キャラクター的幸福論

「瑞嘉さんは恐らく、私が土岐瀬さんに助けられた時点からリライトがなされたと思っているようだけど、正確には土岐瀬さんによるリライトは……私が喋り出した時、もっと前からの地点になるのね。土岐瀬さん達はちっぽけな存在である私に手を差し伸べて……哲学的要素を追加して……自我を伴うキャラクターにしてくれたことを契機に、私が生存する新たなストーリーラインまで繋がったのね」

「リライトは既に……始まっていた?」

 水上日葵の性格変化も、舞於の干渉があったからだというの!?

「私達の思弁でもあったように、キャラクターの幸福論にはフィロソフィーが必須らしいわ。これは興味深い事象ね。もっと突き詰めれば、空想的存在の存在性を分析できるかもしれないわ」

「ガードレッドさんが興味を懐くようだったら別の機会で、私を研究対象としてカウンセリングしてもらってもいいよ。土岐瀬さんもそうやってシナリオ探究を進めるのが良いって思うよね?」

「ああ。僕が構想した日葵もやはり、リターニャ達と同じく……ライターの知悉範囲を大きく超える傾向にあるようだ。キャラクターの生を考えるには、一般的な人間が考える以上の存在論が必要になると解釈できるかもしれないな」

 土岐瀬と呼ばれた導師の声は丸みを帯びたソプラノに属するが、相貌は彼の面影があり……姉妹と言われても疑い得ない。

「舞於……舞於なの?」

「そうだ。僕だ。僕が今、瑞嘉が描いた世界を書き直している」

 宣戦布告とも見受けられる返事で、彼は自分の存在を明らかにした。

「どういうつもりなの? 何で女の子に変身しているの?」

「ありとあらゆる可能性を探り、努力した結果さ」

 彼が手にしている杖もまた、変化していた。大粒のペリドートが豪華に埋め込まれ、導師の力を余すことなく充填しているかのように、杖一帯が電流と共に輝いている。

「僕は瑞嘉より与えられた課題を克服した。こうして、主人公として本気で生きる……生半可な役割(ロール)で妥協しない心が性別を換えさせたのさ」

「数ばかり多い地下アイドル達を圧倒する可愛らしさね」

 褒めるリターニャに対し、よしてくれと彼は冷静に言った。

「外見だけの変化で満足していない?」

 所詮はビジュアルの変位があっただけで、本質的な強さは変わっていないと判断した私は漆黒の波動を撃った。


 これで一掃――。「もちろん、内的要素もアップデートされている」


 ……するはずだったが、彼の杖から放射された電気が半円を形成し、強固なバリアになって波動を拒む。

「……そんな」

 既に私は、へと追い出されていた。

「無敵であったはずの創始者が弱体化されたのかな? それも土岐瀬さんが強くなってる?」

 彼にお姫様だっこをされていた水上日葵は地面にゆっくりと足を降ろしながら、状況変化の裏側を訊いた。

「両方だと見做していい。日葵が瑞嘉に本音を問いかけたことで迷いが生じ、僕が自信を得て……強制イベントが崩落した」

 バリアを解いて、彼はしっかりとした足取りで私に近づく。その後ろで彼を見守っている彼女達の瞳には、人間のそれと変わらない生気が宿っていた。

「過去の僕は鈍感だったらしい。瑞嘉にずっと恨まれている覚えもなかったし、友達として……仕事仲間として何の軋轢も生じていないと一方的に思っていた」

 

 ――その点においては、本当に申し訳ないと感じている。悪かった。僕の出世が瑞嘉を苦しめたことを、深く謝りたい。

 

 礼儀正しく頭を下げ、彼は謝罪した。水上日葵からの伝聞に違わず、私に対する負い目を感じている。

「……だが、瑞嘉が僕のシナリオを否定する話はまた別だ。僕は飽和状態にあるソーシャルゲームの未来を鑑みて、シナリオの新機軸を模索し……最終的にはキャラクターの生と幸福を最大限に守る物語こそ、価値があると確信した」

「まだそんなことを言っているの!?」

 懲りない彼に闇を飛ばしたが、今度は導師の力を使うまでもなく、側近の魔法使い……リターニャの暴風に阻まれ、その隙にディオネが水上日葵に寄り添い治療を始めていた。淡い緑色の光が浮かび上がる……恐らく、回復魔法を使っているみたいだ。

