第二章 クローラー 《アイドルスクール》

劣後的ソーシャルゲーム

《アイドルスクール あらすじ》

 ティーンエイジャーのアイドル人口が増加していく昨今……飽和状態にあるアイドル業界において淘汰の促進が望まれるようになり、アイドルを競い合わせることも重要になっていた。

 そこで、実験校として……ライブやリリース活動を賭けたサバイバルを主体としたアイドル限定の学校――『アイドルスクール』が東京都内に設立された。

 アイドルスクールは単なる女子校のカリキュラムに留まらず、アイドルとして活躍するために必要なレッスンのほか、各グループとのバトルセッションや外部投票を通し、学校内で最も優秀なアイドルグループを決めることを目的とする。

 

 殺伐としたアイドル同士の戦いをサポートするのは、誰でもない新任教師のあなたであった――。

 

 ■  ■  ■

 

「……ポエニ戦争は第三次まで続くことになるが、第二次ポエニ戦争のことを別名で何て呼ぶか……」

 チョークの音を立てているのは僕であり、教壇の上に立って静かにしている女子生徒達の様子を窺っているのも僕であった。

 半開きの窓から心地よい春風が教室に入り、ウトウトしている生徒もちらほらいる。

 少し昔、僕もああやって授業を受けていたと思うと、立場の変化に特別な感情を懐かないと言ったら嘘になる。

 ただ、ここは現実ではない。僕は教師ではなく、教師役であるのだ。

「……ガードレッド。リターニャ・ガードレッド、解るか?」

 指名した相手は、以前に拝見した時と恰好を変えていた。

 郷に入っては郷に従えと言われるように、彼女はアイドルスクールの制服を着ていた。紺色のブレザーとワインレッドのネクタイが似合っている。

「カルタゴの将軍名をつけた……ハンニバル戦争だわ。でも、結果はローマ軍を率いていた大スキピオに負けたわね。えっと、その最後の戦いの名前は――」

「――ザマの戦いであります、リターニャ様」

 リターニャの隣の席に、これまた生徒役でいるディオネが座っていた。リターニャの顔を立てるように、ひそひそ声で助言をした。

「……そう! ザマの戦いだったわね」

 閃いたように声をあげたリターニャはウインクをディオネに贈り、ありがとうと伝えたようだ。

 こうして、僕はアイドル達に日々、勉学や人生論について少しずつ教えることにやりがいを感じるだろう……。

 

 ――な訳がなく、僕は欲しいのはJKアイドルとの想い出ではなく、このソーシャルゲームの正しいシナリオであるから、彼女達とこのソーシャルゲームへ侵入したのだ。

 であるので、短い回想にお付き合いいただければ、と思う。

 

 □  □  □

 

 レヴァルシアの白兎におけるリライト後の世界的改竄を知ったその日、僕はリターニャ達と協力する約束をした。

「きみ達に出会えたのは奇跡であり、今も続いているその奇跡を無駄にしたくない」

「じゃあ、今後もいろんなソーシャルゲームのリライトをしてくれるのね」

「レヴァルシアの白兎みたいに、良い結果を得られれば……リライトをしない理由はないだろうね」

 夕陽が差し込む休憩室で昼飯のカップラーメンを食べながら、スマートフォン上の会話に慣れてきたところだった。

「早速、ディオネと私でWEB上のクロールをしてみるわ」

「クロール?」

 イントネーションが泳法のクロールと違っていた。

「わたくし達はサイバー空間を自由に探索できる力があるようです。特に……低価値なシナリオを含むソーシャルゲームを探知することに長けていますが、探索活動のことをクロールと呼びます。それがクローラーとしての能力ですね」

 信じ難い話であるが、現に僕は信じ難い架空世界への転移を経験した。だから、ディオネの見識を受け入れられる。

「前から言っていたクローラーってのは、そういうことだったのか……」

 ただ、一つ引っかかりがあって……クローラーという言葉を前々から聞いたことがある気が……何で? 何処で?

