必然性敗北イベント
ログシェイズに奪われた体力は時間の経過と共に回復し、幸いにも五分程度で立ち上がることができた。
「リライターの僕が主人公をやっているように、レギュレーターが敵側に回ってシナリオリライトの妨害をしていたとすれば……創始者の弱点をまず調べるべきか」
ただ、うかうかしていれらない状況に変わりない。じっとしていても、僕や水上日葵がレギュレーターに殺されるストーリーラインに流されていく。自分から運命を変える行動を選ぶべきなのだ。
「……と、わたくしも考えていましたが……」
タブレットでさらば魔法少女の光の攻略サイトを見ているディオネが、僕に何か言いたそうな顔をしていた。
「創始者に弱点は無いのか?」
「はい。しかも、このイベント……トリニティ・メイエンの丘を越えた永久塋域でボス戦があるのですが、創始者に必ず敗北する《負けイベント》になっています」
「負けイベント……!」
僕とリターニャは声を揃え、驚嘆した表情を見合わせた。
「レギュレーターはシナリオの強制力を使うために、創始者になったのね」
「非常に厄介だね。必ず創始者に負ける未来があるなら、その未来へ辿り着くまでのルートを変える必要もあるけど、ボス戦の回避を試みれば囚われている水上日葵が殺されてリライト失敗になる」
ソーシャルゲームの特性を上手く利用して、レギュレーターは確実に僕を始末しようとしている。これまでのように、行き当たりばったりな行動は禁物だろう。
「まだ明かされていないゲームの伏線や背景を先取りして、この段階で創始者を倒せる選択肢を見つけなきゃならないな」
「明かされていない、ですか。つまり、公式側だけでなく一般公開されている攻略サイトでも判明されていない情報が必要になるでありますね」
「ヴァニティの人間に訊いてみれば……業界の繋がりで何か知っているかもな。もしかしたら、このゲームでシナリオを担当したライターが別チームにいる可能性もあるし」
「名案であります。お手数ですが、マオ様の人脈に縋りたく……」
「何てことないけど、一度ゲームの外へ出る必要があるな」
「あ、大丈夫ですよ。架空世界でも現実への通話は可能であります」
「……電話できるのか」
そういえば、ディオネもタブレットでインターネット接続していたな。
「どういうメカニズムになっているんだ?」
「私達自身が、サイバースペースから生まれた存在だからね。次元を超えたルーター乃至基地局が二機あると見做していいわよ」
リターニャの説明は解りやすかった。それで納得できるかどうかは別として……。
「ま、試してみるか。スマホは……あった」
「誰に電話するの?」とリターニャに訊かれた。
「会社の同僚であり、大学からの友人だ」
「そう。親しいのね」
服装が変わっても、ハープパンツの右ポケットにスマートフォンを持ち込めていた。休日なので会社の人間には電話しづらいが、友人になら気軽に連絡できた。
「もしもし、瑞嘉か」
「おはよーって言いたいところだけど、もう十一時だったのね。ずっと寝ていたよ」
電話相手の瑞嘉は寝起きだったが、いつも通りハキハキと喋れている。しっかりしている奴だ。
「折角の休みですまない。ソーシャルゲームのさらば魔法少女の光について、訊きたくってさ」
「ああ、八代さんが担当していた案件のゲームね」
「……そうなのか?」
スピーカーに耳を密着させて聴いていたリターニャとディオネの眉が動いた。二人は目顔で詳細を聞きだしてと言っている。
「うん。K社が開発したゲームで、当初は自社で管理しているライターでシナリオを作っていたらしいんだけど、工数が足りないからってヴァニティに外注依頼が入ったらしいのね。納期が短かったから、他の案件で余裕のない私達……舞於チームじゃなくて八代さんの管轄にしたらしいよ」
「別チームの進捗状況もメーリスとかで確認していたつもりなんだけど、知らなかったよ。さらば魔法少女の光の案件を受注していたなんて」
「案件名は『魔法少女』だけの表記だったから、かもね。さらばって何かダサいから、あえて伏せていたのね」
「ダサいって言うなよ。そういう芸人のコンビ名もいそうだぞ」
「コンビ名はダサくてナンボだよ。お笑い芸人にスタイリッシュさはあまり要らないんじゃない。だから不倫も芸人にとって、プラスなステータスになるんだよ」
「ふむ、言い得て妙だな。その芸人論、もう少し詳しく……と言いたいところだけど」