「マオの話、最後まで聞いてあげて」

 リターニャに制されるも、この感情の高まりを抑えられるだろうか。

「瑞嘉……きみは大人な思慮深さで日々、仕事をしている。見た目こそ幼く、若々しいが……元来備えている小説家という職業への憧れがあったからこそ、精神年齢は肉体のそれを追い越したと断言していいだろう」

「そうだよ。私は学生から社会人になって、会社のため……クライアントのために自分が何をするべきか、どんなシナリオを書くべきか、考えてきたの。自分が生きることは、自分だけの責任ではなく、周囲のみんなにも影響を与えている社会性もしっかり理解して、ね」

「思うに、現況のソーシャルゲームの流行と逸脱した僕のシナリオ企画は合理的でなく、私の方がより努力をしているに違いない……のに、そんな相手の部下で働き続ける人生は理不尽だと感じた……」

「しっかり分析しているじゃない。それでも舞於は、自分のシナリオ論を曲げないの?」

「ああ」

「どうして?」

 恐らく私は一般的な男にとって、至極面倒な女になっている。感情的になり、どうしてだの何でだの、会話を悉く掘り下げ、結局は同じ疑問へとブチ当たっている。

「僕はきみに、知ってもらいのさ」

「何を?」

「商業用の創作活動を続けて、見失っているものを……」

 だが、お人好しな彼は私のことを面倒だとは思っていない。度々拒絶しても、自分の思念を絶えずぶつけてくる。

 導師の杖の輝きが一層増し、彼の手から離れていった……。

永久塋域を包む闇の中、高く、高く上がっていく。

「僕達は暗い旅を止めて、明るい未来が待っている途を辿っていくべきだ」

 彼がそう言うと、超新星爆発を思わせるような瞬間的な煌きが一帯に渡り……見上げると杖から無数の稲妻が降り注いでいた。

「これは……?」

 枯れ果てた大地に稲妻が届く姿は地面に根差す蔦と類似しており、大自然の生命を思わせる。だとすれば……。

「土岐瀬さんの魔導で……この世界ごと改変しようとしているのね」

 ディオネによる治療が大方終わり、血色が良くなった水上日葵がそう呟いた。

「大規模なリライトによる舞台の上書き……!?」

 私が彼のシナリオ論を否定するように、彼もまた私が創り上げた世界を否定する。

「これからはもっと、明るい話をしよう。シナリオだって、キャラクターを殺戮や性的対象の道具として使うことが全てでなく、空想的存在であってもそれぞれの生き方を尊重し……人間と同等に接するべきさ」

「リアリズムはソーシャルゲームに不要だよっ! 等身大のキャラを書きたいんだったら、純文学作家でもなればいいじゃない!」

 彼が見出した光を塗りつぶす黒……ログシェイズを招来させ、綺麗事を力ずくで揉み消してやる!

「大丈夫! マオは舞台改変に集中していて! 私とディオネで周囲の雑魚を蹴散らしてやるわ」

「日葵さんはマオ様の後ろに隠れていてください!」

 数的不利にも怯えず、大量のログシェイズを二人の魔法使いが処理していく。総力戦になった今、私は妥協する訳にはいかないのだ。

「私は依然として、戦闘能力が欠けているのね」と、水上日葵は彼の後ろで身体を縮めた。

「すまない。リライトできみも強化したかったが……もっと大事なこと……僕が思っていることを共有する方を優先したから」

「ううん。土岐瀬さんが謝ることじゃないよ。だって、私が魔法少女的に強くなってしまったら、自力で瑞嘉さんから逃れられて……別の生存ルートが確立するけど……それだけ土岐瀬さん達の登場が不要になるのね」

 それに……と、言葉を続ける水上日葵は一歩前に出て、私の顔を直視した。

「単純に生きのびるだけでは、瑞嘉さんを救うことにはならない。そういうことでしょ?」

「……私を救う?」

 とんだお人好しは彼だけに限らない。自分を殺そうとしていた相手に手を差し伸べる義理が何処にあるとでも?

