第五章 キャラクター 《さらば魔法少女の光Ⅱ》
メタ意識
《さらば魔法少女の光 あらすじ》
世界の破滅を希う創始者の陰謀を阻止しようとした導師と魔法使い達だったが、己の無力に絶望するだけの結果となった。
創始者……いや、レギュレーターの『私』は間違っていなかったのだ。
ソーシャルゲームのキャラクターは所詮、ユーザー側の承認欲求を満たす『道具』の一つであり、キャラクター一人一人の幸福だとか典型から外れたストーリーはシナリオの輪を乱す。自分は一般的なシナリオライターとは違うと表明しても、芸術創作の基礎を無視して矢鱈独自性や個性を求めるアーティストのように、その作品を手に取る他者には屹度無価値として伝わるだろう。
たとえこの世界が紋切り型のダークファンタジーだと批評されても、その紋切り型を正しく制作すること自体の難しさを知っていないからそう言えるの、と鼻で笑ってみせる。
私はただ、特別なシナリオではなく多くの人々に難なく受け入れられ、万人に読んでもらえるような物語を書きたいと思っているし、マーケティングとはそういうものだと考えている。
だから……余計なオリジナリティは不要であり、導師として私と対立した『彼』のリライトは果たしてゲーム会社が望んでいるものかどうか、非常に疑わしい。
この世界も消耗品の一つだと冷静に分析し得る私は……墓石に縛りつけている水上日葵を煉獄の炎で焼き尽くすことにも、躊躇いを覚えていなかったのだ。恐らく彼は憤怒の形相でやって来るだろうが、別にそんなの知ったことではないし、私が書いた負けイベントのシナリオが改竄される筋合いなど殊更ないので、再度彼を倒そうと思う。
■ ■ ■
現実世界とゲームが混ざり合ったあらすじを黙読してみた私は、自分が今何のためにレギュレーターとして君臨しているか、再認識する機会を得た。
舞於達を世界外へ追い出した後、私も一度現実世界へ戻っていたが……彼等が再びさらば魔法少女の光への干渉を試みたことを看取し、永久塋域で水上日葵の監視をしていた。
水上日葵は変わらず、墓石に背をつける恰好のまま鎖で何重にも縛り付けられている。後は私の意志一つで、セイラム魔女裁判の再現がなされるであろう。
……だが、私はまだ水上日葵を殺さなかった。彼女が死ぬに相応しいタイミングがあったから。
「何を待っているの? 私を処刑するんじゃ?」
頬がこけて、顏だけでなく声音も陰気である水上日葵は私に問いかけた。
「導師と魔法使いはまたやって来る。懲りずに、ね。そんな愚か者達の見せしめとして、取っておいてあげているの」
「皆に絶望を味わわせるための、公開処刑ってことね」
立場を淡々と理解しており、心の乱れがない。
「もう諦めたようね。それでいいの」
「いや、違うよ。諦念と没感情は必ずしも同じとは限らないよ」
「……どういうこと?」
彼女らしくない言葉選びに、私は訊き返した。
どこか……おかしい。水上日葵は、落ち着き過ぎだ。
「言葉のまま。ねえ、音羽さん。あなた、もしかして、私の様子がおかしいって思っているでしょ」
テレパシーを使ったかのように、私の心の声を読み取っていた。
「黙っていることは、認めたということでいいのね。であれば訊くけど、どうして音羽さんは――」
「……待って。私を『音羽』と……!?」
どうして、はこちらの台詞だった。
私を創始者と呼ばず、現実の苗字……いや、レギュレーターとして代理を担っている私の苗字を直接呼ぶことは不自然なのだ。
「それは後で説明してもいいし、じきに解るはず。だから、私の質問が優先なのね。さっき……まあ現在進行形でもそうなのかな。私がおかしいと思った理由って何?」
「それは……」
水上日葵に与えられた性格設定と、ズレているから?
詳細を述べるなら、小学生高学年から中学生ほどの外見……比較的幼いことが特徴の彼女が語るには、深みがあり過ぎる点?
所在ない不安定な疑問形で言表した私には自信がなく、水上日葵から齎されている霊妙不可思議な空気に包囲されたかのような……未知の脅威がじわりじわりと迫ってくる。
「言葉にしなくてもいいよ。もう私のところに音羽さんの思惟が届いているから」
「思惟……?」
「考えていること、ってこと。ねえ、音羽さん。私らしさって、何かな?」
「日葵ちゃんに与えた性格カテゴライズ……大人しい子供ってことよ」
「まあ、間違えるはずもないよね。『この世界のシナリオライター』は音羽さんだから」
「――!」
これは驚いた……! 彼女もまた、クローラーとして新たな存在を得たあの二人と同様……自分が架空人物だという自覚を得たというの!?