脱線した話題が楽しくなったが、リターニャが『雑談は後にしなさい』と呟いているので、
「瑞嘉はさらば魔法少女の光について、公開されていない先のシナリオやイベントを知っていたりするか?」
単刀直入に質問を投げてみたが、瑞嘉の反応は鈍かった。
「うーん……ごめんね。八代さんからたまに話を聞くくらいで、担当外だから解らないや」
これにはリターニャとディオネも渋い顔をして、静かに溜息をつく。
「まあ、そうだよな。ディレクターの僕ですら別チームの案件をちゃんと把握していなからね」
「悪いね。至急確認したいことだったら、八代さんに連絡してみる?」
「いや……CCで流れているメールの発注書で取り敢えず確認してみるよ。たぶん、八代さんも外注側だから把握している内容はもらった資料に限られるだろうし」
瑞嘉から聞き出せることは以上だったが、さらば魔法少女の光を制作したゲーム会社を念のため再度確認しておこうと思った。案件に関するメールを探す上で、発信者を知る必要があるから。
「えっと……クライアントはK社だったっけ?」
「そうだよ」
「そっか。大手でも人員不足に陥るんだな」
「シナリオに費やす費用を削減して、声優を無駄に豪華布陣にしたがるからね」
「ありがちな話さ。そして、起用される声優のラインナップも似たり寄ったりになる、と」
「しょうがないじゃない。ソーシャルゲームはキャラクター数が多いんだから。何なら、舞於が前に話していた……アイドルスクールだって。あれとほとんど声優は同じだったかな」
前にシナリオリライトをしたアイスクの登場キャラも、リライト時には金森桜子とぶたさんチーム(何か違う気がする)のメンバーしか会わなかったが……多数のアイドルが用意されていた。
「どれも同じか。まあ、好きな声優めがけてプレイするユーザーも多いから、そうなるかな。没個性になるけど」
「でも、さらば魔法少女の光は順調らしいね。アイドルスクールと同時期にリリースしたんだけど、そっちより全然売れたよ。同じ声優をキャスティングしても、ゲームシステムやシナリオで違いはあるって」
売れてもキャラクターが理不尽に殺されていくゲームに価値はあるのか、と問いかけようとしたけど、瑞嘉を責めるのは間違っていると気付き、その言葉を腹の中へ収めておいた。
「売れるゲームと売れないゲームの違いを、ディレクターやライターが正しく判断できるようにすれば……いいだけどな」
「そうねえ」
再び無駄話に戻っていることに気付き、通話口を手で抑えてリターニャにごめんと告げた。
――しかし、彼女は苛立っておらず……不思議なものを目撃したような表情で僕の目を見ていたのだった。
「待って、マオ。彼女……ミズカの話で気になることが……」
「どうしたんだ? 瑞嘉か僕が変なことでも言ったか?」
僕から促しても、リターニャは自信無さげに首を傾げている。
「リターニャ様、何か気付いたことでも……?」
ディオネも彼女の意図を解らず、思い悩む。
さらば魔法少女の光のシナリオを、ヴァニティが制作代行していた事実から何か……?
「まさか、レギュレーターが八代ディレクターだった、みたいな可能性があるのか? ゲーム開発に携わっている人物が怪しいって話だったが……」
身内を疑いたくはないが、シナリオ制作をした八代さんが僕のリライトを良く思っていない推測が立てられる。
瑞嘉の話でもあったように、現状のゲーム運営が上手くいっていればなおさらであり、キャラクター第一主義のシナリオを不要だと考えていれば、僕の敵になるだろう。
「そうじゃないの……ただ……」
「八代さんが何かしていると疑っているんじゃないか? どうした、リターニャ……疑問に思うことがあったら、ハッキリと言ってくれよ」
「私の思い込みかも――」「みなさん! また敵が!」
リターニャの言葉はディオネの呼び掛けに上書きされた。なだらかな丘の斜面を登ってくるログシェイズの集団は、僕達の話を中断した。
「メインシナリオ通り、ここは連戦を強要させるようだな」
「そのようね」
この世界における力――導師の能力と魔法少女の魔導は僕達の身体に馴染み、戦いを重ねるごとに安定した立ち回りができた。
それに、チートキャラだとされるリターニャの魔導は強力で、相手の影が何体集まろうと一掃できた。通常戦闘は何の問題もないなと僕は安心していたけど――。
「……リターニャ?」
