第三章 レギュレーター 《さらば魔法少女の光Ⅰ》

没個性的ダークファンタジー

《さらば魔法少女の光 あらすじ》

 ――その世界は、比類なき神……『創始者』によって滅亡しかけていた。

 

 創始者は世界征服を望み、全てを無に還すことにこそ究極なる運命があると考え、平和だった世界を暗黒の大海へと沈めさせた。

 だが、創始者に対抗できる存在……魔法少女が暗黒の大海に一筋の光を灯す。

 魔法少女は創始者を倒すために生まれ、自らの命を犠牲にしてでも光の魔導で世界を救う覚悟があった。

 

 創始者が消えない限り、一人……また一人と魔法少女が闇に飲まれて消えていく。罪のない少女達の儚い光が費える度に、彼女達を旅をする導師は心を痛めるのだ……。


 ◆  ◆  ◆


 アイドルスクールのシナリオリライトが済んでからの一週間、僕は本来の業務をこなした。

 ディレクターの仕事は工程管理の確認や納品物のチェックもあるため、土日でもチャットを通じてライター側と連絡を取り合った。

 そんな中、リターニャとディオネから連絡が入り、次のシナリオリライト対象となるゲーム名を教えてもらい、手始めにネット上で調べた次第である。

「これも流行りのダークファンタジーか」

「キャラクターが矢鱈死ぬゲームみたいね。思考停止の平和なハーレム恋愛も嫌だけど、安易にキャラクターを殺す悲劇的なゲームの方がもっと嫌いだわ」

 毒を吐くリターニャと話している場所は、自宅からの最寄駅に隣接しているカフェであった。スマホの画面を見ながらだと独り言をずっと話している不審者だと思われるため、電話をしているフリをした。

「ということは、このゲーム世界にいるキャラクターから殺されるシナリオへの不満を感じ取った訳か」

「それだけでなく、前に言ったレギュレーターの気配をディオネが感知したの」

「現実世界からの干渉者であり、僕を敵視しているやつか。すると、そのレギュレーターはさらば魔法少女の光を制作したゲーム会社の関係者……という仮説が立てられるな」

「マオのリライトで改変プログラムが適用されるのを、事前に阻止しているように思えるわね」

 シナリオリライトによる世界改変に誰も気づいていない訳でなく、僕と似た異能力を得た誰かが何かを企んでいる(具体的には僕への殺意?)という話だった。

「僕への恨みがあるのだろうか」

「今のところ、何とも言えませんねえ。マオ様を悪く思い、殺すなんて許せませんが……直接会って話すのが最善策なのであります」

 これまでにない事態への対処法を提案してくれたディオネに、僕は賛同する。

「会えるのであれば……そうだな。何を理由に僕のリライトを阻止しているのか確かめたいから、僕達も侵入するべきか。さらば魔法少女の光へ……」

「そうですね。では、いつものようにわたくし達から呼びますので……マオ様、準備はよろしいですか」

 店内を一度見渡した。休日の午前中は人が少なく、席はガラガラであったが、僕が突然消失するところを一人でも見られたら大事になるため、席を外した。

「少々待ってくれ」

 人のいない場所で一番に思い付くのはトイレだった。幸いにも空いていたトイレの個室に入り鍵を閉めたが、ゲームの世界にいる間、現実世界では少なくとも一時間以上は経過することを実体験から思いだして鍵を開けた。

「締めっぱなしだと店員に怪しまれるし、他の客が使えなくなるからな」

 大丈夫だ、とディオネに伝える間際のところ……再び思い直した。

「……ゲームの世界から戻ってくる時も、同地点だったよな」

「あ、転移をする際は場所にお気を付けくださいね。今更な忠告でしたでしょうか」

「全くその通りさ」

 トイレの鍵を開けても、帰ってきた時に用をたしている客と遭遇する懸念があった。

「転移能力者やタイムトラベラーって便利なようで、いろいろと面倒なんだね」

「お手数おかけします……」

 結局、トイレの横にある狭い掃除用具入れに身を潜めて転移してもらった。帰還のタイミングで清掃をしていたスタッフに出くわす恐れもあるが、客がトイレに行く頻度よりは少ないから妥協した。

 

 ■  ■  ■

 

「……あら?」

 転移が完了し、黒く塗られた天蓋と茶色に枯れた丘の景色を見て、さらば魔法少女の光へと侵入できたことを僕の脳が認識した。同時に、僕ではなくリターニャの声音が耳に入り、正面にいた彼女にまじまじと見られている。