「大げさにびっくりしないでよ。創始者を音羽さんと呼んだ時点で、直截的に導き出された公式だよ。あなたは元来レギュレーターであり、トリニティ・メイエンの丘から此処の永久塋域までのシナリオをプロテクトしていることの想像も難しくないのね」
饒舌に語る水上日葵は、舞於達と戦っていた時とは別人のようだった。
サバイブの悲劇に巻き込まれて混乱する少女はいなく、処刑台に立たされた魔女と同じ辛苦を味わっていてなお敵愾心の熱量を静かに守っていた。
「あなたの意識が変わったのは……舞於と会ったのがきっかけなの?」
「間違いではないけど、百パーセントの答えでもないよ。でも、短絡的に言えば……土岐瀬さんとの邂逅が私を目覚めさせてくれた、ということになるのかな」
「日葵ちゃん、何が言いたいの? 私に何をさせたいの?」
「取り敢えずは、他の質問にも答えてよ。ねえ、音羽さん。どうして私は死ななきゃいけないの?」
「あなたも舞於みたいに足掻くのね。別にキャラクターが死ぬことすべてに理由があると法律で決められていないじゃない。ユーザーとクライアントが期待しているストーリーラインに合致しているから、あなたの死の背景を描くプロットが無くてもいいの。だから、あなたを殺すことに何の悲しみも無いの」
「プロ意識が高いね」
「それは皮肉?」
「そう捉えてもらってもいいし、言葉のまま喜んでもいい。印象の受け取り方はご自由に」
冷ややかに笑う水上日葵に対して逆上するどころか、名状しがたい畏怖を覚えた。
何を恐れているの……私。
彼女はキャラクター。決して逆らうことのできない相手を人形遊びで挑発しているだけ。真面目に耳を傾けるなよ、馬鹿馬鹿しい!
「どういう意図で持論を展開しているのか、さっぱりなの。その場凌ぎの哲学者を気取っても、ユーザーから意味不明と言われて相手にされないけど」
「では、突発的な危機にさらされた魔法少女は泣き喚き、ただただ死んでいくことでユーザーへ与える期待値を高めていくのね」
私が書いたシナリオが愚行だと言わんばかりに、水上日葵は力ない溜息をつく。
「土岐瀬さんと対立しているのも納得ね。音羽さんはソーシャルゲームの危うい未来を楽観していて、キャラクターを優しく扱ってくれない。土岐瀬さんが極北に進むとしたら、瑞嘉さんは果てしなく南へと猛進していく……そんな関係だよね」
「私と舞於の関係に口出ししないでよ。あなたが何を知っていると言うの」
「知っているよ。全てね」
「全て?」
「うん。音羽さんが元々小説家を目指していたことも。土岐瀬さんと大学時代、めいめいの創作について談議し合ったことも。当時の音羽さんは、土岐瀬さんをかけがえのない友人として見ていたことも。でも……土岐瀬さんをシナリオライターに誘ってから、自分が土岐瀬さんより劣後した存在になって、彼を恨むような嫌な感情が生まれ――」
「……やめてよ!」
何故、水上日葵は私の過去も熟知しているの?
「ごめんね。別に音羽さんを非難するつもりで言っているんじゃないの。むしろ、音羽さんの感情変化は不自然じゃなく、シナリオライターとして成長するためには必要な要素だよ。自分が他のライターに抜かれても、嫉妬を原動力に仕事を続け、非現実的な力を手に入れたことを理由に自分のシナリオの正当性を強く主張する熱意自体は私からも簡単に否定できないよね」
「私を励ましているの? 回りくどく貶しているの?」
「そんなに深読みしないでほしいな」
「深読みさせているのは、あなたの喋り方じゃない」
「過度に難しく話しているつもりはないよ。私が伝えたいのは、二つだけ」
動作を大きく制限している鎖に抵抗し、肘を無理矢理あげた水上日葵は人差し指を立てた。
「一つ……土岐瀬さんは自分が恨まれても仕方がないと見做しており、音羽さんへの謝罪を強く希望している」
「どうして舞於の代弁をしているのか解らないけど、もしそうなら日葵ちゃんから彼に伝えてよ。自分が悪いと思っているのなら、私が率先して殺されてます、ってね」
腹立たしさを隠さず、棘のある悪言で詰めたつもりだったが、水上日葵の表情は変わらずピースサインを作った。
「二つ……土岐瀬さんとガードレッドさん、ブレアさん、そしてこの私も……音羽瑞嘉さんが創出したストーリーに異議を唱え、リライトを強く希望している。その正当性を脅かす負い目は存在せず、音羽さんの矜恃を土岐瀬さんが傷付けた件とは《無関係》だと見做していいのね」