「リライターとクローラーが協力することで、駄作なシナリオの改変プログラムが適用されるわ。流れをまとめると――」

 話を続けるリターニャに、僕の疑問は一時的に頭の角へと追いやられた。


 一 まずは私達がネット上を探索し、シナリオリライトを優先的にするべきソーシャルゲーム……つまり、ゲーム内のキャラクターにとって不満であるシナリオを見つける。

 二 リライト対象のソーシャルゲームを見つけたら、私達がマオをゲーム内の世界へ誘導する。

 三 マオが主人公(プレイヤー)としての立場を演じながら、シナリオを改善するための行動を取る。

 四 シナリオが変わり、ゲーム内のキャラクターが満足のいくストーリーラインへと変更できた段階で、未来乃至過去改変プログラムが適用される……。

 

 僕が創ったキャラクターだけあって、リターニャが考えるシナリオの評価基準に相違はなかった。

「ゲーム内のキャラクターにとって望まれないシナリオ……それを探知する力、か」

「私やディオネのような犠牲者を救うために、クローラーという役割が与えられた……そう信じているわ」

 超現実の世界に根拠がなくても、リターニャは瞳を輝かせて一つの使命を背負っている。

 僕は彼女達の期待に応えたいが……今回、レヴァルシアの白兎で実際に主人公になった僕は魔物と戦い(厳密にはチュートリアルだけだったけど)勝ったものの……。

「僕もシナリオに殺されたキャラクターを救いたい。けど、ゲーム内に侵入した僕がゲームオーバーになったりしたら、僕自身が死ぬ可能性は――」

「無いわ。通常のソーシャルゲームでもリトライできるでしょ? というより、実際にゲーム内で主人公が明確に『死亡する』設定なんて稀だしね」

 それを聞いて安心した。生温いソーシャルゲームのシステムや世界観がそのまま適用されているのであれば、リスクは除外される。

「リライトがどういうものか、取り敢えずは解ったよ。後は実践かな」

「オーケー。数日くらいかかりそうだけど、クロール探索で見つけ次第、あなたに連絡するわ。あ、私達のことやリライトについて、あまり現実世界で口外しないでね」

「大丈夫だ。そもそも、誰一人信じてくれそうもない夢物語だしさ」

 それもそうですね、と言ったディオネは頬を緩ませ、手を振ってくれた。

「じゃ、頼んだわよ」「また、お会いしましょう」

 ディスプレイが暗転し、いつもの待受画面へ戻った。

 時代が生んだ拙いゲームシナリオを書き換える力について実感するのは、まだまだ先の話になるだろう。未だに夢を見続けているような……フワフワと空中を漂う幽霊みたく、僕の心は所在なく彷徨っていた。

「お疲れ様。またカップラーメン、食べているのね」

 色濃い現実へと引き戻してくれたのは、休憩室へ入ってきた瑞嘉の声だった。

「不健康だから止めなさいよ、って思ってる?」

「そう言われることを予期しているんだったら、食生活を見直せばいいのに」

 正論を言う瑞嘉は、特保の緑茶と玄米ビスケットを持参していた。僕の隣に腰かけて、柔らかいソファーに深くうずもれる。

「それ、おやつ?」

「立派な昼食だよ」

「失礼ですけど、ダイエット中ですか?」

「私、そこそこ痩せてるよ。今はダイエットの必要はないの」

「ストイックな軽食だな……」

 僕はあまり理解できない小食であったが、瑞嘉にとっては普通のことらしい。

 彼女がビスケットをポリポリと齧っている音を聞き、しばらくボーっとしていると……置き去りにしていた一つの疑問が思い起こされた。

「瑞嘉、クローラーって聞いたことある?」

「うん。WEB上のサイト情報を収集するプログラムのことでしょ」

 WEBマーケティングやコンテンツ制作に詳しい彼女は即答した。そうか、瑞嘉から前に教えてもらったんだっけ。

「SEO対策にとって重要なやつか」

「そうそう。グーグルさんのクローラーに検知してもらえないと、検索順位が上がらないのね」

 現実のWEB上に実在しているクローラーと、リターニャ達のことを示すクローラーは似通った役割を得ていた。

 彼女達の行動に漠然としたイメージが広がる。サイバー空間を泳ぎ渡る二人は、廻り合ったソーシャルゲームのシナリオテキストデータを収集して、登場するキャラクターの満足度を分析している……のかもしれない。

