ、止まなかったとしても、次の日には晴れるんだと思う。


優奈、俺はお前を

ただ、愛してる、単純にそれだけ。

それしか、ないんだ

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