砂漠の街、デゼールロジエ

第5話 砂漠の街に

 砂塵の彼方に見えてきた小さな街に気付いたのは、当然のことながら御者台に座って前方を見つめていたエスタだった。

「ほれ、見てみろカイル。街が見えてきた。夜になる前に着いてよかった」


 促されて見た街は、広大な砂漠の中に置き忘れられたように見えた。しかし、周囲に点在するかつて誰かが生活していたことだけを窺わせる石造りの遺跡群を見続けてきたカイルには、その賑わい――命の気配――が遠くからでもわかるようだった。

「さっきも言ったと思うが、今日はあそこで宿を取る。心配するな、収容所の連中もまさかオレがお尋ね者を連れ出してるなんて疑いっこない。いや、疑うことなどできまいよ」

 それに一応、普段は通らない道で来ているからな――と呟くエスタ。少し申し訳なさそうに俯くカイルだったが、街に入るや否や驚愕の連続だった。

 まず、これは見た瞬間わかったことだが、その街はカイルの生まれ育ったエデンと比べられないほど狭い場所だった。細分化されていたエデン居住区の比較的小さな一区の中に収まってしまうくらいの面積だった。また、照りつける太陽が湖を涸らす光景も、居住区の至る所に噴水があるのを当たり前に見ていたカイルには驚くべき光景だった。その底には、水源を探す数人の屈強な男たちが傍らにつるはしを置いて少しの昼食をとっている姿が見える。


 そして、カイルの目に留まったのは、この一見するとエデンよりも数段規模の小さい砂漠の街にあるほぼ全ての設備が電力で作動していることだった。

 住民以外は機械馬を街に乗り入れることが許されないので、カイルたちが砂漠の街に着いて最初にしたことは、エスタの愛馬「IAR‐3型02135」を機械馬専用の格納庫に預けることだった。エデンでもエスタは格納庫にこの愛馬を預けており、カイルが最初にエスタが持つエデン門番への影響力を実感したのも格納庫だった。そこの管理人はエスタを見るなり平身低頭出迎え、極めて丁重に馬をエスタに引き渡していた。その光景を荷物に紛れて見ていたので、また「管理人によって馬の扱いが違う」というエスタの愚痴から、カイルは馬の格納庫には管理人がいるものだと思っていたのだが、その街の格納庫は違った。

 まず、誰もいない。戸惑うカイルの目の前で、壁や天井から伸びるアームが機械馬から荷台を取り外し、袋や鞄に詰められた荷物を「荷物受渡所」というプレートの下がったデスクに乗せる。そして床がせり上がって、エスタの愛馬は入り口正面に5つ並んだうちの1番右側の個室に導かれていった。

 エスタから聞いたことには、この格納庫では機械馬の点検や修理、更には照明や空調の調節や燃料補給など、個々の状態を把握して行われる比較的繊細な作業も、全て人工知能を搭載したコンピューターがセンサーなどを使って管理しているのだという。エデンでさえこうした設備はない。驚きを隠せないでいるカイルの横で、エスタが口を開く。

「カイル、周りを見てみろ。屋根やら風車の羽根やらに付いているあのパネルあるだろう、あれは全部ソーラーパネルってやつだ」

「全部、ですか?」

 ソーラーパネル。カイルがそれを知っているのは収容所に入れられる前に通っていた学校で習った人間史の中だけだ。


 エネルギー源となる太陽光が枯渇することも環境を害することもないとしてかつて注目されていた――と説明されている。しかし、ソーラーパネルそのものの生産に大きなコストがかかることと、それにも拘わらず太陽光をエネルギーに変換する効率が低いことが原因で、エデンではかなり昔に廃れた産業だといわれていた。