 ともあれ、今の僕は待機しかすることがない。どんなソーシャルゲームに呼ばれるのか、興味と不安が入り混じる……。


 それから二日後。予定通り、僕はリターニャとディオネの要請により、二回目のソーシャルゲーム侵入を試みた……。

 

 □  □  □

 

 世界史の授業を済ませたが、休み時間に入っても僕は教室に残っていた。教壇まで来た二人へ、状況確認が求められたから。

「このゲーム……アイドルマスター、だっけ?」

「違うわよ。アイドルスクール。まあ、アイドルマスターのパチモノみたいだけどね」

 スカートの裾をつまむリターニャは成人を迎えているものの、どこからどう見ても海外から留学してきた高校生であった。

「……マオ? 私のことジロジロ見て……やっぱり制服、似合ってないかしら」

 しかし、本人は外見の良さに気付いておらず、自分の実年齢に対して懸念を覚えていた。

「いや、似合っているさ。本格派の現役女子高生アイドルで通用しているよ」

「お世辞は止めてちょうだい。本音を伝えてくれていいのよ」

「嘘は言っていない。二十一歳であるにしても、まだまだ若いから全然普通だよ」

「そうかしら? 人によっては『十八歳を超えたら賞味期限が切れたも同然』と見做す場合もあるから、不安なのよね」

 真面目な顔で息を深く吐くリターニャは、僕を笑わせようとしているのだろうか。冗談でなければ、彼女が認識している男性にはロリコンが一定数いる……?

「それで、アイドルマスターの完全下位互換とも評されている本ゲームですが……」

 と、ディオネが脱線した話を修正。

「随分低評価なのか」

「みたいですね。まずはこちらのまとめサイトをご確認いただきたく思うのです」

 一般的なノートパソコンより一回りほど小さいタブレットで、ディオネからネット上の口コミを見せてもらった。アイドルジャンルのゲームは専門外なのであまり知らなかったが、評判だけ見ると――。

「まあ、キャラだけが可愛くって後は全然ダメって感じか。恋愛シミュレーションの中では多分、典型的なクソゲーに位置付けられるぞ」

「はい……『シナリオ自体、他のゲームのパクリ』とか『アイドルの卵が簡単にメジャーデビューしている現実感の薄さ』のほか、この学校の特色である各アイドルグループが、サークルとして戦っていくことが挙げられますが『サークル対抗戦のイベントが稚拙』という意見も散見しておりますねえ」

 このゲームの住人でなくても、ディオネは落ち込んでいた。

 休み時間を自由気ままに過ごす他の生徒達は、確かに可愛い女の子を寄せ集めた感じがした。でも、その子達が心の底から本当に楽しんでいるかどうか、とても疑わしいのだ。

「配信されてから二ヵ月程度なので、まだまだユーザー獲得のチャンスはあります。運営側が諦める前に、キャラクターが楽しめるような画期的なシナリオをマオ様の力で創りましょう」

「アイドル物は苦手だが、仕方ないか……」

 多少のやりづらさは我慢して、ゲームシナリオの問題点を具体的に見つけていこう。そうリターニャに言いかけたが、彼女は腕を組んでずっと考え込んでいた。

「ねえ、マオ。あなたのいる世界って、恋愛対象の基準は二十代以下でなく……高校生以下……下手したら中学生以下で語られることも多いのかしら?」

「まだ心配していたのか……」

 意外にもリターニャは、自分の年齢がゲームキャラの割には高いことを気にしているようだ。

 お姉さんキャラにとってありがちなコンプレックスであるが、リターニャのステータス設定に入れていたかどうか、僕の記憶は定かでない。どちらでもいっかと流してしまえば彼女が怒りそうなので、黙っておいた。

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