世界外からの支配

「あっ。マオ先生」

 三人で廊下に出ると、甘ったるいアニメ声に呼び止められて驚いた。

「きみは……?」

「もう忘れちゃったの。桜子(さくらこ)だよー。先生ったら最近、あたし達のサークルにちっとも来てくれないから、寂しいよー」

 ピンク色の長い髪が特徴である彼女は、いかにも恋愛ゲームで出てきそうなヒロインキャラだ。

「この子がアイスクのメインキャラクター、金森(かなもり)桜子ね。設定上、私とディオネの友人になっているわ」

 リターニャに耳打ちで助言してもらいながら、桜子とのやりとりを試みる。

「そ、それは悪かった。最近忙しくって」

「そりゃないよー。先生がいないと他のアイドルグループに勝てなくって困っているんだよー。リターニャとディオネもそう思うよねー」

 ガッカリしたように項垂れる桜子は、二人に同意を求めた。

「え、ええ。桜子さんのおっしゃる通りです」と、ディオネが受け答えしながら、

「ちなみに、私達はアイスクのキャラクター……護国寺沙羅と本郷京南の代理をやっているの。でも、名前はそのままで呼ばれるらしいね」

 このように、リターニャが適宜解説してくれる。

「頼むよーマオ先生。あっ、もしかしてー、あたし達に協力する見返りが欲しいの? まー、先生がそう言うならー、一緒にカフェでデートしてやってもいーかなー」

 これは……キャラ個別のルートに入っているのか、とリターニャに尋ねると彼女は首を縦に振った。

「にしても、この子の喋り方……何か変だな」

でしょ。きっと、桜子はテンプレのシナリオに飽き飽きしているのよ」

 違和感はそれだけでなく、本来であれはキラキラと輝くであろうアイドルの眼が濁っており、心から笑っていないことが読み取れた。

 金森桜子は……自分の意志で僕に好意を寄せているのではない。世界外から台詞を言わされているのだ!

「とーにーかーくー、一緒に遊ぼうよー。あたし達サークルの部室にはボードゲームもあるしー。それとも先にカフェでも行く? 猫カフェでもメイドカフェでも、何でもいいよー」

 駄々っ子のように僕の腕を引っ張る桜子は、やはり無理していた。その笑顔が引きつっている……。

「個別シナリオが無駄に多い分、キャラクターのカードデザインが豊富なのよね。結果的にカードガチャも多くなり、課金重視のゲームになっているらしいわ。つまらないゲームでお金のない未成年から搾取する……これがお前らのやり方か、といった非難の声が聞こえてくるわ」

「辛辣な意見ですけど……事実なのかもしれませんね。実際に、桜子さんは与えられたストーリーラインに対して否定的になっています。主人公との好感度が上がる個別イベントでも、選択肢のない一本道の上を走らされているような気がしまして……」

 ディオネの表現も誇張ではなく、金森桜子の戸惑いを的確に言い表していた。

 彼女を楽しませるシナリオを……考えなければ。

「マオ先生ってゲーム得意? リターニャとディオネもいるから、四人プレイのやつで何かしよっかー。それから、他のサークルとゲームで勝負をするバトルをしよー。いやー、我ながら完璧な計画だねー」

 アイスク(アイドルスクールをそうやって省略するらしい)のゲームシステムを今一つ理解していないが、桜子の話を聞いているとやはり……設定がガバっているように思える。

「このまま実のない話をし続けても無意味よ」と、リターニャが僕の肩を叩く。

「となれば、レヴァルシアの白兎と同様、既定のストーリーラインから逸脱する行動を取るべきか」

「御名答。取り敢えずは、私に任せて」

「どうする気だ?」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる彼女は、事前に対策を考案していたようで、逡巡することなく答えた。

「アイドルの生徒と仲良くなるシチュエーションなんて、通常では有り得ないじゃない。可能性で言ったら小数点以下よ」

「確かに……」

「それが……イベントに突入したら、どこの馬の骨かわからない思考停止したユーザーと百パーセント仲良くしなければいけないなんて、桜子も不本意なはずよ」

「ちょっと言葉に気を付けようか」

「いいのよ、これくらい言っても構わないわ。でね、シナリオの難易度向上を含めて、私が用意した大量の選択肢をここに組み込むから」

 不適切な発言がいくつかあったが、リターニャは強引に話を進める。両手をパンと叩いた彼女の合図で、僕と桜子の間を遮る壁……。

いや、これは選択肢だ。視界全体を覆う選択肢が、大画面のディスプレイを埋め尽くすように縦横へ並んでいる。

「昔、画面全体に同じ選択肢がギッシリと並ぶ怖い演出みたいなことをしたPCゲームがあったな……」

「全部同じでも面白そうだけど、既定のシナリオを徹底的に乱したいから別々の選択肢にしたわ。さあ、片っ端から選んで」

 ラディカルな変化をもたらしてくれた選択肢の項目に、僕は一つずつ触れた。そして、その度に桜子は感情を無にした口調で間断なく回答する。

 

