第41話 神殺しのススメ・4

 ヴァベラニア王国王城には、四季の庭がある。


 東西南北に面し、城を囲むように配置され、其々の庭では季節の植物が軒を競っている。


 シャイアがルルイエ辺境伯と対峙したのは、春の庭であった。


 奇しくも季節は春。香り高い淡い色の花々が庭で咲き誇っていた。


 ルルイエ辺境伯はこの庭に火を放とうと、散歩と言って出て来たのだが、そこに木の陰からシャイアが姿を現した。


 髭を剃り、胸元に国章が刺繍された豪奢な服とマントを纏い、腰にはガルフの剣を携えて。


「やぁ、ルルイエ」


「シャイア、国王……?!」


 季節は巡り巡った。


 二年前にシャイアがソロニア帝国に敗北を喫したのは、この季節である。




 ルルイエ辺境伯の背後に、音もなく三人の人間が退路を断つように立った。


 お馴染みのカレン、ニシナ、ソルテスである。


 そして、シャイアの隣にはナタリアが現れた。


 四人とも夜に紛れる黒色の揃いの服を着ている。行者の服であった。


「全て分かっていますよ、ルルイエ」


 ナタリアが抑揚のない声で厳かに告げる。


「アシュタロスの軍勢の奸計を利用しようとしたのは、些かあなたにしては考え無しでしたね」


『ルルイエ』は、アシュタロスも含めた全ての神々を虐殺した神である。


 それがいかな悪神であろうと、ルルイエの側につく事は決してない。


「王妃……?!」


 ルルイエは性質上、誰も味方の居ない状態で動かねばならなかった。


 彼以外の全てが破滅する。


 この目的に取り憑かれた時点で、味方を増やす事は出来なかった。


「何という……お見通しの上に、此方を逆に利用していたとは」


 ルルイエの顔に焦りが浮かぶ。


 うまくいくと、今度こそうまくいくと思ったのに、父王以上に侮れない王だったとは。


「斯くなる上は……!」


 ルルイエが剣を抜いた。


 しかし、それがシャイアに向かう事は無かった。


「待て!」


 シャイアの制止も聞かず、ルルイエが己の胸に刃を刺そうとした瞬間、ソルテスが素早く手刀でルルイエの意識を奪った。


「これで一先ずは安心でしょう。寝かせて縛っときまさ」


「頼んだ」


 ルルイエ辺境伯の身体から、気絶した瞬間に光る何かが飛んでいったのが見えた。


 あれが『ルルイエ』だろう。


 向かう先など決まっている。


 アルージャの所だ。


 ソルテスにルルイエ辺境伯の体を預け、シャイアたちはアルージャの元に急いだ。




「遅かったじゃないか」


 そこでは、不敵に笑う少年が瓶に詰めた光を手に笑っていた。子供らしかぬ目、子供らしかぬ口調である。


「あ、あなたは……」


 カレンが自然に跪く。


 アシュタロスの権能で、先にアルージャに降霊させていたものがある。


 降霊には『空いている場所』が必要である。


 今回の場合、先んじてアルージャの中に詰めておく事で、ルルイエの転送を防いだのだが、それ以上の働きをしてくれた。


「カレン、久しぶりだね。前は毎日お祈りをくれていたのに、最近ではソルテスも余り祈ってくれていなかったし、寂しかったよ」


 猫のように目を細めて笑うが、一切の隙がない。


 気を抜けば喉笛を噛みちぎられそうな気配だ。


 ナタリアも膝を折った。ニシナもだ。


「初めてお目にかかります、グラシャラボラス様」


「はい、はじめまして。まさかオペラと関係ない所で顕現するとは思わなかったよ。ねぇ、これで良かった?」


 肩を揺らして笑う姿は少年らしいが、声の威厳が違う。


 神とはげに恐ろしいものかと一同思ったが、先にアシュタロスと対峙していたシャイアは慣れたものだった。


「あぁ。ありがとうグラシャラボラスどの。そうしておいてもらえて助かった」


「いいんだよ。僕もコイツには嫌〜〜な目にあわされてるからね」


 瓶を指で弾きながら横目に見てグラシャラボラスは告げる。少しばかりつまらなそうでもある。


「物語のフィナーレがコレじゃあ、呆気ないかなぁ」


「いいえ。力で勝てないのなら、知恵を絞るしか無いのです」


「そうだね。君は力を得たけど……ううん、力だけじゃないね」


 シャイアの答えにグラシャラボラスは嬉しそうに目を細めた。


「はい。私にはあなたの加護を受けた、最高の御庭番が付いております」


「うん、うん!」


 グラシャラボラスも信者が褒められて嬉しいのだろう。


 瓶をシャイアに渡した。


「お願いがあるんだ」


「なんですか?」


 その時少しだけ寂しそうに、グラシャラボラスはシャイアに告げた。


「余り苦しめないであげて。彼は狂っただけの、星を詠むのが好きな人だから」


 シャイアは笑顔で、畏まりました、と頭を下げた。





 ナタリアの結界で、瓶とシャイアの周りを強く囲う。


 シャイアは瓶の蓋を開けた。出口のない結界の中で、光る塊だったルルイエは、生前の姿をとった。


 痩せぎすの、貧相で猫背の男だ。白い光が形を持っただけなので分からないが、燻んだ灰色の髪をしているのだろう。


「……邪魔をするな。全ての罪は裁かれねばならない、外なる神によって」


「そんな事はない。罪も罰も背負って人はここで生きていく。外なるものに決められる謂れは無い」


 自らの頰を掻き毟りながら、ルルイエは叫ぶ。


「何故だ?! 私は絶対的な絶望を見た! 視た!! その絶望が、全てを楽にしてくれるのだぞ?! 救済を行わねばならない!!」


 シャイアは静かに聞いていた。


 他人の言葉に耳を傾け、違った意見も己がものにして進む事。


 アシュタロスに教えられた事だ。


「ルルイエ。それはたしかに救済たりえるのかもしれない。私たちは、苦難を歩み、いつかは死ぬのかもしれない」


 シャイアは目を伏せて語った。


 思い返せば、確かに苦難の多い日々だった。


「それでも、ルルイエ、あなたにもあった筈だ」


 シャイアが目配せをする。


 カレンとニシナが幻術を使った。グラシャラボラスも力を貸した。


 部屋中が、満天の星空に包まれる。


「楽しい、と思うことが」


「あ、あ……あぁ……」


 ルルイエは星詠みの得意な男であった。


 星を見ることが、何よりも楽しかっただろう。


「せめて、満天の星に眠れ、ルルイエ」


 シャイアがガルフの剣を抜く。


 赤く光る刃が、ルルイエの魂を一刀のうちに斬り伏せると、ルルイエは微かに星を見上げ、霧散して消えた。

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