「日葵ちゃん、あなた今の状況解っているの? あなたを書いた私が、あなたという存在を消しにかかっているのよ」

「そうだね」

「そうだねって……」

 銃声と暴風音が混じり合う戦場で、水上日葵の心境は平坦であった。彼のリライトで、こんなにも変わってしまうのか……。

「私、死ぬと思っていたよ。もう諦めていたのね。だけどね、土岐瀬さんのリライトが通用したことを知って、もう大丈夫かなって感じたよ」

「意味不明なの。どういう根拠?」

「だって、リライトが許されたってことは、瑞嘉さんのシナリオは完璧じゃなかったってことじゃない? で、このシナリオを誰が完璧じゃないって決めたと思う?」

「舞於以外に誰がいると?」

 水上日葵と彼は黙り、私から目を離さない。

 ……それは、一つの答えを示していた。

「……私?」

「うん。瑞嘉さんが心のどこかで、自分か書いたシナリオへの否定を思っていたんだよ。でなければ、土岐瀬さん達は再び此処へ来ることはなかった。何より、瑞嘉さんはすぐに私を殺さなかった。即座に強制イベントを執行する選択肢もあったのに、土岐瀬さんへの見せしめを理由に遅らせたのは本当の理由でなく、では……本当に恨んでいるのは……」 

 

――それも私なの?

 

「舞於……あなたの差し金で、日葵ちゃんを使って説得しようとしても無駄なの。私がやるべきことは前と変わりなく、キャラクターの生や幸福を無視して……ソーシャルゲームの色合いに則したシナリオを書ききってみせる」

「瑞嘉がどうしてもって言うなら、それで僕は見逃すこともできるが……一つ確かめたいことがある」

 女性になった彼の髪は多少脱色されていて、稲妻の光にさらされると明るいショートカットの流線が凛々しい顔立ちを更に美しく演出しているようだった。

「まだ、悩んでいないかい? 書きたいシナリオを書けない不満があって、それを押し殺しているのでは?」

「シナリオライターの仕事に自己欲求を持ち込まないで。自分の欲望を垂れ流すなら、WEB小説で勝手に書けば?」

「何も自己満足の世界だけを言っているんじゃないさ。むしろ、仕事をしているシナリオライターの大半は、クライアントやユーザーの要求に応えているように《見せかけて》、自分の為だけに書き、時に手を抜き、疑問を抱くことを止めている……」

 

 ――僕は、瑞嘉にそうなって欲しくない。世間からつまらないと卑下されるシナリオライターの群れを成す原因の一つになって欲しくないから、こうして抗っている。

 

 雷鳴が轟き、暗闇に覆われていた永久塋域が徐々に光彩を取り戻している。

ログシェイズを増殖させても、リターニャとディオネに処理されて陰影の脅威が追いつかない。

「この暗い世界を瑞嘉が望んでいたとは到底思えないのさ。きみはもっと……温かい色に包まれた大衆小説を好んでいた」

「過去の話なの」

「その過去は連続して、今に繋がっている。だから断言できるのさ。きみはキャラクターを消耗品だと言い放つも……僕と同じ憐憫を忘れていない。水上日葵を殺すプロットをクライアントから提案されたきみは、心象世界で涙を流し、嫌々ながらこのシナリオを書いたんだ!」

「違う! 私は……」

 

 私の心を全て読み取ったとは思い込まないでよ!

 そんな簡単な女じゃないの!

 全く悩んでいないの! 

 ユーザーが満足するシナリオであれば、何だって創作するの!

 そんな我儘、お金をもらっている社会人として通用するはずが無いじゃない!


 彼への反論がとめどなく出てくるが、言葉に変換されることは躊躇われた。

 もう……強がることの限界を迎えたのだ。

 

「否定はできないはずだ! 僕が創造したキャラクター……リターニャとディオネ……そして、此処にいる水上日葵……皆に対してきみが 何故なら、音羽瑞嘉というシナリオライターの深層には……キャラクターに対する《愛》が秘められているからなんだ!」


 感情的になって声を荒げる彼の姿を見たのは始めてだった。

 加えて……私の本当の気持ちを言い当てられたのも……。


「瑞嘉を苦しめている敵は、僕と同じだ! だから、こんなところで仲間同士、自滅し合っても無駄なんだ! 僕は瑞嘉と一緒に……終りのない思索に取り組んでいきたいのさ!」

「無理だよ! あれも書きたいこれも書きたいって……何でも要求すればいい訳じゃ……」

「できるだろ! 瑞嘉はどうしてこの世界に来れたんだよ! 僕と同じ、超現実のシナリオ改変が得たからだろ! なのにどうして保守的になっているんだ!」


 多数の墓を押しつぶしていた影が薄まり、彼の相貌に宿る美が際立つ。後光に背中を支えられている女神()のような佇まいで、私の内側で複雑に絡まっていた糸をほどくように話を続けてくれた。