《アイドルと言えば枕営業の闇がちらつくけど、桜子はどう思う?》

「業界特有の悪しき風習だねー。あたしは絶対しないけど、いつか他のグループがプロデューサーに抱かれている噂を聞くんだろうなー」


《アイドルが芸能界で活躍したいのって、本業よりも女優に興味があるからじゃない?》

「舞台や演技に興味があるって言うアイドルは要注意だよねー」


《一昨日の朝ごはん、何食べたか覚えてる?》

「トーストかなー。たぶんねー」


《売れるアイドルに必要なのって、ルックス以外に何かある?》

「正直、運もあるけど……ルックスは必要条件じゃなく最低条件な気がするよねー」


《じゃあ、逆に売れないアイドルに共通していることは何だと思う?》

「ファン層に求められていることを理解していないんじゃない?」


《三日前の晩ごはんは覚えてる?》

「ごめんねー、覚えていないやー」


《政治番組でたまに出演する現役女子高生について、どう思う?》

「よく分からないダミー会社の社長をやっているイメージがあるかなー。あと、そういう人って自分のことを可愛いって思う根拠のない自信があるよねー」


 異常なのは豊富な選択肢だけでなく、その質問内容もだった……。

「どうかしら? 徐々に桜子も心を開いてくれそうかしら?」

「うーん。ジャンルの選定が顕著なので、エンタメ系などを選択項目に入れてみた方が良さそうかもしれませんねえ」

 そして、二人の真面目さも以上であった。

「……全員がボケ役だと、事態の収拾がつかないのですが」

「全然ふざけていないわよ。私達は桜子の本心を引き出そうとしているだけ」

「その本心がアイドルの闇と食事の二択しかないって、どういうことだ?」

 でも、アイドルに対してアイドルへの悪言を引き出すのは新しい試みだといえる。

 リターニャはどうにかして……使い古されたシナリオを変えようとしている……そんな彼女のあがきが伝わった。

「なんか変な話ばかりだけど、マオ先生なりの冗談なのかなー? 私を楽しませようとしている姿勢、好きだなー」

 依然として抑揚のないアンドロイドのような声に、ディオネが反応した。

「主人公であるマオ様がどう話そうとも、桜子さんから好意を寄せられるのですね」

「個別シナリオで求められていることだからな」

「ですが、それでは単調でつまらないって思いません?」

「書いている立場でも思うさ。こいついつも主人公に惚れてんなって」

「では、ちょっとした注意書きでアクセントを加えてみましょう」

「注意書き?」

「はい、例えば桜子さんのメッセージの続きに『※ただし主人公のあなたがイケメンであればの話でありまして、顔面偏差値五十以下の場合には間髪入れず好感度が下がり、邪な思いを懐いているようであれば、即座にヒロイン及びPTAから批難される教師として停職を余儀なくされますので、まずは御自身の顔面を鏡でお確かめください』と記載するのは……」

「頼むからやめてくれ。キャラクターの現実的な反応を考え過ぎたあまり、ユーザーを容赦なく貶しているぞ」

「……むー、なかなか良いアイデアだと思ったのですが、マオ様のライティングセンスには合わなかったでしょうか」

 主観的判断でなく、一般論による抑止なんだけど……と半ば呆れつつ、こいつら馬鹿やってんなと桜子から思われてやしないだろうかと思い、先に謝っておいた。

「申し訳ない。二人は中途半端でなく全力で真面目にふざけているから、許してやってくれ」

「不本意だわ」「不本意です……」

 咎められた二人は肘で僕の脇腹を攻撃してくる。三人でじゃれ合うシナリオは全くもって不必要だと思ったが、


「……あっはっはっは! 今日のマオ先生、ちょー面白いー!」


 これまでになく、桜子は口を大きく開けて笑ってくれた。

「よく分からないけど、いつもと違う感じがするねー。新しい日々って感じ? 気分が良いから、きっとサークル対抗戦も上手く行きそうだよっ!」

 じゃ、放課後はよろしくねー、と一方的な約束をした桜子はスキップで廊下を走り抜け、去っていった。

 支離滅裂なリライトは無意味ではなく、どうやらこの世界のキャラクターに前向きな変化をもたらしてくれた……のか?

「桜子を心の底から笑わすことができたのかもな。それか、馬鹿やってる僕らが笑われているだけ?」

「どちらだって構わないわ。単調なシナリオにイレギュラーが生じ、面白いって気持ちにつながってくれれば有意義な訳よ」

「悪くない考え方だけど、あの選択肢はどうしたのさ。アイドルに対する卑屈のパワーが尋常じゃなかったよ」

「マオが思うアイドルのイメージを私なりの言葉に置き換えた成果よ」

「きみが思う僕は相当ひねくれた奴なんだな」

「軽い冗談よ」

 逆に僕が思うリターニャ・ガードレッドは、キャラクター設定から逸脱していない女の子だった。一貫して涼しい顔でやり過ごし、生真面目な姿勢を崩さない。

「リターニャはいつもクールだな」

「当然よ。腐っても女騎士だもの。今はアイドル兼女子高生を演じるアクターね」

 先に教室に戻って次の授業の準備をするわ、と言ったリターニャはその場を離れた。

「役作りに熱心でありますね。本当、リターニャ様は責任感のある立派な人です」

「ディオネもそう思うか。自分がキャラクター設定をしておいてアレだけど……リターニャはちょっと真面目過ぎるところもあるな。努力の方向性は別として……」

「ですねえ。桜子さんと違って、リターニャ様は異性への好意とか恋愛とかも、無関心でしょうねえ」

「恋愛、か……」

 リターニャはレヴァルシアの白兎においてメインキャラの一人であるが……正確にはヒロイン枠から外れている。ディオネの想像は設定に違わず、リターニャ・ガードレッドは男性に対し恋心を懐くことはない。

 何故なら、《僕がそう決めたからだ》。設定書へ明確に、彼女はクールな女騎士であり、恋とは無縁であると記載したからだ。

 彼女の場合は……そう簡単に感情の変化を見せないだろうな、と僕は決めつけていた。

 決めつけていた、という僕の言い方は不自然だっただろうか? 

 どうして、勘違いしているみたいな感じで……自分の意見を自分で否定しているみたいな……判然としない言葉を選んだのだろう。

 それは多分、僕は……性格と外見を世界外より固定されたキャラクターではない、非合理的な感情を有する人間だから……と、勝手ながら自己解決させていただいた。

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