「……有り得ないの。あなたは何を言っているの? あなたも舞於の味方をするの!?」
「落ち着いてよ、瑞嘉さん」
「私の名前を気安く呼ばないで!」
「いいや、呼ぶよ。創始者でもレギュレーターでもない、シナリオライターとして生きる瑞嘉さんと話をしたいのだからね。ねえ、瑞嘉さん。そんなに強情を張り続けなくてもいいんじゃない。今、いくつだっけ?」
端的に二十三と告げるはずもなく、周囲に広がる闇を吸収し、赤黒く燃える炎で矢を象り……矢先を水上日葵に向けた。
「このストーリーラインは果たして、瑞嘉さんが最初から望んでいたの?」
「当たり前よ」
「本当に? こんなはずじゃなかった、と……キャラクターを愛し、キャラクターを幸せにするための面白いシナリオを描きたかったのに、現実はテンプレートになぞられたような陳腐なストーリーをひたすら書き続けるしかない、って思ったことは一度もないの?」
「クライアントとユーザーが望めば別に――」
「ゲーム会社側は置いといて、問題なのはプレイヤーなのね。こんな程度の物語で感情移入できるかな。瑞嘉さんは土岐瀬さんのこと、主人公側の目線が不足していたと辛口な意見を言っていたけどね、そもそも陳腐な殺し合いを萌えキャラにさせること自体、思考停止が明白な後退性文化じゃあないの」
「――違う!」
射出した黒炎の矢は水上日葵の肩を掠め、墓石を貫くと忽ち燃え広がった。支柱がなくなったことで水上日葵は鎖を解けたが、すぐさま次の矢を手許に装填していた私を凝視し、その場を動かない。
「瑞嘉さんがストイックなのはすごく解ったよ。自分の創作における好みを遠くに追いやって、ビジネスとして成立するシナリオ制作に拘っているのね」
「お願い……やめてよ日葵ちゃん! 大人しく死んでよ。何でそんなにも私を説得しようとするの!?」
「説得でもないんだけどな。ノーティファイ……通知、みたいな? ちゃんと知らせてあげているんだよ。瑞嘉さんが勘違いしていることをね」
まず、どこから訂正しておけばいいのかな、と水上日葵は頭を掻きながら、余裕綽綽と黙考している。
私が生み出したキャラクターなのに、反抗するなんて!
「もう待てない……我慢できない! 死刑執行よ!」
先程とか比較にならない暗黒の魔導を集中させ……。
――爆音。全てを破壊し尽くす……。
「あなたが……悪いの。舞於みたいにキャラクターの尊厳についてしつこく訴えてくるから……」
強制イベントを終わらせ、私のシナリオが間違っていないことを世界に証明した。
迷うことなどない。これからシナリオライターの使命なのだから。
だけど……何か……胸の内からこみ上げてくるものが……。
夜空に浮かぶ切ない満月を見上げ、自らの呼吸音に耳を研ぎ澄ました。
エイトビートで流れる鼓動音はバラードとは程遠い、荒々しいロックを奏でているようだった。
そんな言い回しを好む時代も……あったか。
過去の私は大衆小説やエンタメ文学……言わば自然主義に基づくノベルに熱中していた。
けど、今はもう、そんな地の文など書く機会はほとんどない……か。
過去に捨て去った嗜好への未練を、今更?
やめよっか、そういうの。
現在の自分に対して否定的になったって、未来は変えられやしない。
絶対に……。
――変わらない未来は無いわ。現在が不確定に流転しているようにね。
「……今の声は!?」
一陣の風が闇の暗幕を吹き飛ばし、続けざまに数発の銃声が鳴り響いた。襲い来る氷の弾丸を黒炎で蒸発させ、援軍となる二人の魔法少女を確認した。
「今度は……負けません」
「強制イベントを強制的に変えさせるわ」
「リターニャちゃん、ディオネちゃん……あなた達もまだ、諦めていないの?」
「諦める理由は何処にあるのですか?」「何処にもないわね」
二人で結論を出した会話は終わり、視界の端から侵入してきた稲妻の極光に目がくらむ。
「……舞於もいるの!?」
導師の魔導を駆使しているであろう彼の気配を察知し、その方角へと振り向いた。
彼は……!?
「ありがとね、土岐瀬さん。リライターの力によって、私もメタ意識を備えたキャラクターになれたよ」
火葬を回避した水上日葵は、身体を抱きかかえられている導師に救われたことが明確だった。
だが、解らないことは……導師の彼がさらば魔法少女の光の設定に完全準拠……つまり、《女性の姿》でいることだった。
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