第14話 消える遺跡と…
デゼールロジエを擁する広大なトルッペン砂漠。
いくつものキャラバンが協力しなければ越えられない、という過酷さから名付けられたその砂漠には、かつて抗争の中で滅びていったいくつもの国が在りし日を
エスタが馬車を走らせたその都市の残骸――遺跡には、前史における抗争によって滅びた地に長らく住んでいた者たちの子孫が身を寄せ合っている。
「遺跡の民」と総称される彼らのような者たちは、エデンの誕生を皮切りに生み出された新しい秩序に適応できずに追い払われた者として伝えられていた。
エスタに連れられて遺跡を訪れたカイルは、唖然として目の前に広がる光景を見ている。
無論、その遺跡に警戒心を向けていたルキウスも、そして食料の補給のために知己のいるこの遺跡に立ち寄ることを決めたエスタもまた、カイルと同じ驚きと共にその場所に立っていた。
遠くから見たときには確かにあったはずの遺跡が、そこにはなかったのである。
跡形もない砂漠。
そこには、荒涼としてすらいない、むしろ整然とした静寂すら感じるほどの砂漠だけが広がっていた。
「おかしい……、一応座標もこの辺りだし、大体の場所は記憶しているはずなんだがな……」
「いや、だってさっきここに見えてただろ!? それがなんで……!」
普段冷静なエスタも、かなり驚いたのだろう、首を
そしてルキウスの声が、3人の中に流れる緊張感をより強めていた。
そう、異常だったのは遺跡の消え方だった。
遠くからは見えていた。だからこそ、ルキウスはそこから自分たちを見る何者かに気付いたし、エスタは
馬車で近付いていくときにも、遺跡は見えていた。それは、誰の目にも明らかなはずだった。
しかし、到着した途端に、見えていたはずの遺跡は幻のように消えていた。いつの間にか消えた、という方がいいだろうか。3人のうち誰も、遺跡が消えた瞬間に気が付かなかったのである。
それでも、自分たちの行く手で何かしらの能力が使われたことだけは察しがついた。そして、自分たちにこうした力を見せてくる者は、恐らく……。
「エデンからの、追っ手……?」
呟くルキウスの声が弱々しい。
カイルも、その単語に戦慄せずにはいられなかった。
デゼールロジエで遭遇した魔族の少年の、こちらを嘲笑うような顔が脳裏に浮かぶ。その後カイルに向けた、混じり気のない怒りと殺意も。
「いや、恐らくお前さんたちが会った追っ手ではないだろう」
震え上がるカイルに、エスタが言う。
「これは爆発したとかそういう類のものじゃない。ここには何もない。そんな消え方だ。もし先回りして爆破されたのだとしても、瓦礫の1つや2つは残っているはずだろう? だから、少なくとも遺跡を消したのはそいつの能力ではない」
冷静な口調を取り戻してカイルに言うエスタではあったが、その内心が穏やかではないことは傍にいるカイルに伝わってしまっていた。仮に先日の少年ではなかったとしても、得体の知れない能力が自分たちの目の前で使われていることは確かであり、エスタの言葉だけでは不安を晴らすことはできなかった。
このままここで手をこまねいているわけにはいかない――エスタは遺跡での食料補給を諦め、テラニグラを目指そうとした。途中で他の遺跡を見つけたらそこで補給できるように頼んでみればいい。もっとも、このトルッペン砂漠にある他の遺跡は、エスタが目指した所ほどの大きさはなく、集落と呼ぶのが妥当な大きさではあったが。
「よし、あまり長居もしていられないからな。馬車に乗るぞ! 単に場所を間違えたって可能性もないではない……からな」
エスタの声に従い、馬車に乗ろうとしたカイルは、突然ある可能性を思い立ってエスタに声をかけた。
「エスタさんの能力って、たとえば幻覚とかを見破れたりってしませんか?」
「幻覚? ……はっ!」
何かに気付いた表情をしたエスタは、「そういうことだったか! 確かにこの辺りも荒れてきたからなぁ……」と小さく呟いて頭を掻きながら、能力を使う。
「……2人とも、こっちに来るんだ。入り口が見つかったぞ」
言いながら、何もない方角へと歩き始めるエスタの姿を、そしてエスタに能力を使うように言ったカイルの安堵した横顔を、ルキウスは訝しげに見る。彼には、エスタの指し示した場所が何もない砂漠にしか見えていないからである。
それはカイルも同じだったが、エスタの言う「入り口」に向かってルキウスの手を取って歩き始める。
「なぁ、カイル!」
「たぶん大丈夫だよ、ルキウス。エスタさんが行った先から遺跡に入れるはずなんだ」
カイルは恐らく、「エスタについて見えもしない入り口とやらに向かって大丈夫なのか」とルキウスの言葉を解釈したのだろう。そして、安心して、と訴えるように笑顔を向けている。ルキウスが言いたいことはそういうことではなかった。しかしその笑顔を前にすると自分が感じた疑問などは些細なことのように感じたし、何よりいつまでも外にいたくはなかったので、「入り口があるなら入ってやる」くらいの気持ちでカイルの後に続くことにした。
――何で、幻覚かも知れないなんて思ったんだ?
だからルキウスは、一応質問の口調だったものの、いつもとは違う、まるで別人のように確信に満ちていたカイルの口調に対して抱いたそんな疑問を意識の片隅に追いやってしまった。
最果ての景色 遊月奈喩多 @vAN1-SHing
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