第40話 神殺しのススメ・3
「国っ……!!」
「王……っ?!」
「陛下!」
最初から順に、半信半疑だったロダス、寝耳に水のリアン、嬉しそうに駆け寄るナタリアである。
ナタリアが寄り添うのは、すっかり日焼けし、無精髭をはやし、なんなら土埃で汚れたシャイアその人である。一ヶ月の潜伏行動でだいぶ様変わりしていたが、茶目っ気のある表情や溢るる陽気は変わらない。
バルクと一緒に来たのはシャイアだけでは無い。
アッガーラのボスコに、カレン、ニシナ、ソルテスが其々ローブを脱ぐ。
あの日の面々がようやく一同に介した。
シャイアがナタリアの細い肩を抱いて微笑みかける。
「ナタリア、君をあの遊び人にくれてやる事にならずに済んでよかった」
「待て待て」
「大丈夫ですわ、シャイア様。私はあなたの御庭番です、いざとなったら縛って逃げます」
「こらこら」
「何か不埒な真似はされなかったかい?」
「話を聞け!」
痺れを切らしたリユニアが立ち上がって止めた所で小芝居は終わりだ。
まぁまぁ、とシャイアが臍を曲げたリユニアを宥める。彼なりに再会を楽しんでいただけだ。
「こうして遅れたのには訳がある。そして、ルルイエ辺境伯と鉢合わせる危険を冒しても今現れたのにも、だ」
シャイアが表情を改めてリユニアの執務机の側による。
自然と皆寄ってきて、輪を作る形になった。
「まず、リユニアにやって欲しいことがある」
何度目か分からない作戦会議の始まりだ。
ルルイエ辺境伯とリユニア王との謁見は簡単に済んだ。
「では、此度の食糧流出について貴公は関係無いというのだな?」
「はい。知らぬ間に領民の心に隙ができていたのでしょう。領主としてどんな厳罰をも覚悟しております」
領民が勝手にやったこととはいえ、それは領主の責任になる。
リユニアは少し考えると、追って沙汰する、と申し伝えた。
「私はまだ戴冠式を済ませていない。このような大きな裁定は明日以降でも構わぬだろう」
「ご温情、感謝いたします」
下がって良い、と言われたルルイエは流れるような動作で執務室を出て行った。
これで布石は揃った。
リユニアは、事前に食糧流出問題についてルルイエ辺境伯に詰問している必要があった。でなければルルイエ辺境伯をあとから裁いた時に、ただの乱心と取られてしまうからだ。
(シャイアの言が本当ならば……ふむ)
リユニアがやっておいて欲しいと言われたことの二つ目は、千里眼の開眼とある降霊術である。
アシュタロスは降霊術と知恵の巧みな神である。その権能がリユニアに残された今、彼も降霊術は使えるようになっている。
だから、リユニアは千里眼を使って壁向こうを見通してみた。
すると、いた。
壁が迫って後ろに抜けていく。そのまま通路を歩くルルイエ辺境伯を見つけ、その隣に見つけた。
ルルイエ辺境伯の息子、アルージャ少年だ。
戴冠式を見せようという建前で、ルルイエ辺境伯が連れて来たのだろう。
(アレが次の器か)
シャイアたちの調べにより、ルルイエ辺境伯には息子がいること、そしてルルイエ辺境伯の体は別人になっているが、中身は神代の時代のルルイエその人であると知れている。
これを調べられたのは、シャイアの千里眼をアシュタロスが開眼させた事が大きい。リユニアにも同じ目があるというのも、シャイアは見抜いていた。アシュタロスの置き土産の一つだろう。
今まで目を細めて見ていたものを、両の手をはっきり見開いてみる事が出来るようになった、という。
壁向こうも、本当に千里先の物事も、相手の考えも見えるという。
リアンの調査で『戴冠式の日に星辰の並びを合わせる』日程にしたのは、ルルイエ辺境伯が城落としを企てないようにである。これならば安全に城に入る事ができる。
そして、シャイアたちは調べを尽くしていた。ルルイエ辺境伯の息子……彼だけが次のルルイエの器になる事ができる。万が一ルルイエ辺境伯を討ったとしても、アルージャが居る限り安心はできない。
また、何の罪もない子供を手にかけるのは避けたかった。
だから、シャイアはリユニアに、アルージャ少年にある神を降ろしておいて欲しいと頼んだ。
忘れてはならないのが、今や世界中の誰よりも降霊術に長けて居るのはこのリユニアであるという事だ。
(己に縁のある神を降ろすというのは、まぁ、簡単な事よの)
小さな光がルルイエ辺境伯から隠れるようにアルージャ少年の中に入っていった。
「……っはぁ」
リユニアは背凭れに深く体を預けて大きく息を吐いた。
千里眼も降霊術も、簡単だがとても疲れるのだ。
「さて、あとはシャイア次第だな」
ロダスに気付の酒を貰いながら、リユニアは不敵に笑った。
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