「しかし、このデゼールロジエでは違う。そもそもエデンにはテラのように安定した電力供給源があるが、ここは何せ小さな街だ、中央にある発電施設も予算の関係で稼働がまちまちになりがちでな。そこで注目を集めたのが太陽光発電だ。腐食や酸化を防ぐ加工を施した素材を使うことで維持コストを下げ、更に人工原子を使うことで太陽光をほぼ余すところなくエネルギーに電気にできている。

 しかも、ここでは滅多に雨が降らない。曇りになることすらごく稀だ。そういう事情やら環境が幸いして、この街で電力が不足するなんていうのはありえないくらいになったそうだ」

 後ろ手に『すぐにわかるデゼールロジエの歴史』を隠したエスタの説明の半分以上はカイルの理解を超えていた。しかし、そう言われて周りを見てみれば、機械馬の格納庫以外の所も多くが電力に頼っているようだった。

「まぁ、暗くなればこの街の凄さがもっとよくわかるってもんだ。今はとりあえず宿を探そう。少し休まないと体が持たん」 

 大きな荷物はエスタが持ち、まだ目覚めないルキウスをカイルが背負って宿を目指す。街の入り口付近にも大きな宿がたくさんあったが、エスタはそこを素通りして中の方へと向かっていく。「ああいうホテルは高過ぎて手が出んのだ」と言うわりにその日焼けした顔がにやついている。その理由を知ろうと辺りを見回したカイルの目に入ったのは、『準備中』の電光掲示板が表示されている飲食店街だった。営業時間はいずれも深夜帯をメインにしている。

 店の看板を見て自分たちが今どういう道を歩いているのかを悟ったカイルは思わず店から目を逸らし、結果として地面を見つめて歩くことになる。

「何だカイル、お前さんはこういう店に行かんのか?」

 カイルの反応を目聡く見咎めたエスタがからかうような口調で問いかける。

「い、行きませんよ! 僕未成年ですよ!?」

「いや……、そんな店ばかりでもないんだがな。まぁいい、じゃあ今日オレと一緒に行ってみないか? いい社会勉強にはなるだろう」

「そのにやけ顔を見ると不安しかないので遠慮します」

 必死な口調で断り続けるカイルの反応を楽しむようにエスタは更に何度か店に誘いかけて、最後に「むむっ」と言って安ホテル――といってもそれは価格のことで、設備については世界中探したって類を見ないくらい充実しているとはエスタの言である。エデンを出たことのないカイルには今一つ実感できるものではなかったが、その後ホテルで過ごすうえで彼らが不自由することはなかった。

 ホテルは高級感の漂う内装で、廊下を歩くのにも何となく気後れしてしまうカイルだったが、エスタは淡々とカードキーの部屋を目指す。ルキウスがカイルの背中で目を覚ましたのは、4階の角部屋に着いた直後だった。


「――――――っ、な、なっ…………!?」


 徐々に覚醒してきたのだろう、自分がどういう姿勢でどういう状況になっているかを認識したルキウスは、カイルを中央収容所から連れ出したときに見せた自信など微塵も感じさせないほど狼狽ろうばいし、「な、何だよこれ! 離せ、もういいから、離せって」と叫びながらカイルの背中で暴れた末に、結局二人して倒れてしまった。それでもルキウスの赤い目は見開かれ、まだ動揺から覚めていないらしい。その姿をエスタは笑いを堪えながら、隣でゆっくりと起き上がったカイルは目に涙を溜めながら、見つめている。

「な、何だよ」

 2人の反応にたじろぐ――エスタには恨みがましい視線を送る――ルキウスに、カイルは涙ながらに抱きついた。

「ルキウス……! よかった、よかった……。ずっと起きなかったから、もう目を覚まさないんじゃないかって……」

「は、はぁ!? な、ど、どうしたんだよカイル! いや、ちょっ、おまえ離れろ! 離れろってば! 重いから、重いからっ!」

「よかった、ほんとによかったよぉ……」

 カイルは疲れて眠るまで、ルキウスに抱きついたまま泣きじゃくっていた。

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