「僕達はソーシャルゲームで腐敗していく物語に力を貸す制約から逃れられた、特別な存在だ。努力してきたからゲームに干渉し、リターニャとディオネを救えたのさ。きみも創作を怠らなかったから、日葵と直接的に出会う機会を得た。そう前向きに捉えれば、僕達はもっと上手くやっていけるのさ」

 大地に新たな生命を送る稲妻の一つから、金色のリボンが落ちてきた。それを拾ったディオネは嬉しそうにしながら彼の頭につけた。

「マオ様は世界を救う導師の意志を、完全に汲み取っているのであります。現実まで波及したシナリオライター同士の抗争からも逃げず、ミズカさんに伝えたいことを伝える美しさが、世界の垣根を越えた一人の主人公へと成り得ました」

 ディオネ・ブレアの思弁に頷く水上日葵は、互いに似た低い背を並べて肩を寄せた。

「ブレアさんも今、凄く美しい顔をしているよ。自由に生きられる素晴らしさを、キャラクターだけでなく現実側の存在者にも知ってもらいたい希望の炎が燃え上がっているのね」

 違う世界で不幸を味わっていた少女達は彼の尽力によって邂逅し、悲愴たる墓所では決して見られることのない破顔で感情共有している。

 ……そして、ログシェイズを始末し終えた彼女……リターニャ・ガードレッドも私に……敵視とは程通い慈悲の双眸を現してくれた。

「安易な復讐劇はミズカには似合わないわ。私が読みたいには、あなたが昔書いていたノベルにある、生きた言葉なのよ」

「やめてよ、リターニャちゃん。もう遅いの。今になって小説家らしい語彙を並べても、シナリオライターでは役立たずだよ」

「弱気になっているわね。そんなんじゃ、マオとの優劣はずっとそのままだわ。納期を遵守し、一定のクオリティを確保する無難なライターがマオ以上のディレクターになれると思っているの? もう思わないでしょ?」

「それは……」

「この世界を覆っていた闇は、ミズカの胸裡を暗くしていた影と等しいわ。けど、今はこうして新たな光に消失しつつある。それはマオの力だけでなく、ミズカが心からそう望んでいた結果だと私は願っているわ」


 リターニャは私の良心を……希望を確かめている。

 逡巡して黙っていても、魔法少女を苦しめていた地は光を増し、前へと進んでいく。


「手を取り合おうよ、瑞嘉。業界の柵(しがらみ)に苦しむ必要性など、何処からも与えられないのさ。瑞嘉が書きたいシナリオであれば、超越したリライターとして僕も協力する。ただし、こんな血腥い……不幸をクライアントの食い扶持にしている物語は認めないけどね」

 垂直に並ぶ光輪に吸い込まれていくように、天に浮かぶ杖に向かって彼は浮かび上がった。黄金色の瞳で見下ろす姿は、蔑視とは無縁な愛が宿っている……。

「あなたを超えるライターやディレクターになるために……私は私が望む物語を貫いてもいいの? 既存の作品に対してはこうやって介入できるけど、本来の仕事では……あなたが苦しんだみたいにクライアント側から否定されるかもしれないよ」

「そしたら、この力で既存のゲームを余すことなく全て正し……価値のあるシナリオとはどういうことか……新たなトレンドを創ればいい。つまらないシナリオが世界から消失すれば、僕のシナリオとキャラクター論が正しかったと強制的に認知してもらえるさ」


 彼の眼は本気だった。

 ソーシャルゲームの業界を……全てひっくり返す覚悟でシナリオと向き合っている!


 浮遊する女神(ミューズ)が掲げる不屈の精神に、卑小たる自らの器が浮き彫りになり……私は白旗を揚げた。

「……そうだね。私は妥協していたの……商業だとかクライアントのニーズを理由に、本来的な生みの苦しみを感ぜず、そのストレスで舞於を妬んでいたの……こんなんだから……自分で何かを打開する意志がなかったから……会社からも評価されなかったのね」

 情けなき愚かさが自戒に還元され、膝から崩れ落ちた。

 

 私……何やっているんだろ。

 せっかく異能を得たのに……どうして現実に縛られたように彼と戦ってしまったの?