「何か? まさか、僕は服を着ていないのか」

「仮にそうだったとしたら、こんなにジロジロと見ていないわよ」

 首から下の恰好を確認したところ、彼女が不思議がっていた理由が解った。

 着慣れていないものばかりのコーディネートであり、赤土色のブーツに黒のレギンスとハーフパンツを合わせ、エレガントなドレスシャツの上に長いマントが羽織られていた。そして、右手には派手な宝石で装飾された杖が……。

「なるほど。僕は魔法使いなのか。それも……女主人公として設定されているみたいだね」

「何て言うか、その……」

「似合っていないなら、素直に言ってくれればいいさ」

「女装感が強くて特殊性癖の人みたいに思えるのね」

「それは言い過ぎだ」

 横にいたディオネは我慢できず吹き出した。

「す、すみません……マオ様の外見が思いの外可愛らしくって……くくっ」

「……全裸になった方がまだマシだろうか」

 ドレスシャツのボタンを一つ、二つと外すとリターニャとディオネは謝りながら僕を取り押させてくれた。

「悪かったわ……」「もう笑いません!」

 ただ、僕にも落ち度はある。リライターとして主人公に成り代わるのであれば、だった。

「変なのは、僕の顔や声がそのままだからだ。主人公の導師は女の子で固定されているのに、僕が適応しなかったのが悪い」

 申し訳なさそうに目線を落とす二人をよく観察すると……二人の服装と武器はレヴァルシアの白兎で見たデフォルトのと異なっていた。

「二人は……この世界の魔法少女か」

「そうね。私は槍……竜騎士みたいなものかしら」と、リターニャは自分の身長よりも長い槍を掲げる。

「私はガンナーですねえ。銃の扱いは初めてなので、不安です」と、ディオネはコルク銃のようなデザインの武器を二丁所持していた。

「設定によれば、僕が二人のような魔法少女達と出会い、創始者と戦うらしいな。そして、その創始者が世界を荒廃させたのか」

「まさにダークファンタジーの世界観ね。辛気臭くって嫌だわ」

 リターニャが苦言を呈するように、今回の舞台は明らかに異質だった。レヴァルシアの白兎では物語の始まりでオーソドックスな森や集落が使われていたが、さらば魔法少女の光では一転して暗く、急峻な丘に生命を感じさせる植物は一切なかった。

「この場所……トリニティ・メイエンの丘では創始者に囚われている魔法少女……水上(みなかみ)日葵(ひまり)さんを助けるメインシナリオが始まります。彼女はわたくし達と同じく、三人目のメインキャラクターとして仲間になるはずでした」

「はず?」と、ディオネの言い方に疑念を覚えた。

「シナリオ上、わたくし達は創始者を見つけ日葵さんを救おうとしますが……彼女は殺されます。創始者の強さに圧倒される悲しい負けイベントが待っているのです」

 こんな時でもディオネは情報収集に欠かせないタブレットを持っており、水上日葵の画像を見せてくれた。

「思っていたより、もっと幼いんだな。中学生…いや、もっと下か?」

 僕が思い描いていた魔法少女は十六、七くらいの女の子であったが……彼女の外見はランドセルを背負っていても違和感がなかった。

「年齢設定は……そうですね。それくらいかと」

「彼女、死ぬのか」

「はい」

「その後、生き返るイベントは?」

「現在のところ、ないようです。追加されていくシナリオではもしかしたらあるかもですが、その後のストーリーでも容赦なく死人を出すので、期待はできません」

 例え架空の世界であっても、意気消沈せざるを得ない。

「今、流行りの作風なのかしら。小学生向けの幼い萌えキャラが殺伐とした黙示録的戦場で戦うのって」

「リターニャはどう思う? 次々にキャラクターが死んでいくことに、ディストピア的な面白さを感じて称賛するかい?」

「もうそういうのいいからって吐き捨てるでしょうね」

 僕が期待していた通りの見解に、少しだけ救いを感じた。

「安易にキャラクターを殺せばいい訳じゃない。大事なのは、そのキャラクター像を深める経緯や全体のストーリーラインなんだ。でも、それを理解せずディストピアを取り入れるシナリオライターは少なくない。だから結果として、このようなダークファンタジーもアイデンティティを失われて……」

「ありきたりでつまらないソーシャルゲームになる、ということですね」

 三人の意見は一致し、リライトの目的も通じ合っていた。

「水上日葵はおそらく、自分が死ぬことを不本意に思っているはずだ。だからクローラーのリターニャとディオネは、『キャラクターが望まないシナリオ』だということを検知したのだろう」

「御名答。今回のシナリオリライトの対象は具体的で判りやすいわね」

「創始者に殺される水上日葵さんの運命を変えるのであります!」

 戦場に出る前に契りを交わす剣士のように、僕達は杖と槍と銃の三つを交差させた。

「水上日葵を救おうとすれば、この世界に侵入したレギュレーターが止めに来るはずだわ」

「嫌がらせか……それとも、僕個人への恨みか。まあ、来るなら来いって感じだな」

 僕のシナリオリライトを阻止するレギュレーターの意図や目的はどうであれ、僕にはソーシャルゲームに殺されたキャラクターを助ける権利がある。

「さて、創始者へ向かうルートは?」

「何の目印もない丘だから、迷いそうだわ。でも……」

 リターニャが構えた槍の先には幽霊のような……人の形をした影が集まっていて、一定の速度で接近していた。

「あの敵が来た方向へと辿れば、大本となるボスに着きそうじゃない」

「いいだろう。ちなみに、あの敵は創始者の手下か?」

「はい。魔法少女の光の魔導を奪う、人影……ログシェイズですね。創始者に操られているものでしょう」

「ログシェイズ……」

 敵の姿が徐々に大きくなるにつれて、不気味さがこちらへ伝わってくる。身体の外線は人体のように四肢があるものの、関節があらぬ方向へグニャグニャと曲がり、頭部には大きな鉄球が埋め込まれていた。

「あれは魔物?」

「設定では、この世界で暮らしていた人間の成れの果てみたいね。創始者に殺されると、ああなるらしいわ」

「暗い物語にありがちな胸糞悪い世界背景だね」

 杖を強く握り、先端から光の雷撃を放射させた。これが導師の力かと自覚した時には、前方にいた数体のログシェイズを吹き飛ばしていたが、その後ろから無数の影が湧いてくる。

「向こうは人海戦術らしいわ。広範囲の魔法で対処しましょ」

 突進を仕掛けたリターニャはエメラルド色の風を纏い、一気に加速――!

「この世界では、苦手だった氷結系の魔導に特化していることを証明するのであります」 

ディオネは上方に乱射して、空から氷の弾丸を降らせる――!

 それぞれが魔法少女(または導師)の役割を身体で覚え、強引にログシェイズを散らしていく。

「さらば魔法少女の光におけるゲームシステムは、火力一辺倒よ! ひたすら攻撃を続ければ勝てる単調な戦闘だけど、敵のパワーバランスもおかしくなっているから回避と防御はマストだわ!」

 先陣を切って戦うリターニャのアドバイスに従い、僕等三人の魔導を回避し襲ってくるログシェイズに接近されないよう距離を取るが、相手側の攻撃もシンプルだった。基本的に、伸びた手足の影でムチのように振るうだけである。

 最初は余裕だと思っていた。動きもさほど速くないし、見切れると過信していたが……敵の数が一向に減らないと解ってから影のムチが当たり、焦り出した。

「……なんだこいつら!? 僕に集中して襲ってくるぞ!」

 ログシェイズの攻撃をくらうと、どうやら僕の魔導が削られるらしい。反撃を試みる僕の稲妻が徐々にか細くなっていく。

 そのことに気付いたのは遅く、攻撃に痛みがなかったのが仇となった。

「マオ様! 大丈夫ですか!」

 ディオネが駆けつけた時には既に、僕は片膝をついていた。全身の力が吸い取られていくようだった。

 ディオネの銃撃だけでは手数が足りず、ヘドロのように重くのしかかる影に潰されそうになった時……僕に高貴な光が与えられた。

「マオを殺させないわっ! 世界と世界を紡ぐ……ラブロマンスの嵐――」

 光は大自然を彷彿とさせる緑色の風になり、広大な範囲を切り裂いていく。台風の目でじっとしていた僕とディオネからログシェイズの影は全て取り除かれていった。

「ありがとう、リターニャ。きみはどこの世界にいても、強い戦士だ」

「どういたしまして。でも、私が強いのではなくって、私が『させてもらっている』この槍使いがチートキャラなようね」

「そうか。にしても、変わった魔法名だな」

「元はラブリーストームみたいな名前だったんだけど、子供っぽい感じだったから勝手に言い換えたわ」

 そっけない口調で伝えるリターニャのおかげで、取り敢えずは乗り切ったが……敵側の動きに脅威を覚えたのだった。

「ロクシェイズには知能があるのか? 優先して僕に攻撃を仕掛けてきたが」

「あまり賢そうじゃない序盤の敵だと思うのですが……仮に、意図的にマオ様を狙うようなことをしたのであれば」

「……レギュレーターが創始者に成り代わり、僕を殺そうとしていると?」

 今日のあなた、冴えているじゃないと言わんばかりにリターニャは得意気な顔で頷いた。

「リターニャは余裕綽々だな」

「違うわよ。自信持ってやらなきゃ、不安になるからだわ。これでも空元気なのよ」

 嘘っぽい言い方だな、とは指摘しなかった。

仮に彼女が本当に不安から逃げていたら、僕まで臆病になってしまうのだから。

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