第38話 ルルイエとは

「ふむ……確かに、食糧の流出があるようだな」


 新しい王からの親書によってルルイエ辺境伯は領地の調査に乗り出したが、たったの二日で驚くべき成果が出た


 領民の食糧貯蔵はほぼ半分以下に減っている。


 国からは勅令で食糧の買戻しと貯蔵を言われているのに、これではいけない。


(さて、どうしたものか……、日取りはもう決まっている。今更食糧などどうでもいいが)


 この日取りというのが戴冠式の事で無いのは明らかだ。都市・ルルイエ降臨の日取りである。


 ルルイエ辺境伯がどうごまかすかと考えを巡らせていると、執務室の机を控えめに叩く音がした。


「入れ」


「失礼します。……父上」


「アルージャ」


 入って来たのはルルイエ辺境伯の息子である、アルージャ・ルルイエである。


 齢十二歳、上背も厚みもまだまだ子供だが、目は聡明な光を湛え、姿勢もよく、才気煥発な少年だ。


 彼は父のルルイエ辺境伯と同じくすんだ灰色頭で、黒い瞳に白い肌をしている。


「どうかなされたのですか。溜息が外に聞こえてまいりました」


 子供なりに心配をしたらしい。


 ルルイエ辺境伯は小さく笑うと、アルージャの頭を撫でた。


「心配無い。すぐに済む問題だ」


「かしこまりました。……父上」


「なんだ?」


「どこにも……いかれませんよね?」


 子供なりに何かを察していたのか、不安そうに見上げて尋ねてくる。


 ルルイエ辺境伯は笑みを深くすると、今度はアルージャの髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。


「わ?!」


「心配ない。私はどこへも行かないさ」


 その代わり、彼以外の生き物は全て死ぬ。


 アルージャも含めて、だ。


 ルルイエ辺境伯の言葉に安心したアルージャは、はにかんで頭を下げると執務室を出ていった。


(代わりの身体は用意する必要が無かったな……前々国王では手間取るかと思ったが)


 あの男は抜け目が無かった。何かにつけてはルルイエを呼び出し、敢えて自らルルイエについて書かれた古の書を見せて話をしたがった。くぎを刺していたのだ。


 あれではやりにくい事この上無かったが、お陰で城の内部にアシュタロスの軍勢の一人を見つける事ができた。執事長という立場は利用しやすく、また、彼は従順で頭が良かった。


(思えば、些か順調に来すぎたのやもしれぬ……)


 長い、長い時を地上で一人生きながらえてきた。体は朽ちる事もあったが、外なる神と目があって繋がった事で、新しい体に自分を移植する事ができた。


 ここに居るのは、正真正銘神代の時代の『ルルイエ』である。


(アシュタロスの軍勢を知った時には国を乱すのに良い手だと思ったのだが、決着が早すぎたな……)


 王という存在が城を開けていれば、簡単に事は済んだのだ。


 儀式は城で執り行う必要がある。その上、庭は守りの樹木でいっぱいだ。焼き払わねば執り行う事は不可能だと言ってもいいだろう。忌々しい神代の時代の者が残した一つのアーティファクトである。


 いつも城に入る段で大方見抜かれてしまうのだ。


 その度に体をも抜けの殻にして、元のルルイエに返してやり、魔術という概念を外に知らせぬために王はルルイエを生かし続けた。


 その魂の行方がルルイエの子供だと知らずに。


(さて、では食糧問題をどうするか考えねばな……)


 辺境伯は考えた。辺境伯としての仕事を全うせずとも、戴冠式の日に城に滞在できるような言い訳を。




 戴冠式の日……その日こそが、都市・ルルイエ降臨の日取りである。

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