「落ち込んでいる時間はないよ、瑞嘉さん。あなたはまた、強制イベントの最中にいるのね」

 ハッとした私は顔を上げると、いつの前に手の届く処まで寄って来てくれた水上日葵がしゃがんで見ていた。

「日葵ちゃん……」

「そう。私は水上日葵。創始者に殺され、導師達に恐怖を与える材料として扱われる設定でいたキャラクター。死をもって物語に独自性をもたせる典型(ティピカル)其物なのね」

 遜り過ぎて自らを傷付ける自己紹介をした彼女は、ペットを愛でるように私の頭を撫でた。

「後は瑞嘉さんの決断で、この世界は崩壊して、生まれ変わるよ。私をどうしても殺しておきたいんだったら、話は別だけどね」

「そんな訳ないじゃない! 日葵ちゃんみたいな可愛い女の子が死ぬなんて……」

「素直になったのね。嬉しい……やっと瑞嘉さんの声を聞けたのね」

 柔らかな微笑みを浮かべる水上日葵……いや、日葵ちゃんの後方遠くには……舞於が同じような顔をしていた。

「これをもって、瑞嘉からレギュレーターの権限を剥奪する。その代わり……リライターの役割を担ってもらう」

「私が……リライター?」

「ああ。僕にあれだけ抵抗したシナリオを書けたんだから、本心をスケッチした物語だって容易なはずさ。後は日葵も僕達もどう生かすか……瑞嘉の創造に委ねるよ」

 彼の啓示にリターニャちゃんとディオネちゃんも満足気に頷き、

「私は好奇心旺盛……または家庭的な少女で頼むわ」

「わたくしは完璧主義っぽくないので、間抜けな場面があれば幸いであります」

 気さくな感じでリクエストを入れて、手を振った。


 皆が私の希望に期待して、ハッピーエンドを託したのだ。

 正直なところ、私がしたことをすぐに許してもらえるのは正しいのか……迷いがあった。

 友人の出世を悔しく思い、腹の中で憎悪を溜めこんだ結果、さらば魔法少女の光の秩序を守るレギュレーターになった私に……土岐瀬舞於が得ているキャラクター論を適応できるのか?


 だが、そんな不安は数瞬で彼方へ消え去った。

 ……何故かって? 決まっているの。うん。決まっている。

 私は彼を憎んでいた時も……その前からも……《嫌い》という感情は芽生えなかったから。

 分別のある社員乃至シナリオライターを演じていた私の真実は大人になりきれない子供であり、彼のように向上心の絶えない大人になれれば、矮小なプライドも捨てれただろうし……彼への……を……きっと。

 

 ……あれ? まだ迷っているの?

 いや……そうじゃなくって、今の私がすべきことは既に明白になっているから……。

 えっと……困ったものね。自己完結している一人問答でも明言を避けているなんて……私ったら、つまらない女なの。

 

 かつての創作精神を思い出し、シナリオライターが歩む本来の路へと戻れた私はどんな障害があっても、もう立ち止まることはない。

 だけど、創作者としての自信を得た私はただ一つ、私という存在を正面から受け止めて明るい未来へと導いてくれた彼への《愛》において、告白する勇気は無かった。

 それについては非常に情けない限りであるが、私はまだこれからだ。

 

 一般論で語られるシナリオを無視した、本当に面白く、キャラクターの人生と幸福をシビアに背負った究竟なる物語で彼のいる地平に追いつき、追い抜けば……彼処にはきっと全てを曝け出した私が自由と恋慕を最大限に知り得ているに違いない。

 

「待っててね、舞於。誰も悲しまない世界に創りかえるの」

「ああ、待ってるさ」

「日葵ちゃんは……どうしたい? 死へと向かう魔法少女以外の人生を選べるなら、何になりたかった?」

「んー……瑞嘉さんが私のおねえちゃんでいてくれるような世界線であれば、文句はないのね」

 眩い光の中、私は二人に見送られた。

 救世主(ヒーロー)を兼ねる女神(ヒロイン)が彼……土岐瀬舞於であれば、彼の哲学と叡智を受け継いだ天使(エンジェル)が彼女……水上日葵である。

 

 ――もっと明るい物語にするなら、そんな肩書きを与えるのも悪くないか。

 

 この光は彼から与えられたものであり、リライターの力を起動する時は間もなく到来し、紡ぐ物語のエンジンとなるプロットの欠片を掴んだ私はやがて、勘違いしていた理想のシナリオライター像を其処に置き、永久塋域という名の通り、葬むことにする……。

 

 《リライター:土岐瀬舞於発案の未来乃至過去改変プログラムが発動》

 《レギュレーター:音羽瑞嘉が管理していた『さらば魔法少女の光』は……》

 《これより新章へ語り継がれることになる》

 

 ………………

 …………

 ……

 

 語られる視点は……私じゃなくて彼の方が良いだろう。

 ヒーロー乃至ヒロインは、脇役であるべきでない。簡単な理由だった。

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