「ああ……ごめんなさいね。ちょっとだけボーっとしていたわ」
依然として彼女の様子はおかしく、いつになく不安そうにしていた。
ログシェイズを始末しつつ、スマートフォンで八代さんチーム宛のメールを開けてみた。さらば魔法少女の光に関する資料もあったが、創始者の裏設定や弱点に繋がる情報はなく、手掛かりはなかった。
さらに進むと、くぼんだ地形が見えてきた。小さな盆地のようになっているその場所には、無数の墓碑が縦横に並んでいる。
「ここが……永久塋域?」
塋域とは墓のことであり、恐らく創始者との負けイベントが用意されている舞台だ。
芝生の斜面を下るにつれて、視界が悪くなった。黒い靄が辺りに漂い、墓石と同じ高さの視点になると夜の海に潜り込んでいるような感じだった。
「この靄は、ログシェイズの源泉であります」
「見にくいわね。私の魔導で――」
リターニャが暴風を巻き散らすと、影が砂埃のように飛んでいき……青色に発光している満月へと吸い込まれていく。
「この場所では夜空が見えるのか」
「特別な聖地……または死地みたいだわ」
ということは、やはり……と予感すれば、用意されてあるシナリオへと誘導する人物が予定通り出現する。
墓地の中央で、黒装束で闇と同化した者が待っていた。僕等の足音に反応して振り向くが、相手はフードを被り、狐の仮面で顔を覆っているため性別すら判別がつかない。
「あんたが創始者だな」
僕が問いかけると、相手は無言で墓碑の裏に回り、手招きをした。
「罠かしら」
「そうかもしれない。でも、じっとしていても何も始まらないさ」
僕等三人は離れず、慎重に墓石の間を進み……創始者が身を隠している墓碑と向かい合った。すると……。
「――日葵だわ!」
その墓碑に鎖で縛られ、磔にされている水上日葵がいた!
「あ、あなた達は……魔法少女と導師さん……わたしを助けに……来てくれたのね」
日葵は非常に衰弱した状態であり、声を出すだけで苦しそうだった。
「ああ、君を助けに来た。だから、そこにいる創始者を倒す」
「む、無理だよ……創始者は神に等しい存在……勝てる訳がないの……逃げて……」
「悪いが断る。君の優しさをそのまま受け入れることはできないんだ」
「ど、どうして?」
「君は……この世界における死を本能的に認めていないから」
「……?」
強制的に殺されるシナリオへの不服申立てを契機に、僕達が来たということを言いたかったのだが、日葵はアイスクの金森桜子と同様、ゲーム内の登場人物という自覚がないらしい。
「今風の言葉に変換すれば、運命を変えるために戦うという感じでしょうね」
リターニャが補足してくれたが、日葵は僕達の意図を読めず、
「だから、無茶なの。創始者より強い魔法少女なんて、有り得ないから……」
僕等がここに来たことを無謀だと、絶望している。
「水上日葵の言うことが正しい。魔法少女も導師も――この墓場で死ぬ」
変声機で無理矢理低い音にさせたような声が響き、全員が創始者を見た。狐の仮面は感情を伏せたままだった。
「そうはさせない。力量の差はあっても……」
「――無駄だ、土岐瀬舞於」
戦いは突然、始まった。
創始者の腰から広がる闇の波動が爆散し、次の一呼吸をする時には視界が横になっていた。
「リターニャ! ディオネ!」
身体を起こして二人の安否を確認すると、さらに追い詰められる結果が知らされた。
爆破型の波動を回避できなかった二人は……崩壊した墓石に凭れ掛かるように倒れていた。
「くっ……」
鈍痛が遅れてやってきた。脇腹を強く打ったらしく、呼吸するたびに顔を歪める。
「わ……私は大丈夫だけど、ディオネが……」
リターニャはまだ起き上がれないものの、意識はあった。
だが……ディオネは頭部から血を流し、倒れたままだった。
「しっかりして……ディオネ……ああ、まだ息はあるわ……」
ぐったりしている彼女を抱きかかえ、心臓の鼓動を確認したリターニャは僅かながら安心する。
「メチャクチャだよっ……どんな魔法少女でも、こんなの勝てっこない……」
一瞬にして壊滅状態に陥った僕等を見て、日葵は悔しそうにしていた。
「力の差を知ったか? 土岐瀬舞於」
創始者は一歩も動かず、弱者に思い知らせるような冷たい声音で僕の名前を呼ぶ。
――僕の名前?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます