侵入者
「グオオオオオオオオオオッッ!」
リターニャとディオネの集中攻撃をくらっているが、ドラゴンはまだ暴れる力があり、しっぽで豪快にゴールポストを薙ぎ払った。
「とんだ馬鹿力ね。ねえ、ディオネ……桜子。三人で協力して一撃で仕留めましょ。面倒ったらありゃしないわ」
「承知しました!」「あたしにできることなら!」
フットサルに引き続き、連係プレーで団結した。まずはディオネの魔法で…炎ではなく、氷の塊を打ち出した。不得意な魔法なのか、火焔と比べてスケールが小さい。
「みなさんのパワーをください! リターニャ様、その剣で打ち返して!」
氷塊は直接ドラゴンに向かわず、リターニャへ。
「野球みたいだけど、構わないわ!」
高校球児の木製バットのように剣を扱うリターニャは、アッパースイングで氷塊を打ち上げた。彼女のエネルギーが乗り移り、氷塊は回転数を上げ空気中の水分を漸次氷結させて(本当にこのようなメカニズムであるかどうか言い難いが)サイズを大きくしていく。
「でも、フィニッシュはフットサルっぽくするわ。桜子、蹴って!」
「きっと、飛べるはずです!」
ディオネの声援がJPOPの爽やかな歌詞みたいだという指摘はすぐに忘れ、顏を歪めて全力疾走する桜子の必死さに僕は喜びを覚えた。
「でりゃああああああああああ!」
地鳴りに負けない叫びと共に跳躍した桜子は、常人の身体能力を超えた動きで舞い上がり、オーバーヘッドのモーションで氷塊を蹴り下ろした!
「くらえっ! これがあたし達の力だああああああ!」
「グワアアアアアアアアッ!」
桜子のシュートは見事、ドラゴンの頭に命中した。
そして、拡散した氷の刃がドラゴンを襲い、地面へと臥し……幻獣という名前通り虹色の儚い光になって消えていく。
支離滅裂なストーリーラインに詰め込まれた戦いは、終わった。
「うわああああああっ! 本当に倒しちゃったよ!」
「あのサークル、マジで凄すぎ!」
「桜子ちゃーん! ちょーカッコいいよー!」
校舎のベランダで観戦していたらしい生徒達は興奮冷めやらぬ、という感じだ。温かい言葉と拍手に包まれた僕等四人は集まり、まずは何を言わず微笑んで頷いた。
「胸躍る日々とはまさしく、こういう瞬間でありますね」と、ディオネは語る。
「意味不明な展開だけどね。ま、そこそこ楽しめたかしら」と、リターニャも語る。
「あたしに……こんな力が」
自らのしたことが信じられない、と桜子は思っているだろう。
「どうだ? 無限の可能性と楽しさに満ちた世界は見えたか?」
「う、うん。まだマオ先生の言っていることを全部理解した訳じゃないけど……もっと自分らしさについて考えて、楽しく生きていこうと思います」
ありがとね、と僕の顔を覗き込んで伝えてくれて、自然に笑える彼女の素顔と対面できた。
「これからも頑張ってね。桜子が活き活きとして歌うアイドルになることを期待しているよ」
「え? みんなも一緒だよっ。まるで、どこかへ行っちゃうみたいなことを言わないでよっ」
……そうだったな。
土岐瀬舞於はいなくなっても、桜子には《僕》となるプレイヤーがずっと寄り添ってくれるんだったな。
「無粋なことを言ってしまったか。これからも一緒だったな」
「そうだよっ。リターニャやディオネとも、みんなで仲良くしようねっ!」
彼女は最後まで、自分がゲーム内の住人だという自覚はなかった。
だから、僕達との思い出も……消えていく。
マオとリターニャ、ディオネの名前を忘れ、各プレイヤーが付けるネームと既存のキャラクター名に置き換えられるのだ。
――されど、僕等には不満も悲しみもない。
「そうね。楽しい毎日を送りましょ。今度はライブもやりたいし」
「中止になったサークル対抗戦のフットサル、またやりましょう」
平凡以下なゲームシナリオの運命を変えられたことが、何物にも代え難い想い出に残っている。
「うん!」
そして、今回の想い出はここで終わり。フェードアウトしていく景色の中、線で繋がる星座のように……皆がキラキラと輝く星になった。
◆ ◆ ◆
現実世界に戻ると、丁度良いタイミングで出勤する時間だった。
今日は月曜であり、週初めの朝礼をすることになっているオフィスで、別チームのディレクターが僕の椅子に座って瑞嘉と話している。
「土岐瀬さん、おはよう。勝手に席借りちゃってごめんなさいね」
「いいですよ八代さん。トイレに行くんでそのままどうぞ」
ディレクターの八代さんは僕が大学生の時……アルバイトで入社してからずっとお世話になっている女の人だ。部下の面倒見がよく、瑞嘉とも仲が良い。
「……あ、そうだ。二人はアイドルスクールって知ってます?」
鞄だけ置いてトイレに行こうとしたが、アイスクのシナリオリライトにおける変化を確認しておきたく思い、二人に話を振った。
「ゲーム自体したことないけど、SNSでよく広告を見かけるね」と答えたのは瑞嘉だった。
「シナリオが独特で面白いらしいですよ。事務所に利用されたくないからって、アイドル同士で学校内で団結して……魔法の力で独立するみたいなストーリーですね。特に人気のあるメインヒロインの金森桜子が活発で、新しいアイドルステージを展開していく点が魅力的みたいです」
八代さんの話を聞き、僕達のリライトは無駄ではなかったことを知らされる。
「へえ……珍しいソーシャルゲームですね。普通、アイドルモノとファンタジーって別々で扱いそうですけど」
瑞嘉は飲みかけのペットボトルを置き、頷いてみせた。
「そうねえ。でも、差別化としては間違っていませんかねえ。開発したD社の今期純利益は過去最高で、アイスクはメンテナンスとかの問題もなく……最初から好評らしいですし」
プロデュースの狙い通り成功しているのが羨ましいですよね、と八代さんはポッキー(正確にはポッキーではなかったが、パッケージのロゴがよく読めなかったので、正確にはチョコレートを細いクッキーでコーティングした菓子)を齧りながら呟いた。乾いた良い音がした。
「差別化ですか。なるほどですね……」
背凭れに体重を預ける瑞嘉の椅子からキイキイと小さな悲鳴があがるのと同時に、僕のスマートフォンが連動したように振動する。胸ポケットから出さないまま画面を覗くと、リターニャと『至急の連絡よ!』のメッセージウィンドウが表示されていた。
トイレで用を済ませるついでに、聞いてみるか…至急って何だろう?
《社内だからメッセージで応答する》
《リターニャ:了解》
《洋式の便器に腰かけたままで恐縮です》
《リターニャ:音声認識しないとあなた側の映像が届かないから構わないわ》
《そうなると、排泄音に反応して僕の汚い姿を映像でお届けすることになるかもよ》
《リターニャ:その場合、スマホが自動で爆発して半径十メートル圏内は跡形もなく木っ端微塵になるから問題ないわ》
《問題ありまくりなのですが》
《リターニャ:冗談よ。お尻を拭いてズボンを穿いてから再度メッセージを送って頂戴》
《ディオネ:お二人とも、お下劣な話を淡々としないでください……》
シュールなやり取りをしてから、リターニャの指示通り排便を済ませた。排便を済ませたこと自体、語ることでもなかったと自省する。
《お待たせしました》
《リターニャ:はいはい。この前のアイスクではお疲れ様》
《どういたしまして。こちらで改変プログラムの適用状況を確認したけど、レヴァルシアの白兎と同じく評判高いソシャゲ―になっていたよ。でも僕は役に立ったのかな。基本、みんなに任せっきりだったけどさ》
《リターニャ:悪くなかったわよ。人生其物を教えてくれる先生みたいで》
《それは良かった。で、至急とは?》
《リターニャ:実はね、アイスクで出現したドラゴンのことなんだけど》
《あれか。D社の開発者は何を思って、あんな展開を用意したんだろうな。まあ、リライト後のシナリオでは、ファンタジーの設定を上手く調整できたらしいが》
すると、メッセ―ジの応答に少し時間がかかり……。
《リターニャ:と、思うわよね……》
意味深な返答をして、また言葉が途切れた。
《何か……説明し難い、ややこしいことが起きたのか?》
《ディオネ:まあ、そういうことです。詳しいことはリターニャ様と一緒に調査していますが、その……あのドラゴンは、わたくし達とは別の侵入者が用意した、別のシナリオだったのです》
代わりにディオネから告げられた事実は、確かにややこしいことだった。
《……それは本当か?》
《リターニャ:ええ。アイスクのプログラムをクロールで解析してみたけど、リライト前のゲームシナリオでは幻獣も幻術サークルも存在していなかったわ》
《では、僕と同じようにシナリオリライトが可能な人物がいる、と?》
《リターニャ:そう。私達のような空想的存在でなく、マオと軌を一にして現実の人間がアイスクに侵入していたようね》
《リライターは僕一人だけじゃないってことか》
《リターニャ:いいえ、違うわ。もう一人の侵入者はリライターと同等の能力を持っているけど、どうも方向性が、ね。あのドラゴンに……主人公プレイヤーのマオを『殺す』ストーリーラインが組み込まれていたわ》
《僕を殺すだって!?》
声が出そうになったが隣の個室にも人がいたので、口を押さえて我慢した。
《リターニャ:リライターの干渉……つまり、ゲームの妨害に対する妨害で元のシナリオを守る存在……『レギュレーター』こそ、私達の敵。気を付けなさい、マオ。あなたの目論見を良く思わない人間が、似たような力を手に入れているわ》
僕のシナリオリライトを止める者が……いる。
これは参ったと弱音を吐きたいが、それ以上に許せないという憤りの感情が強く、僕が戦うべき相手は固定観念に囚われたゲームプロデューサー乃至クライアント以外にも……。
いや……もしかして。
《その敵は同業者である可能性が高い?》
《ディオネ:と思われます。マオ様の能力に気付いたゲーム会社の関係者がいるかもしれません。目には目を、でしょうか》
やれやれ、と言いたいがここはトイレの個室。
黙って一回流した水を流し、頭の中を廻るこの悩みも流したのは嘘だった。
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